Ep5 狂信怪人VS勝負怪人
赤羽蛍という名前は、いつまでも心のどこに刺さっていた。
その名前は温かい思い出に彩られており、決して忘れない、忘れてはいけないものだった。
赤羽蛍は幼い頃から邪教施設で育ち、その思想を善なるものとして認識していた。両親はいなかった。教団にいた信者が家族のように接してくれたので深く考えずに済んだが、今にして思えば両親は自分を捨てたのだろう。育児放棄という言葉を理解するのは、幼い自分には難しかった。
そして教団の教えを全て理解する事も難しかった。そんな時に信者の一人が、わかりやすい言葉で教えてくれたのだ。
「ヒトを救ってなんぼ」
困ったヒトを助け、弱ったヒトを助け、傷ついたヒトを助ける。その思想が故に、幼い自分は救われたのだと赤羽蛍は理解した。
ヒトはヒトらしく、自分の生きたいように生きて良い。誰かに合わせなくとも、誰かを想えるヒトになれば良い。
教団の教えは世間一般で邪教とされていた。当然である。大多数のヒトに合わせる事をせず、我を貫くなど危険な思想だ。
「それでも、私は私を諦めない」
赤羽蛍の手足が伸び切った頃、教団は事実上の解散となった。
人類は隠れていた邪悪な施設をとうとう発見し、そこに踏み込んだ。逃げ惑う邪教信者たちが、それぞれどうなったのか赤羽蛍は知らない。多くの信者たちが、自分を逃がすための盾となった。あの日、教義の意味を一言で説明してくれた信者は最後の最後まで手を握ってくれた。
未来への希望を、託された。
「私は私を諦めない」
赤羽蛍は静かに暮らした。誰とも関わらなければ、誰を傷つける事も巻き込むこともない。ひっそりと残りの人生を終えるつもりですらあった。まだ成人もしていない年齢だったが、未来を託された自分は生きねばならないと、そう考えていた。
「私は……」
自己を抑えて一人で暮らす。それは奇しくも、人類が提唱する常識や正義に反することのない、かつ教義から外れることもない生活だった。
そんな日々に転機が訪れたのは、とある晴れた日。両親と死別した子供を見てしまったのだ。幼い兄弟で、途方にくれていた。養護施設に入る予定だったのだが、怪人の素質があると診断されてしまったらしい。
身よりのない子供に怪人適性があった場合、養護施設は受け入れない。この兄弟に、この世界での明るい未来はない。
「私は」
気づいた時、赤羽蛍は手を伸ばしていた。
「私は、私を諦めたくない」
引き取った子供との日々は、赤羽蛍にとって一生涯に渡って輝き続ける記憶となる。時に怒り、時に泣き、時に笑う。満たされた日々であったと、今になっても胸を張れるものだ。
怪人適性のある子供だったが、赤羽蛍はそれを抑えるようには言わなかった。
「ヒトは誰だって、自分の好きなこと、大切なことを追いかけて良い。誰かを傷つけない限りは、いくらでも自由に生きて良い。そして余裕があったら、その余裕の分だけ誰かを救えるヒトになりなさい」
二人は元気に育った。二人は赤羽蛍の誇りであり、未来であった。
「あの日にもう一度戻れたら、何か違ったのかね」
煙草を咥えたアカバネは、ひとり言を呟いた。それからゆっくりと紫煙を吐く。
「……変わりゃしないか。あたしゃ結局、あたしを辞められなかった」
赤羽蛍の幸福は、数年しか続かなかったのだ。
あの家では子供を邪教の信者として洗脳している。そう人類が気づいてしまった。それからのことは早かった。子供たちを救出するべく、人類は正義と愛に基づいて行動。赤羽蛍は拘束され、子供らの前で事情聴取という名の選択を迫られた。
子供らの前で、自らの教えが全て間違っていたと認めるならば。邪教信者とは言え改心したと見なそう。
そう告げられた言葉に赤羽蛍は迷い、それから子供らの顔を見て思わず笑ってしまった。自分は自分かわいさに、子供の前で何て事を言おうとしたのか。
