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異世界転生者を殺す人  作者: 遥々春
序章 転移
3/7

3話 廊下の出会い

私は鉄扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。


軋むような金属音が、静まり返った空間に不気味なほど響く。扉の向こうに広がっていたのは、長く薄暗い廊下だった。壁も床も石造りで、所々ひび割れ、角が崩れ落ちている。外気はほとんど届かないはずなのに、どこか湿った冷気が、肌の表面をなぞっていく。


光源はない。けれど、完全な闇ではなかった。


廊下の天井や壁の隙間から、わずかに光が差し込んでいた。昼の名残か、それとも天井の高窓から漏れた薄曇りの自然光か。塵に揺れる光の筋が、空間をかすかに照らしている。だがそのせいで、廊下の奥はかえって不明瞭で、深い影に呑まれていた。


床には何かが散乱していた。朽ちた木箱の破片、布の切れ端、用途のわからない金属片。

どれもこれも、古びて埃をかぶっていて……長いこと、誰にも触れられていないのが一目で分かった。


私は数歩、足を踏み出す。石の床が乾いた音を立てた。


そしてすぐに、視線の端に人影が映った。


廊下の壁際。壊れかけた木の椅子に、ひとりの女性が座っていた。


背を丸め、深く俯いているせいで顔は見えない。長めの髪が乱れたまま垂れ、肩にかかっていた。椅子のすぐ横には、雑にまとめられた荷物が置かれている。革の袋、古びた地図筒、そして鞘に収めてある刀。


彼女は何かを呟いていた。かすれた声で、誰かに向けた言葉とも、自分自身への確認ともつかない。意味を成しているのかも定かではない小声が、口元から絶え間なく漏れている。


そして、その肩が微かに震えていた。


寒さではない。明らかに、恐怖か不安による震えだった。膝を揃えたまま、椅子に座るその姿は、どこか場違いなほど無防備で、痛々しかった。


「可哀想に」

誰にも聞こえないような、かすれた独り言だった。

感情を抑えられる私は、こうして立っていられる。

でも、そうでない人は…こんなふうに、壊れてしまうのかもしれない。


「貴女が、御影サキ?」


できるだけ柔らかく声をかける。

彼女は、ぴくりと肩を震わせ、顔を上げる。

その動きはゆっくりで、警戒するように私の方を見つめると、数秒遅れてから、か細く言った。


「……うん。」


わずかにうなずいた直後、御影サキはカクンと首を落とし、再び俯いてしまった。


「どうして…こんな事になっちゃったんだろ……。」


絞り出すような声が、ぽつりと漏れる。

誰に向けたものでもなく、自分自身に語りかけるように。


「気づいたらこんなとこに居て、人を殺して欲しいって…殺さなきゃ…殺されるって……

一方的に話は進めるし…何言ってるか分かんないし……。」


言葉の途中で声がかすれ、唇が震えてる。

涙こそ流れていないが、それ以上に、彼女の混乱と恐怖がありありと伝わってきた。


その言葉を聞いて、私は心の中で静かに思った。


―そりゃそうなるだろう。


私ですら、完全には飲み込めていない。

感情を抑えられるはずの私が、それでもどこかで戸惑っている。

何を信じていいのか分からないこの状況で、普通の人間が平静でいられるわけがない。


彼女が震えるのは当然だ。

彼女が混乱するのは、当然だ。


でも、それはそれとしてだ。


私は彼女を慰めるためにここにいるわけじゃない。

彼女を救うつもりもない。

ただ、必要なのは「一緒に人を殺してくれるかどうか」だけだ。


それ以上を望む理由なんて、私にはない。



気休めの慰めより、よほど早くて確実だ。

少し悩んだ末、彼女を私に依存させる事にした。


ここまで崩れた人間を、真正面から正気に引き戻すのは面倒くさい。

私が何を言っても、きっと彼女の耳にはちゃんと届かない。

そんな状態だと分かっている。


なら、頼らせればいい。


恐怖と混乱で何も信じられないのなら、私を信じさせればいい。

すがる対象を、こっちで用意してやればいい。


「助けたい」とか、「支えたい」なんて感情は無い。

ただ、一緒に動く以上、まともに動ける程度にはしておく必要があるだけだ。


「御影サキ、あなたはここからどうしたい?」


「……分からない。分からないよそんなの。」


このままだと、御影サキはすぐ壊れる…なら、壊れる前に使える形にしておく。


「何も考えたくないなら、私に従って。考える余地が欲しいなら、少し時間をあげる」


私はあえて選択の自由を示すことで、御影サキの心に少しだけ自分で決める感覚を与えた。だがその微かな余地は、結局私の望む方向へ導くためのものだ。


しばらくの沈黙の後、御影サキは弱々しく頷いた。

「……従う。考えても、分かんないから……」


「わかった。じゃあ荷物を確認する、手伝ってくれる?」


彼女は戸惑いながらも、わずかに頷いた。


それでいい。

いま彼女に必要なのは、自分の判断ではない。誰かに導かれ、誰かの役に立つことで、まだ自分は動けると錯覚する時間だ。


私は地図筒に手をかけた。御影サキも少し遅れて、床に置かれた革袋を確認する。


何をすべきかを明確にしてやれば、彼女はそれに従う。

考えずに動ける状況にすれば、今は壊れずに済む。


私の言葉で行動し、私の指示で身体を動かす。

そうやって少しずつ、「私に従うこと」を彼女の中に刷り込んでいく。


…支配ではない。信頼でもない。

ただ、従属という形で安定させていくだけだ。

今後ある程度大まかに描写していく予定ですが参考程度に2人の身体的特徴をまとめます。

主人公:152cm/41kg、小柄で華奢。前髪ぱっつんの黒髪ストレート。基本無表情。

御影サキ:160cm/56kg、運動部所属で筋肉の乗った引き締まった体。暗い茶髪のポニーテール。普段は元気で実直。

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