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第29章 境界に立つ者

 その場所は、地図には載っていなかった。


 ビルとビルの隙間。

 人がほとんど通らない、古い路地の奥。


 昼間なのに、

 光がうまく届かない。


「……ここ……

 空気……違う……」

 ハルカが、そっと言う。


 ミオは、耳に手を当てている。


「……音……

 外と……切れてる……」


 レンは、朱玉を握った。


 熱くはない。

 でも――

 確かに、引っ張られている。


「……ここが……

 境界……?」


 ユイは、静かにうなずいた。


「影と四神、

 そして人の心が、

 一番近づく場所」


 路地の奥には、

 古びた鳥居が一本、立っていた。


 ■■一歩目の重さ


 鳥居の前で、三人は立ち止まった。


 進めば、

 もう“普通の場所”ではない。


 ハルカが、白玉を胸に当てる。


「……私……

 守れる……かな……」


 声は小さいが、

 逃げてはいない。


 ミオは、ゆっくり息を吸う。


「……全部……

 聞かなくていい……

 必要な音だけ……」


 青玉が、静かに応えた。


 レンは、二人を見てから、

 鳥居を見上げた。


(……クロガネ……

 ここに……いるのか……)


 一歩、前へ出る。


 ■■境界の内側


 鳥居をくぐった瞬間。


 風の音が、消えた。


 代わりに、

 足元の影が、

 水面のように揺れた。


「……来て……

 しまった……」

 ハルカがつぶやく。


 影は、形を成し始める。


 だが――

 襲ってこない。


 集まり、

 分かれ、

 また集まる。


 まるで、

 迷っているかのように。


 ミオが、はっとする。


「……この影……

 怖がってる……」


「……影が……?」

 レンが聞き返す。


「……うん……

 選ばれるの……

 待ってる……」


 ユイが、低く言った。


「影もまた、

 居場所を失った存在」


 ■■代償の提示


 そのとき。


 地面の中央に、

 ひときわ濃い影が浮かび上がった。


 声ではない。

 でも、はっきりと伝わる。


 ――呼ぶなら、差し出せ。


 ハルカの肩が、びくっと揺れる。


「……何を……?」


 影が、三人を順に“見た”。


 ユイが、静かに告げる。


「……クロガネを呼び戻すには、

 あなたたちの“頼り”を一つ、

 手放す必要がある」


 レンの胸が、締め付けられる。


「……頼り……?」


 ユイは、三人を見た。


「誰か一人ではない。

 三人それぞれが、

 少しずつ、失う」


 ミオが、青玉を握る。


「……力……

 弱く……なる……?」


「一時的に、ね」

 ユイは答えた。


 ハルカが、震える声で言う。


「……それでも……

 やる……?」


 沈黙。


 影は、待っている。


 ■■選択


 レンは、深く息を吸った。


「……オレ……

 決めた……」


 ミオとハルカを見る。


「……頼りきりだった……

 クロガネにも……

 力にも……」


 拳を、開く。


「……失っても……

 立つ……」


 ミオが、ゆっくりうなずく。


「……聞こえなくても……

 大事な音……

 覚えてる……」


 ハルカも、白玉を胸に当てた。


「……怖くても……

 逃げない……

 それは……残す……」


 三人の宝玉が、

 同時に――

 一段、光を落とした。


 胸が、軽くなる。

 同時に、

 不安が増す。


 影が、静かに広がった。


 ■■始まりの兆し


 境界の奥で、

 何かが――

 動いた。


 懐かしい気配。


 でも、まだ遠い。


(……来い……

 今度は……

 一緒に……)


 レンは、心の中でそう願った。


 代償は、支払った。


 あとは――

 その選択が、

 正しかったかどうか。


 答えが出るのは、

 もう少し先だ。

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