あぁ願わくは、その子らの心が健やかに育っていきますよう。
「あなたたちは、自由に生きなさい」
精一杯の言葉は、果たしてどれだけの意味があっただろう。赤羽蛍の言葉は、続きを言う前に止められてしまった。拘束され、邪教の教信者として怪人地区に送り込まれ、あの日本当に伝えたかった言葉を言えないまま。
唯一の救いは、怪仁会の情報網に子供たちの名前が挙がらない事。
「あの子らはまだ、人類領域にいる。怪人になってない」
あの日、もう一言だけ伝えたかったのだ。
「それでも私は。いつまでも、どこにいても、あなたたちを愛してる」
赤羽蛍はヒトを救わずにはいられない。法や常識など、何の意味もない。
「野郎ども! キノセを助けるよ!」
その気質と性格を慕って集まった仲間たちに、アカバネは声をかけた。前に見える装甲車に対し、準備を終えた大型バンが走る。
窓を全開にすると、アカバネは身を大きく乗り出して狙いをつけた。肩に担いだソレは、軽快な音と共に込められた物を発射した。
「壁だ! 壁を目指せ!」
クロキは前方を指して叫んだ。
「遠隔操作ならば、操縦者はこちらを正確に認識していない! 轢殺を目的とした操作は出来んはずだ! で、ある以上は向こうが管理側であることを利用する!」
「つ、つまりどういう事ですか?」
「怪人地区の区壁は奴らにとって破壊されては困るものだ。むしろ守るべきもので、それを自ら傷つけるわけには行かん。ならば自ら重要施設や壁に突撃して破壊するなどと言った事態は避けたいはずだ。つまり、あの装甲車の操縦者は間違いなく、それだけは見えている。見えていなければこんなやり方は成立しない!」
「ってことは、あっちはウチらのことはちゃんと見えてないけど、壁は見えてるってことっスね!」
「わかってるじゃないかクソダサコーデ! 恐らくマップ画面のみで操作していると見た。ならばこちらが壁に張り付いた場合、もはや打つ手はあるまい! さぁ壁を目指せ! そこが安全地帯だ!」
「い、いやでも……」
「なんだ、他に案があるのか?」
車内の会話がひと段落すると、背骨に響くような衝撃が起きる。車体ごと大きく跳ね、金属同士が派手な衝突音を鳴らす。
「もうここまで来てますよぉ!」
「うあぁーん!」
「ええい二人とも泣くな! ほら次! 赤信号だ目隠ししろ!」
クロキ達の乗る軽自動車には、先ほどから装甲車の鼻先が何度も当たっている。背後からの度重なる衝突によって、ナンバープレートが弾け飛ぶのが見えた。
「あのイカれシスターが間に合うまで耐えろ! キノセ嬢! あの女は信用できる! そうだろう!」
キノセは乱暴に涙目を拭うと、ハンドルを持つ手に力を込める。
「それはそうっス。姐さんは、絶対に助けに来てくれる。ウチは姐さんのことを信じて……」
ふと、決意を新たにしたはずのキノセはバックミラー見て表情が硬直した。釣られてクロキが振り向けば、そこには車窓から大きく身を乗り出した修道女。
「あ、シスターが来ましたよ!」
「ようやく間に合ったか! 良かったじゃないかキノセ嬢! ……キノセ嬢?」
またここで、うあーん! と泣き出すと予想していたクロキは、キノセの青ざめた顔色を見て言葉を失った。
アカバネは必ず、キノセを救うために装甲車を妨害するだろう。その間に逃げ切るなり、壁まで辿り着けば勝利である。クロキはそう考えていたのだが、次の瞬間にその考えが間違っていたと知ることになる。
怪人とは目的のために最短最速かつ確実な方法を選ぶもので、クロキの思い描いた計画はあくまで、装甲車との勝負におけるものだった。対して、アカバネの目的とはキノセの救出のみにある。
「あ、あぁぁ姐さん! なんっつーもんを!」
