【悲報】横暴な勇者様への接待で、ブーツ飲みをすることになりました
エムオウとブレイドが神殿の内部に入るとそこには祭壇の周りに並んでいくつもの棺が安置されていた。棺桶は古代エトルリア文明最盛期によくみられる石棺はではなく末期に多くつくられた木棺だった。とはいえ埋葬者が貴族クラスであることは棺に漆を塗られて防腐処理が施され、見事な彫刻が彫られ、ほぼ色落ちせず残っている色鮮やかな彩色からわかる。
「素晴らしい保存状態だ。中のお宝も完璧に残されているはず」
エムオウとブレイドがそれぞれ棺桶の蓋をバールでこじ開け死者の副葬品を剝ぎ取ろうとしたところ
「死者を辱めてはなりません。神の教えに反することです」
そうマリアが制止した。つい先ほどは泣きながら謝罪された相手の強い非難にブレイドは一瞬不快な表情をして睨んだが、すぐ鼻で笑って口を開いた。
「はっ⁉、何のためにここまで来たのか、わかっているの?死んだ異教徒には使いたくとも使えない放置されたままの財宝をアタシらがありがたく頂戴するためでしょうが。死人がいくら豪華な宝石を身に着けていようが蘇りはしないよ」
「死者の眠りを妨げると呪いがかかります」
ブレイドは呆れた様子を隠さず言った
「あんたねぇ、呪いが怖かったら冒険者やってられないよ」
「死者の身に着けているものをはぎ取る行為は死者を辱め、ウルガータ正教徒として正しくありません」
そこでエムオウがとりなすように言った
「ブレイドさん、一応、今回のリーダーは「銀月の鷹」側ということになっていますから。従いましょう。だがダンジョン攻略し終えたとするには全てのトラップを解除しないといけない」
二人とも避けた棺桶の蓋をエムオウは杖の鉤爪を使ってこじ開けて少しの隙間ができるとすぐさま離れた。次の瞬間、棺桶の中で爆発が起こり蓋は1メートルほど上に飛んだ。棺桶の中は空で呪符と糸の燃えカスしかなかった。
「これも、トラップですか」
こわごわと棺桶の中を覗き込みながらマリアは言った
「古代エトルリア末期のハズレ棺桶はこういう仕掛けがあります。」
エムオウとブレイドはそれぞれ少しだけすべての棺桶の蓋を開け始めた。トラップのある棺桶はもう一つだけあり、ブレイドは安全に罠を発動させた。そして二人は全ての棺桶を開け終えると
「副葬品はあきらめるが、社の奉納品は頂くぞ」
ブレイドはそう言って神殿の奥に進んだ。
神殿の奥には古代エトルリア人の考える天国の極彩色の絵が壁一面に描かれ、正面奥には漆塗りの葛籠が置いてあった。
「神に捧げるものにトラップは仕掛けない」
ブレイドは警戒せずに蓋をこじ開けると中は殆どが神官たちへいくら献金した、土地をこれくらい寄進した、という書状の山でいまさら価値の無いものだった。わずかばかりにラピスラズリや紅玉でできた手のひらサイズの小さな神像が2つあったがダンジョン攻略の経費を考えるとこれだけでは大赤字である。
さすがにこれにはマリアもがっかりしたようである。エムオウは両端の壁沿いに並べられた奉納品らしき青銅の神像を持ち運びやすいように槌で叩き潰して金属の塊にした。青銅製品は冒険者ギルドでは引き取らないが鍛冶屋とかには売れる。
「マリアさん、異教徒が「偽りの邪神」に捧げたものは頂戴しても構いませんね」
マリアは黙ってうなずいた
「ずっと気になっていたのですが、なんでしょっちゅうマリアさんは眼鏡を外したりかけたりしているのですか」
ダンジョンの入り口に戻る際にエムオウはマリアが何度も眼鏡を外しては目頭をこすっているのを見て言った。
「わたしは目が悪いのですが、注文して作るおカネがないので古道具屋で買ったのですが、たぶん呪われているのか、しばらくかけていると頭が痛くなるので、外したりしているのです。かけてみますか」
マリアに手渡されエムオウは眼鏡をかけた
