第61話 その出来事、本当にイベントの裏側ですか?
――マルトニア学園文化祭最終日
「エーリック様、あっちあっち!」
「あっ、ちょっと待ってよウェルシェ!」
祭りの喧騒の中、一組の恋人が学園内でイチャコライチャコラしていた。
「もう、早く、早くですわ!」
「そんなに引っ張らないでよ」
触れれば消えてしまいそうなほど儚き白銀の美少女が、天使の如き金髪碧眼の美少年の手を引きながら次から次へと模擬店を回っていく。
「あっ、あのヌイグルミすっごく可愛いですわ!」
「射的かぁ……よぉし、僕に任せておいて!」
「きゃぁエーリック様、凄い凄い一発で命中ですわ!」
「えへへへ」
「この焼き菓子とっても美味しいですわ」
「うん、なかなかイケるね」
「エーリック様、食べカスが付いてますわよ……はい、取れました(パクッ!)」
「あ、ありがとう(ポッ!)」
きゃっきゃうふふと仲睦まじい美男美女のカップル。あまりのバカップルぶりに憎しみで人が殺せたらと血の涙を流しながら呪う者が続出。そんな人々の中で、二人の背中に呆れた目を向ける美女と微笑ましそうに見守る少女のペアがいた。
「今日は私達と文化祭を楽しむ予定じゃなかったかしら?」
「まあまあ、そんなに目くじら立てないで」
見た者をひれ伏させる圧倒的美貌のイーリヤ・ニルゲ公爵令嬢といつも明るく愛嬌たっぷりのキャロル・フレンド伯爵令嬢の二人だ。
「全く、女の友情より男なのね」
「アイリスの妨害で初日のデートをすっぽかされちゃったんですから大目に見てあげましょうよ」
恋人との逢瀬に楽しそうなウェルシェの顔を見ながら、イーリヤはふぅっと深く息を吐いて肩を竦めた。
「まあ、キャロルがそこまで言うなら許してあげるわよ」
「ホントはイーリヤだって怒ってないくせに」
くすくす笑うキャロルにしてやられた感じにちょっと憮然な顔になったが、イーリヤはすぐに悪戯っぽく笑うとキャロルの手を取った。
「それじゃ、私達もデートを楽しみましょうか」
「えっ!?」
「私とじゃ嫌だったかしら?」
キャロルは顔を真っ赤にしながら首をブンブン横に振って手を握り返した。
「イーリヤと二人っきりでデート……我が人生最良の日!」
「大袈裟ねぇ」
「ああ女神様、この素晴らしい世界に祝福を」
「こんな事くらいでいちいち祝福を世界単位で与えてたら女神様も大変よ」
「ううん、既に私の横にはイーリヤっていう女神様が……って、女神様!?」
キャロルは素っ頓狂な声を上げた。
「何をバカ言ってるのよ」
イーリヤは苦笑いしたが、キャロルは首を振ってイーリヤの後方を指差した。
「ち、違うの、アレ、アレ……」
「あれって?……えっ!?」
キャロルの指し示す方へ顔を向けたイーリヤも絶句。そこには神々しいばかりの白い美女がいたのだ。
「モ、モノホン?」
「凄い美人……」
さすがに本当に女神が降臨したわけではないだろうが、そう言われても納得しそうな現実離れした美しさだ。
「これはイーリヤやウェルシェとタメはってるわ」
「いやいや、さすがにアレには私じゃ及ばないって」
「自分の事は自分では分からないものなのね」
ウェルシェもそうだが、イーリヤも己の美貌に頓着していない節がある。イーリヤは黒い髪に赤い瞳の神懸かった美女で、ファンクラブの間では美の女神と呼ばれているほどなのだ。
「イーリヤと並べたら黒と白の双美神って呼ばれそう」
「ふふ、それは光栄ね」
「見かけない服装だけど、異国の王族かしら?」
「そうねぇ、立ち振る舞いに気品があるし、やんごとない方のようだけど……にしては供や護衛がいないのは変ね」
かなり高貴な人物に思えるが、それなら侍女や護衛が側に控えていないのは解せない。イーリヤは注意深く周囲を探ったが隠れている気配もない。
「はぐれてしまったんじゃない?」
「確かに周囲をきょろきょろと何か探しているみたいに見えるわね」
「どうするの?」
「他国の重要人物に何かあったらまずいわよね。私も一応この国の公爵令嬢だから、さすがに無視はできないかな?」
「ううっ、せっかくイーリヤとのデートだったのにぃ」
白装束の美女へと向かって歩いて行くイーリヤの背中を見ながらキャロルはボヤいた。が、黒い美少女と白い美女を見比べてムフッとほくそ笑んだ。
「まあ、これはこれでありかも」
両手に黒と白の美しき薔薇神を侍らせる自分の姿の妄想に浸るキャロルを置いてけぼりにイーリヤはスタスタと白の美女へと歩み寄る。
「もし、そこのお方」
「ん?」
振り向いた白の美女にイーリヤは綺麗にカーテシーのポーズをする。ちなみに制服のスカートでは短すぎて裾を摘むわけにもいかない。だって膝上まで脚を晒してしまうから。
「私はマルトニア王国ニルゲ公爵の娘イーリヤと申します」
「ふむ、丁寧な挨拶痛みいる。妾はネーヴェ・ローザリアじゃ」
「ネーヴェ・ローザリア?」
イーリヤははて?と首を傾げた。どこかで聞いたような気がするが、どうにも記憶から掘り起こせない。だが、それも仕方がない。アキ・オーロジーも呼んでいたように雪薔薇の女王はネーヴェ・ロゼンヴァイスだと現代には伝わっているのだ。
この時、イーリヤはいつもの調子で思い出せないなら良いかと流した。しかし、後にイーリヤはこの事を後悔する。
ここでネーヴェを雪薔薇の女王だと思い出せていれば、結末は違うものになっていたかもしれなかったのにと。