「ど、どうした? アレか? 何か抱えているが、アレはなんだ?」
「……」
「おいダサコーデ! アレは何だ! あんな物で装甲車を相手に何ができる!」
「いや、その……アレは……」
「答えろ!」
タポン! と警戒な音が背後から聞こえた。アカバネが持つ黒い筒状のそれは、高速で何かを発射する。
「ウチの作った旧時代の道具で……」
キノセの言葉は最後まで聞こえなかった。強烈な爆発音と、風圧、振動。耳が痛くなるほどの衝撃で、車体が大きく揺れる。
舌を噛まなかったことに驚きつつ、クロキはキノセに視線をやり、それからもう一度アカバネを見る。
アカバネは第二射を構えていた。
「な、な……あ、あれは一体……?」
クロキの知識にそんな道具は存在しない。装甲車は後輪の一部を失っているが、どうやら今の爆発で吹き飛んだようだ。
「……っス」
「なんて?」
「グレネードランチャーっスよぉー! ウチが作りました! ごめんなさぁーい!」
その道具の名前こそ知らなかったが、クロキとツムギは状況を即座に理解した。
アカバネはキノセを救うということに対して、最短最速の手段を選んだのだ。即ちそれは、装甲車そのものを破壊して停止させるという選択である。
「あのイカれシスター! 誰がそこまでやれと!」
「ひぇぇ! もう一回来ますよ!」
「姐さぁーん!」
そして、轟音と衝撃。装甲車は再び車体の一部を大きく損壊した。こちらの車体も大きく弾み、身体が浮くほどの衝撃で着地。
「あぁ! またやろうとしてます! き、キノセさん! あれは何回くらい使えるんですか!」
「グレネード弾があれば……その分だけ……」
「その弾とやらはどれくらいある!」
「さ、さぁ……? 保管ケース単位で三つ分くらいはあったような……」
「なんだと……。……あ、おい! アクセルを緩めるな! 流れ弾が当たらないように距離を取れ! もうすぐ壁だ! 耐えろ!」
絶望的な表情のキノセに発破をかけ、正面の壁を見据える。
愉快そうな雄叫びが風に混じって聞こえ、アカバネの放つグレネード弾が三度、装甲車を破壊する。自走できない所まで追い詰めようという意思を感じたクロキは、舌打ちと共に背後の装甲車を睨む。黒煙を上げ、ふらふらと定まらない走行で迫って来る様子に、嫌な予感を覚えた。
「もしやこれは……」
壁が目の前に迫る。キノセは壁の前に停車するべく速度を落とし、ブレーキに足をかけた所でクロキに止められた。
「ダメだ……。この位置で減速しないという事は、つまりもう……」
装甲車は、遠隔操作かブレーキの機能を失っている。
「壊し過ぎだ……! このままだと壁に突っ込むぞ!」
「そんな! ど、どうしたら……」
「曲がれ! 止まらずに、曲がれ!」
クロキが強引にハンドルに手をかけ、思い切り回転させる。車体は半回転しながらスリップ痕を刻み、悲鳴のような甲高い音を擦り上げる。
「わああ!」
叫んだのは誰だったか、恐らく三人とも絶叫していただろう。アカバネが容赦なく放った四度目の爆発に炙られつつ、軽自動車は壁沿いに曲がり切って見せた。
次いで、ブレーキや操縦どころか、自走能力すら失った装甲車が勢いよく怪人地区の壁に衝突した。
轟音と共に車体の半ばまで突き刺さり、装甲車はようやく停止する。
「……おい」
その様子を見届けて、クロキは言葉を吐き出す。
「二人とも生きているか?」
よれよれの声が二つ応えた。
「はーい……何とか……」
「死ぬかと思ったっス……」
二人の生存を確認したクロキは、口元に笑みを浮かべる。軽く握った拳をふらふらと突き上げると、そこでようやく宣言。
「これで、俺の勝ち、だ……」
勝利を手にした勝負怪人は、満足気に微笑んだ。
壁に突き刺さった装甲車を眺め、クロキは全身に纏わりついた土埃を払う。
