【悲報】「追放代行」ってありませんか? ブラックな冒険者パーティーが追放してくれません
「姉さん。どう見ても、このダンジョンは攻略済みですよ。入り口の扉の封印の護符が新しく貼り直されている感じだったので何か変だと思ったら、やっぱりそうだった」
荒れ果てた古代エトルリア人の地下墳墓の集団墓地の有様を見てトラキア人冒険者で荷物持ちの少年エムオウは同じトラキア人の女戦士ブレイドに言った。
ダンジョン最奥の位置に二人はいるが、貴族のような石造りの墓ではなく大広間の土壁のいくつもの横穴に棺桶を安置し入り口を漆喰で塗り固めているので、ここは農民より豊かな商人の集団墓地のはずである。それが侵入してきた冒険者たちによって埋葬された墓の入り口を塞いでいた漆喰がすべて破壊され、棺桶は引きずり出され蓋をこじ開けられ死者の副葬品は身に着けていた指輪や首飾りなどの装飾品を含め徹底的にはぎ取られて放置されていた。
「やはり「内見」は必要ね。危うく詐欺に遭うところだった。」
冒険者ギルド幹部の仲介で最近結成したばかりという冒険者パーティーからエムオウが所属する「ハートフルホワイト団」へ、このダンジョンの探索権譲渡の話が持ち込まれた。曰く、新発見の未攻略のダンジョンを探索する権利を得たが自分たちは実力がないのであなたたちにお安く譲渡いたします、と。
彼らの話を信用できないハートフルホワイト団のリーダーの勇者はダンジョンを「内見」する必要性を感じた。多くの場合は、契約前のダンジョン内の下見は何かを盗まれる危険があるという口実でさせてくれない。そこでギルドのダンジョン監視員を買収し契約前にダンジョンの状態をエムオウとブレイドで確認することになったのである。
ダンジョン内を進みながらエムオウは壁をも通り抜け魔物を一瞬で死滅させる青白い光を手から発する攻撃魔法「ブループリズム(命名はブレイド)」を放ちまくったが、このクラスのダンジョンなら必ずいるはずの魔物と一匹も遭遇しないことで不安を感じていた。すでに魔物は駆逐され、奥にある宝は持ち去られているのではないか、と。
存在しない魔物に向け攻撃魔法を使用し続けることに虚しさを感じたのか、ふとエムオウは立ち止まり自分の手のひらを見つめた
「どうした?」
「姉さん、僕はハートフルホワイト団にかなり貢献している。S級の冒険者パーティーへのスピード昇格も僕の攻撃魔法があってこそです。契約書に書いてあるとはいえ、あと9年間ギルドの定める最低報酬で働き続けるのはどうなのかと思うのです。納得できない。」
「余計なことは考えるな」
「それにダンジョン攻略が成功した際の特別賞与はシャオロン様に聞いたら、全部、僕の分は姉さんに管理を任せていると言っていましたが、これはどういうことですか」
「トラキア人の孤児のお前は、ヴルガータ人の銀行に口座を持てない。だからあたしが管理してやっているの」
「現金でもいいのに……。」
無言のまま、二人はあまり期待せずにダンジョン最奥の神殿に進むと祭壇の脇に腐敗してほぼ骨だけになった死体と、コアが破壊され体が復元できなくなった元は3メートルくらい高さがあったであろうゴーレムの残骸が放置されていた。
三体ある死体はどれも顔の骨の部分にこびりついた青い塗料の跡があった。彼らは帝国北西部に多く住むアレマン族のようである。アレマン族はダンジョン探索の際、地下墳墓の死者の霊が頭に入らないよう青い塗料を顔に塗るという。
三人のうち二人は兜や鎧がひしゃげ体のあちこちの骨が折れている状態で倒れていた。もう一人は体の半分に焼けた跡が残っていた。おそらく冒険者パーティーの魔導士などが硬いゴーレムの内部にあるコアを破壊する強力な攻撃魔法を発動するまでの間の足止めをしていて二人は叩き潰され、もう一人は攻撃魔法がゴーレムに直撃した際の爆風に巻き込まれて亡くなったのだろう。
