第36章 それぞれの影
影は、同じ形をしていない。
それは、三人とも分かっていた。
■ レンの場合
放課後の体育館。
バスケットボールが、
床に弾む音が響く。
「神崎、次いけるか?」
声をかけられ、
レンは一瞬、ためらった。
(……失敗したら……)
その考えが浮かんだ瞬間、
足元の影が、
わずかに揺れる。
以前なら、
力を使って、
迷いを押し切っていた。
でも――
今日は違った。
「……いや……
今回は……
パスで……」
レンは、
素直にボールを渡した。
シュートは、
別の誰かが決めた。
「ナイス判断!」
そう言われ、
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
(……間違えないために……
無理しないのも……
選択か……)
影は、
それ以上、揺れなかった。
■ ミオの場合
帰り道。
ミオは、
いつもより遠回りをしていた。
人の声が、
あちこちから聞こえる。
笑い声。
怒鳴り声。
泣き声。
耳に入ってくる感情が、
重なり合う。
(……全部……
拾わなくていい……)
そう思っても、
音は、消えない。
立ち止まり、
ミオは深く息を吸った。
そして――
あえて、
イヤホンを耳に入れた。
音楽が流れる。
すべてを遮断はしない。
でも、
守るための壁。
(……聞ける……
時だけ……
聞く……)
足元の影が、
静かに、丸くなる。
青玉は、
光らなかった。
それで、いい。
■ ハルカの場合
夕方の公園。
小さな子供が、
転んで泣いていた。
周りに、大人はいない。
「……だいじょうぶ……?」
ハルカは、
そっと声をかける。
子供は、
泣きながらうなずいた。
手を差し出す。
そのとき――
ハルカの胸に、
よぎる。
(……守れなかったら……)
過去の記憶。
間に合わなかった瞬間。
足元の影が、
大きくなりかける。
でも――
ハルカは、
逃げなかった。
「……大丈夫……
一緒に……
立とう……」
子供は、
ゆっくり立ち上がった。
それだけ。
何も起きない。
奇跡もない。
影は、
静かに、元の大きさに戻った。
■ 三人で
その夜。
三人は、
短いメッセージを送り合った。
「……今日は……
何も……
起きなかった……」
「……でも……
ちょっと……
違った……」
「……うん……
それで……
いい……」
画面を閉じ、
それぞれ、
自分の部屋で天井を見る。
影は、
消えていない。
でも――
押さえつけなくても、
暴れなくなっている。
(……これが……
向き合う……
ってことか……)
答えは、
まだ出ていない。
それでも。
今日一日、
ちゃんと生きた。
影と一緒に。




