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第91歩兵師団司令部、異世界にて指揮を執る。  作者: フニャンスキー


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90 志願兵

ルアブロン 中央街区

旧ザロモン子爵家屋敷

第91歩兵師団長代理 ブリンクマン大佐


「シュラーガー中佐、ちょっとお話が・・・」

 会議を終わらせた後、私はすぐにシュラーガー中佐を呼んだ。

「大佐殿、なにか・・・?」

 何事か・・・、そんな表情で近付いて来たシュラーガー中佐に、確認したい用件を告げた

「中佐の言語能力について確認したいのですが・・・」

 私のその言葉にシュラーガー中佐の顔色が一瞬で変わった。

「・・・・・・申し訳ありません大佐殿、報告するのを失念しておりました」

 シュラーガー中佐は若干視線を落としながら、自己の魔法能力について話し始めた。


「・・・と言う状況でして、未だに自分が魔法を使っていると言う認識すら無い状態です。これをどのように報告したらと考えているうちに、後回しにしてしまいました」

「・・・・・・」

「ふむ、興味深い・・・」

 シュラーガー中佐の説明が終わった時、私は言葉が出なかったが、並んで聞いていたウェルフネウス殿は顎に右手を当てて唸っていた。 

 私がメーティス殿に視線を送ると、

「ウェルフネウス殿は、辺境伯爵家の政務顧問であると同時に優れた魔法使いでして、魔法に関しての知識も豊富なのです」

 メーティス殿がそう言うと

「豊富というか、ただの好奇心旺盛な爺さんだろう」

 アンゲリアス殿がぼそりと呟いた。

「まぁ、長いこと生きているからのう。沢山の事を見聞きしてきたが、ひとつの事を知れば、そこからまた知りたくなる事が増えていくものじゃから仕方あるまい」

「それは、何も言わずに旅に出て、主家をほったらかしにして良い理由にはならんぞ」

 アンゲリアス殿がギロリとひと睨みして言うと、ウェルフネウス殿は微笑みを返した。

「まぁ、ここ最近は控えておるではないか。それよりも今はシュラーガー殿の事よ、初めて聞く例じゃ」

 ウェルフネウス殿がそう言うと、アンゲリアス殿は渋い顔をして黙り込んだ。

「初めて、ですか?」

 私が尋ねると、ウェルフネウス殿は深く頷いた。

「うむ、言葉や文字に関する魔法スキルは[会話]が初級で次に[言語]、その次が最上級の[語学]だと言われておる。シュラーガー殿は読み書きが出来ているという事じゃったから、すでに[言語]を習得している事になるんじゃが、特に魔法使いとして修行や訓練を受けていた訳でも無いのに、いきなり中級魔法を修得したと言うのは聞いたことも無いぞ」

