第32章 選ばれる側
それは、休日の午後だった。
商業施設の屋上。
親子連れの笑い声と、
風に揺れる旗。
――その片隅で。
一人の少年が、
フェンスのそばに座り込んでいた。
「……やっぱり……
誰も……」
声は小さく、
ほとんど風に溶けている。
レンは、足を止めた。
「……影……
近い……」
ミオが、低く言う。
ハルカも、白玉を胸に当てた。
「……でも……
暴れて……ない……」
■■現れない“敵”
少年の足元。
影が、
薄く、長く伸びている。
だが――
形を持たない。
襲う気配も、
ない。
「……これ……
今までと……
違う……」
ハルカが言う。
ユイは、三人に目配せした。
「今日は――
力を使わない」
レンは、うなずいた。
朱玉は、
静かだ。
■■声をかける
レンは、ゆっくりと少年に近づいた。
「……なあ……」
少年は、びくっと肩を揺らす。
「……来るなよ……」
レンは、足を止めた。
「……いいから……
ここにいる……」
少年は、
ちらりとこちらを見る。
「……どうせ……
俺なんか……」
影が、
その言葉に反応するように、
わずかに揺れた。
ミオが、そっとつぶやく。
「……影……
守ろう……
としてる……」
■■選ばれる理由
レンは、
フェンスの少し手前に座った。
「……オレも……
うまくいかない……」
少年が、驚いた顔をする。
「……嘘だろ……
普通そうだろ……」
レンは、首を振った。
「……普通って……
結構……
しんどい……」
沈黙。
やがて、少年が言った。
「……影だけは……
消えなかった……」
その瞬間。
影が、
ほんの少し、
少年を包むように伸びた。
ハルカの胸が、締めつけられる。
「……守って……
たんだ……」
■■力を使わない答え
ミオは、耳を澄まし、
ゆっくりと言った。
「……影……
この子……
切られたら……
壊れる……」
ユイが、静かに言う。
「だから――
排除しない」
レンは、少年を見る。
「……影……
悪いものじゃ……
ない……」
少年は、
戸惑いながらも、
小さく言った。
「……でも……
怖い……」
レンは、うなずいた。
「……うん……
それで……
いい……」
その言葉に。
影が、
すっと、薄くなった。
消えたのではない。
寄り添う形に、
変わっただけだ。
■■見ていた者
その瞬間。
レンの朱玉が、
微かに震えた。
境界の“向こう側”から、
確かな視線。
(……クロガネ……)
声はない。
だが、
迷いと、覚悟が、
重なって伝わる。
――それでいい。
一瞬だけ、
影の奥に、
黒い輪郭が見えた。
そして、
静かに、遠ざかる。
■■選ばれた未来
少年は、
フェンスから離れ、
立ち上がった。
「……帰る……」
影は、
足元に、静かに残る。
でも、
重くはない。
三人は、
何も言わず、見送った。
ハルカが、
小さく息を吐く。
「……戦わなくても……
よかった……」
ミオも、うなずく。
「……選ばれたの……
私たち……
じゃない……」
レンは、空を見上げた。
「……見てたな……
クロガネ……」
答えはない。
でも――
確かに、
一歩、近づいた。




