第10章 “影の巣”がひらく場所
ユイとの面会から一夜が明けた。
レンは登校しながら、胸元の朱玉をそっと握った。
(クロガネ……
今日こそ見つけたい。
昨日みたいに、ただ影の痕跡を追うだけじゃなく、
本当にあいつに……会わなきゃ)
空はどんよりと雲に覆われている。
黒玉の力が動くと、世界まで重くなる――
そんな気すらした。
校門に着くと、ミオとハルカが待っていた。
「レンくん、宝玉……また光ってるね」
「きっと、もう“影の場所”が動いてるんだよ」
三人の宝玉が、朝から微かに脈打っている。
(これは……ただ事じゃない)
レンは小さくうなずいた。
■■教室──“姿のない出席”
その日の一時間目の途中。
教室の扉がカラリと開き、
担任の先生が名簿をめくりながら入ってくる。
「えーと、クロガネくん。
今日は……来てるか?」
教室は静まり返った。
レンたちは息をのんだ。
その瞬間――
「……はい」
後ろの方から声がした。
振り返ると、そこには――
誰もいない。
「えっ……?」
先生も、生徒たちも顔を見合わせる。
「クロガネくん、今……返事した?」
「声したよな?」
レン、ミオ、ハルカの宝玉が一斉に光った。
(クロガネ……どこだ!?)
声は、確かにあの落ち着いた声。
だけど姿が“見えない”。
ミオが震える声で言った。
「これ……朱雀たちが言ってた、“影の中にいる”ってやつ……?」
レンは強く頷いた。
(クロガネ……完全に“影の世界”に踏み込んでる……!)
■■校舎裏──“影の入口”
休み時間。
三人はすぐに校舎裏へ向かった。
昨日と同じ、ひんやりとした空気。
ただ、今日は違う。
「……影が……“集まってる”」
ミオが青ざめて言う。
体育館の壁の影が、
不自然に濃くなり、ざわざわと動いていた。
「まるで……呼吸してるみたい」
ハルカが白玉を握る。
レンの朱玉が一段と強い光を放った。
『主よ、気をつけろ。
これは“小影”ではない。
“影の巣”だ』
「影の巣……?」
『影妖たちが溜まり、
別の世界とつながろうとする場所だ。
本来、こんな学校にできるはずがない』
レンは拳を握る。
「クロガネが……そこに?」
『可能性は高い』
ミオが声をふるわせる。
「じゃあ……助けないと……!」
その時――
影がゆっくりと形をつくり始めた。
■■影妖・“影喰い(かげぐい)”の登場
影の膜のようなものが広がり、
そこからゆらゆらと、一匹の影妖が出てきた。
昨日の“小影”とは違う。
手足が長く、体は細く伸び、
まるで黒い紙を切り抜いたように薄い。
そして――
“影を喰うように”、足元から影を吸い取っていく。
「なにこれ……!」
「影が吸われてる!?」
『影喰い……!
影を奪い、影の世界への道を広げる妖だ。
このままだと“巣”がもっと大きくなる!』
子どもたちにもわかるほど、
危険は目の前だった。
■■初めての“逃げられない戦い”
「レンくん……たたかうの?」
ミオが不安そうに青玉を握る。
「たたかうしかない。
影喰いが大きくなられたら、
クロガネは二度と戻れなくなるかもしれない」
レンは朱玉を胸の前に掲げた。
朱玉が大きく脈打ち、
その光がレンの足元を照らす。
『主よ、心を静めろ。
恐れは光を弱める。
だが“守りたい心”は光を強くする』
(……クロガネを助けたい。
あいつ……苦しそうだったから……
一人で影を背負ってる気がして……)
その想いが朱玉に流れ込む。
同じように、
ミオの青玉、ハルカの白玉も光を帯びる。
三つの光が重なり、
影喰いの動きがぎしりと止まった。
「いまだ……!」
レンが一歩踏み出す。
影喰いがひらりと動き、
黒い腕を伸ばしてくる。
ミオが叫ぶ。
「レンくん、右だよ!」
ハルカも続ける。
「影が薄いところを狙って!
そっちは弱い!」
三人の声と光が重なった瞬間――
レンの朱玉が放った赤い光が、
影喰いの胸を貫いた。
「……っ!」
影喰いは煙のように崩れ、
影の巣もゆっくりと薄れていく。
■■残った“黒い気配”
「や……やった……?」
ミオが胸に手を当てる。
「でも……」
レンは影の残骸を見つめた。
そこに、一筋だけ“黒い線”が残っていた。
まるで誰かの足あと。
影の中を歩いた“影の主”のような――
「クロガネ……ここにいたんだ」
レンはつぶやいた。
「おそらくそうでしょうね」
静かな声がして、振り向くと――
ユイが立っていた。
「あなたたち……
本当にすごい成長ね。
影喰いを抑えられるなんて」
「じゃあ……クロガネは?」
ミオが尋ねる。
ユイの顔が曇った。
「……彼はもう、影の奥へ進んでしまった。
“黒玉の心”が目覚めかけているの」
「黒玉の……心?」
ハルカが不安そうに聞く。
ユイはゆっくりと答えた。
「黒玉は“四神の力の底”にある宝玉。
もし心の淀みに呼ばれてしまえば――
持ち主の影そのものが……
世界の影を飲み込んでしまうわ」
三人の表情が固まった。
「クロガネくんを……見つけなきゃ……」
ミオがつぶやく。
レンは拳を握る。
「絶対に助ける。
あいつ……一人で影に飲まれるなんて絶対ダメだ」
その言葉に、三つの宝玉が同時に輝いた。
影の巣は消えた。
しかし三人の前には、
さらに深い闇への道が、静かに開き始めていた。




