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怪人地区  作者: 蛇子
17/18

Ep17 リセット



ツムギは全身から滝のような冷や汗が噴き出すのを感じる。今度ばかりは本当に死ぬかと思った、と口から安堵の息が漏れた。


「な、何をした好奇怪人!」


 興奮した青崎の怒号が飛ぶ。クロキを背に、ツムギは震える両足が崩れ落ちてしまわないよう耐えつつ、青崎に指を向けた。


「せ、制服です!」

「制服だと……?」


 ツムギは唾を飲み込むと、言葉を続けた。


「青崎さん。あなたは大量の機械を同時に操作しています。手動で操作できるのは一体だけなのに、何故そんな事が出来るのか。それは最初に指令だけ出して、自動で動かしているからです。そりゃ機械ですから、命令しておけば勝手に怪人を攻撃するでしょう」


 だが、そうであるなら疑問が生まれる。


「では、その指令内容とはどんなものか。それは名誉人類には攻撃せず、怪人だけを見分けて攻撃するような指令のはず。ですが、あなたに全ての名誉人類の個人データを設定する時間があったとは思えません。ならそれは、視覚に頼った何かで見分けていると考えられます」


 そしてその答えとは。


「この街で怪人と名誉人類を分ける外見的特徴は、一つだけです!」


 ぐっと拳に力を込め、ツムギは今まさに立証された推理を叩きつける。


「それは制服です! 攻撃されていない職員や名誉人類は、皆同じ制服を着ています! つまり、この機械兵器はクロキさんを攻撃するために私を巻き込む事は出来ない!」


 そう告げられた言葉は、果たして真実であった。青崎は憎悪のこもった視線を放つと、再び操作画面に向かう。


「なら! 手動操作でお前らを葬ってやる!」


 しかしその操作を行う一瞬の隙があれば良かった。ツムギは誰もが無視できないだろう言葉を叫ぶ。


「この放送を聞いている全ての怪人に告げます!」


 そして高々と掲げたのは、薄型のモニター端末。


「好奇怪人ツムギが、ここに本物のリセットを使います!」

「バカな!」


 瞬間、青崎が勢いよく振り返る。ツムギの背後で、クロキが突き飛ばされて尻餅をついた体勢のまま、静かに笑い声を漏らした。


「とうとう見つけたのか、ツムギ。よくやったな」

「……はい。やっぱり、リセットは本当にありましたよ」


 そう言い切れることが嬉しくて、満たされて、何となく泣きたいような気持も抱えつつ。ツムギはそうクロキに微笑んだ。


「さぁ! こっちにもリセットが揃いました! これで五分と五分です! あなたの相棒も隣にいます! まだ負けてなんかいません! 勝ちに行きますよ、クロキさん!」


 ツムギが拳を握って差し出すと、クロキはごつんと拳をぶつけた。

 そして、様子を見ていた青崎の声が響く。


「本当のリセットだと? なら僕のリセットは何だと言うつもりだ! この兵器を越えるものが、今さら都合よく用意できるものか!」


 青崎が吠えるように叫ぶ。しかしツムギは臆する事なく一歩踏み出す。手元のモニター端末を握り直した。


「まさかその小さいのがリセットだと言うつもりか? 虚仮脅し、はったり、欺瞞の類だ!」

「いいえ。このモニターはリセットではありません」


 首を振り、ツムギは静かに続ける。


「かつて、みんなの願いを込めたとされるリセット。それはいつの日か怪人が未来に進むためのものです。怪人が、この怪人地区を出て行ける世界を目指した、希望への祈りです」


 はじまりの怪人が未来に託した希望は、人類には決して触れられない場所に置いてあった。だがそれは、怪人しか扱えないのではない。怪人しか使う意味がないものだったのだ。これに対してどれだけ人類が抵抗しようとも無駄である。隠すことしか出来なかったのも納得だと、それに気づいた時ツムギは一人笑った。

 何故なら、人類は法律違反もルール違反もできない。定められたことを変更することが出来ない。故に、決して触れることができないのだ。


「怪人地区、特別条例第一条。怪人地区内の全怪人の賛成八割を以て、新しい条例を誰でも加える事が出来る」


 ツムギは確信と共に言う。


「リセットとは、はじまりの怪人が作ったこの街の条例です」


 その瞬間、クロキは思わず吹き出した。ぷ、と息が漏れる音が響く。それは青崎の表情があまりにも歪んでいたのが主な理由だろう。ざまあみろと口の中で唱えたのが小さく聞こえた。