 ウェルフネウス殿の言葉にさすがのシュラーガー中佐も何も言えない様子だった。

「シュラーガー殿は、魔法の心得のような何かを誰かから授けられたりしたのだろうか?」

「いえ、なにも・・・。そう言えば、魔法がどんな物かと言う質問をサリエ軍属にしたことがあります」

 ウェルフネウス殿の質問にシュラーガー中佐が答えた。

「サリエ・・・軍属?」

「我が軍で勤務しているダークエルフの方です」

 私が説明を入れるとウェルフネウス殿は腕を組んだ。

「ダークエルフが勤務とな・・・。まぁそれなら魔法は使えるのじゃな・・・。で、何と言われましたかな?」

「まず想像する力だと・・・。自分がどんな魔法を使っているのか想像してみる、そのような事を言っていたと思います」

「で、やってみたのかね?」

「いえ、軍務が多忙であったのと、自分が魔法を使えるようになるとは、全く考えていませんでしたので」

「ふむ」

 ウェルフネウス殿は腕を組んだまま考え込んでしまった。

「ただ、軍務をこなしていくうちに意思の疎通が切迫した問題となっていましたので、解決する方法を考えている時に魔法が使えるようになれば、と考えたことはありました」

「なるほどのう。元々素質もあったのじゃろうが、言葉を求める念いがことのほか強かった、それが原因じゃろう」

 私はウェルフネウス殿の答えに疑問が浮かんだ。

「強く念えば使えるようになる、魔法とはそのようなものなのですか?」

 私の問いにウェルフネウス殿は小さく笑いながら答えた。

「ははは、それだけではないんじゃ。確かな言葉では説明できないんじゃが、魔法を使うと言う精神と、身体に宿した魔力が結合すると魔法が発現すると言われておる。ここで問題になるのは、どうやったら結合させられるのかと言う事なんじゃ、儂はこれを説明できる言葉を持ち合わせておらん。ただ、巷でよく使われておるのが、先程シュラーガー殿が言っておった“魔法を使っている自分を想像する”という言葉なんじゃ。今回のシュラーガー殿の例は、軍務に必要な言葉の能力を強く求めておって、その間に魔法を使う自分を想像した事もあったじゃろう、それが体内の魔力と結合したと言う事なんじゃろう。それしか説明がつかんわい」

「散々能書きを並べてその程度の答えか」

 ウェルフネウス殿の答えにアンゲリアス殿が毒を吐いた。

「仕方なかろうが。度重なる戦乱と飢饉、疫病で多くの魔法使い達が死んだうえに、魔導書や研究結果が記された文献が散逸してしまったんじゃから。はるか昔には幾多の研究が行われていて、魔法の解明と応用が進んでいたというが、今は欠片が残っているだけじゃ」

 アンゲリアス殿に対するウェルフネウス殿の言葉には無念が滲んでみえた。

「シュラーガー殿の例は特別、一言で済むではないか」

 アンゲリアス殿がバッサリと言い切ると

「まぁ、そう言う事じゃ。ああ、シュラーガー殿、機会を改めてお話を聞かせてくだされ。それから体調の変化や他の魔法を修得したと言う事があれば随時お知らせいただきたいのじゃが、よろしいかのう?」

「転んでもただでは起きない爺さんだな、いい加減にしろ」

 アンゲリアス殿が眉をしかめたが、ウェルフネウス殿はどこ吹く風といった様子だった。

「違う者を同じ環境に置いた場合でも、魔法が修得できるかどうか試してみる価値はあるかもしれません。なにか結果が出ましたらご報告致します」

 シュラーガー中佐が答えると、アンゲリアス殿とウェルフネウス殿は一瞬驚いた後、ウェルフネウス殿は嬉しそうに、アンゲリアス殿は申し訳なさそうに一礼した。

「何せあのクリストナーと同じ異邦人じゃからのう、興味は尽きぬわい」

 ウェルフネウス殿の呟きに私はギクリとしたが、誰も何も反応しなかったのでそのまま聞き流した。

 会議はこれで終了となり一行を玄関まで見送ると、メーティス殿がシュラーガー中佐を振り返った。

「そう言えば、シュラーガー殿に頼まれていた者は、部下の方に引き渡してあります」

「ありがとうございます、メーティス殿」

「お使いになるのですか?」

「我が軍に志願すれば、使ってみようかと思っております」

「分かりました」

 メーティス殿達は待機していた馬車に乗り込んで帰って行った。

 一行を見送った後、私はシュラーガー中佐に尋ねた。

「シュラーガー中佐、先程話していたのは誰の事ですか?」

「城館の地下で尋問したレーケという男です、大佐殿」

「ああ、あの男ですか」

 私は小柄で痩せた、浅黒いギョロ目の男を思い出した。

「読み書き計算ができる元商人で元傭兵団の会計係、諸国を渡り歩いていたと言っていましたので、役に立つだろうと思いまして。面白そうな男です」

 シュラーガー中佐の口から出た、“面白そう”と言う言葉に驚きつつ

「確かに多彩な経歴ですね」

 私の言葉にシュラーガー中佐が小さく笑った。

「ところで大佐殿、クリストナーとは誰のことですか?」

 気持ちが緩んだ瞬間に告げられた一言に、私は見事に虚を突かれた。

「・・・・・・・・・」

 発して良い言葉が思い浮かばず、黙ったまま視線を逸らすとアイクマイアー少佐とコールローザー警察大尉と視線が合い、その後ろにいたフィルカザーム大尉は諦めの表情になっていた。

「軍機に触れるのであればお答え頂かなくても結構ですが」

 私の挙動から察したシュラーガー中佐が付け加えた。

「・・・軍機ではありませんが、師団長閣下から口外を禁じられておりまして・・・いずれ、近いうちにお話できるかと・・・」

「承知致しました、大佐殿」カツン!

