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怪人地区  作者: 蛇子
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Ep4 組立怪人


 その場から離脱する事に成功したクロキとツムギは、走りながら安全地帯を探していた。特にクロキには一度落ち着いて考える場所が必要だった。


「このバカが! 何故出て来た! えぇおい、言ってみろ!」


 しばらく走り続け、背後から追って来ないことを確かめると、クロキは路地裏に逃げ込んで開口一番に怒鳴った。


「だって! あのヒトがリセットについて何か知ってるなら……」

「順序が逆だ! お前の目的は何だ? リセットと真実を明らかにすることだろう? なら生き残るのは必須前提条件だろうが! 命を懸ける時と場所を間違えるな! お前の信念と情熱はその程度か! 次にこんなことをしてみろ。その時は好奇怪人などと二度と名乗るなよ!」


 噛みつかんばかりに声を荒げるクロキ。ツムギは充血した目で睨み返した。


「そこに答えがあるのに、危険を恐れて求めもしない! そんな奴、いつまで経ったって何も出来やしませんよ! 私の命? そんなのいくらでも、欲しいだけくれてやります! これは勝負じゃなくて、在り方の話です!」


 互いに一歩も退く気はなかった。しばし無言で睨み合うと、先に視線を外したのはクロキの方だった。苛立ったように前髪をかき上げつつ、周囲に視線を放つ。


「もういい。ここでこんな話をすることに意味はない。それよりも先に、互いの思想より利益を一致させよう。俺もお前も、こんな所で捕まるわけにはいかない。そうだな?」


 意識して、幾分か落ち着いた声を出すクロキ。ツムギもまた、クロキから視線を外して平静な声を作った。


「それは、確かにそうです。あのヒトに取材したい気持ちはありますけど、あの様子じゃ何も教えてはくれなさそうですし……。そもそも、あのヒトのソレは私の仮説と大きく矛盾します」


 ツムギの言い方に、何となく引っ掛かりをクロキは感じた。しかしそれを深く考えるより、先にやることがある。


「なら今は互いの利益を優先しよう。あの首領、確か名前はアカバネだったか? 奴は何故、俺に暴力を行使できた? ああも簡単に動かれてはな。正直、勝ち筋が全く見えん」


 最大の懸念はアカバネの暴力だった。それも、かなり使い慣れている。ナイフを向けられたヒトが、躊躇なく飛び込んで刃をへし折るなど尋常な判断ではない。


「え? あのヒト自分で言ってたじゃないですか。狂信怪人だって。邪教だそうですから、教義で暴力が許されてるのでは?」

「バケモノだな。奴の教義の内容を知らなければ対策を立てようがない。正面からぶつかっては勝ち目がない」


 クロキは考える。このまま逃げた所で、怪仁会の組織力を駆使した包囲網に捕らえられてしまうだろう。一人二人なら勝負を仕掛けて論理崩壊、ということも充分に可能だ。だが、アカバネが出て来た時点で勝負は決着してしまう。


「……で、あるなら既に……?」


 ふと、嫌な想像を搔き立てられたクロキは歩き出した。


「この場を離れるぞ」

「どうしてですか? 誰にも見つかってないのに」

「いや。恐らく俺たちを見つけたとしても、誰もその場で襲い掛かったりしない。それでは俺を倒せない。ならば、全ての人員は監視のみに留める。そして直接の発見でなくとも、例えばこうして裏路地に入って行くのを見た時点で報告させる。可能な限り、接触も追跡もさせない。そして集まった報告を頼りに包囲網を縮小し、俺を確実に仕留められるアカバネが単騎で向かう」

「……さっきのキノセさん、そこまで言ってましたっけ?」

「いいや? だが、俺ならそうする」


 目的達成のためなら手段を問わない最短最速、かつ確実な方法を選ぶ。怪人の考え方について、クロキは熟知している自負があった。


「もう既にあのイカれシスターがこちらに向かっている。と、想定した方が良い。少なくともここにずっと隠れていることは出来んしな」


 土埃とコンクリートを踏みながら、クロキは隣で揺れるリュックサックを見る。この巨大な荷物を背負って、長距離を素早く駆け抜けるのは無理だろう。

 自身の旅行鞄はキノセを捕縛した後、道中見つけたコインロッカーに預けてある。事が一度落ち着いたら、それから回収に行けば良い。しかしこのリス子は、絶対に手放さないと言って聞かなかった。