「特別条例第一条……? 今この場で、そんなものが何の意味を持つ? 新しい条例だと? どうやって八割の賛成を集める?」


 若干の困惑を孕んだ声で青崎が問う。本当にわからないのだとしたら、それはかつていた彼らの狙い通り。リセットに至ることができるのは、真の怪人だけであることの証左。

 ツムギは握りしめていたモニター端末を掲げた。


「これは災害時における安否確認に使われる端末です。管理者であるあなた達が作った、怪人を管理するシステムの一つです」

「それがどうした」

「災害時は安否報告が義務付けられています。そのために、怪人地区のあちこちに生存報告をするための端末が設置してあります」

「それが、どうした!」


 ツムギは一つ大きく息を吸うと、放送を聞いている全ての怪人に届くよう、大きく叫んだ。


「今から提案する条例に賛成の方は、名前を入力して下さい! その人数を以て、賛成数の割合を計算します!」


 青崎は手元の操作画面に拳を叩きつけると、ツムギに叫び返した。


「そんな計算があるものか! 投票は然るべき形式に沿う必要がある!」

「ない!」


 即座にツムギは切り返す。


「それは管理側が設定した勝手なルールです! この条例には、投票の方法など一つも明記されていません! 正確な数が算出されるならば、これで充分だと私は断言します! 何故なら!」


 壁の穴から吹き込む風を浴び、その青空に手を向けた。


「ここは人類領域じゃない! ここは、怪人の街だ!」


 人類の定めた暗黙の了解など関係ない。ツムギは胸を張った。それからクロキに振り返る。


「かつていた彼らの遺志は、今ここに私が紡ぎます!」


 この街のはじまりとなった彼らの遺志、願いへとツムギは想いを馳せる。きっと、自身らが亡き後にこんな時代が来ると予想していたのだろう。人類によって蹂躙され、支配される怪人の未来。それを破壊し、もう一度最初からはじめる。

 そのためのリセット。


「こんな管理だらけ、ルールだらけ、支配だらけの枠なんて私たち怪人に要りません。全ての怪人が、ここで自由に生きて行ける事を望みます!」


 過去からの願いを受け取った。そう思ったツムギは、クロキの表情が変化するのを見た。


「……何?」


 ぽつり、と呟いたその言葉は疑問を孕んでいた。何か違和感があるような、まるでツムギが何かを間違えたかのような、そんな曇った表情が浮かんでいる。

 だがその違和感の正体をクロキは掴むことが出来なかったらしい。座り込んだままツムギの様子を静観する。

 新しいルールを一つ加えるだけで怪人地区を崩壊させる。そんなことを言われては不安にも感じるだろう。だが、きっとクロキも賛成してくれるはずである。

 ツムギはクロキに笑顔を向けると、宣言した。


「新しい条例を提案します!」


 空を見上げたツムギが言ったのは、怪人地区を存在ごと消滅させ得る一手。怪人地区などという呼び方すら意味を成さなくなる、必殺の一撃だ。


「今までの条例、法律、ぜーんぶなかったことにする! です!」


 それが成立したならば、全てが自由の下に解き放たれるだろう。晴れ晴れとした気分を大空に溶かし、満たされた表情でツムギは告げた。

 しかしその目はクロキの方を見てはいなかった。


「それは……」


 クロキは言いかけ、しかし次に続く言葉を探したまま沈黙する。


「あはは! これで怪人の勝ちですよ!」


 両手を広げたツムギは溢れる高揚感に笑い、くるくるとステップを踏んだ。





 クロキの前で楽しそうに笑うツムギは、そのままモニター端末を操作。賛成意見の集計を始めた。


「これで終わりですよ、青崎さん。この条例が通ればあなたが持つ権限を何もかも失います。あなたが治安維持機構を操作する理由は、その権限あってのことだとクロキさん相手に言っている以上。あなたの横暴もここまでです!」


 ツムギの言っていることは事実である。もし、これまでのルールを全て消すというなら、青崎が根拠にしている理論理屈が全て消滅する。

 さらに正義怪人としての特性上、恐らくルールを完全に無視することは出来ない。ルールを守らないのが正義か、と仮にクロキかツムギが一言述べるだけで青崎の怪人特性は封じられる。


「だが……」


 クロキはこれが上手く行くとは思えなかった。正確には、感じられなかった。何かを見落としているような、嫌な感覚が胸から拭えない。本当にその条例を加えても良いのか、疑問を抱いてしまっている。


