91 月狼
ルアブロン 中央街区
旧ザロモン子爵家屋敷
戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐
レーケとの話が終わると、私はブリンクマン大佐殿に向き直った。
「大佐殿、早速ですが彼に魔法具をひとつ貸与したいのです。それと・・・」
私は先程アイクマイアー少佐と作成したメモを示しながら、今後の事について話し始めた。正式に編成が解かれていない戦闘団Bの編成を解き、常設体制の戦闘団に移行させる事。傭兵も含めた現地兵の正式な待遇や運用について、早期に決定して貰いたい事。
「それから、大佐殿が作戦の統括指揮を執るとの事でしたが、ご自分の司令部はどうするのですか?」
「それは前回の時と同じく通信大隊の分遣隊を・・・」
私は無言のまま首を横に振った。
「戦闘団編成に伴い、歩兵大隊の第3中隊本部が予備として空いています。お使いください」
ブリンクマン大佐殿は驚いた様子で、私とアイクマイアー少佐を見た。
「よろしいのですか?」
「大隊の第3中隊は、師団司令部護衛中隊から編成された中隊です。大佐殿も使いやすいかと思います」
アイクマイアー少佐が答えた。
「お気遣いに感謝します。戦闘団編成については、私の権限で裁可できますので進めてください。現地兵の件は、師団長閣下とヴァグナー中佐に諮って早急に決定します。なお、救出作戦についてはシュラーガー中佐、正常化作戦についてはコールローザー警察大尉が指揮官ですので、作戦計画の細部については参加部隊で策定して報告だけお願いします」
「了解しました、大佐殿」カツン!!
その後、屋敷には正常化作戦の司令部が置かれることになり、コールローザー警察大尉と野戦警察中隊本部が入ることになった。私はと言えば、これまで率いていた戦闘団Bを解散し、指揮下に入る事になった部隊を東兵営に集合させて、新たな戦闘団を編成しなければならなかった。
(その為には辺境伯家城館とこの屋敷に詰めていた1班と2班を東兵営に移動させて、アイクマイアー少佐指揮下の戦闘団に編入される部隊を師団司令部に戻さなくてはならない。他にも増強の手配と補給関係・・・、やることが山積みだと言うのに・・・)
私は明日までここにいて、苦情を言いに来る奴隷商人達と会わなくてはならなかった。
ルアブロン 中央街区
楡屋敷
戦闘団“シュラーガー” 指揮官 シュラーガー中佐
翌朝、会議に参加したブリンクマン大佐殿以下の将校達は、屋敷に一泊して戻っていった。
夕食を共にしたとき、話題に屋敷の呼び名の話が出た。取り留めの無い話だったが、裏に生えている楡に似た木から“楡屋敷”と呼ぶ事になった。そこから各指揮官や拠点に簡単な秘匿名称を付けてはどうかと言う話になっていった。すでにブリンクマン大佐殿が“雷神”を使ったことがあったせいもある。食後に出されたワインを片手に話し合った結果、私は“月狼”、アイクマイアー少佐は“白熊”、コールローザー警察大尉は“梟”、フィルカザーム大尉は“狐”に決まった。遊び半分だったが、上級将校の個人名をそのまま使うよりはマシと思われたからだった。私の秘匿名称である“月狼”とは、帝国の昔話に登場する魔物の事だ。現実に魔物がいる世界で、魔物の名に決まった事で微妙な感情を覚えたが黙っておくことにした。
陶器製のカップではあったが、なかなかのワインと取り留めの無い話で穏やかな時間を過ごし、そのまま良い気分で就寝したのだが・・・。
現在私は事務室で仕事をこなしながら、商人達を待っていた。商人達への返書には昼一刻前、午前10時に来るように記しておいた。
(どうやってひねり潰してやろうか・・・・)
万年筆で一文字書く度に殺意を増幅させながら、約束の時間までを過ごした。
「お初にお目に掛かります。私どもはルアブロンで商いを営む者でございます、本日は貴重なお時間を割いて頂き誠に・・」
「まったくその通りだ。早速用件を聞こう、時間が惜しい」
約束の時間にやって来た3人の商人達、その代表格らしいがっしりした体格で年齢は50代半ばほどと思われる男が、もったいぶった口上を垂れ流し始めたので、私は椅子に座ったまま遮ってからそいつを睨み付けた。
