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怪人地区  作者: 蛇子
15/18

Ep15 勝負


 怪仁会はアカバネの号令により、クロキとツムギの前方にいる機械から優先に破壊することを決定。アカバネは装甲車に乗り込むと、クロキとツムギを乗せてアクセルを踏み込んだ。

 管理塔の正面玄関に装甲車が突入すると、驚いた管理塔職員、大勢の名誉人類が何事かと現れる。


「あたしらは外から。あんたらは中から頼むよ。本当にやれるんだろうね?」

「あぁ。肩慣らしに、この連中から圧倒してくれる」


 クロキは装甲車から降りると、ツムギと並んで管理塔の奥へと足を向ける。当然の事として、集まった職員らはクロキに迫る。


「さぁ、勝負だ」


 だがその言葉は途中で斬って捨てられてしまう。


「知っているぞ勝負怪人! お前とは勝負をしない!」


 口々に、その場にいた職員は一斉に宣言した。その瞬間、クロキの怪人特性は効力を失い、勝負を封じられる。


「そうか。だが、今の俺には関係がない」


 懐から閃いたのは、愛用のナイフ。周囲の職員は唖然として立ち止まり、そこにクロキが言葉を続ける。


「聞くが良い。この場では今から、誰かに触れた者を敗北者とする」


 その瞬間、全員の動きが止まるのをクロキは見た。装甲車の運転席ではアカバネが感心したように口笛を吹く。

 侵入者を止めようとして触れれば、その時点で敗北。これが一対一であれば、勝負をしないと言い張る事もできただろう。だがしかし、この勝負の参加者はクロキ一人ではない。この場にいる全員が参加者なのだ。


「お前とは勝負をしない。便利な言葉だが、自ら宣言してしまっているのだ。お前とは、と。では俺以外とは勝負をするんだろう? さて、名誉人類になるほどクソ真面目なお前たちは今更自分で言った言葉をひっくり返せるか? それは嘘をついた事になるんじゃないか?」


 ヒト回路は正常に作用し、その場にいる全員を縛り付ける。誰も、誰かに触れる事ができない。触れてしまった場合その時点で敗北する。敗北するという事は、勝負に応じた事にされてしまう。

 だが当然クロキに触れる事は可能である。クロキとの勝負は成立していない。


「勝負怪人め! お前にだけは触れても問題ないはずだ!」

「その通り。だが、それは悪手だ」


 掴みかかった男性職員は、クロキに袖を掴まれる。ぐいと引っ張られた先では、別の職員が立っている。そのまま押し付けられると、職員は互いに衝突し、即座に触れてしまった事と敗北を認識。そしてヒト回路によって昏倒した。


「俺とは勝負をしないのだろう? ならお前らと同じく、俺も自由に触れられる。だがお前たちは互いに触れられないので、一斉に飛び掛かることが出来ない。そして今見た通り、せっかくの人数が却って足かせになっている」


 ゆったりと両腕を広げるクロキ。誰かにぶつかるだけで昏倒してしまう状況では、軽く突き飛ばされることすら恐怖を抱くに充分であった。


「ちなみに。そうして道を塞ぐのは無意味だ」


 エレベーターの前で壁のように陣取る職員に対し、クロキはナイフを向ける。


「このまま行くと刺さるが、避けないのか? ゆっくりと歩く俺のナイフを避けないならば、それは自ら刺さりに来たということ。正当防衛、緊急避難の言葉は使えない」


 胸にナイフが刺さるぎりぎりまで堪えたが、たまらず誰もが避けてしまう。


「残念だったな。ヒト回路がある限り、この世は屁理屈の強さが全てだ。そして俺は勝負怪人。戦うことをせず、与えられた何かだけで生きてきたお前らでは、ハナから勝負にすらならない」