「さぁー皆さん! 近くの端末からお名前を入力して下さい!」


 青崎を見れば、ゆったりと制帽を被り直している。さぁっと頭の血が引いていくのをクロキは感じた。青崎にはこの状況で、制帽を正す余裕があるのだ。


「好奇怪人。そして賛否を迷う怪人らに、一つ忠告をしておこう」


 先ほどまでの激昂した様子が消えた青崎は、水面に雫を落とすように言った。


「この怪人地区に施行された法律、条令、ルール、その類は人類が怪人を管理するためのものだ。しかしそれは、同時に別の意味を持っている」

「そんなのありません! 私たちに管理なんて必要ないんです!」

「いいや。管理という言葉を履き違えるな好奇怪人」


 青崎は正面からツムギを見据えて続ける。


「怪人地区に存在する全てのルールは、人類から怪人を保護する役割も兼ねている。僕は管理者。支配ではなく、管理を行っている」


 そして青崎はツムギから視線を外し、虚空を眺める。まるで大勢の怪人に語り掛けるように口を開いた。


「考えてみるが良い。全てのルールを取り払った、その明日を。そこにあるのは怪人としての権利や恩恵すら失ったヒトではない何かだ。元から人権などない。そして怪人として得ていた全てをも失う。何故だかわかるか? 怪人地区の条例には、怪人を保護し、その生活を保障する内容があるからだ」


 もうこちらを見てすらいない。青崎の態度にツムギは噛みつくように言い返す。


「明日は私たちが、自ら切り拓きます! 誰かに与えられた明日ではなく、自分たちの明日を私たちは目指します!」


 ちらり、とツムギに送った視線は果たして何の感情も浮かんではいない。


「わたしたち、と言ったな」

「……えぇ言いました。何かおかしいですか?」

「その私たちに含まれるのは、どの程度の人数だ?」

「そ、そんなの! 全ての怪人に決まってます! 何を意味のわからない事を!」

「そうか……。そう思うのか」

「当たり前です!」


 青崎は再び虚空に視線を戻す。


「では僕から怪人どもに良いことを教えてやる。賛成に名前がなかった者は名誉人類になる意思があり、更生の余地があると判断して粛正は保留にしてやる」

「そんなの無駄です! ルールがなくなれば、そもそも青崎さんは誰一人として粛正なんて出来ないんですから!」

「ならそのまま投票結果を開示しろ。時間的にはもう充分だろう。やってみろ」

「えぇそうします。この結果で、あなたはもうおしまいです!」


 そしてツムギが端末モニターを操作し、投票を締め切る。それを見た青崎は肩をすくめて言った。


「あぁそれと。もう一つだけ、忠告と言う程でもないが付け加えておこう」


 青崎がそれを言うのと、投票結果が開示されるのは同時だった。


「リセットにより全てのルールを消滅させるだって? 僕ならそうしない」

「そんな!」


 ツムギの手元に表示された人数は、全体の約三割から四割程度だった。


「どう、して……」


 かく、と膝から崩れたツムギの顔からは表情が抜け落ちている。定まらない視線で数字を何度も確認するが、その少ない数が増える事はない。


「当然だ。いくら怪人が異常者であっても、お前のような特別に頭のおかしい異常者などそう何人もいるものか。……僕の読みでは二割程度だと思ったが、ここまで数がいるとは思わなかったな」


 青崎は不満気に息を吐いた。


「ど、どうしてですか! どうして、みんな……。こんな、管理された、縛られた世界の、そんな明日なんて……。私たちは皆、やりたいことも好きなこともある怪人じゃないんですか!」

「その傲慢な考えが、やはり怪人の怪人たる所以だな。好奇怪人、やはりお前は正しく真の怪人だったよ。だから失敗した。正義は必ず勝つ。そういうことだ」


 青崎はそれだけ告げると、ツムギに対する興味を失ったように操作画面へと向かう。ツムギは立ち上がり方を忘れたようにうずくまると、悔しさに肩を震わせた。


「私、私は……」


 すすり泣くような声で何事か呟きつつ、時折床を拳で殴りつけるツムギ。


「こんなに、こんなにたくさんのヒトが助けてくれたのに。リセットが何なのかわかったのに。はじまりの怪人が、その願いを託してくれたのに。それを受け取ったのに! なのに、どうして! わ、私は!」


 クロキはゆっくりと立ち上がった。それからツムギの小さい背中を視界に収め、思考する。どれだけヒト回路に制限されたとしても、何を思い、何を考えるのか、その心までは自由である。

