第81話 その腹黒、ちょっと浮かれすぎじゃないですか?
「うへ、うへ、うへへへへ」
ウェルシェは笑いが止まらなかった。
「こうも全てが上手くいくなんて……にょほ、にょほほほ」
もう、によによ、にまにまが止まらない。
「嬉しいのは分かりますが……お嬢様、そのおかしな笑い方はお止めください」
そんな主人にカミラは呆れる。
「心だけではなく、顔まで醜くなってしまわれますよ」
「誰の心が醜いのよ!」
オブジェクション!
心外だとウェルシェがバンバンテーブルを叩いて猛抗議する。
「そんな事を仰られましても、お嬢様の腹の中には真っ黒妖精がうじゃうじゃ巣食っているのは事実じゃありませんか」
「失礼ね。私は学園で心優しき妖精姫って呼ばれてんのよ」
「いったいそれは、どこのどなた様の事でございますか?」
「私よ私、わ・た・し!」
「学園の皆様は見る目がないのですねぇ」
やれやれとカミラは肩を竦めた。
「ふんっ、言ってなさい。絶対多数の意見こそが真実となるのよ」
「やりたい放題したい放題のお嬢様は、気高く美しい妖精ティターニアではなく、悪戯好きの妖精パックシーというのが事実ですのに」
「事実なんてのはね、真実の前には意味を成さないのよ」
「全く相変わらず暴論を」
ウェルシェはふふんっと笑い、カミラは額に手を当てて軽く首を振った。
「人は自分が信じたいものを真実とするの。事実がどうかなんて関係ないわ。むしろ、信じたくない事実は拒絶されるもの」
「お嬢様の場合は、ご自身で周囲に信じ込ませたのではないですか」
「どんなに刷り込もうとしても、信じたくないものを信じさせるのは容易ではないわよ?」
みんな私が妖精姫のように儚いって信じたいのよ、と笑ってウェルシェは嘯く。
「それは今回の事件についても、でございますか?」
「ふふ、そうね」
カミラの鋭い切り込みに、ウェルシェはいつもの澄まし顔で微笑む。
「もし事実を公表してたら誰も幸せになれなかったでしょ?」
「まあ、あれだけの大事件でしたから」
アイリスが引き起こしたイベント『雪薔薇の女王』による一連の事件――通称『雪薔薇の女王事件』
ルインズの凍結から始まったこの出来事は、流通断絶、隣国トリナの救援と称した侵攻、更には王都まで氷漬けとなる大事件へと発展した。
暴走する雪薔薇の女王をマルトニア学園の生徒達が懸命に戦い、最終的にトレヴィルの献身的愛によってネーヴェの再封印に成功したのである。
そこからは非公式となるが、氷雪の牢獄で指輪の試練をトレヴィルが見事果たしネーヴェは力のコントロールを取り戻した。ルインズの遺跡に現れたトレヴィルは、侵攻してきた自国の軍を説得しトリナへと帰還している。もちろん傍にはネーヴェの姿があるのは言うまでもない。
「今回の事件を故意に引き起こしたアイリス様は責任を取らされオーウェン殿下ともども破滅していたのは間違いないわ」
「幸いにも人的被害は皆無でしたが、王都とルインズが氷漬けになる大騒動でしたからねぇ」
「トリナの出兵だって大問題だもの。トレヴィル殿下は最悪人質とされ命を落としていたかも。ネーヴェだって危険人物として処理されたかもしれない。そうなればイーリヤは嘆き悲しんだと思うわ」
ネーヴェがトレヴィルと共に消えてしまった後、イーリヤは酷く落ち込んだ。あの時の憔悴っぷりはウェルシェも見ていて痛々しかった。だから、ネーヴェとトレヴィルが生還した報を受けて喜ぶイーリヤにウェルシェはホッと胸を撫で下ろしたのである。
「まあ、お嬢様の仰る通り悲劇しかなかったでしょう」
今回の事件の結末をどこへ持っていくか。思案したウェルシェは方々に手を回しみんなの納得する真実を作り上げたのである。
筋書きはこうだ。
偶然アイリスが発見した雪薔薇の指輪によって、偶然新たな遺跡が発見され、偶然雪薔薇の女王が復活しルインズが雪に閉ざされた。これら全て決してアイリスが仕組んだことではない。
そして、雪薔薇の女王は偶然マルトニア学園へと現れ、偶然居合わせたアイリスとオーウェンが学友達と共闘して雪薔薇の女王を封印する事に成功。
「全ては偶然の産物であり、アイリス様とオーウェン殿下の活躍で事件は事なきを得たのよ」
つまり、ウェルシェは雪薔薇の女王事件の功労者をアイリスとオーウェンに仕立て上げたのだ。これでオーウェンは卒業までに実績を上げる事に成功したというわけだ。
他にもトリナ王国の出兵はやはり救援部隊で、トレヴィルがその指揮を取ったとストーリーをでっち上げた。どさくさに紛れて侵略しようとして失敗したトリナ王国が全面的に協力してくれた。このままでは国際的に孤立しかねなかったのだからトリナ王国としてはウェルシェの話に乗らざるを得ない。
ネーヴェは無関係の女性として押し通した。だって、雪薔薇の女王は封印されたのだから、彼女は全くの赤の他人。
似ている?