 私が低い声で答えるとシュラーガー中佐がこの件の話を打ち切ってくれたので、アイクマイアー少佐とコールローザー警察大尉も何も言わなかった。



 ルアブロン 中央街区

 旧ザロモン子爵家屋敷

 戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐


 私はブリンクマン大佐殿の返事を聞いてこれ以上の追求は辞めたが、クリストナーなる人物は思っていたよりも重要な事項に関係していることは分かった。

(そうでなければ大佐の反応はおかしい。だが今はやることがある)

 そう考えて頭を切り替えた。

 とにかく全員で事務室に入ると、壁際で椅子に腰掛けているレーケをヒルバー上等兵が見張っていた。

「異常ありません、中佐殿!」カツン!

 申告したヒルバー上等兵に驚いたレーケが恨めしそうに見上げた。

「驚かさないでくださいよ・・・」

 小声でぼやくレーケに思わず笑みが浮かんでしまう。

「待たせたな、レーケ君」

「忘れられたかと思ってましたよ、シュラーガーの旦那」

 レーケが恨めしそうな顔をそのまま私に向けた。

「そう言うな、あれやこれやと忙しかったんだ」

「そうですかい、あっしも地下牢であれやこれやと考え事をしていましたぜ。悪いようにはしないとか言いながら、ほったらかして居なくなっちまって・・・」

 恨めしい目つきを向けながら、ブツブツと文句を言っているレーケを見かねてロイストン殿が口を挟んだ。

「おい、お前。シュラーガー中佐殿は、辺境伯爵家客将ホーフェンベルグ将軍閣下の配下武将で騎士団長と同位の方なのだぞ、もう少し礼儀を弁えんか」

「えっ、そんなに偉い方だったんですかい?!」

 レーケが瞬時に顔色を変えた。騎士団が400名規模であることを考えると、大隊長ならそのぐらいの地位と言えた。

「それはどうもとんだ失礼を・・・」

 レーケがもじもじと謝罪してきたが、私は笑い飛ばした。

「隠していたわけではないが、そういう事だ。ところで、君はこの後どうするつもりなんだ?」

「どうするって言われましても、あっし・・・いや、私は貴方の捕虜なので、自分では決められません」

 レーケは言葉遣いを改めて答えた。

(それなりに教養もあるのか、やはりこの男は面白い)

「そう言えば、捕虜は身代金を払えなければ奴隷落ち、だったな」

 私がそう言うと、レーケはがっくりと肩を落とした。

「カアンの部屋に幾らか手持ちの金銭はありますが、足りないでしょう。これでまた奴隷に逆戻りです」

「ふむ。奴隷か、さもなくば我が軍に志願するか、だな」

 私が言葉切った後、ひと間おいてレーケが顔をあげた。

「今なんと仰いましたか?」

「奴隷か、我が軍に志願か、だ」

「・・・志願って、あっしがですかい? 本気で言ってるんですか旦那?」

 両眼を見開いて素に戻ったレーケが声をあげた。

「待遇はまだ決まっていないが、悪いようにはしない」

 私が笑みを浮かべながらそう言うと、レーケが顰めっ面になった。

「急に信じられなくなりましたねぇ」

 やはりこの男は面白い、私は笑い出してしまった。

「奴隷の方がいいのかね?」

「わーかりましたよぉ! 志願します、しますから、お手柔らかにお願いしますよ?!」

「よろしい。では、君は私の部下だ」

 私がそう言うとレーケは溜息をひとつ吐いて立ち上がった。

「それでは、シュラーガー様。なんなりと」

 レーケはそう言って折り目正しく一礼を施した。

 私がブリンクマン大佐殿と顔を合せると、大佐も笑いながら頷いた。


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