 だからクロキは思考する。

 リセットとは特別条例第一条。ツムギがその全てを懸けて発見してきた情報はきっと正しい。かつていた、はじまりの怪人が未来に託した希望。ツムギが言うなら、それはそういう意図で作成されたのだろう。


「……だと、したら」


 過去何があったのか、クロキは糸を辿るように思考の網を広げた。

 人類と戦い、怪人を守るための街を作った英雄。そして仲間と共に怪人を集め、それを守るために機械兵器の製造や法整備まで行った。大勢の怪人が協力し、それぞれの想いがあっただろう。はじまりの怪人はそれを束ね、リセットに願いを込めた。


「……だと、したら」


 その願いとは、希望とは、ルールを壊して人類と戦うことだったのだろうか。ツムギはそう受け取っていたが、クロキは知っている。今ここで賛成が集まらなかった理由は、人類でいたかった怪人が大勢いるからだ。その素質があるからという理由で人類から外され、それでも人類でいたかった者がいるからだ。

 誰もが、怪人になりたくて怪人になった訳ではない。この街には、普通で平穏で常識的な人生を送りたかったヒトもいる。


「だと、したら」


 ほんの僅かな時間だが、クロキは彼らと話してしまった。知ってしまった。人類でいたかったヒトは、怪人地区から出て行く権利を持つべきだ。真に排除すべきは、誰がどこにいなければならない、などというその一方的な考え方だ。


「だとしたら」


 大勢の怪人を束ねたであろう、はじまりの怪人。その人物が、その程度の事もわからないとは思えない。ならば彼が、彼らが願ったことはそこにあるはず。

 怪人も、人類も、自身の在り方を選んで良い。いつの日かきっと、怪人が外に出て、人類が中に入ってきて、それでも成立する時が必ず来る。その日が来ると信じ、その時のためのリセット。怪人地区がなくなると言うのは、怪人地区の名前が不要になるからだ。

