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集え! 若者たち

「オレ、学生時代にふらりと寄ったバーがきっかけなんすよ。軽く一杯のつもりで入ったバーがダーツバーだった。そこでお姉さんたちが、ビール片手に楽しそうにダーツをやっていたんすね。それにあこがれて、ダーツを始めました」

 根津は語り始めた。

「今は、初心者の女の子を、手取り足取り教えたいっすね。ほんとう、手取り足取りっすよ。『もっと力を抜いて』と、耳元でささやきたいっすね。……、何が言いたいかというと、ここで野郎ばかりでダーツするのは、オレは、まったく、望んでいない!」

そう言って、根津はジョッキに残っていたビールを飲み干した。

 この日、ダーツバー「ホワイトホース」には、会社員の根津、公務員の辰野、漫画家の熊田が客としていた。最年少が根津の二十五歳、最年長が熊田の四十六歳である。バラエティに富んだ客層だった。

しかし、野郎しかいない。

マスターは、根津の話を右から左へ聞き流していた。根津がこんな主張をするのは、今日に始まったことではない。お店に女の子、いや、女性がいないと、毎回言う。ただ、どんな女性でもしっかりと女として扱う。

いつもと違うのは、根津の主張を他が賛同したことだ。

「そうだよ。老若男女問わず、わいわい楽しめるコンテンツであるダーツに、いつ来ても野郎しかいないよ!」と辰野。

「オレだって、まだまだ、いろいろな女の子と遊びたいのに、この状況なら、ほかに行くよ!」と熊田。

マスターは、頭をかきながら白状する。

「最近、みなさんのような、常連で店がもっている状況ですね。ようするに、新規のお客さんは、男女問わず、滅多に来ない」

「マジで、そりゃ縁の切れ目だな」さらりと熊田がいう。

「ちょっと待ってください。全国的な流れかわかりません。でも、この辺のダーツバーはみんなウチと似たようなものです。新規のお客さんが来ないようです」

マスターの白状した事実に、三人はしばし止まった。

「ようするに、新しくダーツを始める人がいないということか」と辰野。

「このままだと、将来、ダーツバーは老人のたまり場になるっすね」と根津。

「いやだよ。まだまだ若い娘と遊びたいから離婚したのに」と熊田。

「そうだ熊田センセ、『異世界に転生したらダーツが最強だった』みたいなマンガかいて、アニメ化してくださいよ。そうしたら、一気にダーツ人口が増えるでしょ」

マスターのお願いに、熊田は首を振る。

「カンベンしてよ。今の連載だけでヒィヒィ言っているから」

「でも、タイトルだけはヒットしそうっすね」

 そう言いながら、根津はビールのおかわりをした。一緒に熊田もウィスキーのロックを注文する。

ここで、辰野がキューバリブレのグラスを、音をたててカウンターに置いた。

「ちょっと、真剣に話さないか。けっこう真剣な問題だと思うよ。このままだと、マスターは店をたたむことになるし、根津くんは一生、ダーツ初心者の女の子に手取り足取り教えられない。熊田センセも、元妻にけっこうな慰謝料を払ったわりに、さみしいダーツライフになってしまう。オレだって、自分より八歳年下のDカップで小柄な美人妻を迎えて、生涯、二人で趣味のダーツを楽しんでいくという、人生設計がくずれてしまう」

辰野の真剣な眼差しに、三人の酔いがすこしさめた。

「でも、オレたちが話したところで、変わりますか?」と根津。

「たしかにオレたちが騒いだところで、変わらないよ。でも、だからこそできることがあるんじゃないか」

辰野の理屈は、だれも理解できない。しかし、根津には熱く響いた。

「そうっすね。オレたちで若い娘が、どうやってダーツをやってもらうか、本気で考えましょう」


「やっぱり熊野センセに『異世界でダーツ最強』みたいなマンガかいてもらって、アニメ化してもらうのが、現実的でしょう」

 マスターがあらためて提案した。熊野はあらためて首を振る。

「いやいや、現場を知らないから気軽に言えるよ。まず、連載会議を通って、そして、その連載が人気でないといけない。それから、アニメ化だよ。そもそも、オレがどんなマンガをかいているか、マスター、知っているでしょ。今の連載、禁酒法時代のアメリカンギャングの話だよ。今までも、戦後闇市の話とか、おっさんが読者層のマンガをかいてきた。自分の作風で異世界ものをかいていける自信はないよ」

「いやいや、やる前からあきらめる姿勢、どうっすか」と根津。

「いやいや、漫画家はどんなマンガでもかけるわけではない。そんなに言うなら、根津くんがかけよ」

「いやいや、自分、絵心ないんで無理っす」

「いやいや、やる前からあきらめる姿勢、どうなんだろう」

「いやいや、なら辰野さん、どうっすか」

 急にふられた辰野は、飲んでいたキューバリブレを吹き出した。そして、ちょっと考えて口を開いた。

「別に、熊野センセに異世界ものをかいてもらう必要はないよ。センセ、今、アメリカンギャングのマンガをかいていますよね」

「そうだよ。ギャングの縄張り争いでニューヨークが舞台だよ」

「前、見させてもらいました。主人公がピストルで、対立するギャングを次々と暗殺していくシーン、かっこよかったです」

「ありがとう、得意なんだよ。銃撃のシーンをかくのがさ。ピストルとか好きだからね」

「ピストルも好きだけど、ダーツも好きですよね」

「……、いやいや、無理だから。無理。絶対、無理!」

「主人公の武器、ダーツに替えましょう」

「無理だって言っているだろ!」

「いやあ、ダーツを武器にするギャング、斬新で人気でますよ!」

「いい加減にしろ! この件で、オレにたよるな!」

熊田が拗ねだして、黙ってウィスキーを飲み始めた。それで、辰野は一人でボードに投げ込みを始めた。根津はおかわりにボトルビールを頼み、ちびりと飲みつつ、天井を見ていた。

