表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪人地区  作者: 蛇子
13/18

Ep13 好奇怪人&勝負怪人



 怪仁会が準備していたものはクロキを驚かせるに充分だった。


「お前ら……。どうやってこんなものを運んできたんだ……?」

「そりゃーウチの人脈は広いっスからね! こういうの運ぶための重機にもアテがあるんスよ!」


 キノセと並んだクロキが見たのは、いつの日か二人を轢き殺そうとしていた装甲車だった。それが更に装甲を増量し、自走できるまで修理されている。


「これで管理塔に突っ込む」


 背後から副流煙を纏って現れたアカバネは、クロキの横に立って装甲車を眺めた。


「正面入り口から突っ込んで、そのままあたしらが中に入る。連中はマニュアルにない事態への対応が下手くそだ。装甲車が入ってきた場合の対策なんて用意してる訳がねぇだろうから、その混乱を突いて好奇怪人を奪還する」

「実に怪仁会らしいやり方だ」

「うへへ、照れるっスね」

「褒めていない。野蛮さを貶している」

「えぇっ!」


 ショックを受けた様子のキノセを無視して、クロキは装甲車の向こうを見る。区壁にぴったりとくっついて、怪人地区を見下ろす円柱状の管理塔。均一な建物に統一された灰色の街で、唯一目立つ支配の象徴。

 その塔の一部が、派手に吹き飛ぶのをクロキは見た。


「うわわ! なんスか!」


 距離があるにも関わらず、はっきりと聞こえる轟音。外壁が吹き飛び、そこから何かが突き出ている。


「あれは……」


 それは腕の形に見えたが、あまりに大きすぎる。まるで巨人が内側から暴れているように見えるが、何が起きているのだろうか。


「始まったか……。お前ら! 乗りな! 作戦変更、今すぐ突っ込むよ!」


 その場で唯一反応できたアカバネは、周囲にいた面々に声をかける。必要な物資は既に積み込んであったので、全員が乗り込むのを確認して運転席に向かった。


「アカバネ! アレはまさかと思うが……」

「あぁそうさ」


 助手席に乗り込んだクロキに、アカバネは答えながらアクセルを踏み込む。


「リセットだ」


 くわえていた煙草を窓から吐き捨て、管理塔を睨み付ける。急発進にタイヤが削られ、摩擦音とエンジン音を唸らせて装甲車は駆け出した。


「実物を見るのは初めてだが、どうやらヒト回路を無視して暴れ回る無敵ロボらしい。このままだと怪人地区が建物ごと更地にされる」

「リセットの名に恥じない兵器のようだな。あの飛び出してるのは腕に見えるが、ヒト型なのか?」

「らしいね。脚はキャタピラかタイヤの方が良いと思うが、本によると二本足で走り回るそうだ。そこに付け入る隙がある。まずは不安定な脚を破壊して、動きを止めるよ」


 装甲車は大通りを信号無視で駆け抜ける。どの自動車と衝突したとしても、吹き飛ぶのは自動車の側なのでアカバネは避けようともしない。


「……おい待て。今お前、本と言ったのか」

「あぁ? あんたも歴史に興味があるのかい? 好奇怪人じゃあるまいに」

「怪仁会は記録怪人の日記も持っていたのか?」

「よく知ってるじゃないか。そうさ。その日記に書いてあったんだ。だからあたしらは、こんな日が来るだろうと準備してたんだ」


 グレネードランチャーはそのためだったのか、とクロキは納得する。


「おら! どきやがれ! 轢いちまうぞ!」


 苛立ったように周囲の車に怒声を飛ばし、しかしアカバネは速度を緩めない。


「どうやら、あそこから出て来るらしいね。けど、どうしてあんな所から出て来る破目になったんだい? 暴走でもしてんのかね」


 クロキが目を凝らすと、確かに塔からその身を乗り出そうとしている。そしてその手に何かが握られているのを見つけた。


「何を持って……。いや、まさかあいつ!」


 息を飲むクロキを見て、アカバネも目を細めて注視。二人はその正体に気づく。


「アカバネ! 速度を上げてくれ! どうやらあのバカが、やる事やっちまったらしい!」

「んな事ぁわかってるよ! あの子が起動させたんだろうに! 何で自分が捕まってんのかね!」


 装甲車は加速し、管理塔の姿がぐんぐんと近づく。そしてその真下に辿り着く前に、外壁に乗り出したヒト型ロボットは落下する。


「アカバネ! 降ってくるぞ!」

「わかってるっつーの!」


 落ちてきたそれに潰されないよう、ブレーキを踏み込みながらハンドルを回転させる。装甲車は横向きで慣性に押し出され、スリップ痕と摩擦音を上げながら半回転。直後、装甲車の前方にヒト型ロボットが落ちて来た。

