第2章 青い風が走る朝
翌朝。
神崎レンは、強烈な眠気と“昨夜の出来事が夢であることを願う気持ち”のどちらにも負けたくないまま、学校へ向かっていた。
胸ポケットには、昨夜からずっと持ち歩いている 朱玉。
小さな赤い珠は、透明なまま静かに光を沈めている。
(……やっぱり夢じゃないよな)
信じられない気持ちもある。
でも、あの影妖の“冷たい圧”は夢なんかじゃない。
「はぁ……なんで俺なんだよ……」
ため息をつきながら校門をくぐると、
風が――ふわりとレンの前髪を持ち上げた。
「ん……?」
ただの風にしては、やけに優しくて、包むような動き。
どこか昨夜の朱玉と同じ“気配”を感じる。
レンが振り返ったとき。
ドンッ!
「うわっ!」
「きゃっ!」
何かとぶつかった。
レンはよろけながら顔を上げる。
そこにいたのは、
長い黒髪をポニーテールに結んだ、
明るい目をした女の子だった。
「あっ、ご、ごめん……! 大丈夫?」
「あ、あたしのほうこそ!
前見てなかったから……えへへ」
笑うと、風がふわっと揺れるような雰囲気がある。
その子は胸元のペンダントを押さえて言った。
「……ちょっと、急いでて」
レンは、そのペンダントに視線が吸い寄せられた。
――淡い青色の、小さな珠。
透明なのに、静かに風を抱くように輝いている。
(あれ……朱玉と似てる……?)
そのとき、レンの胸ポケットでも、朱玉がかすかに震えた。
『……青龍か』
「うわっ!?」
突然声が聞こえ、思わず声を上げてしまう。
女の子が不思議そうに見上げた。
「ど、どうしたの?」
「あっ、いや……虫が……いや虫じゃなくて……」
(頼むから今しゃべるな朱雀!!)
レンが混乱していると、
ふいに校庭の空気が ゾクリ…… と冷たく変わった。
昨日と同じ気配。
影が、近くにいる。
『レン、来るぞ』
朱玉が赤く点滅した。
女の子の胸元の青い珠も、同じタイミングで光った。
「えっ……?」
突然、地面に落ちた影が、
ぐにゃりと人の形に盛り上がる。
影妖だ。
女の子は後ずさる。
「な、なに……これ……!」
レンは咄嗟に彼女をかばった。
「下がって! こいつ……危ない!」
『レン、宝玉を! 光を解放せよ!』
「そんな簡単に言うなよ!!」
だが影妖はすでに二人へ手を伸ばしてくる。
黒い指先が、まるで霧みたいに揺れながら迫る。
(くそっ……!)
レンは震える手で胸ポケットの朱玉を握った。
「……頼む……少しでいい……!
助けてくれ……!」
朱玉が、ドクンッと強く脈打つ。
赤い光がレンの手から広がり――
バシュッ!
影妖の腕を弾き飛ばした。
「すご……っ!」
女の子が目を丸くする。
だが影妖は立ち上がったままだ。
黒い体は、傷を負ってもすぐ元通りになる。
(こいつ、固すぎる……!)
そのときだった。
レンの隣で、
女の子の青いペンダントが光り始めた。
「え……な、なに……?
どうして、光ってるの……?」
すると、その珠から柔らかく澄んだ声が届く。
『少女よ……恐れるな。
そなたの風は、もう目覚めている』
「えっ!? だ、誰!?」
宝玉はさらに強く光る。
『我は青龍。
そなたの心の光が、我を呼んだ』
「わ、私が……?」
女の子は混乱してレンを見る。
(やっぱり……!
この子、青龍の主なんだ……!)
青龍の声がさらに告げる。
『少女よ――名を告げよ。
そなたの風を、この世界に示すために』
女の子は一瞬迷ったものの、
胸に手を当て、小さな勇気を振り絞った。
「……み、ミオ!
春風ミオです!!」
『ミオ――その名、確かに受け取った。
風は自由、風は優しさ。
さあ……影を払うのだ』
するとミオの青玉が、まばゆく輝いた。
風が――校庭を渦巻くように走り出す。
「きゃっ……!」
でもその風は、怖くない。
やわらかくて、心地よくて。
春の匂いがした。
風が影妖を吹き飛ばし、黒い体をばらばらに散らす。
影妖は逃げるように地面へ溶け、消え去った。
静寂が戻る。
ミオはへなへなと膝をついた。
「はぁ……はぁ……い、今の……何……?」
レンはミオに手を差し出す。
「わからないけど……
多分、俺と同じなんだと思う。
“選ばれた”ってやつに」
ミオはその手を握り、ゆっくり立ち上がった。
「こわかったけど……
レンくんが守ってくれたから……
私、逃げなかったんだと思う」
「あ、いや……その……」
(そ、そんな照れる言い方すんなよ……!)
朱玉が、くすくす笑うように揺れた。
『レン。
ミオは、これからの仲間となる』
(し、朱雀……今は黙ってくれ!!)
ミオの青玉も、優しく光を返す。
その光は、
始まったばかりの運命が、
レンとミオを静かにつないでいくように見えた。




