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第91歩兵師団司令部、異世界にて指揮を執る。  作者: フニャンスキー


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83/83

83 所有奴隷

ルアブロン 中央街区

ルアブロン港 倉庫街

戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐


 ほどなく港に近い一画に着いた。倉庫街の外れに倉庫にしては窓が多い、だが全部上の方に付いている建物が並んでいる区画へ進んだ。辺りには潮の匂いと動物の臭いが混じった、表現しがたい臭気が漂っていた。

 マーデンクロットが持ってきた鍵で扉を開けると、いかにも用心棒といった風格の男達が出迎えてくれた。マーデンクロットが金属製の名刺ぐらいの大きさの身分証を提示すると、黙ったまま奥へ進むように促された。

 その先にある仕切り扉を開けると、獣の体臭の様な臭いが一気に流れてきた。我々が入ると後ろで扉が勢いよく閉められた。

(まぁ、無理もない)

 あの警備員達もこの臭いには敵わないのだろう。

 管理舎の中は3層に積み上げられた箱形の檻が左右の壁沿いに並んでいて、箱の正面は鉄格子になっていた。隅に梯子が立てかけられているのを見るに、上階の出入りは梯子で行うらしい。

「これ全部がそうなのか?」

 私は立ち止まって箱の列を見上げたままマーデンクロットに尋ねた。

「部屋の一部を他の奴隷商人に貸し出しておりますので、全部ではございません」

 マーデンクロットの説明を聞きながら檻に近付いて行く。私の姿を見て皆が注目してきた。鉄格子の際まできて、じっと見つめている者もいる。男の奴隷は単独で入れられていて、小さな子供は母親と思われる年齢の女性と一緒に入れられていた。

 鉄格子の際に立つ男が目に付いた。年の頃は40歳を少し越えたぐらい、体格と目つきからして騎士を思わせる男だった。

「何故、奴隷になった?」

 鉄格子の目の前で立ち止まり質問した。

「仕えていた主家に従って戦ったのですが、負けて捕虜になりました」

「主家は何もしないのか、身代金を払うとか?」

「はい」

「まだ剣は使えるのか?」

「はい、いささか心得はあります」

 頷きながら横へ移動した。

(主家に従って戦ったにもかかわらず、身代金が出ないとは何か裏がありそうだ。だが、あれは使えそうだ)

 そう思いながら檻の中にいる奴隷達を覗いて行くと、檻の中で悄然として座っている若い女に目がとまった。長い髪も着ている服も薄汚れているが、顔立ちは整っていて、足を崩して座っているが身体の前で両手を重ねたまま俯いていた。

「君が奴隷になった理由は?」

「・・・実家が破産してしまいましたので」

 若い女は俯いたままか細い声で答えた。

「商人か、それとも貴族か?」

「父は王国の男爵でした」

「何ができる?」

「何と言われましても・・」

「読み書きや計算は?」

「それぐらいでしたら・・・」

 頷いて、何も言わずにそこから離れようとすると

「あの、私をここから出してくださいますの?」

 俯いたままだった顔をこちらに向けて女が言った。

「それは君次第だな、役立たずに用はない」

 はっきりとそう答えると、そこから離れて先程の元騎士の檻へ戻った。

「ここの食事は?」

「生きるには少なく、死ぬには多い、そんなところです」

「ふむ」

(なかなかの答えだ。目つきも良い、使えそうだな)

 私は素直に感心した。

「マーデンクロット、騎士と従士だった者を出してくれ」

「はい、旦那様」

 マーデンクロットは管理人を呼びに戻って行った。


 やって来た管理人が指定された檻を開けて、元騎士と元従士だった6人を出した。私は集まった6人に対して、簡単に説明した。

「キルケス商会は消滅し、辺境伯爵家の命により我々が君達の所有者となった。近日中に君達を他の場所に移すが、働く気がある者だけだ。その気がない者は捨て値で処分する」

 そこで言葉を切って様子を窺うと、いくらか表情が明るくなったように見えた。

「君達はどうだ?」

 私の問いに6人とも働く事を選択した。

「よろしい。では、君達には移動する際に他の連中を監督して貰いたい。もちろんこちらの監視も付くが、実際に連れ出して移動させる役だ。全体の指揮は君が執れ、名は何と言う?」

「エドムント・レットベルクと申します」

 私が指名した元騎士の男が答えた。

「レットベルクの指揮に承服できない者はいるか?」

 他の5人は何も言わなかった。

「よろしい。では、私が話した内容を他の者達に告げて回れ。それが終わったら檻に戻って迎えを待て」

 私は踵を返し、マーデンクロットと管理人に合図を送ってその場を後にした。


 商館に戻る道すがら、私はマーデンクロットにあの奴隷達を移す事、着替えになる衣類を準備する事を下命した。

「全て承知致しましました、衣類の準備に二日ほど頂けますでしょうか」

「よろしい、移送は三日後だ、衣類は移送する時に受け取る。警備は明日には来るようにする、賄いの準備を忘れるな。何かあれば警備に伝令を依頼しろ、支払いは金庫室から出しておけ」

