Ep14 愛猫怪人
治安維持機構はその名の通り、本来は人々を守護する役割を担っている。そのため、こうした使い方をされるのは製作者も想定外だっただろう。
その力強い拳が固く握られると、近くの建物や家屋を殴りつけ、粉砕していく。時折思い出したように腕から銃火器が火を噴き、自動車などの逃亡手段を破壊。
人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い、怪人地区は炎に包まれる。
ただしそれは全てのヒトが逃げた場合の話である。そこにいたのは、装甲車から武器を手に飛び出した怪人達である。
「敵は一人でも多くの怪人を殺害し、建造物を破壊する事を目的としているらしい」
大暴れする巨人たちの様子を見たクロキは、堂々と道路の中心を歩く。すると、一機の治安維持機構がクロキに狙いを定める。全身に爆弾を浴びながら、その拳を振り上げ、剛腕が唸りを上げる。
「救助要請!」
その一言を受けると、背後から同じだけの質量を持つ拳が放たれる。目の前の敵を殴りつけ、クロキを危険から救助。
「続けて救助要請!」
叫ぶと、目の前に盾を置くように巨大な手が落ちてくる。そして敵の銃火器から身を守る。
「キノセ嬢! 今だ!」
「はいっス!」
そして敵の胴体に、円筒形の爆弾が浴びせられる。爆風の余波を頬に感じるクロキに、キノセの歓声が聞こえてくる。
「ぃよっしゃー! ミサイルランチャ―っスよ! 使ってみたかったんスよ!」
ぐらぐらと揺れる敵の一機に、続けざまに爆撃が繰り返される。アカバネの指示が飛び、関節が重点的に狙われ、コンクリート地面へとその巨体が沈む。
「次行くぞ!」
クロキはそう声をかけて踏み出し、しかしそこで立ち止まった。敵の動きが変わったのだ。
「……なるほど。複数を同時に動かすのは止め、集中してこちらを破壊する事にしたのか。当然だな。俺でもそうする」
周囲を攻撃する数体はそのままだが、その行動は明らかに乱雑な動きである。代わりに一体だけ、しっかりとした意思を持ってクロキを狙いに動き出した。
「救助要請だ。行け、我が脅威を排除せよ!」
クロキの言葉を受け、目の前の一機が明確な殺意を持っていると判断した治安維持機構は前に出た。その拳が叩きつけられ、それと同時に青崎が操っているのだろう拳も反撃する。
「長くはもたないな……。キノセ嬢! 頭部のカメラを狙え!」
「はいな!」
そして浴びせられる攻撃に背を向けると、クロキは駆け出す。
「何だい、撤退かい?」
装甲車で待つアカバネまで辿り着くと、クロキは助手席に乗り込む。既にツムギが乗っているので乗員オーバーだが、ツムギの体が小さいことを理由に無理やり体をねじ込む。
「アカバネ、乗れ! このタイミングしかない!」
「策はあるんだろうね!」
アカバネは素早く運転席に乗り込むと、装甲車のアクセルに足をかけた。
「策などこれから考える! こちら側のリセットが動く内に、ここを突破して管理塔まで行くぞ! 救助要請しかしていないアレが破壊されるのは時間の問題だ。その前の一瞬、隙を見つけて装甲車で無理にでも突破する!」
目の前で殴り合いを繰り返す治安維持機構。しかし青崎の操るそれは、確実にクロキの治安維持機構を追い詰めていた。徐々に削れ、破壊された部品が空中に飛散する。
「キノセ嬢! 何とか援護できないか!」
「何とかって……。二体の距離が近すぎて、ウチの腕前じゃ誤射しかねないっス!」
「えぇい頼りがいのない!」
やり取りを横で聞いているアカバネは、いつでも発車できるようにエンジンを唸らせつつ、ツムギに声をかけた。
「あたしらが聞いた話だと、リセットはパスワードが設定されて使えないって話だった。あんたそれを解いたんだろ? こんな時の特別な機能なんかはないのかい?」
ツムギの顔は冴えない。
「ダメです……。それに、そもそもアレはリセットでもありません。対抗策は物理的に破壊するか、命令権を奪うしか……」
「あぁ? リセットじゃない? じゃあリセットは何だってんだい? 本に書いてあったのは、確かにあれの事だと思うがねぇ?」
「本?」
「あぁそうさ。記録怪人とやらの日記だ」
その言葉にツムギは目を大きく開いた。