「かなり度が強い眼鏡だ。僕はすぐ頭が痛くなりそうだ。これは呪いではなくあなたの目にあってないだけですよ。僕の孤児院の先生も眼鏡をしていました。だから多少なりとも詳しいです。きちんと眼医者にいってあなたにあった眼鏡を造るべきですよ」
ブレイドは無言のまま歩き続けた。
ダンジョンを出て、街に戻りそのまま最寄りのこの区域を担当する冒険者ギルドに到着すると三人は入手したお宝を提出した。だがギルドの職員は出された神像をつまらなそうに鑑定した後言った
「これでは手数料にもならない。たぶん報酬は1YeNにもなりませんよ」
三人は報告書を書き終わり、ギルドを出て別れる際にマリアは急に涙目でエムオウとブレイドに訴えかけてきた
「どうしましょう、あの、うちのリーダーへの報告に一緒に来ていただけませんか」
「断る」
ブレイドが即答すると、マリアは人通りのある道の真ん中で泣き出した
「絶対怒られる、怒られるぅ」
ブレイドはエムオウの肩を叩いて目で合図した
「わかりました、マリアさん、僕の方からもアッシュ様に事情を説明いたします。それでよろしいですか?」
冒険者パーティー「銀月の鷹」の勇者アッシュと女魔導士ミサ・アクツはギルドのある街の郊外にある小さなコテージの一室で酒宴を開いていた。勇者アッシュはウルガータ人の白い肌に金髪の20歳のハンサムな青年貴族だが白いシャツに黒い半ズボンというラフな格好で酒を飲んでいた。女魔導士の方はまるで酒場女のように肌の露出が多く胸を強調させる服を着ていた。
アッシュはエムオウとマリアをにこやかに出迎えたが、殆ど得るものがなくしかも棺桶の副葬品を持ってこなかったと聞いて怒りだした。ギルドにダンジョン探索終了の報告書を出したので再度の探索は勝手にできない
当初は嫌味をねちねち言っているだけだったが酒がすすんでいくうちに、テーブルの上でブーツを脱いで足をのせて涙目のヒーラーのマリアに対し
「ドンクサメガネ」「役立たずの無能ヒーラー」「頭に栄養がいっていない」など散々罵倒した。そして
「お前も追放だ!荷物をまとめて出ていけ‼」
そう叫んで食べかけのチーズをマリアの顔に投げつけた。涙を流しマリアが懇願した
「申し訳ございません。何でもしますから許してください。追放しないでください」
「そうか何でもしてもらおう」
アッシュはブーツに酒を注いでマリアに渡した
「これを飲み干したら許してやる」
「早く、早く、イッキ、イッキ」
同じく相当酔っている女魔導士もマリアを急かした。エムオウもよそ様の冒険者パーティー内の問題のためなのか困惑した表情のまま無言でいた。マリアはしばらく俯いていたがやがて意を決したように目をつむりブーツの酒を飲もうとしたが、心底嫌そうな表情でエムオウがブーツをもぎ取り一気に中の酒を飲み干した
「……さすが貴族様の御足。酒が香ばしくなっています。彼女の代わりに飲み干した私に免じて彼女の追放は……。」
だがアッシュは年下で、見下しているトラキア人が突如として女をかばったことが気に食わなかったのかエムオウの持っているブーツをもぎ取るとブーツの踵で思い切りエムオウの顔を殴ろうとした。
「出過ぎたことするな、着色人め‼、調子に乗るな、このっ‼」
酔っぱらっていたこともありブーツはエムオウの鼻柱を叩いただけだが鼻血が出た。両方の穴から血が垂れているのを見てアッシュと女魔導士は二人で大笑いしたが、エムオウは鼻を抑え低い声で言った。
「アッシュ殿。鼻血が出てしまいました、申し訳ありません。おたくのヒーラーをお借りします」
エムオウはマリアを外へ連れ出した。外に出るとエムオウは離れにある便所にひとりで駆け込み激しく嘔吐した。
しばらくするとエムオウが便所から出てきたが鼻血は収まったが顔は酒で真っ赤で、だいぶやつれた表情をしていた。
「大丈夫ですか、エムオウさん」
「あまり大丈夫ではない。僕は極度の下戸だから少し飲んだだけで真っ赤になる。胃の中が空っぽにしても酒が抜けず少しめまいがする。しかし、うちより酷い待遇の冒険者パーティーがいるとは思わなかった。さっきまでは……。」