 クロキとツムギはエレベーターに乗り込むと、そのドアが閉まるのを眺める。資料室がある階層のボタンを押して、重力に引っ張られるのを感じる。


「クロキさん。リセットってどんなものだと思いますか?」

「唐突だな。だが、あの機械人形を凌駕する超兵器……ではないのだろう?」

「はい。私は当初、ヒト回路を無効化するとか、ヒト回路に手を加えるとか、そういった内容の機械か何かだと予想していました」

「なるほど。それは確かに驚異的な代物だ。壁を破壊する事はできないが、あれば確かに人類を相手どって戦えるレベルだ」

「はじまりの怪人が、何でもできるとまで言われたのはそれが理由なのかな、と。そういったものを所持していたから、そうした逸話があったんだろうと、そう思っていました」

「だが違った、と」

「はい。記録怪人は重要なことに関しては言葉を言い換えたり、ぼかしたり、直接的な言い方はしません。ですが確かに、リセットが何なのかを表すヒントがありました。怪仁会にあった日記が最後のピースでしたね。後はそれを確認するだけです」

「聞いておきたいが、それは俺の欲しがりそうなものか?」

「……きっと、私より上手く使えると思いますよ」

「上手くはぐらかしたもんだな」


 それからクロキはツムギの服装に目を留める。


「しかし、なんだその恰好は。格好いいと思ってるのか」

「え、カッコいいですよ。女性職員の制服らしいですけど、結構良い生地使ってますよこれ」

「お前が着ると、まるで女子高生だな」

「あっはっは! そりゃ女子高生でしたから当然ですよ!」

「は?」

「え?」


 クロキはツムギをじろじろと観察して、それから時間をかけて考える。


「ツムギお前……女子高生なのか……?」

「あら、言ってませんでしたっけ? ここに来る前は普通に高校通ってましたよ? まぁもう通ってないので、元高校生と言うのが正しいのかも知れませんね」


 やたらと幼い印象を受けていたが、まさか十代だとはクロキにとって想定外であった。


「相棒が、まさか高校生とはな……」


 がっくりと力無く肩を下ろしたクロキは呟く。子供じゃないか、と。


「でも、頼りになる相棒だとは思いませんか?」


 胸を張る様子は、微塵も気後れしていない。ふんと鼻を鳴らしたクロキは、エレベーターが資料室の階層に到着した事に気が付いた。


「青崎さんのいる階層には、青崎さんの個人データがないと入れません。ですが今なら長官室にも入れます。まずはそこでカードキーなり何なり入手してから向かって下さい。道中にいる職員や警備は……クロキさんなら蹴散らして進めますよね?」

「無茶を言う」


 くっくっくとのどで笑うと、クロキはツムギの背を押した。


「さぁ行け。どうやらリセットは俺の期待していたものとは違うらしいな。だが俺の目的は管理側に一泡吹かせてやることだ。お前がリセットを持ってくる前に青崎を倒せば、リセットなどもう必要なくなる」


 ととと、と数歩ばかり進んでからツムギは振り返る。


「リセット抜きに、どうやって勝つ気ですか?」

「どうも何もない。あの無敵ロボットはあいつが操縦しているんだろう? なら論理崩壊を起こして昏倒させる。単に無力化するだけならアカバネが殴り飛ばしに行くのが手っ取り早いが、恐らく護衛代わりにあのロボを側に置いているはずだ。俺ならそうする。であれば、たとえアカバネであっても暴力の打ち合いでは勝ち目がない」

「クロキさん」


 何かをぐっと我慢するように、ツムギは言葉を飲み込む。それから不敵に笑って見せた。


「あなたが勝つ方に私はリセットを賭けますよ。でも、あなたが勝つ前にリセットを持って行きます」

「上等だ。お前の好奇心が行きついたものが何なのか。せいぜい楽しみにさせてもらおうか」


 エレベーターの扉が閉まる。


「そう。ヒトは一人であっても一人ではない。俺の力で届かないなら、束ねれば良い。一人の力は有限だが、重ねて束ねる力に限りはない。……そんな当たり前のことが、ここに来るまでわからんとはな。あいつと会ってから、気づくことばかりだ」


 クロキは一人呟いた。





 青崎は操作画面から顔を上げた。


「……またお前か」


 エレベーターが開き、現れたのは全身黒づくめの男。勝負怪人クロキだった。


「先に言っておこう。僕は勝負をしない」


 一階で何が起きたのか、青崎は既に把握していた。ここには二人しかいないので他の誰かを巻き込むことは出来ないが、念のため言い回しを考慮した。僕は勝負しない、であれば如何なる勝負も無視できる。


