85 人的資源
ルアブロン 中央街区
旧ザロモン子爵家屋敷
戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐
翌朝。起床後朝食を済ませ、事務室に入るとロイストン殿とフレーリヒ少尉が待っていた。あれこれと細かい打ち合わせと予定を確認していると、程なくして雇い入れた傭兵団が到着した。隊列を組んで屋敷の敷地に入ってくる彼等を見て、私が思っていた以上に精鋭であることを理解した。
私は団長達から集結終了の報告を受けると、服装を正して略帽を被り、団長達と共に前庭に出た。そこにはヴラジェフ殿の隊が10名の4列横隊、アルタミエフ殿の隊が5名の4列横隊で整列していた。
(やはり、正規兵だな。訓練が行き届いている)
私が屋敷の玄関から出て、直に部隊を視界に入れた直後に号令がかかり、全部隊が直立不動を執った。甲冑を着装し、兜を小脇に抱えたまま直利不動で整列している兵士達の列を見ていると、私は自身の身体に力が漲るのを感じた。そのまま整列した部隊の左端へ近付くと、兵士達の面構えを見ながらから隊列の右端へと進んだ。視線すら微動だにしない兵士達の前を通り過ぎ、右端まで来たところでヴラジェフ殿とアルタミエフ殿を振り返った。
「素晴らしい」
2人に対して率直な感想を伝えると
「お言葉有り難くあります!!」
揃って直立不動を執ると、ヴラジェフ殿が答えた。アルタミエフ殿が何も言わずヴラジェフ殿の動きに倣っているのは、“多勢を率いる者の指揮下に入っている”からだろう。本来は独立した傭兵団であるし、陸上と海上の違いもあるだろうに、この2人は忠実に原則に従っているのだ。
私は部隊の前方、ほぼ中央に移動すると向き直って直立不動を執った。
「諸君! 私は諸君らを指揮下に置けたことを、私の神に感謝している。諸君らが与えられた任務に精励することを期待している、以上だ」
私はヴラジェフ殿に部隊を解散して休ませるように命令すると、2人を促して屋敷に戻った。
「私は演説が下手でね」
「いえ、そのような事はありません。私もシュラーガー殿の指揮下に置かれたことを、神に感謝しております」
「自分もであります」
私に向けられた2人の眼差しは、自分に課せられた責任を感じさせた。実戦になった場合、我が軍と彼等の組み合わせと役割を考えなくてはならない。だが、私には剣と槍、弓を主体とした戦術の心得は無いに等しいのだ。
「では、早速だが任務の説明だ」
私は気を取り直して当面の任務についてと、変更点を説明した。変更点は旧キルケス商会の施設警備に、アルタミエフ殿の部隊を当てる事にしたのだ。その理由は商船だった。
「我軍の所有となった商船が2隻あって、現在1隻が帰港している。商館を拠点として、商館と倉庫と商船の警備が任務となる。それに加えて船長と乗組員を選別して貰いたい。今後我々の役に立つかどうか」
「了解致しました」
背筋を伸ばしてアルタミエフ殿が答えた。
「ヴラジェフ殿の部隊に変更は無い。交代でここの警備と緊急時の対応だ」
私はここで言葉を切り、声のトーンを落として続けた。
「ただ、近々出番があるかも知れない。くれぐれも油断は禁物だ」
2人は黙ったまま頷いた。
その後、アルタミエフ殿には施設警備と商船の扱いについて、マーデンクロットの意見をよく聞いて決めるよう下命し、同じ内容のマーデンクロット宛の命令書を手渡した。
2人は私と別れると、アルタミエフ殿は直ちに部下を率いて商館へと出発し、ヴラジェフ殿は部隊を配置に就かせた。
事務室に戻るとフレーリヒ少尉から報告があった。
「つい先程、師団司令部から連絡がありました。今日の午後、司令部が東兵営を視察するとの事です。それと合わせて補給も実施するので受領場所を指定して欲しいとの事であります。詳細は雷神から口頭で、との内容でありました」
「雷神・・、ブリンクマン大佐殿か。拠点の選定作業だろう、時間は?」
「午後2時予定、との事であります」
「分かった、時間に合わせて東兵営に向かう。補給は兵営で受領する」
「了解しました、中佐殿」カツン!
