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怪人地区  作者: 蛇子
18/18

Ep18 宣戦布告



 全ての怪人が書類上、人類と表記されることが決定したその日。管理塔に押し掛けて人類を名乗った人々は、怪人地区から人類領域へと笑顔で飛び出して行った。

 彼らを縛るものは何もない。仮に人類領域で怪人として拘束されても、それを留める場所は怪人地区である。書類上は人類である以上、大手を振って何度でも人類領域へと帰ることができる。そうした元怪人の行動を制限するルールを人類は持っていない。また人類の性質上、新しいルールを加えることは簡単ではない。

 そして怪人地区からヒトの姿が減って行く。残っているのは、人類領域での生活が足かせになる者。人類のルールが適応されない場所でこそ息が吸える者。

あえて自らを怪人と呼ぶ者だけである。


 一か月ほど経過して、人類は怪人への対抗策を検討していた。果たしてあの街を再び正しく管理するにはどうすべきか、そうした議論が重ねられていた。

 それを知った怪人地区は人類と対照的で、議論すらせずに総意を決定した。

 怪人地区、管理塔の一室には大量の機材が運び込まれていた。


「どうっスかね! ご注文の品は用意できたと思うんスけど!」


 トラックスーツにスカジャンを羽織ったキノセが満足気に言うと、それを見たクロキは頷く。


「素晴らしい働きじゃないか。……だが、動作テストはしてないんだろう?」

「そりゃあ、一回でも使ったらバレちまうっスからねぇ……」

「ぶっつけ本番、という訳か」

「うはは! クロキさんの得意技っスね!」

「どちらかと言うと、怪仁会の十八番だと思うがな」


 肩をすくめつつ、軽口を投げ合う。それからクロキは、ずらりと並べられた黒い箱を眺める。どれがどう作用するか素人には見当もつかないが、キノセが用意したのだから正確だろう。組立怪人の名は伊達ではないはずだ。


「これ、人類領域からパーツを買って来たんですか?」


 機材の隙間でキャスケット帽が揺れ、ツムギが興味深そうに声を上げた。


「半分くらいそうっスね。今は人類領域でも自由に買い物行けて、マジ助かったっスよ。もう半分はゴミ山遺跡から拾って来たっス」

「それって、旧時代の道具が残ってるって言う……?」

「お、好奇怪人としちゃ気になるみたいっスね。お察しの通り、違法な部分は旧時代のパーツで作った自信作っスよ」


 技術的には現行の人類で再現可能である。しかし治安維持機構と同様で、違法性のある使用を前提としたパーツの販売はもちろん、製造すら許されていない。

 ツムギとキノセが旧時代の道具について会話の華を咲かせる様子を横目に、クロキは部屋の隅に立つアカバネに声をかけた。


「よう。今日という記念日を祝いに来てくれたのか?」

「あぁ? 何言ってやがる。あんたしか出来ないとは言え、あたしゃぁね、あんたにそれを任せるのは反対なんだよ。ちょいとでも下手をやってみろ。その機材ごと派手にぶっ壊してやるからね。怪仁会も怪我人は出たが、死人はいないんだ。いつでも全員あんたの敵になって構わないんだよ」

「くっく、言ってろイカれシスター」


 部屋に集まっているのはこの四人だけである。これから行う事に人数は必要ないが、事の行く末を直接見届けたいと集まったメンバーだった。

 それは怪人の総意だったが、それを可能とするのは勝負怪人であるクロキのみであったのだ。クロキという人選に文句を述べる者も多く、アカバネはそうしたヒトの代表として立っている。


「しかしまぁ……」


 ふと、アカバネは懐から煙草を取り出しながら言う。


「あんたに感謝してる所もあるにはある」

「ほう? 殊勝な事だな」

「茶化すんじゃないよ」


 口にくわえた煙草に火が灯り、紫煙が宙に溶けていく。


「あの子らに会いに行く、探しに行く、そういうことが出来るようになったんだ。怪仁会もあるし、二度と同じ轍は踏まないさ。それが出来るようになった。その点では感謝しとくよ」

「よくわからんな」


 アカバネの事情に興味などない。クロキは首を振って半眼の視線を送る。


「察するに、人類領域に知り合いでもいるのか? 出来るようになった、などと言わずに怪人らしく探しに行けば良いだろう。それとも感謝している割に、大して重要な人物ではないのか?」

