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怪人地区  作者: 蛇子
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Ep6 大砲


 壁の中はひやりと冷たい空気が充満しており、地面はコンクリートで舗装されていた。車線のようなものまで引いてあり、二車線の幅で通路がどこまでも続いて見える。


「電気が通っているとはな……」


 紫色の非常灯らしきものが等間隔で壁に取り付けてあり、それがぼんやりと道を照らしている。


「何かの搬入路……に見えますね」


 声と足音が幾重にも反響している。


「……シスターは、リセットからヒトを救う。出会った時にそう言ってましたね」

「あぁ。どうやらそうらしいな。この怪人地区を消滅させるような超兵器だ。面白半分で使われるなど、たまったものじゃないのだろう。その言い分も理解はできる。まして、ヒトを救うことを考えるなら、リセットなど邪魔なだけだろう。最初にそれを使うのは俺だが、俺の次に使う者がどうとは限らんしな」

「それは……おかしいんです」

「なに?」

「リセットがヒトを傷つけるモノだとすると、他のことと整合性が取れないんです」

「どういう意味だ? 確かに俺はヒトを狙い撃ちする予定はない。だがあの忌々しい管理塔と壁には一撃お見舞いするつもりだ。地区ごと吹き飛ばす威力があるかは疑わしいものの、リセットに殺傷能力があったとして何ら不思議はないだろ。そのための超兵器だ」

「本当にそう思いますか……? いくら使うのが怪人とはいえ、殺傷能力がある兵器をヒトのいる建物に撃ち込むんですよ? そんな露骨な暴力行為、ヒト回路がある以上そうそう出来ることじゃありません。いえ、怪人特性の内容によっては、不可能ではないんでしょうけど……」


 ツムギは眉を寄せて考える。


「仮に、怪人が人類と戦うために兵器を建造するとして。それを、ごく限られた怪人しか使えない形にするとは思えません」

「するとなんだ。俺の期待するものではないと?」

「それも違います。私が言いたいのは、リセットの脅威からヒトを救う、ということに対する違和感です。最後まで教えてくれる様子はありませんでしたが、確かにシスターは、みんな死ぬって言ったんです。リセットを使うと、みんな死ぬって」

「あぁ、そんなことを口走っていたような、なかったような……」

「そんなに危険なら、どうして自分でリセットを破壊しなかったんでしょう? 怪人なら扱うことも、移動させる事もできるはずなのに。破壊だけ出来ないなんて、そんなことがありますか?」

「その正体を知っているからと言って、入手できるかは別なんじゃないか?」

「ということは必然的に、怪仁会であっても手出しできない、かつ怪人地区内の場所にリセットはあるということになりますが……」


 そんな場所は一つしかない。


「管理塔か? バカな。それでは結局、人類がリセットを所有していることになる。それはないと言ったのはお前だろう」

「そうなんですけど、あのシスターが不確定な情報で嘘を言うようなヒトには思えなくて……」


 二人の会話はそこで一度途切れる。クロキは何となく、時折通路の壁にある円筒を眺めて言ってみる。


「さっきから何度か見かける、あの備え付けの筒は何だ? 壁に固定してあるが」

「あれは旧時代の道具ですよ。大砲です。装甲車を爆発させたグレネードと似た道具ですね」

「……何? そんな危険な物が、どうしてこうも簡単に放置されている」

「いえ、よく見て下さい。大砲に似せてありますが、どれも模型です。実際に爆弾を飛ばしたりは出来ません。単なる壁の飾りです」


 クロキは足を止めると、紫色の照明に照らされる黒い金属光沢を撫でてみる。どこにも繋がっていないし、本当に単なる筒のように見える。大砲なるものをクロキは見た事がないが、単なる飾りというのも事実だろう。

 壁に埋め込まれており、この大砲の向こう側には人類領域があるはずだ。筒の先を何かで塞いであるので見えないが、きっとこの大砲は壁の外に繋がっている。


「どうしてこんな物がここにあるんだ?」

「やはり怪人を脅すためでは……? ここに入ってきた怪人に、大砲で威嚇することを期待しているんじゃないかと、そう思いましたが……」

「だとしたら妙だろう。この大砲とやらは、どれも外側を向いているぞ」

「……」

「どうした?」

「外側に向いている、ということは……」


 弾かれたようにツムギは大砲に目を向けた。それから何事かを考え込む。額に手を当て、瞬きと呼吸を忘れて考える。


「こ、この壁は……。怪人地区の壁は、もしかして……」


 ぞ、と鳥肌が立ったのは冷たい空気のせいではない。ツムギは思い至ったことをクロキに説明すべきか、一瞬だけ躊躇した。語るにはあまりに証拠がない。まだ単なる妄想の領域でしかない。