3人のうち代表格が中心でやや前に立ち、他の2人はその後ろに立っていた。後ろの2人は明らかに怯えていたが、代表格の承認は多少怯んだ様子を見せたものの、直ぐに気を取り直して私との対決姿勢を維持するつもりのようだった。
「すでにご覧になっていらっしゃるかと思いますが、先日キルケス商会の上役頭に渡した・・・」
「ああ、君達が反逆者に騙されたという話か」
「反逆者・・・謀反人と言う意味ですか」
私は男の言葉を無視した。
「この手紙の内容を見るに、君達はその反逆者と協力関係にあったように見えるが、間違いないのかね?」
私は机上で折りたたまれている手紙を万年筆で小突いた。
「私とキルケスは商売仲間、同業だっただけです。キルケスが謀反などと言う大それた事に加担していたとは知りませんでした。我々は決して謀反人ではありません。」
この男は私と張り合っているつもりらしい。
「悪いこととは知りませんでした。悪いことはしていません。模範的な悪党の常套句だな。私はオーレンベアク辺境伯爵家客将であるホーフェンベルグ将軍閣下の配下に過ぎない。君達から見れば、突然現れた余所者の下っ端かもしれないが、だからと言って世間知らずではないのだぞ?」
「そのような事は・・・」
「ではこの手紙の内容はなんだ? 騙されたから損をしないように補填しろ? よくもこんな恥知らずな事を書いて寄越したものだな。こんな事を書いたのが商人? ここでの商売とはこう言うものなのか? 至れり尽くせりの過保護な領主様の下で商人ごっことは、結構なご身分だな」
「・・・・・・」
「そうではないと言うのなら、この手紙を寄越した真意はなんだ? 我々の軍務を邪魔するためにこの手紙を送りつけてきた、そう言う解釈をするがどうだ? 反逆者と協力関係にあったようだし、その解釈がこじつけだとはならないだろう」
私がそう言って背中を椅子の背もたれに預けると、 代表格の男は唇を噛みしめ、後ろの2人は顔面蒼白になっていた。
「我々は東方で孤立している辺境伯軍の救出作戦の為に動いているのだ、それを邪魔しようとしている君達を、このまま帰すわけにはいかんな」
私がそう言うと、3人とも表情が一変した。恐れおののく、と言うよりは予想外の事に驚いている、そんな感情だった。
「い、今何と仰いましたか、救出・・・?」
「そうだ、東方で孤立している部隊の救出要請があり、我々はそれを引受けたのだ。目下作戦開始に向けて準備を進めているところだ」
「そんな・・・」
代表格の男をはじめ、3人とも明らかに狼狽していた。後ろの2人は顔を見合わせていてが、その片方が声を上げた。
「き、恐縮ではございますが、その、救出のお話が辺境伯爵様からのご要望とは、本当の事なのでございますか?」
「当然だ、他に誰が要請するというのだ?」
私の答えを聞いた2人はさらに狼狽を深め、ついに涙を流し始めた。代表格の男は思考が停止して茫然自失といった態だった。
私は3人の状態を理解できず、念の為確認してみることにした。
「どういう事だ、説明したまえ」
それに答えたのは代表格の男だった。
「私達はやはり騙されていたようです・・・」
私はこの3人の話を詳しく聞く必要がある事を認め、ヒルバー上等兵を呼んで椅子を3脚用意する事と、同室して内容を記録するよう命じた。そうしてから話を聞いてみると
代表格の男は奴隷商人のコルトナーク、後の2人は織物商人のシュククロフと、鉄具商人のドルナードという商人だった。鉄具商とは剣や鎧等の武器から農具まで、金属製品全般を扱う商売だそうだ。
3人は以前から家族ぐるみで付き合いがあり、それぞれの息子達も歳が近いこともあって仲がよかった。父親達は息子達に商売を継がせたいと考えていたが、息子達は辺境伯爵家の軍制改革に伴う増員に応募して、騎士団への入団を願っていた。当然親たちは反対したが、本人達の強い要望に勝てず、一任期2年間だけという条件で募集に応じる事を許した。そして3人の息子達は入団試験に合格し、槍兵として入団することになった。
「私達も考えが甘かったのです。この地方では久しく戦らしい戦はありませんでしたので、ちょっとした経験を積んで帰ってくると思っていました」
コルトナークが俯いたまま発した言葉に、私は黙って頷いた。