フレーリヒ少尉が部屋から出て少しすると、ノックの後にロイストン殿が入ってきた。
「おはようございます、シュラーガー中佐殿」
「おはよう、ロイストン殿」
私が驚いたような顔で挨拶を返すと、ロイストン殿は笑顔で答えた。
「昨日、フレーリヒ少尉に教えて貰ったのです」
私が笑顔を返すと
「当家にはない制度です。他にも色々と教えを請いたいと考えております」
「そうだな、お互いの理解を深めるのは良い事だと、私は思う」
「ありがとうございます、シュラーガー中佐殿」
ロイストン殿はそう言って踵を合わせた。
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
師団長 ホーフェンベルグ中将
昨日の会議から師団は目まぐるしく動き始めた。
ブリンクマン大佐から無線の全域使用と、平文通信の許可を求められたので許可した。リュック少佐によると、最初期に傍受されていた微弱な電波はこのところ途絶えており、他に電波の類いは一切傍受されていないそうだ。それとこの世界の環境によるものなのか詳細は不明だが、無線電波の感度が非常に良好で、通話可能距離も延伸していると思われるとの事だった。
ヴァグナー中佐からは、軍政司令部開設に伴う兵員の抽出要求が出された。どこも人手不足だがやむを得ない、師団司令部と野戦警察から若干名を差し出す事にした。
テッタウ少佐からは、補給路開設作業の計画書が提出された。作業参加部隊は工兵大隊の全部、兵站本部の作業隊他の兵員で、これに砲兵大隊で測量技術がある将兵を全部、との内容だった。ブルドーザー等の重機材は工兵大隊が保有する物の他に、鉄道敷設現場で鹵獲した共和国軍の機材も全て使用し、現場の指揮はラスナー大尉が執る。テッタウ少佐の計画は全て承認し、ツァイル少佐に該当する将兵の差し出しを下命した。
テッタウ少佐には、全体で必要とされる車両や資材の配分もある。
(大変だとは思うが、彼ならやり遂げてくれるだろう)
私は彼の能力に一片の疑問も持っていなかった。
補給処「蜂の巣箱」
兵站本部管理部 テッタウ少佐
「やれやれ、優秀な部下がいなかったら、今頃俺は働き過ぎで名誉の戦死だったな」
俺は管理部の事務室に出勤すると、まずは自分の机でコーヒーを淹れた。
「いいんですか、ここにいて」
すでに出勤していたゼップ少尉の声が、書類の山の向こうから聞こえてきた。
「今のところ、やる事ないからな。知ってるか? 工兵大隊のラスナー大尉って実家が建設会社で、奴さんは次期社長なんだってさ。当然、建設関係の資格は沢山持ってて、測量もできるそうだ。俺の出る幕なんざ無いよ」
「はぁ、それはまた結構な適材適所ですね」
「それに加えてマールマン中尉は、土木技師を目指して帝都工業大学で学んでたそうだ」
「はぁ、陸軍の人事ってのは、まともな仕事をしてるんですな。俺の時とは大違いですが」
ゼップ少尉の恨みがましい言葉に笑ってしまった。
「そう言うなよ、あれがあったからこそ俺の下に来られたんだ、悪いことじゃないだろう?」
「ええ、そうでしたね。自分はテッタウ少佐殿の部下になれて、幸せ者であります」
ファイルの山の向こうから、ゼップ少尉の投げやりな声だけが聞こえた。
「結構、結構。それじゃあ、俺は午後から外出するから留守番を頼む」
「どこへ行くんですか?」
ゼップ少尉が首を伸ばしてファイルの山から顔を出した。
「ライネッケ少佐とリュック少佐と三人で、東兵営に行ってくる。輸送した物資の貯蔵施設を確認しないといかんだろ。無ければ作らないとだめだし。道路の開設に合わせて、電話線を併設する計画だしな」
「三人揃ってはまずくありませんか?」
「将校偵察だよ、補給部の将校と通信将校も同行するし護衛も付く。うちからはフルトナーを連れて行く」
「え?!」
「形式上、向こうに補給支処を開設することになるから、奴に補給支処長をやらせる」