「もし次にアカバネと相対したら俺の負けだ。あんな目潰しなど二度と効かんだろう。俺は勝ちも負けも愛しているが、ここで負けるのは失うものが大きすぎる。だが、あんなバケモノを相手にどう抗するか……」

「失うもの、ですか。……いいえ、クロキさん。私の心配は無用です。いつだって理想に殉じる覚悟が……」

「バカが。リセットの情報だ。お前なんかどうでも良い。そもそも俺は一人の方が強い。リセットさえ入手できればお前に協力する理由などない。だと言うのに、お前がいないとリセットを得られないから仕方なく付き合ってるんだ」

「そんな! 私たちは相棒! そうでしょ?」

「やめろシャツを掴むな!」


 クロキとツムギは連れ立って裏路地を後にする。人通りの多い道に出ると、まずは周囲を確認。あちらこちらに視線を走らせると、ふと目の前を偶然通りかかった女性と目が合った。


「あ」

「お」


 トラックスーツの上からスカジャンを羽織った女性は、口を半開きにさせて静止。瞬間、脱兎の如く逃げ出そうとするが、クロキの伸ばした手の方が速かった。


「これはこれは? 奇遇だなキノセ嬢。どちらへお急ぎかな?」

「あはは……」


 その襟首を背後から掴む事に成功したクロキは、見下ろして口角を上げた。


「大方、この辺りで俺たちの目撃情報を得たのでその確認に来た。そんな所だろう? イカれシスターへの通報などさせんよ。再び人質になってもらうのも悪くないと思うが、さて?」

「いやー……。まさかこんなに早く再開するとは、運命っスね……」


 観念した様子のキノセは、がっくりと項垂れた。


「でも無駄っスよ。ウチら、基本的に一人じゃ行動しねーんで」


 くい、と顎と視線をキノセが向ける。少し離れた場所には、慌てた様子で通信機を取り出す男が見えた。様子を見る限り、ここにアカバネが急行してくると見て良いだろう。


「うへへ、ウチの姐さんは最強っスからね。またさっきと同じ感じで、ウチのことを助けてくれるっス」


 余裕たっぷりの表情でキノセが言い切る。と同時に、ツムギとクロキの表情が変化する。


「なんだと……?」

「ま、マジですか……」


 驚愕の表情を浮かべる二人を前に、キノセを更に調子を良くした。ふふんと鼻を鳴らして、敬愛するアカバネの威光を振りかざす。


「そうっス! 姐さんの強さに怯えると良いっスよ! そんで、二人ともウチらの仲間になってくれたら最高っスねぇ……。あ、そうだ! 姐さんに口利きするんで、二人ともウチに来ねぇっスか?」


 ぱっと笑顔で語るキノセ。クロキとツムギは同時に、キノセの手を掴んだ。


「お? 二人ともその気に……」

「バカが! 走れクソダサコーデ!」

「後ろ後ろぉー!」

「はい?」


 二人に引っ張られるまま駆け出すと、キノセは背後を振り返る。そこには車道いっぱいまで幅のある、あまりに巨大な鉄の塊がいた。あちらこちらに金属装甲を備え、複数のタイヤで走行する様は雄大であり凶悪。キノセの知識にないその車両の名前は、装甲車であった。


「ぎゃあっ! あれ何なんスか!」

「知るか! お前の仲間じゃないのか!」


 当然キノセの仲間ではない。

 その姿を見た瞬間に装甲車の目的を察したクロキだったが、その想像は現実となる。装甲車は三人目がけて、一直線に突き進んでいるのだ。時折歩道に乗り上げる様子を見せている事から、その巨体と質量で三人まとめて轢き殺そうとしているに違いない。


「こ、こっちっスよぉ!」


 悲鳴混じりの声でキノセは呼びかける。向かった先は、先ほどまで自分で乗っていた軽自動車だ。好奇怪人捜索のために乗ってきたが、今はその好奇怪人を逃がすために乗る破目になるとは、キノセも想定外であった。