そこで何かを吐きそうなゲップを2回した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫か?君は。……うちの勇者様曰く、ロクデナシ冒険者パーティーでも見事立て直すという新規事業初の案件を成功させ、実績を挙げたいらしい。「銀月の鷹」はうってつけだろう。引き受けた魔物退治のクエストを勝手に放棄するような評判の悪いところでも立て直せたとなれば。」
「うちのパーティーはクエストを放棄したのですか。知らなかった」
驚いた表情のマリアをやや苦々しく見つめながらエムオウはしゃべった
「冒険者パーティーに加入する前に確認すべきことです。4か月ほど前、Aランクに落っこちたとき焦って飛びついたクエスト、街を襲う水竜討伐だったかな?を必要なパーティーメンバーを揃えられず結局できなくなり、その間被害がでつづけた街からギルドが訴えられ、C級へ降格と違約金が課せられた件です。まあ勇者様は御貴族様だからその程度で済んだが、普通は懲役刑になってもおかしくない。親のコネが結構強いらしいし、ウチもそれを目当てに支援をしている。だが勇者アッシュ殿は人材を使いこなせず使い捨てている。君も気を付けたほうがいいですよ」
「エムオウさん、あたしここでやっていけるでしょうか」
「知識は教えられるけどあなたにあった処世術は教えられないです。こんな冒険者パーティーは追放上等で堂々出ていくほうがいいと思うのですが。さっきの様子だとまだここに在籍せねばならない理由があるのでしょうか」
「もう少し、経験を積まないと。C級冒険者パーティーを追放されると、男は野盗、女は娼婦ぐらいしか働き口がないと聞いたので。あなたのお力で「銀月の鷹」は上級クラスに昇格できる可能性はどのくらいですか」
「娼婦以外にも働き口はあると思うのですが。まあ他にもトラブルを抱えるパーティーの「火消し役」としてここに送り込まれた以上、S級は難しいが必ずA級クラスまで戻れるように全力でサポートします。経験を積んでA級冒険者パーティーから追放されたほうが移籍しやすいのは確かです。そこは安心してください。」
少し酔いが冷めたが、まだ酒が抜けてきれていない勇者がコテージから出てきた
「エムオウ君、さっきはすまん、すまん、やりすぎた」
「アッシュ殿。彼女の待遇改善を約束してくれないと、今後の協力関係は難しいです。少ない人数でのダンジョン探索はよりメンバー同士の敬意と信頼が重要になります。少なくともこのような横暴な行為を二度としないと約束してくれないと私の敬意と信頼を失うことになります」
「ああ、約束する」
「具体的にどのような改善をされるのですか」
「そうだな、まあ追々考えていこう」
その時、意を決したようにマリアが勇者に向かってお願いを始めた
「あのいろいろとエムオウさんに教わってもいいでしょうか。次のダンジョン攻略まで時間があるので、明日とかに、いろいろとダンジョン探索人に必要なことを教わりたいのです」
「俺らの洗濯物は誰がする?」
「午前中に片づけますので、午後お暇を願いたいのです」
「えーっ、どうしようかなぁ」
「アッシュ殿。これこそ待遇改善です。経験も重要ですが、探索を重ねると経験していない即死トラップの解除とかに対処しなければならないこともあります。豊富な知識も重要です。うちの勇者に許可が必要ですが、明日の午後は僕も空いているので許可が下りたらお伺いします。よろしいですね」
「その小娘、鬱陶しいから外に行っても大歓迎よ」
コテージからまだだいぶ酔った魔導士が出てきた。
「ついでにマリアなんか、ハートフルホワイト団に行ってしまえばいいじゃない。そのまま連れて行っても構わないわよ」
嫉妬に満ちた顔で女魔導士は言ったがエムオウは丁重に断った
「ハートフルホワイト団は僕と職域が重なる人を必要としていません。」
それを聞き、マリアの少し明るくなっていた顔がまた少し暗くなった