「辰野くん、なんならオレと勝負する?」

マスターの提案に、辰野はのった。しばらくして熊野も勝負に加わった。三人で、和気あいあいとダーツを楽しんでいた。

「美少女っすよ!」

 突然、根津は叫んだ。三人は驚き根津へ視線を移す。

「なんだかんだで、美少女がからむと人気出るじゃないっすか。ダーツでも美少女を積極的に取り込むんすよ」

根津はずっと考えていた。考えてでた答えがこれだった。

「つまり、……、女子のダーツプロに、積極的に活動してもらうということ?」と辰野。

「それも大切っすよ。さらに、二次元の美少女も取り込むんすよ。二次元の美少女は大きな需要があるから!」

「二次元の美少女、多すぎるんだよ。お腹いっぱいだよ!」

熊田が叫んだ。いきなり叫んだので、三人は固まる。熊野は誰に目を合わせず語りだす。

「どこもかしこも、今、美少女だらけじゃねえか。マンガでもゲームでも、どこを見渡しても美少女だらけ。いいよ、しょせん男なんて単純だから。美少女だしとけば、悪い気はしないよ。だけど、あいつら、だいたい学生、特に、高校生の設定が多いよな。……、あんな発育のいい女子高生がいるか!」

熊田の個人的見解である。三人は、この見解があっているかわからない。マスターはしっかり首をかしげた。さらに熊田は続ける。

「そりゃ、オレだって食っていかないといけないから、美少女キャラをかいたよ。……、担当からは『美少女というより魔女』と笑われるし、登場した回の読者の評判はすこぶる悪いし、その美少女が当時の浮気相手がモデルだったから、それがきっかけで浮気がバレちゃうし、 ようするに、……、美少女なんて大っ嫌いだ!」

 言いたいことを言ったら、熊田はウィスキーをおかわりして黙った。聞いていたものは、うっすらと自業自得だと思っていたので、とりあえず、放っておくことにした。

「とにかく、美少女の使用は、すでに何番煎じかというくらい、使い古された方法だと思う」

熊田が静かになったので、辰野が話し始めた。

「これまで、日本では馬から歴史上の人物まで、あらゆるものが美少女になっているだろう。そういや、コーヒー牛乳まで美少女化したよな。ここでダーツも美少女化したところで、インパクトはないだろう」

みんなが辰野の意見に同意した。

「そうっすよね。この前、久しぶりにゲームセンターへ行ったら、半分以上、美少女からんでいました。クレーンゲームの商品も、美少女キャラのフィギュアだったり、ネット麻雀のゲームも美少女になっていたり、とにかく美少女だらけっすよ」と根津。

「……、え、ゲーセンで麻雀が美少女? それって、先祖返りじゃね?」

そこに熊田が喰いついた。若い根津はよくわからない。しょうがないので、熊田は説明を始めた。

「ゲーセンで麻雀といったら、脱衣麻雀だろ。美少女と対戦して、勝ったら美少女が一枚ずつ脱いでいくんだ。昔はドットが粗いイラストでも、スケベな男が百円玉の続くかぎり頑張ったもんだ。…… 、ひょっとして、今の美少女は脱がないの」

「……、ええ、今は脱がないっす」

「……、え、何が楽しいの?」

「……、普通に麻雀は楽しいっすよ」

「……、なら美少女の意味ないだろ」

「……、ひょっとして熊田センセ、脱がないアイドルより赤裸々なセクシー女優が好きな人っすか?」

「……、え、男として当然だと思うが」

根津と熊田は、今と昔の麻雀で語り始めた。辰野はおかわりにジントニックを頼み、ちびりと飲みつつ、天井を見ていた。マスターはグラスを洗っていた。

「未亡人だ!」

 突然、辰野は叫んだ。三人は驚き辰野へ視線を移す。

「根津くんのアイデア、悪くはないと思いました。でも、ただの美少女だとインパクトがない。なら、なにか斬新なアイデアを加えるのが重要なのではないかと。では、美少女では出せない、大人の魅力とは、そうなると」

「未亡人だな!」

熊田は同意した。さらに、辰野は語りだす。

「今、ダーツってネットワークを通して、世界中で対戦相手を募集できるでしょ。ただ、初心者はそのハードルは高いと思います。そこで、CPU対戦ですよ。その対戦キャラが」

「未亡人っすね!」

根津も乗り気だ。ここで三人は各々のアイデアが飛び出す。

「今の技術でどこまでできるかわからないけど、やっぱり初心者は未亡人に手取り足取り教えてもらいたいよな」

「ボードから外れたら『そこはちがう』って、いやらしく言ってほしいっすね」

「対戦するときには、笑顔で『ダンナを忘れさせてね』」

「対戦が終わったら『ダンナよりすごかった』」

三人は、楽しそうに語りあっていた。本当、楽しそうで何よりだ。

 しかし、マスターは気づいていた。議題は「どうしたら若い女の子にダーツを始めてもらえるか」だった。「未亡人」に喰いつくのは、スケベな男どもであり、若い女の子ではない。これでマスターは店をたたむ危機は逃れるかもしれない。しかし、根津は一生、ダーツ初心者の女の子に手取り足取り教えられない。熊田も、元妻にけっこうな慰謝料を払ったわりに、さみしいダーツライフになってしまう。辰野も、自分より八歳年下のDカップで小柄な美人妻を迎えて、生涯、二人で趣味のダーツを楽しんでいくという、人生設計がくずれてしまう。

 せめて、「未亡人」を「美少年」にかえていたら。

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