「乗って乗って! はやく!」


 キノセは運転席に乗り込むと、エンジンを始動させる。その後やや遅れて、ツムギが後部座席に、クロキが助手席に乗り込んだ。


「よし、出せ!」


 言われずとも、とキノセはアクセルを踏み込む。小さな水色の軽自動車は急加速し、装甲車からの逃走を開始した。

 サイドミラーから見る装甲車は、やはり三人を追って来ている。


「なんっなんスか! あれ!」


 キノセの声に、幾分か冷静さを取り戻したクロキが答える。


「どう見ても、管理側の刺客だろうな……。俺とリス子を殺しに来た」


 ぶるりと身震いするツムギ。それを見て、そもそも自分たちが命を狙われているという事実をキノセは思い出す。怪仁会の縄張りにいる間は襲撃されないので、その感覚が希薄だった事は事実だ。


「……そういや、ウチら三人とも狙われてんスよね……」

「何を今さら。お前は……。そうか、キノセ嬢も正義執行を宣告された側か」

「キノセさんは何をしたんですか? 見た感じだと、殺されなきゃいけないような事をするヒトには……」

「あー……ウチっすか……」


 キノセは車を走らせながら、自分が狙われる理由を思い出す。


「旧時代の道具を作ったんスよ」

「おまっ……」

「えぇ……」


 旧時代と言えば、大昔のヒト回路が存在しない時代である。

 クロキとツムギは心なしかキノセから距離を取る。信じられないものを見る視線が、痛いほどキノセに突き刺さった。


「そ、そんな風に引かなくても……」

「一体何があったら旧時代の道具を……。そもそも製法がないだろう……」

「そんなの、ブッ壊れたのを拾ってきて修理したんスよ」

「何が目的でそんな無茶な事をしたんですか……?」

「いやだって、壊れて転がってるから、見てたらこう……うぉー! って」


 いつかのあの日。それまでパズルの類で自分の気持ちを誤魔化していたキノセは出会ってしまったのだ。旧時代の道具が打ち捨てられ、集められたその場所に。ゴミ山と通称されていた場所は、宝の山だった。


「ウチは組立怪人キノセ。そうじゃないモノと、そうじゃないモノを繋げて、そうであるモノに組み立てる。そういう怪人なんスよ」


 キノセにとって、自動車を一度バラバラに分解して、もう一度組み立て直す程度の事は何でもない事であった。そして宝の山には、見た事もない道具がいくらでもあったのだ。


「で、旧時代にあった殺傷力の高い道具なんかも作ったんスよ。そしたら、あっという間に正義執行。最初は自分で作った武器で応戦したんスけど、どうにもならなくなって、そんで姐さんに助けてもらったっス」

「……どうやら、大概に頭のおかしい怪人だったらしいな」


 呆れた様子で溜息を吐き出したクロキ。


「ちなみに、クロキさんは何をしたんですか?」

「俺か? 俺はシンプルだ。大した話ではない」


 後部座席のツムギに問われたクロキは、思い出すまでもない記憶を思い出す。


「ここへ来た初日に、俺を連行してきた名誉人類に勝負を仕掛けて論理崩壊させた。応援に来た連中も、まとめて片っ端から勝負して論理崩壊に追い込んだ。……結果、その場で正義執行の対象にされた」

「マジっスか……」

「……一番頭がおかしいのはクロキさんでは?」

「何だと? 超兵器だの旧時代道具だの、半分オカルトに突っ込んだお前らよりずっと健全だと自負している」


 しかし、とクロキは続ける。


「これでようやくわかった。装甲車など持ち出すのも納得だ。正義執行の対象が三人もいるのだ。それも、不死身怪人と怪仁会の会員までセットだ。千載一遇の、という事なのだろう。今日は管理長官もいたはずだ。この機を逃す訳もない」

「のんきに言ってる場合じゃねぇっスよ」


 目の前に見えてきたのは、赤信号である。組み立てることに関しない以上、モラルと法律に縛られたキノセは停車を余儀なくされる。


「あそこで止まったら、そのまま車ごとミンチに……」

「ならん。このレース、勝つのは俺だ」

「レース……?」


 クロキは窓から顔を出すと、背後の装甲車を確認。それから赤信号に目をやり、ツムギに呼びかけた。


「リス子、キノセ嬢の目を隠せ」

「えぇっ! ウチの目を! ちょ、んな事したら……」

「どうしてそんな……いや、なるほど!」


 理解したらしいツムギは、後部座席からその小さな両手を伸ばす。キノセの悲鳴を無視し、その目を覆い隠す。


「キノセ嬢! アクセルから足を離すなよ! さぁ、勝負だ!」


 クロキの口が邪悪に歪む。赤信号の交差点では車が行き交うが、この程度であれば行けそうだ。

 窓から顔を引っ込めると、クロキはハンドルに手を伸ばす。赤信号を見ていないキノセは、それを認識する事なくアクセルを踏み続ける。そして、これをレースだと認識したクロキはハンドルを操作し、赤信号の交差点をそのまま駆け抜けた。