 体が浮き上がるような衝撃は、コンクリートの地面を放射状に割った。轟く衝突音は腹の底を突き抜け、手足まで痺れるようですらあった。

 クロキは助手席を飛び出すと、その鉄の巨人に駆け寄る。これほどの落下である。その手に抱えられていたヒトが無事であるとは思えなかった。


「クソがっ!」


 悪態を吐き捨てると、その巨大な右手に向かう。右手だけやや上部に持ち上げた体勢で落下したらしい。左手が下になっている事から、もしかして右手を衝撃から守ろうとしたのだろうか。


「おい! 生きてるか!」


 クロキはその右手へ呼びかける。自分の頭よりも高い位置にあるので、その中にいた人物がどうなったのか見えない。


「返事をしろ! こんな所で死んでいる暇なんかあるものか!」


 そしてクロキは初めてその名をはっきりと口にした。


「お前は俺の相棒なのだろう! ツムギ!」


 その言葉が空気を裂くと、ヒト型ロボットの右手。その指の隙間から、よろよろと細い腕が這い出した。


「う、うあぁ……」


 力なく漏れる声と共に、疲れ切った表情がゆっくりと現れる。


「今回ばかりは本当に、し、死ぬかと思いました……」


 果たして、右手に包まれていたツムギは怪我もなく生還してのけた。その理由は治安維持機構の手のひらは金属ではなく、クッションとなる素材が用意されていたことにある。ヒトを運搬したり、保護したりする際に手で包むことを前提としていた設計のため、落下の衝撃を軽減できていたのだ。


「おや? クロキさんじゃないですか」


 眼下にクロキを見つけたツムギはのんびりと感想を漏らし、そのまま体勢を変える。


「お久しぶりですね! 早速で悪いんですけど、受け止めてもらえますか?」

「あぁ。……なに? ちょっと待て、俺が受け止めるのか? もっと良い降り方はないのか? ないなら脚立を探して来てやっても良いぞ」

「いやぁ……。実は時間がありません。詳しくは後で説明しますけど、緊急避難に成功してしまったので、操作入力の方が優先されるんです。つまり、この機械への命令権はもうすぐ奪われてしまうんですよ」

「何を言っているのかさっぱりだ」

「ですよねぇ……」


 そしてクロキは、眼前の巨人が静かにモーター音を唸らせているのを聞いた。どうやらこの衝撃でも壊れてはおらず、まだ動くらしい。


「とにかく、行きますよクロキさん!」

「おい、待て、その高さからお前を受け止めるとなると俺の筋力では……」

「えーい!」

「うおおぉ!」


 迷いなく飛び出し、高々と宙に舞ったツムギの体。クロキに向けて一直線に落下し、慌てて両手を差し出したクロキはその体を受け止める事に成功した。がくんと膝が折れ、クロキに言わせるならば実に無様な着地と受け止め方である。


「クロキさん」

「なんだ」


 互いの顔が、息もかかる程近くにある。その体温を感じながら、クロキは聞き返す。そしてツムギは続けた。


「まだ勝負する気はありますか?」

「無論だ」


 それからクロキも聞き返す。


「お前もまだ諦めていないだろうな?」

「当然です」


 ぴょんと跳ねるように地面に降り立ったツムギは、腕を組んで仁王立ち。その背後でクロキも腕を組むと、目の前で再起動する機械の巨人へ凶悪な視線を向ける。


「人類如きが私たち怪人を相手にするとは、どういう事なのか教えてやりましょう」

「あぁ。勝負を始めよう」


 二人は邪悪に笑った。





 動き出した治安維持機構は立ち上がると、周囲を頭部のカメラで認識した。そして自らを操縦する青崎の指示を受けようとして、その瞬間に目の前の少女の言葉を聞いてしまう。


「災害救助を要請します!」


 瞬間、その機械の巨人は片膝を折って地面へと腰を下ろした。


「ほう? こいつが例のリセットか?」


「はい。ヒト回路を通さずに暴力を行使し得る装置です。旧時代にしか製作できないはずの、この時代にあってはならない存在の一つ。本来は治安維持を前提としたものですが、現在これは青崎さんによって悪用されようとしています」