「姉さん、この人たち、足枷をされていますよ」
三人とも両足首に鎖で繋がれた鉄の輪が嵌められていた
「ああ、ギルドから冒険者パーティーに売り飛ばされた奴隷兵だろう。10年前アレマン族が帝国に反乱を起こした時、多くの捕虜が奴隷として売り飛ばされたと聞く」
そう言った後、ブレイドはエムオウの後頭部の赤毛を掴み死骸の近くまで引っ張っていった。
「姉さん、姉さん、なにを?痛いです。」
「よく見ておけ、M男。強者に逆らったやつの末路を」
そしてブレイドはエムオウの髪の毛を上に引っ張り上げ体を左右にゆすった
「痛いです!姉さん‼このやりかたはおかしいです、姉さん、僕らトラキア人はトラキア人を裏切らない。信頼している。姉さんを何か疑っているとか、脱退を考えているとかそうでなくて、よそのお誘いの話は断りました、その、待遇改善を‼納得のいく報酬の在り方を、お願いしているのです。でも取り下げますっ‼僕は姉さん以外のトラキア人と会ったことないし、僕には姉さんしかいない。絶対に逆らわない‼」
「そう、いい心がけだ」
ブレイドは髪の毛から手を離すとパンパンと手を叩いた
「さあ、奥に進むぞ」
エムオウは後頭部の髪を掴まれた部分をなでた後、ブレイドの後を追った
二人は念のため神殿内の奥にある宝物庫内を探したが、すでに金目の奉納物は持ち去られた後のようでカネにあまりならなそうなものが申し分程度にしか残っていなかった。法的にはまだダンジョン内のものは向こうの冒険者パーティーの資産扱いなのでそれらは持ち出さずにダンジョンの入り口に戻ることにした。
ダンジョン入り口付近は奥の乱雑した状態と違って割ときれいに整えられ、青銅の壺や剣、ガラスの容器やガラスのトンボ玉など売れなくもないものが置かれていた。
「入り口付近にだけ、ちょっとだけ金目のものを配置して未攻略を偽装するなんて、嫌らしい。」
「そうです、姉さん。僕らプロが見たら不自然に思うのに、こいつは完全に舐められていますよ」
入り口にはリーダーである勇者シャオロン・レオーネと二人の初老の男性、ギルドのダンジョン監視員とその護衛の戦士がいた。護衛の戦士は監視員とシャオロンから少し離れた場所で山の中腹にあるこのダンジョンの周囲を警戒していた。
ブレイドは「内見」の結果をシャオロンに報告した
「すでに攻略済み。くずダンジョンだ」
「ありがとうブレイド、おかげで大損しなくて済んだ」
そういうとシャオロンはギルドのダンジョン監視員に財布を差し出した。
「監視員さん、お勤めご苦労様でした。・・・・・・ところで先ほど財布を拾いました。これはあなたの落された財布ですね。ほら、ここにあなたのイニシャルが縫われている」
監視員は一瞬、驚いた表情をしたが、黙って受け取り中身の金貨の枚数を数えた後、懐に入れた。
「たしかに「私の財布」で間違いありません。きっちり頂きました。」
「よかったです。ついでに護衛の戦士殿にチップをはずんでください」
監視員は少し困惑した顔をしたが、黙って財布から金貨を取り出し護衛に手渡した。護衛の男は黙ってシャオロンに向いて頭を下げ金貨をしまった。
「それでは毎度。」
ギルドの監視員はそういうとあたりを見回した後、護衛と共に歩いて去っていった。ギルドで馬を借りると記録が残ってしまう。
監視員の姿が見えなくなったのを確認した後、勇者シャオロンはエムオウに命じた
「入り口を塞いで元通りにしろ」
エムオウは入り口の扉を閉じて昨日「闇の道具屋」で購入した古めかしくなるようあえて黄ばんだ着色を施した呪符を扉と壁にまたがるように貼り付けた。
