第75話 その作戦、本当に大丈夫ですか?
いったん土手の上に退却したウェルシェ達は朗報を持ってきたレーキに注目した。
「お待たせ致しました我が主人」
そんな視線も気にせずレーキはウェルシェに恭しく膝をつく。
「それで、『雪薔薇の女王』の解読は完遂できましたの?」
ウェルシェの問いに跪いていたレーキが顔を上げた。
「はい、ぎりぎりのところで」
「ぎりぎり?」
ウェルシェは他の者がいない事に気がつき、レーキの言葉の意味を察した。
「そう……他の皆さんは……」
レーキ以外のジョウジ達は図書館で氷漬けになっていた。不眠不休で疲労困憊の彼らに耐魔するだけの力が残っていなかったのである。レーキにしてもかなりギリギリだったのだ。
「問題ありません。雪薔薇の女王さえ何とかできればジョウジ達も元に戻るはずです」
「分かりましたわ。とにかく現状の解決を優先いたしましょう」
「はい、詳細は追ってお話しするとして……」
立ち上がったレーキが眼鏡のブリッジをクイッと持ち上げる。
「今は雪薔薇の指輪を約束の薔薇に戻す方法だけお伝えします」
全員の目がレーキに集中する。
「まず雪薔薇の女王の元へ雪薔薇の指輪を持っていきます」
「それなら私だってやったけど何にも起きなかったわ」
「その後、雪薔薇の女王に示さねばならないものがあるのです」
アイリスが横から口出ししたが、レーキは構わず話を続けた。
「示さねばならない?」
「はい、それこそが指輪の試練なのです」
ウェルシェが聞き返すとレーキは大仰に頷いた。
「そして、指輪を持って示すもの……それは……」
ごくり……全員が見守る中、レーキは厳かに告げた。
「真実の愛です」
「「「はあ?」」」
何だソレは?
全員の目が点だ。
「えっ、何?……真実?」
ウェルシェは自分の耳を疑い聞き直した。
「ですから、真実の愛、です」
「はっ?……真実?……何?」
どうにも耳が悪くなったらしい。聞き間違いに違いない。ウェルシェは再度尋ねた。
「小っ恥ずかしい事を何度も言わせないでください! 真実の愛です、真実の愛!」
「そんなものどうやって見せるんですの!」
ウェルシェ逆ギレである。しかし、無理も無い。そんな抽象的なものを示せと言われても困る。
「なんだそんな事か」
だが、事もなげに横からオーウェンが割って入ってきた。
「そう言う事なら話は早い」
「殿下には何か策がおありなんですの?」
「無論だ」
どうせロクでもない思いつきだろーなと思いつつウェルシェが尋ねれば、オーウェンは自信たっぷりに首肯した。
「さあ、アイリス」
オーウェンはアイリスに手を差し伸べる。
「俺と一緒に雪薔薇の女王のところで真実の愛を見せつけてやろう」
「はい?」
ホントにロクでもなかった。
「俺とアイリスの真実の愛ならば、きっと雪薔薇の女王も感動するに違いない」
「そうですね。私達の愛で雪薔薇の女王を正気に戻しましょう」
お前らが正気に戻れ!
手に手を取り合うアイリスとオーウェンにツッコミそうになった言葉をウェルシェはかろうじて飲み込んだ。
それよりもオーウェンの発言は別の大きな問題を孕んでいる。
「ねぇねぇイーリヤ、あんなこと言ってるけどいいの?」
こそこそっとウェルシェがイーリヤに尋ねた。
婚約者のイーリヤがいるのに他の令嬢と真実の愛を結んだなどと宣うオーウェンは堂々と完全な浮気発言したのと同じ。完全にアウトなのだ。
「良いんじゃない? もう私も知らないわよ」
「なげやりねぇ」
まあ、イーリヤは元々オーウェンと結婚する意志は無かったのだから仕方がない。
「どうせ他に方法はないでしょ?」
「それもそうか……」
ウェルシェは信頼する侍女に向き直る。
「カミラ、頼めるかしら?」
「やれと言われればやりますが……」
カミラが土手の下へと視線を移せば、全員もネーヴェの方を見た。氷雪の衛兵がうじゃうじゃ……最初の時より多い気がする。
「先程のように雪だるま達を散らして頂かないと、お二方を守りながらあの中を進むのはちょっと……」
全員の視線が一斉にイーリヤへ向く。誰もが地獄の劫火の連発を期待した。が、ムリムリとイーリヤは手を振った。
「さっきで魔力をだいぶん使っちゃったわ。とてもじゃないけどあの数は無理よ」
「うーん、イーリヤ様以外だと……」
ウェルシェが集まる面々を一人ずつ見ていく。
セルゲイ、クライン、コニールーー使いものにならない論外だ。
第一王子の側近達にウェルシェは心の中で戦力外通知を出した。連日の激務でレーキは衰弱して戦いには出せない。まともな戦力はウェルシェ、エーリック、トレヴィル、カミラ、イーリヤだけ。ただしイーリヤの残存魔力は僅か。
戦力分析するとウェルシェは素早く作戦を組み立てる。
「それでは今から作戦をお伝えしますわ」
使えない側近三人組を右方向から突っ込ませ囮とする。イーリヤには残りの魔力を使ってネーヴェとの間の雪だるまを撃ち減らしてもらいカミラを突貫させる。そして、その後ろからオーウェンとアイリスを進ませる。
「お二人の左右にエーリック様とトレヴィル殿下を、後方は私がお守り致しますわ」
「ちゃんと守ってよね」
アイリスが不安そうに、それでも偉そうに注文をつけてきた。
はっきり言って100%守りきる自信は全くない。
もはや自分達には他に打つ手がないだけである。
「もちろんですわ」
(無理だったらエーリック様と二人で逃げよ)
だが、腹黒令嬢ウェルシェは馬鹿正直に真実は言わない。
「大船に乗ったつもりでお任せくださいませ」
にっこりと満面の笑顔で嘯くのだった。




