第34章 影と一緒の朝
朝の光は、昨日と何も変わらなかった。
カーテンの隙間から差し込む、少し白っぽい日差し。
目覚まし時計の、間の抜けた電子音。
レンは、布団の中で天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。
(……普通だ……)
そう思った瞬間、
胸の奥が、わずかにざわつく。
ベッドから起き上がり、床に足を下ろすと、
そこに――影があった。
はっきりした形はない。
でも、昨日までとは違う。
逃げない。
広がらない。
ただ、そこにいる。
「……おはよう、って言えばいいのか……?」
小さくつぶやくと、
影は何も答えない。
でも、不思議と怖くはなかった。
学校へ向かう道。
春に近づいた空気が、少しだけ柔らかい。
通学路を歩く生徒たちの声が、あちこちから聞こえる。
「……レン……」
後ろから、ハルカの声。
振り返ると、
白玉を胸元に下げた彼女が、小走りで近づいてきた。
「……久しぶり……
普通の朝……」
「……そうだな……」
二人並んで歩き出す。
ハルカの足元にも、
やはり、影がある。
前みたいに、
無理に結界を張ろうとしていない。
「……ねえ……
影……気になる……?」
レンは、少し考えてから答えた。
「……気にならない、って言ったら……
嘘になる……」
ハルカは、うなずいた。
「……でも……
前より……
ちゃんと……
見えてる……」
その言葉が、
レンの胸に、すっと落ちた。
教室。
ミオは、窓際の席で外を見ていた。
耳に、
たくさんの音が入ってくる。
机のきしむ音。
話し声。
風が窓を揺らす音。
その奥に、
かすかに混じる――影の“気配”。
(……全部……
聞かなくていい……)
自分に言い聞かせるように、
青玉に触れる。
音は消えない。
でも、溺れない。
ミオは、ゆっくりとノートを開いた。
昼休み。
三人は、校舎裏のベンチに集まっていた。
「……平和……だね……」
ハルカが言う。
ミオは、首を傾げる。
「……平和……
でも……
前と……
違う……」
レンも、同じことを感じていた。
何かが起これば、
すぐに戦う。
影を抑える。
――そんな日々には、
戻れない。
(……戻らなくて……
いいんだよな……)
レンは、足元の影を見る。
影は、
こちらを引きずろうともしない。
ただ、
同じ方向を向いている。
放課後。
三人は、校門前で別れた。
「……また……明日……」
ハルカが手を振る。
「……うん……」
ミオも、小さく振り返す。
一人になった帰り道。
レンは、夕焼けの空を見上げた。
影は、
相変わらず、足元にある。
(……これが……
影と生きる……ってことか……)
完璧じゃない。
答えも、出ていない。
それでも――
歩けている。
そのとき、
胸の奥で、ほんの一瞬だけ、
懐かしい感触がした。
声はない。
でも、確かに。
(……見てるな……
クロガネ……)
レンは、小さく息を吐き、
前を向いた。
影と一緒の朝は、
もう、始まっている。




