プロローグ 影が目覚める音
――ざわり。
耳の奥を、何か冷たいものがなぞった。
その夜、神崎レンは布団の中で目を開けた。
部屋は真っ暗で、外の街灯の光がカーテンの隙間から細く差し込んでいる。
(いま……声がした?)
風の音でも、家の軋みでもない。
もっと、人の声に近い。
それも、何かが“呼んでいる”ような――そんな感じだった。
レンはのどが乾いて、ゆっくりと身を起こした。
そのときだった。
ポウ……ッ。
枕元で、赤い光がふわりと灯った。
「な、なんだ……これ……?」
見覚えのない、透明な小さな珠。
ビー玉より少し大きいくらいの大きさで、
内側から赤い焔のような光が揺れている。
触れようとすると、光がかすかに揺れて――
『……レン……』
確かに、名前を呼ばれた。
(だ、誰だよ……!?)
レンは慌ててあたりを見回した。
誰もいない。
部屋は静かだ。
なのに――珠だけが呼吸するみたいに明滅している。
すると急に、珠からやわらかな声が響いた。
『……私は、朱雀……
お前の“心の光”に導かれた……』
「……朱雀?」
聞き慣れない名前。
でも、どこかで聞いたことがある気もした。
(神話とか……昔話とか……?)
考えていると、珠の光が少し強くなる。
『封印が……ほどける……
影が……来る……
レン、目覚めよ……』
「待てよ、目覚めよって……俺、寝てたけど!?
何が来るって!? 影って何だよ!」
焦るレンをよそに、朱玉はふわりと宙に浮かび上がる。
赤い光が部屋一面に広がり、影を跳ね飛ばすように照らした。
すると――窓の外。
街灯の足元に、黒い影がじわり、と膨らんだ。
影なのに、輪郭が生き物のように揺れている。
(な、なんだ……あれ……!)
影が、窓の方へじりじりと近づく。
まるで誰かを探しているみたいに。
朱玉の声が急に鋭くなった。
『レン、気をつけろ。
“影妖”が動きだした。
封印が揺らいだのだ……』
「封印……? 揺らいだ?
そんなの知らないよ!!」
だが、朱玉は静かに、しかし強く告げた。
『この世界を護るため……
お前は選ばれたのだ』
レンの胸がどくん、と大きく脈打つ。
(俺が……選ばれた……?)
理解が追いつかない。
でも、窓の外の影はもう迷ってくれない。
カタ、カタ……
窓ガラスが震える。
「……嘘だろ……」
目の前の現実が、
これまでの“普通の高校生活”を崩していくのをレンは感じていた。
――この日から。
レンは、朱雀とともに“影の世界”に足を踏み入れることになる。
まだ、その意味も、
この出会いがどれほど大きな運命を動かすのかも知らずに。




