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怪人地区  作者: 蛇子
12/18

Ep12 好奇怪人



 薄暗い資料室で紙をめくる音だけが響く。


「……そういう、ことでしたか」


 思わず呟いたのは、真実の一端に触れた溜息だった。好奇心が満たされて行くのを感じて、震えるような感動が電流のように肌を流れる。


「あぁ、やっぱりアレはそのために作られたんだ」


 それから大きく息を吐き出すと、ツムギはしばらくその余韻に浸る。満たされた好奇心が温かく体内を巡り、脳と胸に浸透していく。そして徐々にそれが落ち着いて引くまで、ツムギはじっと動かずにいた。

 ゆっくりと目を閉じ、開いて、それからまた閉じる。そのまましばし黙考。


「私は」


 何てことをしてしまったんだろう。

 最初に押し寄せたのは後悔だった。

 顔を覆ったツムギは、自らの行いに対して自己弁護を組み立てる。仕方なかったのだ、好奇心を止めることは出来なかったのだ、こんなことになるとは思わなかったのだ。だから何一つ悪いことはしていないし、まして後悔などする必要はない。きっと、そうなのだ。


「でも……」


 これで確実に、少なくないヒトが死ぬ。

 ツムギは目の前の資料に目を落とした。青崎の目的は怪人地区から怪人を抹殺する事であり、例のものはそれを実行できてしまう。

 好奇怪人ツムギは怪人である。世界を敵にしてでも己の欲求を通し、人類が常識と定めた理の外にいる。だが、ヒトとしての情まで失ったつもりはない。

 好奇心に突き動かされるままパスワードを見つけてしまったが、それがどんな結果を招くか知らなかった訳ではない。このせいで多くのヒトが傷つく。その罪は果たして誰が責を負うのだろうか。


「ど、道具は使うヒト次第です。パスワードを私が見つけても、それを使って起きたことは青崎さんの責任です」


 そんな言い訳を呟いてみたが、それが気休めにもならないことは自分がよく理解している。青崎はアレをどう使うつもりなのか、先にツムギに教えている。ならば全てを知った上でパスワードを見つけた自分は、その一端を担ったと言って良い。

 だが、とツムギは頭を振る。

 ここで今さらパスワードを知らないことには出来ない。何故なら既に約束を交わしてしまったのだ。ヒト回路越しに結ばれた約束は、可能である限り履行せねばならない。約束を破棄する意思を持った時点でヒト回路の罰則を受け、全身が硬直して行動不能に陥るのだ。約束を破棄する正当な理由を用意するか、それとも約束を履行する意思を持たない限り永遠に肉体は動かせない。

 怪人特性によって約束を無視することも考えたが、好奇心を理由に破棄するのは難しい。それこそパスワードを入力する事によって好奇心を阻害されるようなことでもない限り、青崎との約束は破棄できない。


「探さなきゃ……。見つけなきゃ……」


 せめて自分の行いを、少しでも挽回する方法を探してツムギはページをめくる。

 幼い頃から、何度もバカにされてきた。失敗するとわかっていることや、危険なこと、その他様々なことに自ら飛び込んで大怪我をしてきた。それから誰もが言うのだ。


「最初からわかってた……? そんな言葉で、否定されてたまるか……!」


 それは今でもそうで、事実だからこそ大勢のヒトを死なせてしまうモノを見つけてしまった。今度はもう大怪我では済まないだろう。


「それでも! リセットは本当にある。絶対にあるんだ! アレを止める方法だって、きっとあるに決まってる!」


 人類としての価値観を持った自分が、心のどこかで自分を見ているような気がした。好奇心のせいでどれだけ傷つき、傷つけてきただろう。

 相棒だと一方的に宣言して、リセットを餌に助けてくれた彼はどうなっただろうか。痛めつけられ、それでも再起を誓っただろう。でもそれは自分が好奇心さえなければ、負うことのなかった傷だ。

 そして次は怪人地区の怪人全てに波及する。


「絶対、絶対に何か……何か、あるはずです……」


 好奇心が満たされた今、ツムギは胸の内に冷たいものが注がれるのを感じていた。一時的とは言え満たされたことで、好奇心によって見えなくなっていた周囲の状況が見えてきたのだ。