「それを……どうして、怪仁会が持っているんですか……?」
「何年か前にね。ひょんな事から一冊だけ手に入ったんだ。それを読んだあたしらは、そこに書かれたリセットに対抗するために武器を揃えたってワケよ」
ツムギは青ざめた顔でアカバネに近寄る。すがるように修道服を掴むと、興奮気味に訊ねた。
「その日記で、リセットはどんな風に書かれていましたか!」
「んん? 何だったかね。法でも暴力でも止められないとか、怪人地区を一発で消せるだとか。あとは……人類には壊せない? 触れられない? だったかね。確かそんな話だったよ。一発でってのは大げさだが、確かにこりゃ危険だ」
「それって! あぁ……!」
それからツムギはふらふらと脱力し、背もたれに倒れこんだ。
「どうした。今どうにか逆転する手を考えている。そんな絶望的な顔をするな」
額にじっとりと汗を感じつつ。フロントガラス越しに目の前の状況を見ていたクロキは、突如として狼狽したツムギに視線を送る。
「いえ……あと一歩、あと一つだけわからない事があったんですが……。リセットについて、その単語が出て来たのは怪仁会にある日記だけです……。そこから考えるに、もしかして……」
ツムギは雷に打たれたように放心しており、どうにかして冷静さを取り戻すまで数秒ほど時間をかけた。それから静かに口を開く。
「……リセットを取りに行きましょう」
「何だと……? このロボがリセットではないばかりか、本物の場所がわかったのか?」
「何てこと……。何か物足りないと思っていたら、最初から一冊足りなかったんだ。通りでわからないはずです……」
隣に座るアカバネが話の続きを促すと、ツムギは青ざめた顔に必死の表情で懇願した。
「お願いします! 私をもう一度あの資料室に行かせて下さい! あともう少しだけなんです! どれがリセットなのか、それさえわかれば!」
「どれ、だって?」
「はい。恐らく時期的に見ても、それが最初に作られた時にはもうあったはずです。そこにある中の、どれかで間違いありません! 青崎さんは全ての怪人を粛正すると言い切っていました。怪人地区を滅ぼすつもりです。その前に、リセットがあれば対抗できるかも知れません!」
だがその言葉に反応したのはクロキだった。
「待て。あいつがそう言ったのか? 怪人地区の怪人を粛正、皆殺しにすると」
「はい。本気でした。そのための武器が、あの機械兵器です」
「ほう……そうか……」
そしてクロキは口元だけで笑い、アカバネに視線を送る。
「どうやらここも俺の出番らしい。管理長官、青崎との決着をつける。意地でもここを突破するぞ。辿り着きさえすれば、こんな出来の悪い人形など一網打尽にしてくれる」
「あぁん? 勝算はあるのかい?」
「あぁ。たった今出来た」
クロキは笑みを隠そうともせず答える。
「怪人地区を滅ぼすと言ったのだろう? なら、それこそが奴の敗因になる」
そして言葉を続けた。
「前回の敗因がやっとわかった。それは、俺が一人で戦った事だ。ツムギを横に置いて初めて理解できた」
区壁内で遭遇した時、ツムギと同時に動いていたなら。無数の可能性が浮かび上がる中、ツムギを戦力として数えていなかった事が敗因だったとクロキは思い返す。
「だが、それを踏まえた上で。俺は単独で青崎を討ちに向かう。役割分担だ。ツムギ、お前がやる事はわかっているな?」
「えぇ。何を今さら。私は本当のリセットを取ってきます。クロキさんこそ、それまでに負けていたら承知しませんよ?」
そして、あの日そうしたように拳を重ね合わせた。ごつりと音を鳴らして、二人は約束を交わす。
「そっちは任せた」
交わす言葉はそれだけで充分だった。
ほんの一瞬で良い。装甲車が通り抜けるだけの隙が欲しい。
そう伝え聞いたコーダは、自動小銃を抱えると飛び出した。
「コーダさん! あぶねぇっスよ!」
悲鳴のような声を上げるキノセを無視し、前方で戦う二機のロボットに向けて駆け出す。
このまま戦っていては、確実に怪仁会は壊滅する。コーダはそう判断していた。味方となったリセットはヒトを守るために奮戦しているが、相手は守るためではなく破壊するために戦っている。どちらが強いかは比べるまでもないだろう。