「……怪人地区は、はじまりの怪人が出現した事によって作られ、そしてはじまりの怪人を隔離するに至った」

「らしいな。子供でも知っている話だ」

「クロキさん。はじまりの怪人の怪人特性について、知ってますか?」

「知っているとも。もっとも、子供の頃に教科書で読んだ通りだがな。いわく、その怪人は何でも出来る。怪人の中でも稀有な、邪悪にして万能な特性だとか。ヒト回路そのものが無効化されているらしいな。旧時代の人類がタイムスリップしたんじゃないかと面白いことを言う同級生もいた」


 ツムギは両手で顔を覆うようにして、だがその目は瞬きを忘れて思考する。


「何でも出来る……というのが真実かは別にして。その何でも出来る怪人を、人類はどうやって拘束して、しかも怪人地区に隔離なんて出来たんでしょう。何でも出来たという恐ろしい逸話は残っているのに、どんな方法でそれを食い止めたか、その肝心の部分はどの資料にも残っていないんです」


 ツムギは言葉を続ける。


「この、外に向けた大砲は……。いいえ。外に大砲を向ける意味なんて、他に考えられません。クロキさん、これを聞いてしまった場合、本当に戻れなくなりますよ」

「……構わんさ。どのみち正義執行を宣告されている」


 興味なさげに言うクロキに、ツムギは静かに返した。


「怪人地区の区壁は、中のものを外に出さないための壁、ではありません」


 外に向けられた大砲が証明している。


「外のものを中に入れないための壁です」


 ぽかん、と口を半開きにクロキは言葉を失った。


「この壁は、怪人を閉じ込めているのではない。人類から怪人を守るための壁。そして恐らく……この壁を作ったのは、はじまりの怪人です」


 ツムギは自身の妄想に近い推測を、その結論を述べた。


「本来の怪人地区とは……。はじまりの怪人が、怪人を守るために作った街です」






「これはもうダメだな」


 他人事のようにクロキは言った。

「怪人地区の成り立ちか。最初に求めた真実の一端を得られたわけだが、その話が真実であれ妄想であれ、そんなことを言い出したら相当に苛烈な襲撃があるだろう。例えばここで装甲車が突っ込んで来たらお前はもう終わりだ。もはや命はない」

「そ、そんなこと言わないで下さいよ! クロキさんが守ってくれるんですよね? そうですよね?」

「……今の話は俺にとって何の興味ない話題だ。壁を誰が何のために作った、街は、はじまりの怪人は、どうしたこうした。そんなのは殺される理由になるだけで、俺には何の得もない。だから一応聞いておいてやるが、その話はリセットと何か関係があるのか?」


 リセットへの通過点でないなら、単に危険を背負っただけに過ぎない。管理側が躍起になってツムギを狙う理由など、ないに越した事はない。


「関係がないなら、そんなのは……」

「あります」

「ほぉ?」

「はじまりの怪人がどういった人物だったのか、何を目的にしていたのか。それがわかれば、リセットの正体に大きく近づきます」


 ツムギは思案顔で続ける。


「ただし、余計にわからないことが出てきました」

「何がだ。こんな大層な壁と街まで作って人類と戦おうとした、怪人を防衛しようとした。そのために強力な兵器を用意した。どこも矛盾してはいない」

「ここにある大砲は全て模造品です。つまり、人類に対して威嚇の意味はあっても、実際の戦闘行為は想定していません。我々はいざとなれば大砲を使う、という脅しのためだけに、わざわざ大量に置いています。にも関わらず、リセットだけは超兵器として実物を用意してある。これって何だかおかしくはありませんか? そんな兵器を作るくらいなら、最初から大砲だって本物を置いたって良いのに」