「ああ、なるほど」
「また人員を抜かないといかん。仕事量が増える一方だ」
「全くですな。抜けた分の補充、お願いしますよ」
「大丈夫だろ。師団長閣下以下、幹部達は現地人の採用に前向きなはずだ」
「それなんですが、本当に現地の人間を採用するんですか?」
「他に人的資源は無いだろう。魔法の万年筆でもあれば、ひとり当たりの仕事量を三倍にでも五倍にでも増やせるんだがな」
「それこそ名誉の戦死ですよ」
「だろ? 可愛い女の子を採用しようぜ」
「それも悪くありませんがね」
ゼップ少尉が力なく笑った。
「言葉の壁さえなんとかなれば使えるさ」
「了解です、少佐殿」
ゼップ少尉の顔が山の向こうに消えた。
(ただの数字を扱うだけ、補助的な事務作業なら現地人でも大丈夫だろう。言葉が通じなくても、荷役だけなら使ってもいいかもしれない。燃料弾薬は元からいる作業隊に扱わせて、それ以外の軍需品に限定すれば・・・)
俺はコーヒーカップを抱えて考える。
(信用度・・。横流し・・。管理監視体制は・・・)
際限なく浮かんで来る問題に、独りでうんざりしてしまう。
(そもそも、ここから物資を持ち出す、故障した機材を持ち込んで修理して戻す、その労力を考えると補給処を移転して近づけたら効率が良い、と言う話なんだが、移転にどれほどの手間が掛かるか見当も付かん。それに燃料弾薬を保管するなら、余程しっかりした施設じゃないと危険極まりない。ここなら秘匿できているし、設備もあると言えばあるが・・・)
俺は露天に積み重なっていた弾薬を、運び入れて積み上げただけの倉庫群を思い出した。
(現在の保管方法もかなり危ういんだが、そこに何があるのか分からなければ、無いのと同じようなもんだから、秘匿がほぼ完璧なのは大きい。それに敵対勢力が付近に存在していないのと、魔物の危険性もかなり低い事もある。もし移転するなら、もっとしっかりした貯蔵施設を作って入れて置きたいが、その施設を作る労力と資材は、って話になる。堂々巡りの夢物語だな・・・)
そう思いながら地図に目をやった。補給処の現在位置は、ルアブロンは言うに及ばずサランタンからも距離があり、魔物が跳梁跋扈する魔の森の中と言うのが、秘匿できている第一の理由だ。加えて事故が起こったとしても、民間への被害を考えなくて良い。
(しかし、状況が落ち着いたら兵隊どもは街に出たがるだろうし、新鮮な食料品の調達を考えるとここは不便過ぎる。それと水だ、井戸は掘ったが水は出なかった。飲料水を自給できないのは痛いな・・)
そう思いながら、俺はサランタンの東に記載されている一点に視線を移した。そこには“砦(?)”と書き込みがあった。会議の時にブリンクマン大佐殿に確認した場所だ。野戦航空隊に確認したところ、上空からは放棄された砦か駐屯地に見えるらしい。
(ここなら直轄都市のサランタンと街道から近いから、物資の調達も容易だし街道を使って南北へ、サランタンから西への道もあるから交通の便が良い。気になるのは飲料水の確保と、情報保全だな。この世界にもスパイはいるだろうし)
そこで俺は視線を東兵営の位置へ、地図の下へと移した。
(東兵営は東西への便は良いが、南に寄りすぎている。辺境伯家は北と西に問題を抱えているんだ、その北から離れすぎるのはよろしくない。そしてなにより海に近い、近過ぎる。金属に塩分、火薬に湿気は天敵なんだぞ)
俺の頭の中に貯蔵されている物資と整備工場と機械、車両その他諸々が思い浮かんだ。
(当面の作戦で東兵営が前線基地として最適なのは間違いないが、本拠地はここがいいと思う・・・)
俺は地図に書き込まれた「?」を睨みながら腕を組んだ。
(まぁ、どっちにしても移転には膨大な時間と労力がかかる、じっくり腰を据えてやっていこう・・。まずは増員だな、もっと人員を増やさないと回らない、しかし言葉が・・・)
俺は再び堂々巡りになりかけた頭を、リセットする必要に迫られた。