だが、入団後1年が経った時に東征が開始されることになり、第1、第2騎士団の派遣が決定された。第2騎士団に配属されていたコルトナークの息子は、出陣前に実家に帰ってきた時に笑っていたという。
「父さん、東征はすぐに終わるよ。もしも手柄を立てたら、領地を貰えるかもしれないよ」
コルトナークは無事に帰ってくることだけを望んで送り出したが、結果は無残なものだった。息子達が配属された騎士団は一人も帰って来ないばかりか、手紙一つ来なかった。息子達を心配しながら過ごしている間も、辺境伯爵家から何かが伝えられることはなく、息子達の安否は分からないままだった。やがて、「東征は魔物の大集団に襲われて失敗した。辺境伯爵家は騎士団を見捨てて守りを固めているが、それもいつまで持つか分からない」という話が流れてきた。他に情報が無かった3人は、息子達を見捨てた辺境伯爵家を恨むようになった。
(親としては当然だが、辺境伯爵家としては「東征は失敗して軍主力をほとんど失いました」とは言えないだろう。その辺境伯爵家も当主殿が毒を盛られて、瀕死の状態で機能が停止していたわけだしな)
ロイストン殿によると、作戦「雷」の際に親衛隊長リートホルド殿が実施した捜査によって、厨房で働いていた料理人見習いが、ザロモン子爵に買収されて当主に毒を盛っていた事が判明した。
この事実を公表すればザロモン子爵の悪辣さと相対して、領民は辺境伯爵家に対して同情を寄せるかもしれないが、貴族達は違う見方をするのは間違いない。国王に今回の顛末を誇張して記した書簡を送り、辺境伯爵としての資質を問い、引きずり下ろした後釜に座ろうとするか、辺境伯爵家の領地を削ろうとするだろう。辺境伯爵家はこれ以上の混乱を避けるため、毒殺未遂の件は秘密裏に処理する事に決し、料理人見習いと共に闇に葬ったのだった。
コルトナーク達が辺境伯爵家を恨むようになった、そこへキルケスが接触してきたのだそうだ。キルケスは3人に同情し、辺境伯爵家の対応を批判した。その上でザロモン子爵が義志を持っていることを訴えた。
「ザロモン子爵は今回の事に怒っていて、東征軍の救出の為に兵を募っている。そして救出が終わったら、辺境伯爵家を正す必要があると考えている、と言っていました」
コルトナークとキルケスは同業というだけの付き合いで、むしろ奴隷の扱いが酷いと噂になっていたキルケスに対して良い印象は持っていなかった。しかし、辺境伯爵家への恨みがそれを越えたのだった。キルケスの誘いに乗ったコルトナークは、他国にいる傭兵団を勧誘してザロモン子爵家に導き、戦闘に長けた奴隷を優先して買い集めたそうだ。シュククロフとドルナードは奴隷商人の株を持っていなかったので、奴隷を買い集める資金を提供し、その他にも衣服や武器を調達して供給することで、ザロモン子爵家の軍備増強に協力した。
「東征軍の救出、それだけが私達の願いでした」
コルトナークが絞り出すように言ったその一言の後、3人はすすり泣きを始めた。
「君達が保有している奴隷は何人いるんだ?」
3人の話を聞き終えた後、私はコルトナークに尋ねた。顔をあげたコルトナークは涙と鼻水で酷い有様だったが、きょとんとしているのは分かった。
「・・・46人、です・・・」
「明日、保有している奴隷を辺境伯爵家の東兵営に移送するように。人数分の衣服も付けてだ。代金は後日払うので、請求書を商会にいるマーデンクロットに渡しておくこと、以上だ」
「それは・・・」
シュククロフとドルナードもコルトナークと同じ状況の顔をあげていた。
「すでに言ったとおり、私は東征軍救出の為に多忙なのだ。これ以上話を続けるのならば、作戦開始が遅延する事になるがそれでも構わないのかね?」
私が語気を強めて言うと3人は直ぐに立ち上がり、感謝の言葉を述べて退出しようとした。
「その前に、君達の子息の名前を申告して行き給え」
私がヒルバー上等兵を指して言うと、3人は深々と頭を下げた。
この投稿でちょうど2年となりました。
思っていたよりも沢山の方に読まれていて驚いています。
暇つぶしで始めて、せっかくだから書きたいことはみんな書こう、の精神で続けていますので、よろしかったらお付き合いください。