「それでは、後ほど出納明細書をお送りいたします」

「それは、ここに来た時に目を通す」

 私は笑いながらそう言って装甲無線車に乗り込むと、きっちりと頭を下げるマーデンクロットを後に出発した。


 屋敷に着くと事務室に直行し、ロイストン殿とフレーリヒ少尉から報告を受けた。

「ドレクスラー中尉殿との調整は済んでいます。後ほど中尉殿が計画書を持参します。それと使用人頭のノゼック殿が昼食の用意をして待っています」

 フレーリヒ少尉が報告した。

「ご苦労、君達は済ませたのか?」

「はい、お先に頂きました」

「よろしい。それでは一仕事頼む」

 私は椅子に腰掛けると、奴隷達の移送と受け入れに関する命令書を作成した。

「これを東兵営のディトマー少尉に伝令だ」

 命令書を二つ折りにして渡す。

「三日後に港の倉庫に入っている、奴隷84名を東兵営に移送する。各班のトラックに運転兵他1名を付けて、午前9時に屋敷の前庭に集合させろ」

「了解致しました、中佐殿!」カツン!

 フレーリヒ少尉が出て行くと、ロイストン殿が報告した。

「伝令の復命です、傭兵団の件は承知。港周辺の宿泊は宿以外無いとの事でした」

「分かった、ありがとう。宿泊については解決したが、警備体制は練り直しになった」

「承知致しました。昼食をお持ちしてもよろしいでしょうか?」

 ロイストン殿が控えめに確認してきた。

「頼む。辺境伯爵家の方はどうだ、配下貴族の返信は来たのか?」

「はい。まだ全部ではありませんが、今のところ不穏な様子は無い様です」

「それはよかった」

 私は背もたれに身体を預けた。

(このまま安定してくれればいいのだがな。奴隷は東兵営に移しておけば警備の手間が省けるし、使えそうな人材なら使えばいい。その辺はブリンクマン大佐殿にやっていただくとしよう)

 部屋を出て行ったロイストン殿が、昼食が載った盆を持った使用人を連れて戻ってきた。

(辺境伯家の警備、商館と倉庫の警備、奴隷の移送、ここまではやっておこう・・・。経過を午後の報告に載せるとして、私の魔法の件はどうしたものか・・・・。無線では難しそうだ、直接口頭で報告した方が良さそうだ)

 皿に載せられた白パンを手に取りながら、報告の内容と方法を決めなくてはならなかった。



 将軍の丘 第91歩兵師団司令部

 師団長代理 ブリンクマン大佐


 昨日、師団司令部に戻って師団長閣下に作戦「雷」の報告を済ませた。師団長閣下からは労いの言葉があり、その後は今後の予定について簡単に説明を受けた。私からも東兵営について等の報告があったが、それは明日にということで休養を取ることを命じられた。

 サレーラ軍属達は負傷して入院していた妹分が、回復して面会できるようになったと聞いてそちらへ向かった。

 フィルカザーム大尉もハイン大尉のところに顔を出すと言って出て行った。

 私は自分の寝床に戻り、久しぶりに楽な身なりになってベッドに横になった。

(作戦は成功、辺境伯家との信頼関係も築けた。こちらの要求を全部受け入れるとは思わなかったが、考えてみればクリストナーという先達が居てこその結果と言える。感謝しなくては・・・。この後は軍政を敷いて、安定した生活と充分な食料、それに辺境伯軍の・・救出も・・・)

 私はそのまま眠りに落ちてしまった。翌朝目覚めたときに、初めてだと思えるほど、爽やかな目覚めだった。


 今朝起床して、身なりを整えて朝食を済ませた後、フィルカザーム大尉と会って大尉がまとめた報告の内容を確認した。この後、午後からから各級将校が集合して、辺境伯爵家及びルアブロンの状況と東側軍政地域の情報などを共有することになっている。

「人材の確保に奴隷を使う、ですか」

 フィルカザーム大尉から手渡された報告書を読み終えると、私は大尉を見た。

「正しくは奴隷制度を使うと言う事です」

 フィルカザーム大尉の報告書には、人材を確保する際に何処かの貴族から家臣を引き抜くと軋轢が生じるが、奴隷であればその心配がない。その上、奴隷自身も自分が所有物であるという価値観を持っていますので、裏切る可能性が低いと思われる、と書かれていた。また、我々が求める人材は知識や技術を持った、つまり教育を受けている人間であるので、倫理や道徳を備えている可能性が高く、奴隷身分であっても仕事に見合った、あるいは我々と同じ待遇を与える事で忠誠心も期待できると思われる、続いていた。