「他の間抜けが掴まされないように、くずダンジョンという噂は流しておこう」シャオロンは言った
エムオウの一行は共に山のふもとに降りる一本道を降りだした。歩きながらシャオロンはトラキア人の二人の仲間と今後のことを話し合った
「さて、損失は免れたが、我々は稼がなくてはならない。で、今回のダンジョンの案件が流れて閑になるお二方にはやってもらいたいクエストがある。横暴なワンマン勇者が有能メンバーを追放したら戦力低下を招いてランクが下がってしまった冒険者パーティーに助っ人として、てこ入れしランクアップさせる、というクエストだ」
「二人ということは、あいつらの聖遺物「聖ヴァンサンの中指」の売却交渉がうまくいってないことですか」
ブレイドが尋ねた
「そう、どこの修道院も話は聞くがカネを出し渋っているのでどこかと話がまとまるまで戻ってこられない」
「古代エトルリア帝国末期のヴルガータ正教が弾圧されていた時の殉教者のミイラだから高いカネを払っても手に入れたいとはならないのですね」
修道院の経営する孤児院出身で教会の事情に多少詳しいエムオウは言った
「由緒がだいぶ怪しいからな。どこかの生臭司教にカネを積んで推薦状をもらえば……待て、なにかあるぞ」
道の先に何かぼろきれの塊のようなものが二つあるのが見えた。近づいていくとどうも先ほど別れたダンジョン監視員とその護衛が道路に縛られて横たわっているようである。
辺りを警戒しながらさらに近づいていくと前方の茂みから武装した男が6人出てきた
「勇者さん、こいつの命が惜しいなら武器とカネを置いてとっとと去りな」
リーダー格の男が手に持ったボーガンを横たわっている監視員に向けていった。そのほかの男の手にはこん棒か抜き身の剣が握られていた。皆、防備は金属製の脛当て付きブーツや肩当てをしているので野盗のたぐいであろう。
「十分すぎるくらいそこの監視員から奪っただろう。まだ稼ぐ必要があるのか」
シャオロンが動じることなく応えた
「こいつらが後からあんたらも来ると教えてくれた。ついでのおまけだ。こっちは6人もいるからな、カネがいる。おとなしく金を置いていけ。そっちは1人。ウドの大木のような着色人は役に立たんだろ」
野盗たちは笑い出した。
シャオロンはエムオウの方に向いて言った
「エムオウ、武器を捨てろ。特に小刀は慎重に地面に降ろせ」
エムオウはうなずくと小刀をベルトのポケットから取り出し屈んだ。そのまま地面に突き刺すと野盗たちは一斉に全員が痙攣しだし、白目を剥き口から泡を吹いてそのまま地面に倒れた。
「念ずれば発動する地面から伝わり失神させる雷系の攻撃魔法か。お前のおかげで一年中ゴムの樹液を塗った革ブーツを履くことになりそうだ。」
「シャオロン様、こいつらの首をへし折っていいですか」
着色人と言われたことに、ブレイドは相当、腹が立ったようである。
「不要な殺しは面倒なことになる。そんなことより、ギルドの面々をお助けしよう」
ブレイドは監視員と護衛を縛っている紐と目隠しとサル轡を外し、気付け薬を嗅がせると二人とも目を覚ました
「すまない、助かった。死ぬかと思った」
立ち上がってダンジョン監視員と護衛は感謝を述べた。エムオウはロープをリュックから取り出し気を失っている野盗の手足を縛りあげていた。
「ギルド監視員を殺せば、冒険者ギルドは全力で犯人探しをする。連中もそこはわかっていたのかな。」
監視員は遠くまで歩けないとのことで護衛が「たまたま山中を探索中、襲われて返り討ちにした」、と冒険者ギルドに連絡しに行き、囚人護送用の馬車などを手配してもらった。
しばらく後に到着した護送用馬車の鉄の檻に野盗どもは乗せられた。
「姉さん、ああはなりたくないですね」
「うちらが面倒を見てやらなかったらお前もああなったかももしれないぞ」