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愛しいあなたへ

作者: 白崎なな

 母の死後、実家の片付けに追われていた。父は昔に亡くなっていて、母が先日亡くなった。亡くなる直前に、私の手を取り母は眉をぐっと下げて笑った。


 亡くなる時って、苦しいと聞くのに。母親という人間は、死ぬ直前まで母親なのだろう。私は、一人っ子だった。もちろん、兄弟というものに憧れを抱くことも少なからずあった。しかし、母と父の愛を一身に受けて独り占めをできるのも悪くないと思っていた。


 父は、少し厳しいところもあるが優しい。母は、穏やかな性格で家族のことを見守っていてくれた。

 そんなふたりは、私のことをなによりも私のことを優先してくれた。どんな些細なことにでも、私の目を見て話を聞いてくれていた。時には笑いながら、そして涙を流しながらも必ず目を合わせてくれた。


 目の奥にある全てを見られている、そんな感じもした。それでも、私をまっすぐに見る母と父の瞳は、美しかった。


 そんなことを思い出しながら、実家の押し入れを開けた。随分と開けられていなかったようで、ふわりと埃が舞った。煙たくて、窓を開けて空気の入れ替えをした。


 外は、どこまでも晴れやかで私の心の中とは真逆の空模様。まだ昼で、空には暑いほどの元気な太陽の光があたりを照らす。


 その空を見て、ふぅっと大きく深呼吸した。そして、今しがた開けた押し入れの中に視線を移した。

 目に留まったのは、あるお菓子の缶だ。赤色と白色のチェックの柄で、なんとも可愛らしい。缶をカポッと開いた。中からは、がさりと落ちるほどの沢山の手紙が出てきた。



 (そういえば…… 母は、昔から何かあるたびに手紙を書いていたんだっけ)



 便箋に丁寧に全て入っており、封をされている。誰から誰に宛てたものなのか名前はない。しかし、書いているこの文字は間違いなく母のものだった。


 リビングに戻り、丁寧にカッターを使い封を開けていく。



 “ずっと願っていた、あなたが来てくれることを。今度は、あなたの心拍の確認に行ってきます。とても楽しみです。でも、ちゃんと大きく育ってくれるか心配です”



“バクバクと大きく動く心臓は、 『生きていきたい』 と強い思いを感じました。感動、という言葉では表せられないほど、嬉しくて。母は、あなたのことをいつまでも守っていきます”



“手足が元気にぴょこぴょこと動いていました。こんなに小さいのに、こんなこともできるんだ! そう思いました。つわりでしんどいです。それでも今日見た、あなたの元気な手の動き。なんだか 『お母さん、頑張って』 そう言ってくれているように感じました。そんなことで弱音は、言ってられませんね。母も頑張ります”


 どの便箋からも、私がお腹にいた時に書かれたものだった。ただ二言三言。それだけが書かれて、二つ折りにして便箋にあ丁寧に入れてある。

 どの文字も私を思ってくれてることがよく伝わってくる。



 母は、いわゆる高齢出産だった。欲しくてもなかなか出来なくて、ようやく私が出来たそうだ。私の前に兄弟がいたことは聞いたことがないので、おそらく私に宛てたものだろう。



“そろそろ、臨月になります。お腹も重たくて、しんどい時が増えました。歩くとぎゅっとお腹の下が引き攣る感覚がします。たくさん動いていて、元気なあなたをもうお腹で感じれないと思うとなんだか寂しいです。でも、なによりもこんな元気なあなたに会えると思うと楽しみが勝るのです。早く会いたい”



この手紙が最後だった。母からのまだ見ぬ私へ宛てたメッセージだった。



母の死によって、心に開いた穴が母の温かいメッセージによって徐々に埋まっていく。空っぽの水槽に、温かくて心地の良い水をたっぷりと注がれる。


“母の想い” それは、最後の笑顔にきっと詰まっていた。



「今更…… 今更だけど。お母さん、ありがとう」



 母に縋りつくように、母の想いの詰まった手紙をグシャリと胸に当てた。熱い涙が溢れる。大切にされていたことなんて、言わずもがな感じていた。それでも、この手紙は母の想いが心に浸透してくる。



 お腹にいた時からの母の愛情。自分が母親になった今。痛いほどに理解ができる。きっと今の私は、自分の子供に対して母の愛の半分かもしれない。そう感じさせるほどの愛で、私を包んでくれる。


 沢山の心配、不安。それを塗り替える、母の愛情。それは果たして、母親になった私に持ち合わせているだろうか。



「おかあさ〜ん!」


 子供の声に、私は涙を拭う。母の死は、私にとって沢山の気づきと愛を知れるきっかけになった。


(これは、愛をもっと注ぎなさいっていうお告げかなぁ)



「はぁい、今行くね!」



“愛しいあなたへ

 私は、ずっとそばにはいてあげられない。それでも私は、いつまでもいつまでも。あなたの心の中で見守っています。私の元へ来てくれてありがとう。


 深い黒の瞳で、たくさんのものを見て感じて。澄んだ心を育んで。

 真っ赤な唇で、たくさんの言葉を味わって。美しい感情を伝えて。

 温かい指先で、たくさんの物に触れて。新しいことに挑戦し続けて。



 そうしてきっと、あなたは誰にでも愛を注げるそんな人になれる”


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― 新着の感想 ―
素敵な物語でした。 優しくて繊細な文章でしっとりと静かに綴られる物語が胸に沁みました。 親からの愛って、とてもではないけれど返そうとしても返せないほど大きいですよね。 相手が先に逝ってしまうからなお…
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