第6回 下野紘・巽悠衣子の小説家になろうラジオ大賞&冬の童話祭2025
紙飛行機にのせて、君に届け。
「せーのっ!」
僕らは、隣同士の部屋のベランダから、青空に向かって紙飛行機を飛ばした。
風にのり、紙飛行機は空高く上昇した。
僕らは、同じマンションの住人だ。
僕は人見知りで、なかなか話しかけられなかったけど、彼女は人懐っこくて、いつも笑顔で、お喋りで、こんな僕にも気さくに話しかけてくれた。
おかげで、仲良くなるのに時間はかからなかった。
いつしか僕らは、ベランダで仕切り板越しに毎日話すようになった。
学校での出来事、先生の愚痴、今日見た夢の話。
大した話はしてないはずなのに、不思議なもので話は尽きなかった。
気付けば、僕は君に好意を寄せるようになっていた。
だからと言って、何を伝えるわけでもなく、日常は過ぎていく。
君は僕の気持ちを知ってか知らずか、なかなか心がつかめない。
君の心の内側に触れようとすると、どこかはぐらかされる。
でも、ある日。
「今度さ、一緒に遊園地行こうよ!」
彼女からまさかの誘いがあった。
僕は舞い上がった。
想いは通じ合っていたのではないか? と期待せずにはいられなかった。
「次、あれに乗ろう!」
彼女が指さした先には、観覧車があった。
ゴンドラの中では、彼女との距離がとても近くに感じた。
今の僕らの間には隔たりがない。
彼女は静かに外の景色を見つめていた。
お喋りな彼女が、口をつぐんでいる。
沈黙と共に、観覧車は頂上へと向かっていった。
頂上に着く頃、君は口を開いた。
「わたしね、もうすぐ引越すんだ」
彼女の視線は、外を向いたままだった。
唐突な告白に、僕は言葉が出てこなかった。
「どこに引越すの?」
僕の口からやっと出た言葉は、それだけだった。
「遠いところ……」
本当は話したいこと、伝えたいこと、聞きたいこと、沢山あった。
でも、何も言えなかった。
無情にも観覧車は一周した。
引越しの日は、あっという間にやって来た。
「前を向いて進んでね」
そういうと、君は笑顔で僕に手を振った。
その言葉の意味を知ったのは、それから半年ほど経ってからのことだ。
君は遠いところへ旅立ってしまった。
僕は泣いた。
あの時、想いを伝えておくべきだったのではないかと思った。
明日があるとは限らないのだから。
そんな僕も大人になった。
折り紙に文を綴る。そして、紙飛行機を折った。
× × ×
拝啓 大好きだった君へ
僕、結婚するんだ。
今日で君を卒業する。君の言葉通り、前を向いて進むよ。
× × ×
僕はベランダから青空に紙飛行機を飛ばした。
この想いよ、君に届け。