 ならば、はじまりの怪人が想定していた新しい条例とは何なのか。当時では施行できず、未来に託すしかなかった希望の一文。


「あぁ、きっとそういうことだろうな」


 そしてクロキは到達する。過去から紡ぐ問いかけに、不敵な笑みで返した。


「ツムギ。その端末をよこせ」

「え……?」


 半ば強引に端末を奪い取ると、クロキはその肩に手を置いて語り掛けた。


「後は任せろ」


 背を向けたままの青崎を視線上に捉え、クロキは一歩踏み出す。


「でもクロキさん、リセットは……」

「リセット? あぁ。そうだな。約束通りだ」

「約束……?」

「おいおい、お前が忘れるのか? 約束しただろう。リセットを最初に使うのは俺だ、と」


 涙の滲んだ顔を上げたツムギに、クロキは鼻で笑って言う。


「お前のそれは半分しか使えていない。恐らくリセットとは、新しい条例の内容もセットで扱うことを想定している」

「つ、つまりそれって……」

「見せてやろう。お前が追い求めた、本当のリセットだ」


 それからクロキは立ち止まって考える。本当にこれが正しいのだろうか、と数秒目を閉じた。

 言葉にしたら多分、もう同じ朝は迎えられない。二度と戻っては来られない。


「クロキさん……。わかったんですか? はじまりの怪人の願いが」

「んむ? あぁ、まあな」


 一体どうやって、と言ったツムギの顔が面白かったので、クロキは簡単に答える。


「はじまりの怪人とは言え、要は怪人だ。怪人の考えることなど、同じ怪人なら手に取るようにわかる。リセットの中身を決めるとして、それはこれしかないだろうな」


 だからこそ。クロキは確信をもって言えた。


「俺なら、そうする」


 ぴく、と青崎の肩が反応するのが見えた。あるいは何かに気づいたのか、しかし全てが手遅れである。もうここから青崎に出来ることはないと、クロキは断言できた。


「青崎」


 呼びかけるが、青崎は振り返ることすらしない。クロキに出来ることなどないと、その背中が言っているようだった。


「さぁ、勝負だ」

「……なに?」


 それは青崎にとって意外な言葉だったが、クロキにとってはごく自然な一言。これから始めるのだ。新しい明日との勝負を。


「新しい条例を提案する!」


 クロキは声を張り上げた。そして、目いっぱいに肺を膨らませる。最後にツムギにちらりと視線を送り、それから遂に告げた。

 リセットが、はじまりの怪人が求めた願いとは、つまりこういうことだったのだろうとクロキは笑う。


「これより、全ての怪人を人類と呼称する!」


 瞬間、手にあるモニター端末が反応するのを感じた。今からどれだけの賛成票が投じられるのか、それを見る意味はないだろうとクロキは目を閉じた。






「怪人を、人類に……?」


 青崎とツムギは同時に反応し、そしてその言葉が持つ意味を口の中で反芻。


「あぁそうだ。変わるのは書類上の呼び方だけ。だが、現行の全てのルールにおいてこれは効果を持つ。全ての人類が受ける権利は、同時に全ての怪人にも適応される」


 そして端的に結論を述べる。


「つまり。この街に怪人として縛り付けられる奴はもういない。誰一人として管理されず、人類でも怪人でも好きに名乗って良い!」


 青崎はふらふらと後ずさりして、クロキを力なく見た。


「バカな、そんなことをしたら……」

「したら、なんだ?」

「人類が、黙ってはいないぞ……」


 その言葉に思わずクロキは笑う。むしろそれは望む所であった。


「人類がどうするって? その時は、思う存分に勝負ができるだろうな」

「バカな……。バカな、そんなバカな事があるか! 誰がそんな事を認める!」

「誰に認めてもらう必要もない。俺たちの在り方は、俺たち自身が選んで決める」


 それからクロキはツムギに振り返る。


「これで、良いだろう?」

「……はい!」


 それからモニター端末に目をやり、クロキは高々と掲げた。


「満場一致だ! 今ここに、新しい条例が加えられた!」


 その瞬間、青崎は不適な笑みを浮かべた。いつの間にか額に滲んでいた冷や汗を拭いながらクロキに告げる。


「は、はは……。バカめ! おかげで僕は人類になったぞ! もはや怪人ではない!」


 クロキに指摘されてからずっと、自らが怪人である事を意識的に考えないようにしていた青崎は、その事からようやく解放される。だがクロキは一瞥するに過ぎない。


「なんだ、そんな事をまだ気にしていたのか。そんな事はもういい。気にする必要はない」

「その通りだ……。僕は怪人であり、人類である! 人類のまま怪人特性を使える存在となった!」


 青崎は怪人特性を発動させるべく身構えた。自らの行いは全て正義の為であり、邪悪たる怪人を粛正する事が天命である。そう自己暗示をかけようとして、しかし。

 それよりも先に、クロキはその指を突き付けた。


「青崎! わかってないようだから教えてやるが、お前の怪人特性が一番弱いぞ!」


 いつかの日に言われた事を思い出したクロキは続ける。


「正義怪人? 押し付けも甚だしいが、つまりそりゃ……悪である怪人を相手にしなきゃ使えない特性って事だ」

「それのどこが……。なっ……! まさか、やめろ! その続きを言うな!」


 ヒト回路は当人の認識を根拠とする。そのためヒト回路に影響することであっても、それについて考えなければ認識せずに済む。

 だがそれを言われてしまった場合、青崎はその事実を認識してしまう。怪人か人類か、などとルールや書類上の話で誤魔化せるものではない。何故ならクロキが言おうとしているそれは、他ならぬ青崎自身が根拠としているルールそのものだからだ。


「言うな! 今それを言うと……」

「青崎! お前が怪人特性を使える人類なら、俺たちにだって同じ事が言えると思わないか?」


 青崎は耳を塞ごうとするが、クロキはこの時を逃さなかった。


「お前が今まで攻撃していた相手は、人類だったことになったぞ」

「く、ああぁぁ!」


 正義のため、人類のために怪人を粛正する。それを理由に全てを行い、怪人特性によって暴力を無視してきた青崎は、その前提が変わった事でヒト回路の制御に捕らわれる。

 逃れようとしても怪人特性は発動できない。これまでの行いは全て正義ではなかったことになったし、何より悪であるはずの相手は怪人ではなく人類になってしまった。

 これまでの自分を、正義を、肯定できなくなってしまった。

 それはまるで歯車のように噛み合い、ヒト回路が暴力行為を検知する。


「……俺の勝ちだ」


 静かにクロキが告げるのと、意識を失った青崎が床に崩れ落ちるのは同時だった。


「おいツムギ」


 座り込んだままのツムギに手を指し伸ばすと、その手が重なる。ぐいと引っ張り上げると、二人は壁の穴から怪人地区を眺めた。地上のあちらこちらから、大勢のヒトが集まってくるのが見える。


「悪くない眺めだな」

「……はい。本当に、そう思います」


 自由を叫ぶ歓声が、風に乗って二人の頬を撫でた。



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