そっくり?
そんなものは全てたまたまなのだ。
こうして王都並びにルインズを氷漬けにした『雪薔薇の女王事件』は解決し、真相は全て闇の中。
「あの場には身内しかいなかったから口裏を合わせるのはさほど難しくはなかったわ」
唯一アキ・オーロジーを説得するのはちょっと骨が折れた。だが、彼女もネーヴェには同情的だったし、レーキ達が調べ上げた情報や今後の研究資金の援助などで丸め込んだ。
「ですが、やり手の王妃殿下はすぐお嬢様の暗躍に気づかれるのではありませんか?」
あのオーウェンが見事に事件解決など、実の親であるオルメリアが素直に信じるとは思えない。絶対徹底的な調査が行われているはずだ。
「んー、まあ当然気づくでしょうね」
「その割にお嬢様はずいぶん余裕ですね」
「だってバレたって問題ないもの」
「どうしてです?」
オルメリアに露見すると思っていながらウェルシェはどうして余裕綽々なのか。主人の不遜な態度にカミラは首を傾げた。
「王妃殿下は我が子だからと手心を加えるような方ではありませんし、私の見るところお嬢様を王妃に据えたいとお考えのようですが……」
「だって、事実を暴けばアイリス様は重大犯罪人よ」
王都の九割を氷漬けにしたのだ。テロリスト扱いされてもおかしくない。
「そうなれば彼女を擁護しているオーウェン殿下も廃嫡だけでは済まないわ」
「なるほど」
厳しいオルメリアといえど廃嫡以上を我が子に望んではいない。あまり罪が重くなるのは避けたいだろう。
「ですが、王妃殿下ならそこは上手く今回の解決のところだけ公表して、イーリヤ様とお嬢様の功績にする可能性もあるのではありませんか?」
「ムリムリ」
カミラの指摘にウェルシェは手をヒラヒラ振って否定した。
「私がどれだけ情報操作して『今回の真実』をばら撒いたと思っているの?」
ウェルシェはレーキ達や剣魔祭で友達になった選手達の力を借りて、王都中にオーウェンとアイリスの活躍を喧伝した。
「もうみんな二人を英雄のように祀っているのよ」
「そう言えばこの前、オーウェン殿下とアイリス様がパレード紛いの事をされてーーって、まさかアレもお嬢様の入れ知恵!」
ウェルシェがフフンっと笑った。つまりはそれが答えだ。
「今更違いましたなんて言ってみなさい。オーウェン殿下どころか王家の信用だって失墜しちゃうわ。だから、王妃様はどうあっても私の筋書きに従わざる得ないのよ」
「黒い! お嬢様、黒すぎる!」
「ふふん、何とでも仰い」
全てはウェルシェの手の平の上。オーウェンもアイリスもイーリヤもオルメリアも、みんなみんなウェルシェに転がされたのだ。
「オーウェン殿下と愉快な仲間達の無能っぷりに振り回され、アイリス様には足を引っ張られ、イーリヤ様の協力は得られない。もうお嬢様の王妃コースは決定だと思っておりましたのに」
「はっはっはっ、一発逆転やってやったわザマァ!」
ウェルシェが高らかに勝利宣言をし、カミラはこめかみを押さえて首を振った。
「今回はホント散々な役回りばかりだったけど」
振り返って見れば今年度始まってからウェルシェはあまり良いところがなかった。エーリックとの仲が進展せず、トレヴィルに手折られそうになったり、最後なんてイーリヤに犬扱い。
「まあだけど……終わりよければすべてよし、ってね」
悪戯っぽく笑ってウェルシェはウィンクした。