「やった! これで振り切りましたよ!」

「まだだ!」


 幸いにして交差点で事故を起こさなかったものの、装甲車もまた赤信号を無視して突き進んで来るのが見えた。交差点を抜けた事で目隠しを外されたキノセは、バックミラーを見て驚愕する。


「な、なんでっスか! あっちも赤信号で止まるんじゃ……」

「やはりそうか。やってくれるな!」


 クロキは凶暴な笑みのまま頷いた。

 もっと勝負が出来る。


「想定通り、あれは遠隔操作だ。無人車と見て良い。最初からヒトを轢殺するつもりで突っ込んでくるなど、その時から妙だとは思っていたのだ。恐らく、操作している人物もまた、自分が装甲車でヒトを轢き殺そうとしているとは認識していない」

「じゃ、じゃあどうすんスか! 無敵じゃないっスか!」

「あちらが無敵なら、こちらは不死身……などと言葉遊びをしてみるのも悪くないな」

「ふざけてる場合じゃありませんよ! ほら、もう一台来ます!」


 後ろを見ていたツムギが告げると、横道から合流した大型バンが信号を無視しながら追走してくるのが見えた。


「いや、アレは……。クソ! こんな時にややこしい!」

「姐さんの車っス! 姐さぁーん!」


 泣きそうな声でキノセが叫ぶ。大型バンは見る見るうちに距離を詰めてくると、クロキらと並走し始めた。その窓が開くと、運転しているアカバネが見えた。


「キノセぇ! あんた何やってんだ!」

「うあーん! 姐さぁーん!」


 どう状況を説明すべきかクロキは一瞬迷ったが、その暇もない事は明白だった。


「おいイカれシスター! こっちにはキノセ嬢もいる! あの装甲車は無人で、遠隔操作で間違いない! 説明している暇がない! 俺の言いたい事はわかるな!」

「あぁ? 何だって一体……」

「わかるはずだ! お前が狂信怪人ならば、必ず! お前の教義は、ヒトを救ってなんぼ、なのだろう!」


 クロキが叫ぶと、アカバネは面食らった表情の後、静かに頷いた。


「……そういう事かい。なら! あんたにも一言だけ言っておくよ!」


 アカバネはクロキを見もせず叫び返した。勝負怪人ならば、この一言で充分だ。ヒト回路に約束させるよりも、ずっと効果がある。


「好奇怪人も、キノセもあんたも! 三人で生きてこそ勝ちだからね!」

「……承知した! 誰を犠牲にする一手も使わんでおこう! そっちは任せたぞ!」


 やり取りはそれだけだった。アカバネの車は再び横道へと曲がり、クロキ達の前から消えてしまう。


「姐さぁーん! なんでぇー!」

「黙れダサコーデ! 泣きたいのは俺もそうだ! こっちはお前ら二人を切る選択肢を潰されたんだぞ!」

「え。私たちを犠牲にするつもりもあったんですか? 相棒も? この、相棒もですか?」

「あぁうるさいな! 見ろ、また交差点だ! キノセ嬢の目を隠せ!」

「後でじっくり聞かせてもらいますよ!」

「うあぁーん!」


 クロキはハンドルを取ると、またも強引に交差点を突破した。


「こ、この後どうしますかクロキさん!」


 ツムギの焦った声が聞こえる。

 勝敗を他者に委ねるなど言語道断。しかし、クロキに取れる選択肢は少なかった。


「狂信怪人の一手が、この状況に勝ち筋を作る。あの女は必ずやってみせる」


 できるはず。狂信怪人はキノセという仲間を救わずにはいられない。


「俺たちは世界を敵に戦う怪人だ。その目的のための力は無限だ」



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