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第33章 戻らない選択

 夜。


 境界は、これまでで一番、静かだった。


 風もなく、

 影も、騒がない。


 三人は、鳥居の前に並んで立っていた。


「……呼ばれた……

 気がする……」

 ハルカが、小さく言う。


 ミオは、うなずいた。


「……音……

 集まって……

 遠ざかってる……」


 レンは、朱玉を握りしめた。


 胸の奥が、

 ひどく、落ち着かない。


 ■■境界の向こうから


 影が、

 ゆっくりと集まり始める。


 形を持たないまま、

 一つの“場”を作る。


 その中心に――

 黒い輪郭が、浮かび上がった。


「……クロガネ……」


 声は、はっきりしない。


 でも、

 そこに“いる”。


 それだけで、

 レンの喉が詰まった。


 ――ここまで来たな。


 頭の中に、

 直接、響く感覚。


 懐かしくて、

 少しだけ、遠い。


 ■■戻らない理由


「……戻れるんだよな……?」

 レンは、思わず聞いた。


 クロガネの輪郭が、

 わずかに揺れる。


 ――条件は、満たした。

 だが――


 間。


 その沈黙が、

 やけに重い。


 ――今、戻れば、

 影は“居場所”を失う。


 ハルカが、

 息をのむ。


「……じゃあ……

 私たちが……

 守った意味……」


 ――ある。

 だからこそだ。


 クロガネの意思が、

 はっきりと伝わる。


 ――影は、

 人の中に残る“弱さ”だ。

 切り捨てれば、

 同じ歪みを繰り返す。


 ミオが、静かに言う。


「……あなたが……

 戻らないと……

 私たちは……」


 ――未完成のまま、進め。


 その言葉は、

 厳しくも、

 やさしかった。


 ■■共存という形


 影が、

 静かに広がる。


 でも、

 襲わない。


 逃げない。


 ただ――

 そこに在る。


 ――影は、

 消すものじゃない。

 選び続けるものだ。


 ユイの声が、

 後ろから聞こえた。


「……それが、

 新しい“陰陽”」


 三人は、

 影と、自分の足元を見る。


 怖さは、ある。

 不安も、ある。


 それでも――

 排除しない。


 ■■最後の試練


 クロガネの輪郭が、

 少しだけ、薄くなる。


 ――最後に、問う。


 空気が、張りつめる。


 ――俺がいなくても、

 進めるか。


 レンは、

 歯を食いしばった。


 答えは、

 わかっている。


 でも、

 言葉にするのが、

 つらい。


「……進む……」


 レンは、

 絞り出すように言った。


「……完璧じゃなくても……

 三人で……」


 ミオが、続く。


「……聞き続ける……

 必要な音……」


 ハルカも、

 胸に手を当てる。


「……怖さ……

 置いていかない……」


 クロガネは、

 静かに、満足そうだった。


 ■■別れではなく


 ――それでいい。


 黒い輪郭が、

 影の中に溶けていく。


 ――必要になったとき、

 また、会おう。


 完全な帰還は、

 なかった。


 でも――

 完全な別れでもない。


 境界は、

 ゆっくりと静まり、

 影は、元の形に戻った。


 ■■次へ進む者たち


 三人は、

 しばらく、黙って立っていた。


 やがて、レンが言う。


「……行こう……」


 ハルカが、

 小さく笑う。


「……うん……

 帰ろ……」


 ミオも、うなずく。


「……日常……

 待ってる……」


 鳥居の向こうは、

 いつもの街。


 でも――

 見え方は、

 確かに変わっていた。


 影は、

 もう敵ではない。


 選び続けるための、

 問いとして、

 そこに在る。


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