「大砲が動けば暴力行為だ。扱える者がいない」

「それはリセットも同じです」


 あくび混じりに歩を進めるクロキと、目を皿にして歩くツムギ。


「何より。最初からずっと疑問だった事があります」

「リセットなど最初から疑問だらけだ」

「それです。どうして、超兵器の名前がリセットなんでしょうか?」

「……そんなの、全てを吹き飛ばすからではないのか? 敵をゼロにするからリセット。そういう意味と受け取ったが」

「人類と戦うための最終兵器。そう言うならそんな感じもします。ですが、その威力は怪人地区を消滅させるなんて説明書きで、名前がリセットですよ? まるで怪人地区を吹き飛ばすために用意されたみたいな名前じゃありませんか?」

「知らん。それはお前が受ける印象の話だ。たまたまそう聞こえるだけであって、俺は最初から違和感などなかったぞ」

「そう……ですか……。確かに私の考えすぎかも知れませんね……」

「そうだ。それにアカバネが言っていたんだろう? 全員死ぬと。その話が真実なら、それだけの破壊力があるのだろう。あの目障りな管理塔にそれを叩き込む日が楽しみで仕方ない」

「……どうして、みんな死ぬって言ったんでしょう」

「それだけ強力ということだろう」

「怪人地区から人類に向けて放たれるならば、みんな殺せる、になるのでは? みんな死ぬだなんて。そんなのまるで、リセットが怪人地区を滅ぼすような言い方じゃないですか。……リセットは、本当に私たちが想像しているような物なんでしょうか……」

「考えすぎだ。アカバネが適当なことを言った可能性もあれば、リセットの全容を把握していない可能性もある。と言うか、むしろそっちの方がありそうな話だ」

「記録怪人の日記から見て、リセットが怪人を不幸にする代物には思えないんです。もしかしてリセットを作った本当の目的は人類と戦うためではなく、もっと別の理由があるのかも知れません。それなら他のこととも辻褄が合います」


 そこまで話すと、クロキが足を止めた。そして静かに笑みを浮かべる。


「……クロキさん?」

「黙れ。聞こえないのか?」


 訳も分からないまま、ツムギは口を閉じる。そして耳をすませば、遠くから唸りを上げて何かが近づく音が聞こえる。恐らく自動車か何かのエンジン音。


「壁内部の調査はここまでだな。まぁこれ以上歩いた所で収穫などない。不思議な迷路があるわけでなし、単なるアスファルト通路しかない。では、ここからは俺の出番だ」

「クロキさん、この音ってもしかして……」

「もう一度また装甲車を送り込まれたなら勝負にもならん。が、そんな音でもない。そしてこのタイミングで来るとするなら、もうあいつが出て来るしかない。怪人特性の使えない怪人モドキ……名誉人類など何人揃えた所で俺の敵ではない。あいつが自分で前に出るしか、もう俺を倒す手段は残されていない」

「あいつって誰のことですか?」

「管理長官だ。会ったことはない。しかし何度もあいつの策で殺されかけている。もはや他人の気がしないな。今日はとうとう、その顔を拝めるらしい」


 くくくと唸るように笑うクロキ。ツムギはきょろきょろと周囲を見て、隠れる場所がないことに気が付くとクロキの背後に隠れた。


「そう心配するなリス子。何度も命を狙われたが、今回はその中でも超特大。かつてない死闘になるだろう。あるいはお前を盾にしても生き延びられない攻撃を受ける可能性すらある。例えば、この通路ごと崩落させるなど、俺を殺す手段は無数にある」

「あの……話してる内容と表情が全然違うんですけど……」

「それはそうだろう。……おい、まさかまだ勘違いしているんじゃないだろうな? 俺は、勝負怪人だぞ。死にたいわけじゃないが、こんな時に心躍らずにはいられないさ」


 きっと今から勝負ができる。それも超特級の相手が来る。

 クロキが道の先を睨んでいると、しばらくして黒塗りの高級車が姿を見せた。紫色の照明に彩られ、ゆっくりと停車。そしてその後部座席が開くと、黒いトレンチコートの女性が降りてきた。

 赤と金の留め具が煌き、制帽とセットのコートを翻す。細身の体はクロキと同じくらい痩せているが、身長はクロキよりやや低い位置にある。射殺すような視線を走らせると、その黒い髪が揺れた。


「待っていたぞ」


 クロキは溢れる鼓動を抑えられなかった。その油断ならない敵とは間違いなく、素晴らしい勝負が出来ると確信が持てたのだ。


「お前が来ると思った。お前を待っていた。さぁ」


 そして口角を持ち上げた。


「勝負だ」


 クロキは歩み寄ると、黒づくめの女と対峙した。


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