「ふん。いけ好かない不死身には、わかっていても出来ないことが俺には出来るんだよ」
自嘲気味に自動小銃を強く握る。グレネードランチャーを代表とするキノセの爆破兵器ではなく、あえて銃弾にしたのは意味がある。何せ爆弾を使っては、近くにいた時に巻き込まれてしまう。
コーダに仕組みはわからないが、青崎は目視によって操作している。でなければ先ほどから頭部を防御したりしない。コーダの見た所、それは胴体ではなく脚部と頭部の防御を意識した立ち回りをしている。
弾け飛ぶ金属片と、巻き上がるコンクリート片が肌を掠めて血が滲む。頭部を守るように一気に駆け抜けると、二機が戦う足元にまで到達する。
恐らくこんな真似が出来るのは自分を置いて他にない。見せかけのためであっても、体を鍛えてきて良かったと初めてコーダは思った。頭の回る不死身怪人や、人望のあるシスター、兵器を量産したキノセ、リセットを暴いた好奇怪人。状況の貢献度において、それらに到底及ばない事は理解していた。何せ自分は愛猫怪人なのだ。秀でたものはないし、単なる猫好きでしかない。
だから、ここで戦えるのが自分だけである事は誉れだと思った。
「救助要請!」
背後の装甲車の窓から、クロキの叫びが聞こえる。コーダを狙った銃火器の射撃が防がれ、青崎操る機体のカメラが自分を見ているのを感じた。
その瞬間をコーダは見逃さない。
「今だ! 行け!」
「言われずとも!」
掲げた自動小銃はキノセ製。その威力は並の金属装甲を貫き、確実に一点を破壊する。キノセが作ったという事実だけあれば、その性能を疑う余地はない。
銃口から放たれた弾丸は治安維持機構の頭部に命中し、そのカメラを一撃で破壊した。
次の瞬間、視力を失った巨人は鉄腕の一撃を受けてぐしゃりと倒れ伏した。
「コーダさん!」
キノセの悲鳴が聞こえ、達成感を得る前にコーダは横っ飛びに跳ねた。その足先を銃弾が掠める。
「……なるほど。そうなるのは当然か」
ぶわぁ、と全身に汗が広がるのを感じたコーダは、目の前の状況に歯噛みした。
決死の覚悟で一機打ち倒したが、その後方からもう一機向かってくるのが見えたのだ。今の攻撃はその一機が放った銃弾だろう。さらに奥では、建造物を破壊している治安維持機構がまだ残っている。
こちらの味方をしているリセットは今にも停止してしまうだろう。攻撃を受けすぎたばかりか、最後に行った攻撃は自らの鉄腕を半壊させていた。
「だが……。これで道は出来た」
残された自分たちの事など、後から考えれば良い。
「行け! 不死身怪人!」
言うが早いか、装甲車が脇を駆け抜けて行く。この隙を見逃すようでは管理長官に勝つなど無理な話である。振り返る必要もない。それで良い。
「お前のおかげだ! 感謝する!」
窓から突き出た手が、親指を突き上げていたのをコーダは眺め、それから同じく親指を立てて見送る。
「さて……」
残ったのは半壊したリセットが一機。それと怪仁会メンバーに、銃火器が一揃い。弾薬はまだ残っているはずだ。
じゃりじゃりと砕けた路面を踏みしめて、キノセがやってくるのが見えた。
「キノセ、何か策はあるか?」
「姐さんでもクロキさんでもないっスからね。こっからは根性論しかねーっスよ」
土埃に汚れた頬をこすったキノセは、ぼやくように言った。それを受けたコーダは笑って返す。
「俺たちの役割は、この街を守ることだ。シスターとあいつらが必ず管理長官を打倒する。それまでリセットを押しとどめ、残った連中を避難させよう」
「……マジっスか? そんなんコーダさんの方が死ぬっスよ?」
「キノセ、俺の怪人特性を忘れたのか?」
コーダは肩をすくめて言った。事は成したのだ。もはや己に恥じる所などない。
「ウチで飼い猫が待っている。それだけの理由さえあれば、それに必要なヒト回路は全て無視できる。必ず生きて帰る」
「え、そんなのアリなんスか? 適応できる範囲が広すぎねーっスか? ……もしかして愛猫怪人って、本当は超強力なんじゃ……?」
コーダは自動小銃を構え直すと、前方の敵を睨み付けた。
「猫に比べれば、人類など物の数ではない。俺は愛猫怪人コーダ。猫を守るためなら、全員まとめて鉄クズにしてやる」
不敵に笑い、コーダは駆け出した。