第4章 青い風、目覚める水音
放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
昇降口の隅で、ミオは自分の胸元にかかる“青い宝玉”をそっと握りしめる。
(……変だよね。
こんなもの、昨日まで持ってなかったのに)
宝玉は、心配を吸いこむように冷たく光った。
レンが屋上にいるとわかって、
声をかけに行こうとした――その直後。
廊下の奥が、じわりと暗く沈んだ。
影が、生き物のように“息をする”。
「また……影妖……?」
昨日よりも、今日の影は重たかった。
闇が床をはうように近づき、
ミオの足をすくうように広がっていく。
動けない。
足がふるえて、一歩も出ない。
(怖い……! でも……)
影が一段と濃くなった瞬間。
『――恐れるな、ミオ』
青玉に、風のような声が響いた。
『影はそなたの心の波を映す。
揺れるほど、飲み込まれやすい』
「でもっ……怖いよ……!
レンくんも、ハルカもいないし……!」
『だからこそ、己の内の静けさを思い出せ。
水は揺れても、必ず底に戻る』
その声は不思議と温かく、
ミオの胸の震えを少しずつ落ち着かせた。
(……水……底……)
ミオの呼吸がゆっくり整っていく。
だが影妖は待ってくれない。
黒い腕のようなものがのび――
「ミオ!!」
走る足音とともに、レンとハルカが飛びこんできた。
レンは迷わずミオの前に立ち、腕を広げた。
「遅くなってごめん! 大丈夫!?」
「れ、レンくん……!」
ハルカも横に並び、白い宝玉に手を添える。
「ミオ! しっかりして!」
影妖が二人に気づき、形を歪めながらうなった。
レンは拳を握りしめる。
「絶対、ミオには手を出させない!」
しかし、影妖は強かった。
濃影以上に闇が深く、ただの力では押し返せない。
レンの朱玉が光るが――影に押され、足が後ろへ滑った。
「くっ……強い……!」
『レン、ミオの心の開きがまだ足りない。
三人の光が重ならねば、影は裂けぬ』
白玉の声が続ける。
『鍵を持つのは――ミオ自身だ』
ミオは息を呑んだ。
恐怖が、また胸に戻ってくる。
「わたし……鍵……?」
ハルカが叫んだ。
「ミオ! あなたが“青龍”なんでしょ!?
あなたが、自分の心を信じなきゃ!」
「わ、わたしの心……」
影が迫る。
レンが必死に押し返すが、影の圧力は強まり続ける。
(怖い……怖い……
でも……レンくん、傷つけたくない……
ハルカも……わたしのせいで危ないのは嫌……!)
胸の奥が熱くなった。
青玉が、まるで脈を打つように光る。
ミオがそっと目を閉じ――
(怖い……でも、この手を離したくない……!
二人を守りたい……!)
その瞬間。
――水面が、静かに開いた。
ミオの全身を包むように、青い光が沸き上がる。
『目覚めよ、ミオ。
そなたは“青龍の主”――
揺れても沈まぬ者』
ミオの髪がふわりと持ち上がり、
周りの空気が透明な風となった。
「……青龍……わたし……できる……!」
影妖が驚いたように後ずさる。
ミオが手を前に伸ばすと、
青い水流のような光が生まれた。
「――行って!」
ザァァァァッ!!
水の刃が影妖を包み、
闇を浄化するように散らしていく。
レンとハルカも、同時に自分の宝玉を握る。
「ミオ! 一緒に!」
三つの光が交わる。
赤(朱雀)
白(白虎)
青(青龍)
三色の光が重なり、影妖を大きく後方へ弾き飛ばした。
「――っ!」
影妖はひび割れ、崩れ、
最後は黒い煙のように消えていった。
静寂。
ミオはその場にへたりこんだ。
「はぁ……はぁ……っ。
こ、怖かった……っ」
レンはすぐにミオの肩に手を添える。
「よく頑張ったよ。
本当に……すごかった」
「……レンくん……」
ハルカも隣にしゃがみ込み、笑って言った。
「ミオはミオのままでいいんだよ。
ちゃんと、青龍に選ばれた理由があるんだから」
ミオの頬がほんのり赤くなる。
「……二人が来てくれなかったら、
わたし……どうなってたか……」
「行かないわけないでしょ!」
ハルカは少し怒った声で言い、
すぐに優しくため息をついた。
レンは立ち上がり、
沈みゆく夕日の光を見上げた。
『三人の心が少し重なった。
だが、闇はこれから深くなる』
朱玉の声が告げる。
『“四人”が揃う時、
初めて影の扉が閉ざされる』
レンはその言葉を胸に刻んだ。
(四人目……
まだ見ぬ、最後の主……)
夕日に照らされながら、
三人の影が長く伸びていった。




