第15章 影の匂いと、ちいさな結界
翌日。
昼休みの校庭は、いつもどおりにぎやかだった。
でも――レンたち三人のまわりだけは、
なぜか空気がすこし“ざらり”としていた。
「ねえ……今日、空気ヘンじゃない?」
ミオが青玉をにぎりながら小声で言った。
「うん、わかる。
なんか、“ひんやり”してるよね」
ハルカも白玉を服の下からそっと取り出す。
レンは少し目を細めた。
「たぶん……昨日、影の扉に光を当てたせいだ。
影の世界の“匂い”が、こっちにまで流れてきてるんだと思う」
「匂いって、影に匂いなんてあるの?」
ミオは驚いた顔をした。
そのとき、レンの足元を、ふわっと黒い影が横切った。
「っ!?」
三人がそろって足元を見ると――
そこにはただの木の影しかなかった。
「いまの……見た?」
ハルカがぞくっと肩をすくめる。
「うん。でも影妖ほど強い気配じゃない。
たぶん、影世界の“風”が吹き込んでるだけだ」
レンはそう言いながらも、胸の奥がざわついた。
(影の扉はまだ完全には閉じていない……
クロガネの声が聞こえたんだから、当然だけど)
■■ユイが新しい“修行”を告げる
放課後になると、ユイは三人を校庭の端へ呼び出した。
「今日は“結界”を張る練習をするわ」
「けっかい……?」
ミオとハルカが同時に声を上げた。
「うん、そう。
影の匂いが強くなった時、いちばん最初に必要になるのが結界よ。
影の世界の『悪い気配』を追い払うための、小さな壁のようなもの」
「壁……」
ハルカは白玉をぎゅっと握る。
「い、いきなり大きいの作るとかじゃないですよね……?」
ミオが不安そうにユイを見る。
ユイはくすっと笑った。
「そんなに難しいことはしないわ。
今日は“ミニ結界”を作るだけ。
影の霧が通れないくらいの、小さな小さな結界よ」
「ミニ結界……かわいい名前だな」
レンは思わず笑った。
■■結界作りは“気持ちの集中”がすべて
「まずは、宝玉を前に出して。
そして――“守りたい”って気持ちを強く思い浮かべるの」
三人は宝玉を同時に掲げた。
青のミオ。
白のハルカ。
朱のレン。
ユイは静かに手をかざす。
「いいわ。そのまま……光を、指先から丸く広げるようにしてみて」
レンは息を整え、心の中でつぶやいた。
(クロガネを……守りたい。
二人を……守りたい)
朱玉がふわっと暖かくなる。
ミオは、
(みんなが安心できるように……)
白玉が控えめに光った。
ハルカは、
(こわい影なんて入ってこないようにっ!)
白玉がちりちりと白い火花みたいな光を出した。
三つの光が、真ん中でふわりと合わさる。
シャラ……ッ
透明なシャボン玉のような、小さな光の球が生まれた。
「えっ……これ、もしかして」
「できた……の?」
ユイは満足そうにうなずいた。
「そう。
これが“ミニ結界”。
三人の気持ちがひとつになった証よ」
ミニ結界は、ゆっくりと風に乗るように揺れながら、
草の上にすとんと降りた。
■■しかし、影は黙っていなかった
そのとき。
草むらの奥から、黒い“もや”がふわりと浮かび上がった。
「あっ……また影の霧……!」
ハルカが身を縮める。
霧はミニ結界へ向かってゆらゆら近づいていく。
「どうなるんだろ……」
ミオが息をのむ。
霧が結界に触れた瞬間――
ポンッ!
シャボン玉を指で弾いたみたいに光がはじけ、
霧は後ろへ押し返された。
「やった!!」
「押し返した!!」
二人が喜ぶ横で、レンは小さくガッツポーズをした。
(これなら……少しずつでも影世界に近づける)
ミニ結界はすぐに消えてしまったけれど、
三人の胸には確かな“自信”が灯っていた。
■■影の“残り香”
しかし影の霧は完全には消えなかった。
残った黒い“かすかな匂い”が風に乗り、
三人の鼻先をかすめる。
「……なんか、すこし……かなしい匂いがする」
ミオが青玉を抱えた。
「これ……クロガネの気配?」
レンがつぶやくと、ユイが首を横に振った。
「違うわ。
これは……もっと古い“影の匂い”。
たぶん――封印がゆっくり弱ってきているの」
三人はゴクリと喉を鳴らした。
「でも、大丈夫。
あなたたちの結界があれば、影は簡単には近寄れない。
だから今日の訓練は大成功よ」
ユイの言葉に、三人は大きく息をついた。
(影の扉が開きかけていても……オレたちは進める)
レンは、強く強くそう思った。




