第12話 その交渉、本当に決裂ですか?
「そ、それではこちらのサゴイノ侯爵デトリ様はいかがでございましょう?」
ウェルシェはついに最後の切り札を出した。
「デトリ様は侯爵ですしお金持ちで、しかも包容力もあってルックスも良いですわよ」
爵位もあり、財産もあり、ルックスも人柄も申し分なし。
ウェルシェが自信を持って結婚相手に薦められる好物件。
「そいつ私の親より年上じゃない!」
だが、アイリスの琴線には触れなかったようだ。
「しかも、バツ2の瘤つき!!」
「そうは申されましても、男爵令嬢のアイリス様に釣り合う中で好条件の未婚男性となるとこれくらいが精いっぱいですわよ?」
これでもかなり無理して集めた好条件の男達だ。普通の男爵令嬢なら垂涎ものの相手ばかりなのだが、アイリスはぜんぜん納得しない。
「バカにしてんの!」
ついに切れてアイリスはテーブルの上に揃えられている釣書の束をぶちまけた。
「こんな不良物件ばっか紹介して!」
「不良物件とは失敬な!」
みな素晴らしい人物ばかりだというのにアイリスは何が不満だと言うのか?
「ああ、違う違う」
アイリスとウェルシェのやり取りを傍観していたイーリヤがくすくすと笑う。
「ウェルシェはアイリスが求めているものを勘違いしているのよ」
「勘違い?」
「そうよ、アイリスは男爵令嬢の責務として結婚相手を探しているんじゃないの」
「当たり前でしょ!」
むすっとした顔でアイリスが釣書の一枚でテーブルをバシバシと叩く。
「こんな奴らじゃなくて、私は攻略対象を攻略したいの。イケメン達とのイベントスチルを生で見たいの!」
そしてとアイリスは無作法にもイーリヤを指さした。
「最後に悪役令嬢を断罪して私はオーウェンと結ばれるのよ!」
「とまあ、アイリスの望みはゲームクリアなわけよ」
「は、はぁ?」
ゲームクリアと言われても、ここは現実の世界だ。ハッピーエンドを迎えても、その後に人生は続く。たとえザマァなるものが成功しても、アイリスの未来はどう考えても暗い。
「ですが、どのみち男爵令嬢のアイリス様では高位貴族や王族のお相手にはなれませんわ」
「まっ、現実の話ならそうなるわよねぇ」
「現実なんて関係ない。ここは乙女ゲームの世界なんだから!」
「乙女ゲーム……ですか?」
イーリヤの話にあった乙女ゲーム。それがこの世界と類似しているからといって何だと言うのか?
「そうよ、ここはヒロインの為の、私の為の世界なの」
「確かに攻略対象の何人かはゲーム通り堕としているわね」
「そうよ、フラグを回収してイベントをこなせば、絶対ヒロイン補正がかかるんだから!」
「まあ、今のところ最終イベントまっしぐらって感じよねぇ」
アイリスとイーリヤは互いの言葉を理解できているようだが、やはりウェルシェには分からない。
「しかし、アイリス様がオーウェン殿下と結ばれて王太子妃になるのは現実として無理があると思われますわ」
「大丈夫よ、世界の矯正力が働くはずだから」
なんだその滅茶苦茶な理屈は?
「だって、私がいないと続編でこの国は滅ぶもの」
「続編?」
イーリヤも知らなかったようで首を傾げた。
「あんた『あな嫁』ファンのくせに続編をやってないの?」
「私は知人に勧められてやっただけよ」
「ふーん、そう」
アイリスは勝ち誇ったようにドヤ顔で胸を反らした。
「それにオーウェンが活躍すれば廃嫡は免除でしょ?」
「それはまあ……そうですが」
だが、あのオーウェン達が残り僅かの時間でオルメリアを納得させる功績を上げるのはどう考えても無理ゲーだ。
ところがアイリスは腕組みをして余裕の笑みを浮かべている。
「あのイベントを発生させれば一発逆転なんだから」
「あのイベント?」
「ふん、邪魔されるかもしれないのに教えるわけないでしょ」
「イーリヤ様?」
「ごめん、私にも分からないわ」
イーリヤは肩を竦めた。
「このゲームってかなりの数のイベントがあるからライトユーザーの私じゃ見当もつかないの」
「ふふんだ、私は『あな嫁』のイベントを全て知ってるのよ」
イーリヤが知らないと分かり、アイリスはしたり顔で笑う。
「これで決まったわね。やっぱ、あんた達はザマァされるのが運命なのよ!」
「まあ、婚約破棄イベントまではゲーム通りになるのかもしれないわね」
だが、そう言う割にイーリヤに焦った様子は見えない。
「ふふふ、だけど全てが思い通りになるのかしら?」
「どういう意味よ?」
「だって、ゲームは悪役令嬢を打倒して攻略対象と結ばれましたで終わりなのよ」
「エンドロール後にヒロインは幸せになりましたって表記がちゃんとあったわ!」
「さて、本当にそうなるのかしらね?」
くすくす笑うイーリヤにアイリスが親でも殺されたかのような憎悪の目を向けた。
「続編も知らないニワカのくせに!」
「どうぞ」
アイリスが倒したティーカップを片付けたカミラが新しく淹れ直した紅茶を絶妙のタイミングで差し出す。
「えっ、あっ、うん、ありがとう」
機先を制されたアイリスは怒気が萎み、素直に座ってお茶をズズズと啜る。が、給仕をしていたカミラを見てアイリスの目がカッと見開かれた。
「って、思い出したぁ!」
アイリスは再び勢いよく立ち上がる。そのせいで、せっかくカミラが淹れたお茶がまた溢れる。
「やっぱ、あんたら知ってたのね!」
「いったい何ですの?」
「続編の事よ!」
「だから、私は知らないって言ってるでしょ」
「白々しい。だったらこの女は何なのよ!」
イーリヤが否定するもアイリスはカミラを指差して叫ぶ。
「『カミラ』ってそういうことだったのね!」
名前を呼ばれたカミラは何事かと不思議そうだが、アイリスは構わず喚き散らした。
「私の事バカにして腹の中で笑ってたんだわ!」
「アイリス様、落ち着いてくださいまし」
「悪役令嬢らしいホンット性格の悪いヤツらね!」
ウェルシェが必死に宥めようとしたが、アイリスはぶち切れて聞く耳を持たなかった。
「私は絶対に負けないわ。ヒロインは絶対に悪役令嬢をザマァするんだから!」