「相も変わらず脆弱な怪人特性だ。ここに来るのが武装した狂信怪人であったなら、まだ望みはあっただろう。愚か。怪人とはこれだから手に負えない。救えない。だから粛正する他の道がない」

「ふふ、くくく……」

「何がおかしい」


 にやにやと笑い出したクロキに対し、不快感を露わにして青崎は睨み付ける。


「いや何。どうやらこの俺を相手に、二度も同じ手を使って勝つ気らしいからな。それが何とも滑稽で……。くくく、思ったより大したことのない奴だな、と」

「安い挑発だ。その隠し持ったナイフ一本すら自由に握れない男が何を強がる」

「ナイフ、とはこれの事か?」


 ジャケットの内側からクロキはナイフを取り出すと、くるくる弄んでから青崎に刃先を向けた。


「……なんだと?」

「どうして勝負をしていないのに、ナイフを向けられるのか。知りたいか?」

「……手品に興味はない」


 クロキは笑うと、ナイフをしまいながら言う。


「簡単なことだ。お前は俺と勝負をしない。だが、俺が誰かと勝負をするのは自由だ。俺はここに来る前に、アカバネと勝負をしている。今もその勝負の最中だ」


 こつ、こつと革靴が床を叩いてクロキが青崎に迫る。


「俺がお前をやっつけられるかどうか、って勝負をな」


 それはクロキが見つけた、勝負をしない相手と戦う方法だった。

 クロキが青崎を打倒することが出来るかどうか、という内容の勝負をアカバネと交わしたクロキは、青崎を打倒する全ての行為をアカバネとの勝負の一環として認識することができる。また、アカバネ自身もそれがクロキへの救いとなるため、アカバネが勝負を行ったことを理由に昏倒することもない。

 今ならば、ナイフをその胸に突き立てることも出来る。


「何とも汚い手を使う。害虫のようにルールの穴を探して回り、そこに手を出す事に躊躇がない。怪人の怪人たる所以だな」


 だが、と青崎はクロキに対して正対する。


「そのナイフを突き出してみるが良い。二度同じ手が通じないのは僕も同じだ。いくら勝負が出来るからと言って、それだけで僕を打倒できると?」

「あぁ。何故なら、お前が逃げられない物を用意してきた」


 青崎と数歩分の距離を保ったまま、クロキはジャケットから折り畳んだ紙を出して広げて見せる。


「こいつは意見嘆願書。いわゆる、直談判という奴だ」

「それに何の意味がある」

「おいおい、せっかく手順を踏んで作ってやったんだ。もう少し興味を持ってくれても良いだろう」


 クロキはわざとらしく溜息を吐くと、青崎を視線上に捉える。


「今の俺は正義執行を受けていない、通常の怪人だ。よって、怪人地区の正規住民として管理長官殿に意見書を提出させてもらう。まともな奴ならそんなことをして、名誉人類への道を閉ざされるのを恐れるだろう。だが、権利自体は住民なら持っているはずだ」


 青崎は眉間に皺を寄せた。クロキの目的が理解できたのもそうだし、それを回避する手段がないのが理由である。


「管理長官は住民の意見書に応じる義務がある! 当然、俺の意見にも応じてもらうぞ青崎。議題は、リセットの使用に関して、だ」


 青崎はその一枚の用紙を奪って、びりびりに破いてしまいたい衝動に駆られる。だがクロキの行動は全てがルールの内に収まっている。どう解釈しても、その言葉を跳ねのける理由が用意できない。


「……良い、だろう……。話を聞いてやる……」

「そう来なくてはな。決着をつけるぞ青崎」


 そこから続く言葉に、青崎は不快さのあまり殴りかからないよう自身を抑え付ける必要すらあった。クロキは耳障りな声で青崎に告げたのである。


「さぁ、勝負だ!」


 前髪の隙間から覗く瞳は爛々と輝き、浅く開いた口は興奮に艶めいていた。



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