87 手紙
ルアブロン東方郊外
オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営
戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐
その後、シュランク少尉から補給物資の受け入れと、各車輌への補給作業が終了した報告を受け、それからまたしばらくして補給関係の将兵が戻ってきた。
ライネッケ少佐によると、一番北側の兵舎を貯蔵庫として使用する事にしたそうだ。その付近の外壁を撤去して、補給路の終着点である荷下ろし場を設ける計画に決まった。
「貯蔵庫は燃料武器弾薬とそれ以外の軍需品に分けるので、荷下ろし場もそれに合せて広く作ります。山裾の森の伐採と啓開に手間がかかりそうですが、仕方ありません。補給路の工事は師団司令部側とこちら側の両方から始めます」
テッタウ少佐が現地で書かれたスケッチを指しながら、計画を説明した。
「焼け石に水だろうが、所有することになった奴隷達を労働力として提供できるかもしれないが、どうかね?」
「それは助かりますが、よろしいので?」
テッタウ少佐がブリンクマン大佐殿の方へちらりと視線を送った。
「どこまで機密事項に指定するかにもよりますが、前向きに検討します。後は人道的に扱う事が条件です」
「そこは勿論ですよ、大佐殿。組合でも作られたら、たまったもんじゃありません」
テッタウ少佐の返しに居合わせた将兵が笑った。
視察による総合的な決定事項として、兵站本部は支処という形で兵員を配置して、部隊への補給と補給路開設工事の監督に当たることになり、通信大隊も野戦電話と各種無線機を有する分遣隊を配置する事になった。軍政司令部の設置はまだ先だが、要員が事務棟の指定された部屋の確認と、机や椅子、筆記具などの資材を要求する為の調査を始めていた。
ガプケ殿から食堂でお茶をという誘いがあったので、食堂に向かって移動しながら私は考えていた。
(軍政司令部に兵站支処か・・・。我々としても、ここに駐屯する部隊を統括する司令部機能が必要だな。現在の臨時編成戦闘団のままではどうにもならん・・・。そう言えば師団の再編成の時に、野戦部隊は各大隊を基本にして、必要に応じて戦闘団を編成する事になっていたが、師団司令部がある丘とこの兵営に駐屯地が分かれるなら、戦闘団編成を通常編成にした方が良いだろう。ここに私の大隊本部以下の部隊を置いて、将軍の丘にはアイクマイアー少佐の大隊本部以下の部隊を置く・・・)
諸兵連合の戦闘団編成を通常編成単位にして、連携を重視した訓練を実施して練度を向上させる。戦闘団は戦車中隊と機械化歩兵中隊、自走砲中隊、高射砲小隊、工兵小隊を基本にして、状況に応じて工兵や砲兵を増強配属する。
私は思い浮かんだ考えを纏めていくうちに、第100装甲大隊を編成している時に構想していた完全機械化された大隊戦闘団が、ここに実現している事に非常に満足していた。
(テッタウ少佐の反対で諦めていたのだが、このような形で実現しようとはな。全く不満はないのだが、編成から漏れた部隊をどうするかだな・・・)
戦闘団は1個装甲中隊、1個機械化歩兵中隊、1個自走砲中隊を基幹として、支援部隊として1個工兵小隊、1個高射砲小隊を予定しているが、その結果として装甲大隊の第3中隊と歩兵大隊の第3中隊が浮く事になる。
(単純に予備兵力でいいのだが、統括する部隊本部もあった方が良さそうだ・・・)
私は頭の中に湧き出る考えを整理して、実現するべく纏めていった。
食堂でお茶を飲みながら配食や寝具など、細かい部分について話していると日没が迫ってきたので、私とブリンクマン大佐殿はルアブロンの屋敷に移動する事にした。同時にテッタウ少佐他の主要幹部達も師団司令部に戻ることになり、後には配置になった将校が下士官兵を指揮して作業を続行した。
東兵営を出た私とブリンクマン大佐殿が旧ザロモン子爵家屋敷に入ると、フレーリヒ少尉とロイストン殿、使用人頭のノゼックが出迎えた。ブリンクマン大佐殿にそれぞれを紹介し、ノゼックに大佐の個室と夕食の準備を下命した。ノゼックが去った後、フレーリヒ少尉から魔導具が使えるようになったと言う報告を受け、その次にロイストン殿が一通の封書を差し出してきた。
「中佐殿、カアンの接収は無事終了しました。衛士隊も辺境伯爵家に忠誠を誓い、元子爵婦人とご令息はルアブロンに移られるそうです。それから、これをアルタミエフ殿からの伝令が持参しました。商会のマーデンクロットから中佐殿宛です」
ロイストン殿の報告にブリンクマン大佐殿と顔を見合わせて頷き合った。
「これで良い方へ流れが変わりそうですな」
「ええ、まったくです」
2人で安堵しながら封書を確認すると、表には“我が主シュラーガー様へ”と書かれ、裏面には“我が主が直接開封されますように”と書かれていた。少し考えた後、フレーリヒ少尉に解散を命じ、ブリンクマン大佐殿とロイストン殿を促して事務室に移動した。
ブリンクマン大佐殿に表と裏書きを見せた後、封書を開封すると一枚の手紙が入っていたので黙読すると、思わず溜息が出た。
「どうかしましたか?」
ブリンクマン大佐殿が新たなトラブルを心配して声を掛けてきた。
「大した事ではありませんが・・・」