 手短に説明すると、ツムギとクロキの隣にアカバネがやって来る。


「で、あんたはそのリセットを手懐けたって訳だ」


 半ば安堵の息を吐きつつ、感心したようにアカバネが言う。しかしツムギは緊張した面持ちで答えた。


「いいえ……。これはあくまで、私が治安維持の一環としてお願いをしている状態です。本来の命令権は青崎さんが握っているので、何もしなければ奪われてしまいます。とりあえず災害救助と言ったので、もう少しだけ待機してくれるとは思いますが……」

「ふむ。治安維持の題目があれば、こいつは従うという訳か」

「だからと言ってクロキさんが悪漢を演じれば、その場でハンバーグになりかねません」


 それに加えて、とツムギが言葉を続ける。


「怪仁会はこれと戦うことを想定していたと思いますが、どれくらいの戦力を期待できますか?」


 アカバネは腕を組みつつ、即答する。


「こいつが動かないなら何てこたぁないね。もし大暴れしても何とか破壊できるはずさ」


 グレネードランチャーの破壊力を思い出したクロキは頷いたが、ツムギは唇を噛むように考え込み、それから続ける。


「何体まで同時に戦って、破壊できますか?」

「はあ? そんなのまるで……」


 そこでアカバネは言いかけた言葉を飲み込む。それを言ってしまうと、それが事実となって襲い掛かってくるような気がしたのだ。

 だがアカバネの言葉をクロキが繋いでしまう。


「この巨大ロボが他にもあるかのような言い方だな。何機あるんだ?」

「それは……」


 ツムギの視線が上に向かうと、釣られるようにクロキとアカバネも見上げた。管理塔の破壊された壁から、巨大な手足が何本も見えたのだ。

 次の瞬間、轟音を響かせて地面が揺れた。

 巻き上がった土煙が晴れるとそこには、落下の衝撃で全身に纏わりついたコンクリート片をぱらぱらと落としながら立ち上がる、治安維持機構の姿があった。悠々と立ち上がる姿は陽光を反射させ、金属の輝きを放つ。

 それが、続けざまに五つ落下してきた。


「冗談じゃないね、全く……」


 煙草に火を点けたアカバネは背を向けると、装甲車に乗る怪仁会の面々に戦闘を指示。多数の銃火器がその姿を見せた。

 そのまま振り向きもせず、アカバネはクロキに告げる。


「おら、不死身の。何とかしな」

「そ、そんな無茶な! いくらクロキさんでもこんな……」

「任された」


 ツムギが上げた悲鳴混じりの声を切り捨て、クロキは目の前の敵を見据えた。


「何言ってるんですかクロキさん! アカバネさんも!」


 アカバネは首だけをちらりと向け、肩をすくめる。


「何言ってるんだ、はこっちの台詞さね。その男は、出来もしないことをやって見せる。奇跡を起こすことを前提に連れて来てるんだ。今更それは無理ですなんて、そんなのは通じないんだよ。不死身怪人なんだろ? やってみな」

「そんな……」


 だがクロキは笑みを浮かべたまま応える。


「無論だ。怪仁会は俺を援護しろ。ツムギ、お前は装甲車に乗って出番を待て」


 そして風に黒いジャケットと髪をなびかせ、背後を振り返って告げる。


「災害救助要請だ! 要救助者一名!」


 クロキが一歩踏み出すと、治安維持機構は立ち上がった。


「くくく……。治安維持の題目があれば良いのだろう? ならば好都合。死地に踏み込む俺を助けてもらおうじゃないか。怪仁会! この攻撃に連携しろ!」

「クロキさん! それは危険すぎますよ!」

「黙れ。お前は装甲車に乗っていろ。それにはそれで意味があるんだ」


 軽く両手を広げたクロキは、心配するツムギを置き去りに歩き出す。目指すは巨大ロボット群。背後に従えるは、同じく巨大ロボットである。


「来るが良い。お前たちが何者を敵に回しているのか、身を以て教えてやる。怪人と戦うということが、どれほどのことか知るが良い。さぁ……」


 淀みなく歩を進めつつ、クロキは見下すように続ける。


「勝負だ」


 その言葉を皮切りに、背後からグレネードランチャーによる一斉攻撃が開始された。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