「分かりました。これはこのまま会議に提案しましょう、私の決裁済みということで私が提言します」

「ありがとうございます、ですがよろしいのですか?」

 私は報告書末尾の余白に署名して、持っていたファイルに綴じた。

「私は大尉の考えに賛成です。この世界の価値観を無視して我々の考え方、特に人道的などと言う価値観を当てはめるのは、危険かつ現実的ではありません。この世界では“情け"と言う感情は、極めて限定的に使用するべきだと思うのです」

 フィルカザーム大尉は頷いて同意した。


 昼食後、師団長閣下以下の幹部将校が集合して会議が始まった。議題は今後の行動方針について。

 私はその前段として、作戦「雷」について簡単に報告した。辺境伯家に対する敵性勢力を排除し、辺境伯家と協力関係を構築、デイルト川東側の統治を受託、多額の金品を受領した。これの引き換えに軍事力の提供と、東方に取り残されている辺境伯軍の救出。すでに辺境伯家城館と隣接する屋敷地と、東側にある軍事施設を借り受けている。

「従って、今後我が軍が軍政領域において活動する下地はできていると考えております。実際に軍政を実施するにあたり、まずは統治を受託した領都ルアブロンの東街区の対処と、東方で孤立している辺境伯軍の救出作戦は早急に取り掛からなければなりません。現在の東街区は、多数の難民と犯罪組織により治安が悪化している状態です。まずはこれを正常化しなければ、東街区にある各種工房を利用できないばかりか、我が軍が統治予定であるサランタンの統治に着手できません。辺境伯軍の救出については、複数の関係者から、一刻も早く一兵でも多く、という言葉が出ております」

 私の報告を聞いて、参加者達は頷いていた。

(それにしても皆の目つきが厳しい・・)

 そう思いつつ、さらに言葉を重ねた。

「東街区の正常化と、辺境伯軍の救出は同時進行で進めるべきと考えております」

「しかし、現有兵力では不安があります、大佐殿」

 アイクマイアー少佐が発言した。

「そうです、特に救出作戦については、どれほどの兵力が必要なのか予想も付きません。ですので、現地人による歩兵部隊の創設は必要だと考えます」

 そこで一度言葉を切って様子を窺うと、皆が注目していた。

「義勇兵、という事でしょうか」

「そのとおりです、アイクマイアー少佐」

「武装させるのは危険ではありませんか?」

「武装はこの世界の武器に限定します。後は弾薬手などの補助要員ならば問題ないと思います」

「人員の確保はどのように行うのですか?」

「領域内であれば募集する事もできますが、奴隷を使うのもいいかと思っています」

「奴隷・・・」

 アイクマイアー少佐は黙り込み、テッタウ少佐が呟いた。

「この世界では奴隷売買は合法です。奴隷は借金奴隷、戦争奴隷、犯罪奴隷の3種類に分けられていますが、戦争奴隷なら軍務経験のある者がいますし、借金奴隷なら元は商人で読み書き計算ができる者がいます。これらの経験や能力を有する人材は、すでに貴族なり商会なりに所属している場合が多く、これを引き抜けば間違いなく軋轢を生じます。奴隷であれば資金は必要ですが、そう言ったリスクを回避して、尚且つ確実に確保できるメリットは非常に大きいと考えています」

「確かに・・・」

 テッタウ少佐をはじめ、皆の表情が和らいだ。

「ブリンクマン大佐、その意見は前向きに検討しよう。君の言うとおり、我が師団において歩兵戦力の欠如は看破できない。それ以外にも軍政司令部の開設には人員の絶対数が足りていない、ヴァグナー中佐の報告書にも同じ意見が書かれていた」

 師団長閣下がヴァグナー中佐を見ると、中佐は私に向かって頷いた。

「君が作戦に従事している間に、作戦成功を見越して軍政司令部の開設について下準備をして貰っていたのだよ。結論は人員不足が明らかであり、現地人の雇用が必須という事だった。奴隷を使うという意見はなかったがね」

 師団長閣下は微笑みを見せた。

「それとこの会議の直前に、シュラーガー中佐から報告があった。現地の傭兵団を雇用したそうだ」

 私は驚いた。参加者達も一瞬ざわめいた。

「差し押さえた施設の警備に必要であると言う事と、信頼できると言う事だった。シュラーガー中佐が言い切るからには、余程の事だと思ったので事後承認しておいた」

 師団長閣下の言葉に誰も何も言わなかった。

「ただ、傭兵と言えば高額な報酬が必要になるはずだから、この傭兵団は例外と考えるべきだろう。現地人は募集と奴隷、二本立てでやってみよう。試験的に小規模な部隊を編成して、結果が良好でなら順次拡大、そんなところだな」

「はい、師団長閣下」

「ブリンクマン大佐、この傭兵団は運用方法の研究には良いかも知れない。その辺をシュラーガー中佐と協議してやってくれ給え」

「了解致しました」

「では次に移ろう」

 私が返答すると、師団長閣下は大きく頷いて次の議題に移った。


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