「いやぁ、派手にやっちまったスねぇ」
のんびりと感想を述べるキノセは、わざとらしく額に手をかざした。
「……ありゃ? へぇ、壁の中ってこうなってたんスね」
キノセの視線の先には、装甲車の衝突に耐え切れず崩れた部分がある。屈めば入れそうな大きさで、その中が覗ける。中は空洞のようで、奥行きがありそうだった。
「あれ、は……」
のどの奥が詰まったように、言葉を絞り出したのはツムギである。目を大きく見開き、緊張に手を強張らせている。
「どうしたリス子」
何の気なしにクロキは声をかけたが、ツムギはスカートのサイドポケットから手帳を取り出す。使い込まれた手帳を焦燥に駆られるままにめくり、何度も頷いてから答えた。
「行きましょう。クロキさん」
「ほぉ? 何か面白いものを見つけたらしいな」
ツムギはクロキに視線を合わせ、ゆっくり顎を引いた。
「壁の中には、という語り出しで始まる都市伝説を聞いた事はありますか?」
「あぁ。怪人地区の区壁の中には財宝があるとか、隠し通路があるとか、旧時代の幽霊が、罠が……。と言った手合いのものだろう?」
怪人地区の壁については、その成り立ちについて様々な憶測と噂、都市伝説などが語られている。どれも雑談のタネにすら使えない子供だましだ。
「……で、お前がそんな話をするからには。あるんだろう? 本当に、何かが」
「不確定ですが、壁内について手を加えた記述は存在します」
「壁の中に入るなんて、そうそう出来ることじゃない。今を逃せば不可能だろうな。俺には全く興味のないオカルトでしかないが、まぁ好奇怪人の目に留まった不幸を嘆くとしよう」
やれやれ、などとこれ見よがしに呟いたクロキは、ツムギと共に歩き出した。しかし、それを阻むようにキノセが割って入る。
「ちょ、ちょ! どういうことっスか! もしかしてあの穴から中を探険しに行こうなんて、冗談っスよね?」
「別にお前は来んでも良いぞ。特に必要とはしていないしな。俺とリス子の目的はリセットであって、組立怪人が欲しそうな物も出てこないぞ」
「そういう事じゃないっスよ……。リセットを追いかけるのを止めて欲しくって、ウチらは二人を……」
言いかけると、クロキの目が鋭くキノセを捉えた。
「待て。怪仁会の目的は、リセットを追わせないことなのか?」
「へ? そりゃそうっスよ。じゃなきゃ好奇怪人を狙ってないっス」
「つまり、リス子を利用して自分たちがリセットを手に入れる訳ではなく、あくまで俺たちがリセットに到達することを防ぐのが目的、と」
「まぁ……ウチら別にリセットなんて興味ないっスから……。いや、超兵器ってことならバラして組み立て直したいとは思うっスけど……」
「そうか……。そういうことなら、なるほどな」
怪仁会はリセットが存在し、さらに怪人地区内にあると確信している。
「いよいよ、リス子を手放す訳には行かなくなったな」
クロキが口角を上げると、飛散したコンクリート片を遠慮なく踏み荒らしつつ、一人の女性が登場した。黒い筒を片手に装備し、紫煙をくゆらせる。
「お察しの通り。リセットを追うのは止めときな。みーんな死んじまうよ」
「姐さん!」
ぱっと駆け出そうとしたキノセを、クロキは素早く捕まえる。その首に腕を回し、ガッチリと密着した。
「おぉっとぉ、キノセ嬢。一緒にドライブまでした仲だろう。つれないじゃないか」
「あはは……。や、やだなぁ? こんな近いとドキドキしちゃうっスよ……」
煙草を咥えたアカバネは、苛立ったように煙を吐き捨てる。それから片手に持った黒い筒をクロキに向けた。
「あ、姐さん? グレネードランチャーなんて撃たれたら、ウチも巻き添えに……」
「ほぉ? 相手を爆裂させる道具か。そんなブラフが今さら通じると?」
