第1章 “朱玉(しゅぎょく)”が呼ぶ夜
その夜、神崎レンは、胸の奥がざわざわするような不思議な感覚で目を覚ました。
窓の外では、いつも通りの東京の夜景が光っている。
車の音も、人の声も、かすかに聞こえる。
だけど部屋の中だけ、妙に静かだった。
(……なんだろ。今、変な気配がした気が……)
半分寝ぼけたまま上体を起こすと、
枕元で ぽうっ と小さな赤い光が灯った。
「……え?」
光はビー玉ほどの透明な珠。
でも、ただのガラス玉じゃない。
内側には小さな焔のような光が、ゆっくり揺れている。
見たことなんて、一度もない。
誰かがこっそり置いた……?
いや、そんなはずはない。
レンがそっと手を伸ばすと、珠がふるりと震えた。
『……レン……』
小さく、でも確かに、声が聞こえた。
「えっ……!? い、今、しゃべった?」
珠が返事するように、柔らかい光を広げる。
『聞こえるか、レン』
落ち着いた声。
大人でも子どもでもない、不思議な響き。
「……誰? なんで俺の名前を……?」
レンの問いに、珠は静かに答えた。
『我は “朱雀” 。
お前の心の光が、我を呼んだ』
「しゅ、朱雀って……あの朱雀?
東の守り神とか、四神とか……の?」
『そうだ。
そしてこの珠――“宝玉”は、
お前と我をつなぐための器だ』
宝玉。
つなぐ器。
あまりにも現実離れした言葉に、レンは口をぱくぱくさせるしかなかった。
しかも、もっと理解できないことが起きる。
窓の外――
街灯の足元に、じわり、と黒い影が膨らんだ。
(な、何だよ……あれ……!)
影は、人の形をしているような、していないような。
輪郭がぐにゃりと揺れ、地面にべったりと張りつきながら窓へ近づいてくる。
レンの背中に冷たい汗が流れた。
「あ、あれは……なんなんだよ!」
朱玉の声が急に鋭くなる。
『影妖だ。
封印が揺らぎ、その隙をついて出てきた』
「封印……? 影妖……?
そんなの知らないよ!!」
『だが、お前はもう“知る者”となった。
この宝玉が、お前の心の光に反応したのだ』
朱玉の輝きが強くなる。
レンの胸の奥が、熱く、ぎゅっと締めつけられる。
窓ガラスが コン、コン…… と叩かれた。
影妖が、もうすぐそこにいる。
恐怖で足が震える。
こんな現実、ありえない。
でも――
宝玉は言う。
『レン。
お前には“選ばれた理由”がある。
まだ知らぬだけだ』
「選ばれたって……俺、普通で……
勉強も、部活も、何も特別じゃなくて……!」
『だからこそだ。
“真の光”は、特別な者ではなく、
自分を平凡だと思う者の中に宿る』
影妖が窓に影を落とす瞬間、
レンは思わず朱玉を胸に抱きしめた。
その瞬間、朱玉の光が――
レンの胸の鼓動に合わせて、大きく脈打つ。
ドンッ……!
赤い光が部屋いっぱいに弾けた。
影妖の気配が、一瞬だけ後ずさる。
レンは震える声でつぶやいた。
「……俺が……
この宝玉を呼んだ……?」
『そうだ、レン。
お前の中の光が、我を呼んだ。
そして――影を止められるのも、お前だ』
影はまだ窓の向こうにいる。
逃げられない。
でも、光は確かに手の中にあった。
この瞬間から――
レンの“日常”は、静かに大きく動き始める。




