第12章 はじめての影歩き(かげあるき)
次の日の放課後、三人は校庭に集まっていた。
影は昨日よりも短く、そのぶん濃かった。
「……今日から本格的な修行なんだよね」
ハルカが少し緊張した声で言う。
「大丈夫だよ。
昨日より、宝玉が落ちついてる気がするし」
ミオが青玉を握りながら微笑む。
レンは二人を見て、心の中で頷いた。
(強くなりたいんじゃない。
みんなで、クロガネを助けたいんだ)
そこへユイが歩いてきた。
いつものように静かで、どこか遠くから見守るような眼差し。
「準備はできた?」
三人は同時にうなずいた。
「よし。
今日は“影の世界に入る前の練習”。
呼んで、影歩きって言うの」
「かげあるき……?」
ハルカが首をかしげる。
「影の世界そのものじゃないけれど、
世界の“すきま”に少しだけ足を入れる方法よ。
危険は少ないけど、それでも油断したら飲まれてしまう」
三人は聞くだけで、背筋がひんやりとした。
■■影歩き――入口が開く
ユイは校庭の隅の影を指さした。
昨日、影の入口が揺れていた場所だ。
今日はただの影に見える。
けれど近づくと、どこか底なしの穴のような気配がする。
「宝玉を胸に当てて。
ゆっくり息を吸って……影に向かって一歩だけ踏み出してみて」
三人は同時に影に足を伸ばした。
――ぞわっ。
身体を冷たい風が通り抜ける。
実際には風なんて吹いていないのに。
「な……なにこれ……!」
ハルカが肩をすくめる。
ミオも震えた声で言う。
「影が……動いてるみたい……」
レンは息を呑み、もう一歩影の奥を見つめる。
すると――
影の色が、ゆっくりと薄紫に変わった。
「……入ったわね」
ユイが静かに言う。
「ここが“影の外側”。
本当の影世界の前にある、ゆがんだ境界よ」
空気が変わった。
音が少し遠くなる。
校庭の砂も、倉庫も、校舎も――
すべてが少し歪んで見える。
「うわ……へんな感じ……」
ミオがきょろきょろする。
「これ……幻覚じゃないよね?」
ハルカが不安そうに尋ねる。
「ええ。ここは現実と影が重なった世界。
あなたたちの意志と宝玉の光で、
“内容”が変わるの」
「内容って……?」
レンが眉を寄せる。
「たとえば、恐いと思えば影はさらに恐くなる。
楽しいと思えば、影は弱まっていく」
「メンタルに左右される世界ってこと……?」
ミオが納得した顔をする。
■■はじめての影妖・“影ねずみ”
その瞬間――
ミオの足元の影がぴくりと動いた。
「えっ?」
カサ、カサカサ――ッ!
影から、小さな黒い生き物が飛び出した。
耳はとがり、目は白く光っている。
「ね、ねずみ……? みたい……」
ハルカが後ずさる。
ユイが冷静に説明した。
「“影ねずみ”。
影妖の中でも一番弱いけど……油断しないで」
影ねずみはちょろちょろと走り、三人の影に噛みつこうとしてくる。
「影を……食べてる……!」
ミオが叫ぶ。
「影を食べられると、本気で動けなくなるわ。
影は心を映すから、影を奪われると心も削られるの」
三人は息をのむ。
(こんなの……実戦だ)
レンは朱玉を握りしめた。
「みんな、宝玉の光を影ねずみに当ててみて!」
ハルカとミオもうなずく。
三つの光が同時に弾けた。
朱――青――白。
影ねずみはその光に触れた瞬間、
「チィッ!」と短い声を上げてかげの中へ溶けた。
■■小さな勝利、そして……
「や、やった……?」
ミオがほっと息をつく。
「今のが……初めての影妖退治?」
ハルカが胸に手を当てた。
レンは影のゆらぎをじっと見つめていた。
(……まだ、いる)
影は、クロガネの影喰いの跡に似た“黒い揺れ”を残していた。
そのとき――
遠くで何かが動く影が見えた。
人の形のような。
でも輪郭はぼやけていて。
「いま……誰かいた?」
ミオの声が震える。
「クロガネ……なの?」
ハルカがつぶやく。
レンは声を出せなかった。
胸が苦しく、宝玉が熱くなる。
(クロガネ……!)
その瞬間、影の世界全体がぐらりと揺れた。
「今日はここまで!」
ユイが強い声で告げる。
影のゆがみが一気に小さくなり、現実の校庭が戻ってきた。
三人は思わず膝に手をついた。
「今見えた影は……クロガネなの?」
レンが問うと、ユイは少しだけ考えて答えた。
「たぶん、そう。
でも“完全に影にのまれた姿”よ。
あなたたちが呼ばない限り、こちらには戻れない」
「じゃあ……どうすれば……?」
ユイは真剣な声で告げる。
「まずは、影の世界に入っても自分を保てる強さを身につけること。
今日のはその第一歩」
レンの胸が熱くなる。
(待っててくれ……クロガネ。
必ず行くから)
影の世界は確かにそこにある。
そしてクロガネも、確かに向こう側で呼んでいる。
三人の宝玉は、夕日を受けて静かに輝いていた。