「そりゃあまりに怪人らしすぎるね」


 アカバネはのどの奥で笑った。


「あたしが会いに行くのが本当にあの子らのためになるのか、そこをじっくり考えてからじゃあないとね。あたしは怪人だが、そうである前に……。あの子らの母親を気取っていた時もあったんだから」


 それから肺に煙を溜め込み、煙と共に言葉を吐き出す。


「何かを選ぶことができる。大事なのはそれさ。怪人や人類だけじゃない。どこに行き、何を成し、誰を愛し、どう死ぬか。それがどんなに悪い結果でも、良い結果でも、己の選んだ道を行く事が出来る。人生ってなぁね、それさえ出来れば後悔しないように出来てんのさ」

「……」


 クロキは顎に手を当てて何かを考える表情を浮かべ、それから言った。


「やはり、さっぱりわからんな。勝利も敗北もどちらも貴いもので、選ぶ必要がない。そしてもし勝ちたければ、選ぶなどと贅沢な事をする前に戦わなければならない。そして戦った者だけが何かを得る。その真理をわからんお前ではあるまい?」

「勝負怪人には難しい話だったかね」

「尼さんの説教なら間に合っている。そもそも、自身の事も選べない世界など俺の方から捨てたから怪人になったのだ」

「そうかい」


 アカバネは口元を歪めた。あるいはそれは、笑った顔にもクロキには見えた。





 事は正午ぴったりに行う予定だったが、まだあと少しだけ時間がある。クロキは手近な機材に腰を下ろすと、思い出したように言った。


「そう言えば、な」


 先日気が付いたことである。ツムギに勧められて少しずつ読んでいたのは、はじまりの怪人についての日記。暇つぶしのつもりだったが、読んでいて気が付いたことがあった。


「はじまりの怪人。そいつは何でも出来たって話だが、多分それは人類から見た目線だ。言うほど万能じゃなかったと思うぞ」


 言った瞬間、猛烈な勢いでクロキの前に突進してきたのはツムギである。


「え、え、え! クロキさん! その話をもっと詳しく!」


 鼻息も荒く、これでもかと大きく目が開いた表情は興奮を隠す様子もない。


「いやなに。あの日記を読んで違和感があってな。……何と言うか、やってることが半端だ。怪人地区を作るまでは理解できる。だがその後の動きが腑に落ちない」

「……と、言うと……?」

「怪人地区が出来たなら、次にやるべき事は人類への攻勢だ。領土あるいは権利の拡大を目指し、最終的には怪人の人権を勝ち取る。本来はそこまでしたかったのだろう。それだけの勢力も戦力もあった。その気になれば人類と対等に戦えたはずだ。俺にはそう読めたし、何よりも俺ならそうする」


 だが、はじまりの怪人は怪人地区が出来た後ほとんど活動していない。日々を街でのんびりと過ごし、日常を謳歌している。


「俺が思うにこいつは、防御しか出来なかった。自ら人類を攻撃するには、ヒト回路を突破できなかった。だから壁に用意した大砲も、単なる模型に過ぎなかった」


 ふあ、とあくびを一つかみ殺す。ツムギの目は興奮に色めき立っているが、クロキにとってはさして興味のある話題ではない。ただ何となく、ふと思いついたに過ぎない。


「で、はじまりの怪人。こいつはちょっと遊びすぎだ。自分で作った街の行く末を決める会議だと言うのに、それすら簡単にすっぽかす。それで何をするかと思えば、ほぼ毎回が単に遊んでいるだけだ。大義名分や理由を一つも用意せずにそんなことが出来るのか? どう前向きに解釈しても、明らかなモラル違反だ。怪人特性が関係していると思えてならない」

「そこが面白い……と思って私は読んでいましたけど……」

「あぁそうか、なるほど。娯楽として読むと違和感がないのか。俺にはこれが答えに思えるぞ。こんなの、怪人じゃなきゃこうはならない」

「怪人じゃなきゃ、って? はじまりの怪人はその通り、怪人ですけど」

「つまり。はじまりの怪人が一体何の怪人だったのかわかる、と言ってるんだ。……お前ならわかるだろう?」


 ツムギの肩が跳ね、その目から好奇心が溢れ出す。早くその答えを言えと、クロキの首に手をかけかねない衝動がツムギの全身から漏れ出した。

 クロキはその様子を半眼でしばし眺めると、溜息と一緒に言葉を吐き出した。


「その正体は恐らく、遊戯怪人だ」


 ゲームだと認識したあらゆることにおいて、ヒト回路を無視する。そうした怪人特性だったに違いない。

 困難を含めて、どんな時でも遊ぶことを優先しているその生きざまは、単に子供っぽいの一言では説明できない。だが遊戯怪人であるなら納得ができる。どんな状況にあっても、そこに遊びを見出すことがはじまりの怪人にとって、生きるということだったのだろう。


