第37章 最後の揺らぎ
それは、突然だった。
何かが壊れた音も、
影が暴れ出す前触れもなかった。
ただ――
世界が、少しだけ“戻ろう”とした。
朝。
レンは、目を覚まして、
違和感に気づいた。
(……軽い……)
胸の奥が、
いつもより静かだ。
布団から出て、
床を見る。
「……あ……」
影が、
薄い。
消えたわけじゃない。
でも、
まるで、遠慮するみたいに、
輪郭がぼやけている。
(……何だ……
これ……)
そのとき、
胸元の宝玉が、
かすかに熱を持った。
学校。
三人は、
ほとんど同時に、
それに気づいた。
「……影……
薄く……
ない……?」
ハルカの声は、
少しだけ、期待を含んでいた。
ミオは、
周囲の音に耳を澄ます。
「……静か……
すぎる……」
人の感情のざわめきが、
弱まっている。
まるで――
世界が、
深呼吸をやめたみたいに。
放課後。
三人は、
例の神社跡に集まった。
空気が、
張りつめている。
「……これ……
もしかして……」
レンが、
言葉を探す。
「……影が……
消える……
前触れ……?」
その瞬間。
風が止み、
周囲の影が、
一斉に揺れた。
そして――
**声ではない“意思”**が、
三人の中に、流れ込む。
――元に、戻れる。
――怖くない世界へ。
――選ばなくていい、日常へ。
ハルカの喉が、
ひくりと鳴った。
「……戻れる……
の……?」
ミオの指が、
震える。
「……聞こえ……
ない……
方が……
楽……」
レンは、
何も言えなかった。
影が消えれば、
迷わなくていい。
力も、
責任も、
選択も。
普通の高校生に戻れる。
(……それって……
悪いこと……
じゃ……)
心が、
ぐらりと傾く。
足元の影が、
さらに薄くなる。
まるで、
「早く選べ」と
言われているみたいに。
そのとき。
懐かしい気配が、
一瞬だけ、
空気を満たした。
姿はない。
声もない。
でも――
確かに。
(……クロガネ……)
レンの胸に、
言葉にならない感覚が残る。
問いかけでも、
命令でもない。
ただ――
見ている。
「……ねえ……」
ハルカが、
小さく言った。
「……戻ったら……
私たち……
今のこと……
忘れる……?」
ミオは、
ゆっくり首を振る。
「……忘れない……
でも……
感じなく……
なる……」
レンは、
影を見る。
影は、
消えかけながらも、
暴れていない。
押しつけてもこない。
ただ――
待っている。
その日の夜。
三人は、
答えを出さなかった。
出せなかった。
影は、
完全には消えず、
完全にも戻らない。
世界は、
中途半端なまま、
揺れている。
(……明日まで……
猶予……
ってことか……)
レンは、
そう思った。
でも――
それは、
世界から与えられた、
最後の時間だった。