 途端に襲ってきた現実は、ツムギの情緒を蝕んだ。震える手でページをめくる。

 青崎に対して強く出られたのも、クロキの盾になって前に出たのも、全て好奇心がくれた仮初の勇気に過ぎない。彼らと渡り合うだけの力など本当は持っていない。


「でも、でも……!」


 堪えた涙を飲み込んで、精いっぱいに抗うことを決める。それはめくるページに躍る文字列が、今までずっと支えてくれたものであるからだ。

 そこに記された彼らがいたから、怪人として踏み出した。彼らに恥じる自分ではありたくなかった。故にツムギは諦めない。その名を名乗る自分を嫌わないために、救いを求めて資料を積み上げる。


「私だって、怪人だ!」


 もし人類であったなら、もっと幸せに生きられたのかも知れない。それでも自分の幸せはここにある以上、前に進むしかない。

 怪人が怪人であることを誇らず、何に胸を張れるものか。


「そう、怪人です。ここは怪人の街……。だとしたら、きっと、まだ……」


 ツムギは手を止めると、虚空に視線を向ける。


「青崎さんは日記に興味がない。内容を把握するだけだから、隠された言葉には気づかない。つまりそれって、もしかして、これを知らない?」


 約束を破棄することは出来ない。アレが動き出すのは止められない。


「でも、もしもアレの正体を怪仁会が既に知っていたら……」


 みんな死ぬ。そう言ったアカバネの言葉を思い出せば、その正体を知っている可能性は大きい。そしてツムギの知る限り、アカバネはきっと大勢を救おうとするだろう。


「……きっとタダじゃ済みません」


 だが、ツムギには一つだけ確証があった。


「でも、ここは怪人の街です」


 怪人なら、絶対に誰も諦めたりしない。


「だから私も、最後まで抗います」


 約束を履行し、アレの動きを止め、ここから脱出する。

 ツムギは拳と覚悟を固めると、青崎に繋がる電話を取った。


「パスワードが見つかりましたよ。解除してあげますから、アレの所に行きましょう。……お互い、どうなっても恨みっこなしですよ。青崎さん」






 資料室から出ると、青崎と共にエレベーターへ乗り込んだ。

 表示される階層が上昇していくのを眺めつつ、ツムギはゆっくりと息を吐いた。

 結論から言って、パスワードははじまりの怪人ではなく、別の人物によって設定されたもので間違いなかった。主に警備や防衛を担当していた幹部が設定したようで、それはパスワードと呼ぶのも躊躇われる文字列だった。


「と言うか、これは多分パスワードとして考えてはいません。結果的にパスワードの役割を果たしていますが、意味さえ合っていればどの言語でも正解です」


 何故、複数の言語入力が可能だったのか。それは単に、どの言語であっても入力が可能であるという、それだけの理由だろう。同じ意味の単語なら、全て解除パスワードとして機能する。そんなものがパスワードと呼べるだろうか。


「推測ですが、コレの役割を知っているヒトだけが使えるように設定されたのではないでしょうか。あるいは単にパスワードを考えるのが面倒だったのかも知れません。本来、常時起動している前提だったはずです。起動用のパスワードなんて必要ないでしょう」


 ツムギはパスワード入力画面と向き合うと、手帳を開いて幾つかの候補を確認する。これらのどれかだろう、という所まで絞ってある。


「どうやらパスワードを見つけたようだが、僕との約束は覚えているな? 土壇場で裏切ることは許さないぞ」

「しつこいですね。ちゃんとパスワードを解除してあげますよ」


 それからツムギはキーボードを叩き、入力。


「これじゃない。で、これでもない。じゃあやっぱり……これですね」


 可能性の低そうな候補から確認し、それから本命の文字列を入力する。


「やれやれ、って所です。だってこれ、日記にそのまま書いてありましたからね。本当は最初から、隠してすらいなかった。はじまりの怪人が設定したなんて思い込みがなければ、一晩で見つかりましたよ」


 入力された文字は何の捻りもない。ソレの役割であり、名前であった。


「あなたやシスターがリセットと呼んでいたものの正体は」


 治安維持機構。


「街の平和を守るお巡りさんです」


 入力画面が切り替わり、その名前が表示される。そしてソレは、モーター音を唸らせると、至る所で赤色の点灯を光らせた。

 ツムギの前で起動したその姿は、端的に言うと機械の巨人であった。

 黒に縁どられた銀色の体に、赤く発光するラインが各駆動部を走っている。頑強な脚部はキャタピラではなく二本の足で、両腕には銃火器のようなものが備え付けてある。無数のカメラアイを搭載した頭部が、起動と同時に周囲を見渡し、ツムギと青崎を視界に収める。