「それに、あのロボの操作方法だ。ゲームにすればヒト回路を突破できるなんて、実に遊戯怪人らしい」


 くくく、と笑うとツムギがへなへなと床に崩れるのが見えた。


「ゆ、遊戯怪人……。確かに、それなら……」

「だから人類に攻撃できなかった。防衛はまだしも、実際に戦争状態を開始するとなるとゲームでは済まない。ヒトが死ぬことを前提とした場合、それを遊戯として認識は出来ない。というのが遊戯怪人の弱点だったのだろうな。万能怪人の正体は、何ともお優しい奴だったらしい」


 それからクロキはちらりと時計に目をやる。そろそろ頃合いだ。


「では。過去から紡がれた思いは、今の俺が未来に繋げるとしよう」


 などと曖昧な言葉と一緒に立ち上がる。


「遊戯怪人が選べなかった、その先の未来は俺がもらう」


 黒いジャケット、黒いシャツ、黒いスラックスに黒い革靴。最後に長い髪に乱れがない事を確認したクロキは、部屋の中央に立った。


「そうだツムギ。お前も来い。俺の横に立つだけで良い」

「えぇ? どうして私が……」

「つべこべ気にするな。お前は俺の相棒なんだろう? ならここに俺一人だけが立つのは相応しくない」

「うーん……わかりました! お供しましょう!」


 弾むようにツムギが機材の間を抜け、クロキと並んだ。


「よし。キノセ嬢! 始めろ!」


 張り上げた声には、明るい声が返って来る。


「了解っス! 全国同時の電波ジャック生放送! 怪人地区からさぁどうぞ!」


 キノセが機材に電源を入れ、その機能を解放する。低く唸るような音と共に、部屋の中央へと向けられたカメラ映像が機材に取り込まれて行く。


「くっくっく」


 忍び笑いが漏れた。音と映像は機材によって処理され、人類領域の全てへと強制的に放送される。その規模の大きさに、クロキは緊張ではなく愉快さを覚えた。


「ハロー世界。この放送は怪人地区より勝手に行われている」


 部屋の中央に立ち、カメラに向けて両腕を広げた。隣にいるツムギからは緊張が伝わってくるが、クロキは楽しくて仕方がなかった。


「俺は怪人クロキ。今日は全ての人類に、残念なお知らせを用意した」


 隣のツムギがカメラに映っているか、さりげなくモニターを確認する。身長差があるので不安だったが、しっかりと全身で映っている。


「我々怪人は、全人類に対して宣戦布告する」


 はじまりの怪人が選べなかった未来。勝負怪人でなければ告げられない言葉。

 クロキは怪人の総意を背負い、邪悪に笑った。


「立ち上がれ! ここに集え怪人よ! そして恐怖せよ人類! 俺たち怪人は人類全てに対し、怪人のための怪人による怪人の人権、怪人権を要求する! そのために全ての怪人特性を行使する用意がこちらにはある!」


 拳を握ったのは、何に対してだろう。決まっている。これから起きる勝負に満ちた日々への期待と高揚がそうさせるのだ。


「お前らに我々と戦う勇気があるならば試してみるが良い! 平和や平等を叫ぶ以外に出来るなら、その屍で山を築いてくれる! ただし、我々を相手どるならば、一つだけ覚えておくが良い」


 総人口の一割程度の怪人が、それでも人類と対等に戦える理由がここにはある。


「この世にある全ての邪悪は、脅威は、敵意は、平和を乱す混沌は! その全てが、ここ怪人地区に集まっている! お前ら人類が自らそうしたのだ! 人類如きが抗えるものならやってみろ! はぁーはっはっは!」


 それはクロキの本心であった。そして怪人地区の総意である。

 やれるもんならやってみろ。

 人類が怪人地区への対応を議論していると聞いた時、全ての怪人が皆一様に笑ってみせた。誰一人として、世界に屈するつもりなど微塵もなかったのだ。

 そしてクロキは吼える。その宣言は勝負怪人にしか言えない言葉である。


「さぁ、勝負だ!」


クロキはこれから始まるであろう世界そのものとの勝負を想像して、カメラの向こうを強く強く睨み付ける。しかしその口元には、隠す事のできない笑みが溢れていた。



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