クロキはアカバネの道具を恐れない。キノセを救うための行動に縛られたアカバネに、その引き金を引くことは出来ない。
「……なら、もう一度ぶっ倒れてもらおうか」
背後にいたコーダにグレネードランチャーを預けると、素早くナックルダスターを取り出して装着。ぐるりと肩を回し、クロキに狙いをつけて歩き出す。
「く、クロキさん! これじゃさっきと同じ……」
不安そうなツムギの声を背に、クロキはアカバネを見据えて薄く笑った。
「この俺を相手に、二度も同じ手で来るつもりか?」
「挑発には乗らんさ。ヒトを救うのに理由は要らないからね」
アカバネはクロキに耳を貸さない。しかしそれでも、クロキは迫りくる暴力に対して笑みを崩さない。
「良いだろう! それをお前の敗因にしてくれる! 俺を止められるか? さぁ勝負だ!」
「よく吠えるな不死身怪人」
そしてアカバネの拳が振り上げられ、クロキの側頭部を吹き飛ばそうと唸りを上げる。が、クロキの一言がそれを阻んだ。
「俺の話を聞いてくれ」
「っ!」
寸での所で、アカバネはクロキから拳をズラすことに成功した。クロキの耳元を、拳と風が通り抜ける。
「くくく……やはり、な」
「不死身、お前……!」
クロキは勝ち誇ったように笑みを深くする。
「お前は、相手の言い分を聞かずに暴力を行使できない。そうだろう」
果たしてそれは、アカバネにとって図星であった。
「初めて会った時、俺の交渉内容を全て聞いた上で行動したな? 怪人ならば、最短最速で目的を達成するために最初から暴力に出て然るべきだ。だがお前はそうしなかった。装甲車に嬉々として爆弾を放り込むお前が、たかが拳一つ振り回すのを躊躇した」
「……なるほどね。よく見てるじゃないか。で、話はそれで終わりかい? 終わったならそこまで。時間稼ぎにしては短かったね」
「いいや? まだ一つだけある」
「言ってみな」
それからクロキはアカバネと視線を合わし、言葉を紡いだ。
「あぁ。実はな、俺と好奇怪人は管理側に狙われているんだ。助けてくれ」
「なんっ……」
アカバネの顔色が変わる。クロキは己の推測が正しかった事を確信した。
「どうした? 俺と好奇怪人を、救ってくれと頼んでいるんだ。それとも、お前は目の前で助けを求めるヒトを見て、救わないことを選ぶのか? 選べるのか?」
「ぐ、ぬ、この……!」
アカバネの暴力は、ヒトを救う大義名分があってこそ成立する。つまり、救われる側に立つ事でその暴力行為を封殺できる。クロキの予想は当たっていた。
しかし、アカバネは拳を握り直す。
「なら! あんたからキノセを救い出す!」
「ほぉ?」
キノセ奪還の名目を心に強く意識し、アカバネは拳を繰り出そうとして、再びその動きを止められてしまう。
「そもそも、俺は別にキノセ嬢を人質に取ってなどいない。たまたまドライブを楽しんだだけ、と言ってしまおうか」
アカバネの目の前で、クロキはキノセを解放した。
「ありゃ?」
ととと、とバランスを崩したキノセが前のめりにステップを踏む。
「さて。こうなった場合、誰を救うために暴力を使う?」
「クソ、不死身っ……!」
リセットによる犠牲者を出さないために、大勢のヒトを救うために。いくらそうした大義名分を並べたとて、そのために救いを求めるヒトを切り捨てることはできない。
クロキは想像通りにアカバネの心が葛藤する様子を確認すると背を向け、自身の口角が持ち上がるのを感じた。
「俺たちは先へ進む。これで一勝一敗、綺麗に片が付いたな。良ければまた勝負をしようシスター」
逸る気持ちを抑えられないのか、ツムギはもう壁の中に入りかけている。つっかえているリュックサックを押し込んでやり、それからクロキは中腰になって中へ。
最後に、肩越しにアカバネへと振り返る。
「お前の敗因は、暴力に頼るには優しすぎた事だよ」