手紙の内容は、商会が持っている奴隷舎の一部を貸している3人の奴隷商人からの苦情だった。彼等が言うには、キルケスから奴隷が高く売れると、儲け話を持ちかけられたので奴隷を多めに買い付けた。しかし、先日の変事でキルケス本人は何処かへ逃亡して行方不明になってしまった。商会自体も現在は辺境伯爵家の預かりで、存続は絶望的だという。自分達は変事には何の関係もなく、キルケスに騙されたも同然である。従って現在商会を管理している辺境伯爵家が、キルケスに成り代わり奴隷を買い取るか、我々の損失を補填するべきである。
「・・・と言う内容です」
ブリンクマン大佐殿とロイストン殿は唖然としていた。
「まぁ、言いたい事は分かりますが、いささか乱暴な言い分ですね」
ブリンクマン大佐殿が育ちの良さを発揮して、非常に柔らかい表現で感想を述べた。
「キルケス商会の財産を管理しているのが辺境伯爵家だと思い込んでいるようですし、奴隷を移動させるのを売りに出すものと勘違いしたのでしょう。要求を突き付けて金を取れれば儲けもの。商人がよく使うやり口ですので、まともに取り合う必要はありません」
ロイストン殿が現実に即した助言を述べてくれた。
「しかし、マーデンクロットを矢面に立たせておくのも気の毒だな」
私は実直なマーデンクロットを思い出しながら、一筆したためた。
「どうするおつもりですか?」
ロイストン殿が尋ねてきた。
「明後日ここに来れば話は聞く」
「放置しても問題ありませんが・・」
「だとしてもだ、マーデンクロットにはあれこれと噛みついてくるだろう。彼を始め商会員達は真面目にやってくれているからな、守ってやらねばならない。それに私はこういった生き物が嫌いなんだ」
私は右手人差し指で机上に広げた手紙を小突いた。
「向こうからちょっかいを出してきたからには、この手で叩き潰さないと気が済まない」
「わ、分かりました、明日届けておきます」
表情が硬くなったロイストン殿の答えに頷いて手紙を渡した。
翌日、起床して朝食を済ませると事務室へ向かった。
午前9時丁度、中型兵員車1台とトラック4台、フレーリヒ少尉以下兵員10名の移送隊が出発するのをブリンクマン大佐殿と共に見送った。その後はブリンクマン大佐殿にヴラジェフ殿を紹介し、傭兵団についての説明を行った。
「なるほど、政治的理由で家族とともに祖国を離れた訳ですか・・」
「はい」
「ご家族は離れた場所にいらっしゃるそうですが、ここでの仕事が終わった後は、また何処かに移動されるのですか?」
「今のところ、考えておりません」
「そうですか。それならご家族をこちらに移すお考えはおありですか?」
「そ、それはできれば良いと思っておりますが・・・、恥ずかしながら全員を移動させる路銀が・・・」
ヴラジェフ殿は話している間に俯いてしまい、私もその反応を見てブリンクマン大佐殿と顔を見合わせてしまった。
(それなら給金の話を先にしなければ駄目ではないか。・・・金に固執していると思われたくなかったのか・・・?)
「それは問題です、部隊の士気にも係わるでしょう。我々が資金を提供しますので、ご家族をここに移動させる算段を取っていただきたい。まずは契約期間の間だけでも兵舎に入って頂いて、後のことは追々決めていけば良いと思いますが、如何ですか」
「よろしいのですか、そこまで甘えてしまうのは・・・」
ヴラジェフ殿は大変驚いた様子だったが、同時に安堵と喜びに溢れていた。
「申し上げたとおり部隊の士気に係わりますので、直ちに取り掛かって頂きたい。詳細は必要ありません、概ねの金額を算出して頂ければお渡しできるよう準備しておきましょう」
「あの、アルタミエフ殿は・・・」
「同じく雇用したもう一つの傭兵団の隊長です」
私がブリンクマン大佐殿に説明すると、大佐は頷いて
「もちろん、同じくです。できれば、合流するなり効率よく移動できるように計画して頂きたい」
「承知致しましました! 直ちに伝令を出します!」
ヴラジェフ殿は勢いよく立ち上がって申告した。机を挟んで座っていたブリンクマン大佐殿も立ち上がって、2人は固い握手を交わした。
ヴラジェフ殿が退出した後、
「彼等には大いに期待できそうですね」
「はい、大佐殿」
ブリンクマン大佐殿は非常に満足している様子だった。
「家族が移動してきた後、希望者は定住させるのはどうでしょう」
「それは喜ぶでしょう。それに現在居留地に残っている兵員も使えるようになります。そう言えば・・・」
私はアルタミエフ殿の傭兵団が元は海軍将兵であった事と、旧キルケス商会の資産として商船2隻があった事を報告した。
「現在1隻が帰港しており、もう1隻も間もなく帰港するとのことでした。アルタミエフ殿に運用できるかどうか、確認させています」
「船ですか・・・。傭兵団の移動に海路が使えるなら使って貰うとして、ここは海上貿易が盛んなようですから、大いに活用できそうですね」
「仰るとおりです、大佐殿」
私は漠然と“船と水兵”としか考えていなかったが、確かにここは南にある大陸との交易が活発に行われていた。
(商会の今後はまだ決まっていないが、今後も商売を続けるのであれば資金獲得の手段となるし、周辺各国の情報収集にも役立つだろう。アルタミエフ殿の傭兵団とクルーク少佐以下の海軍部隊を統合できれば、有力な海上戦力になりそうだ)
「大佐殿、あの商会は存続させるのですか?」
「ええ、そうしたいと思っているのですが、まずは辺境伯家と商人ギルドがどのような処分を下すのかと言う事と、運営をどのようにやるかが問題です」
「・・・商人株でしたか、商人ギルドに告発して審問、会は辺境伯家の預かりでしたな」
私はブリンクマン大佐殿の答えを聞いて、自分と同じ事を考えているのが分かって安堵した。