「素晴らしい……。これがあれば、僕の目的が達成できるだろう。よくやった好奇怪人」

「そりゃどうも」


 ツムギはその性能に関しても把握できていた。この機械の最大の特徴は、ヒト回路を介さず暴力を行使できる点だ。

 パスワード入力画面は操作画面に切り替わり、表示されたのは機械から見た視点である。だがそれは正確ではなく、どことなく古いゲーム画面を連想させるドット絵に変換されていた。

 操作画面をゲーム画面とすることで、暴力ではなくゲームであると錯覚させる。ヒト回路は認識を根拠とするので個人差はあるだろうが、テレビゲームで遊んだ経験さえあれば大概のヒトが操作可能だろう。

 青崎はゲーム感覚で大勢のヒトを殺すことが出来る。


 技術的な話だけをするなら、青崎はリセットなど探す必要はなかった。あくまで技術的には同じ機械を製造する事は可能である。しかし治安維持用の機械とはいえ、暴力の行使を前提とした機械を現在の人類は製造できない。ましてヒト回路を騙して操作する方法など、あって良いわけがない。

 青崎は一歩、二歩と操作画面に向かう。そして操作される前にツムギは肺に空気を吸い込み、悲鳴を上げることに成功した。


「きゃぁーあ! たーすけてー!」


 わざとらしい悲鳴を叫ぶと、青崎が訝しげな表情を浮かべる。


「何のつもりだ」

「おや? どうやら知らないようですね。こいつは治安維持のための機械で、本来は街のあちこちに設置されるはずでした。暴力を行使する怪人を抑止するため、自らも暴力を行使する性能を持たされています」


 視界の端で、その足がずしんと踏み出すのが見えた。


「ですが、どうやらそこまでしか知らなかったようですね。私は知ってますよ。こいつ、操作されてない時は自立稼働して周囲の治安を守るよう作られているんです。つまり、助けを求める声があれば助けてしまう」


 ここまで言えばわかるだろう、と続けるのはまるで相棒のようだとツムギは笑い、目元に指を当てた。青崎に向けて舌をぺろりと出して結論を述べる。


「あなたの負けです」


 瞬間、ツムギと青崎の間に巨大な手のひらが振り下ろされた。


「好奇怪人! 貴様、裏切ったな!」

「残念でした! 私がした約束はあなたへの協力そのものじゃなくて、パスワードの解除だけです! ここからは私の自由ですよ!」


 青崎から守るような動作で、治安維持機構はツムギの前に立つ。体長は凡そ七メートル程で、そのカメラアイが青崎を見下ろす。


「私が何の算段もなく起動させたと思ったんですか? この子は私がもらいます!」


 高く人差し指を掲げ、ツムギは続ける。


「私は好奇怪人ツムギ! 人類の、あなたの思い通りにはなりません! さあ治安維持機構! この場からの緊急避難を要請します! 助けて下さい!」


 告げる言葉はそれで充分だった。音声認識システムは正しく動作し、ツムギを抱えるように持ち上げる。その金属の右手にすっぽりと収まったツムギは、青崎が操作画面に駆け寄るのを見た。

 しかし機械にとって命令の優先順位は自分が上であると、ツムギは把握していた。自立稼働中に受けた緊急避難の命令は、それが達成されるまで人力の操作は受け付けない。


「青崎さん!」


 ちらりとツムギに視線を送った青崎は、治安維持機構がその左手で倉庫の壁を殴りつけるのを見た。轟音が響き、鉄筋コンクリート製の壁がぼろぼろと崩れる。


「ここからが、勝負ですよ!」


 壁にできた巨大な穴からは、青い空が見える。


「勝負だと? ならお前は既に負けている。お前に出来るのはここまでだ。どこに逃げようと、僕の手に操作画面がある限りリセットを持つのは僕だ。やはり怪人の頭では、それくらいのこともわからないか?」

「わかってないのはあなたですよ。あのヒトは来ます。こんな機械で怪人地区を粛正だなんて、明確な敵対行動を無視するヒトじゃありませんから」

「あのヒト?」

「勝負怪人クロキ。彼の怪人特性は、こんな時に強いですよ」


 ツムギは自信を持って言う。怪人という存在を、生き方を信じている。だからこそ自分を、そしてクロキを信じることが出来た。疑う余地はない。


「勝負という特性は他者に依存するから弱い。あなたはそう言いましたけど、裏を返せば別の見方もできます」


 風で髪が巻き上げられるのを感じつつ、青崎に告げた。


「勝負怪人は、敵を前にした時が一番強いんですよ」


 管理塔の外壁から巨大な機械が飛び出す。その手に抱えられたツムギは、あまりの空の青さに目を細めた。



 


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