81 傭兵団
ルアブロン 中央街区
旧ザロモン子爵家屋敷
戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐
翌朝、午前7時に起床すると、ヒルバー上等兵の給仕を受けて洗顔と朝食を済ませた。その後は、1階にある事務室として使用する部屋で事務仕事から始める事にした。
用意してあった机に持参した筆記具と白紙を並べると、まず使用人頭のノゼックを呼んで屋敷の内外について確認した。足りていない物はないか、修繕が必要な箇所はないかを尋ねると、
「食料品の仕入れが必要です。皆様の食事をお出しする事になりましたので」
ノゼックが答えると同時に、私の頭の中に何かが直接入ってくる様な感覚を覚え、思わず俯いてしまった。
「なんだ、これは」
初めての感覚に声も出てしまう。
「旦那様、どうかなさいましたか?」
机を挟んで椅子に腰掛けていたノゼックが、心配そうに近寄ろうとしたが、その前にヒルバー上等兵が側に来た。
「中佐殿、大丈夫ですか?」
ヒルバー上等兵の声はいつもどおりに聞こえるが、ノゼックの声はどこか歪んでいるような感覚で聞こえていた。少しそのまま動かずにいると、頭の中の不思議な感覚は消えた。
「旦那様、お医者様をお呼びしますか・・」
か細い声で私を気遣うノゼックの声に先程のような違和感はない。
「いや、大丈夫だ。すまない、目眩のようなものだろう」
私がそう言うと、2人は不安げな表情を残しながら引き下がった。
私は姿勢を改めてノゼックに話し始めた。
「ノゼック、君はキルケス商会を知っているか?」
「は、はい。存じておりますが・・、何か問題があったと聞いています」
「そうだ、我々が潰したので廃業済みだ。だが、元商会員と商品は残っているから、行って仕入れをしてきてくれ。マーデンクロットという元上役頭が仕切っている」
「はい、承知致しました」
私はマーデンクロット宛の命令書を作成して渡した。
「これを見せれば良い、必要な物は全てマーデンクロットが用意してくれる、代金も必要ない」
「は、はい、承知いたしました」
ノゼックは渡された紙と内容に驚いたまま頷いた。
「それと、この屋敷で働いている使用人の人数、個人の名前の一覧、それと屋敷の平面図を準備して貰いたい。それから・・・・」
私が話を進めると、ノゼックの額に徐々に汗がにじみ始めた。
1時間ほど話した後、背中に大きな汗じみを作ったノゼックが退出すると、休憩にする事にした。持参した水筒から水を飲み、窓から外を見ると戦車をはじめとした車両が並んで駐車されていて、乗員達が整備を行っていた。ブラブラと暇を持て余している兵はおらず、軍規が維持されていることを示す情景に私は非常に満足した。
すると、門前に騎士風の男が3人現れて、歩哨と何かをやり取りするのが見えた。歩哨が1名こちらに走って来るのを見て、誰が来たのかが分かった。
事務室に入ってきた歩哨に来客を通すように命じ、ヒルバー上等兵に飲み物を用意するよう命じた。
「メーティス殿からこちらのお二人をご案内するよう仰せつかって参りました」
やって来たのは、東兵営まで案内してくれた騎士のロイストン殿と2人の男だった。
「お手間をおかけした」
ロイストン殿に礼を言うと、後ろにいる2人を事務室へ通した。
「お初にお目に掛かります、私は傭兵団“灰色熊”の団長、ラミール・ヴラジェフと申します」
「私は傭兵団“青い槍”の団長、ムセエル・アルタミエフと申します」
「私はホーフェンベルグ将軍閣下の部下でルアブロン駐留部隊の指揮官、シュラーガーと申します」
机を挟んで立つ2人の男が丁寧に挨拶してきたので、私も同じように返すと、2人に椅子を勧めてから腰掛けた。
私が事務室で対面したのは、先程やって来た騎士風の男2人。ひとりは昨日メーティス殿から聞いていた傭兵隊長で、もう1人は別の傭兵隊長だった。2人とも40歳前後と思われ、髭を生やしているが綺麗に整えられている。服装も端正な軽装で護身用の短剣だけをベルトに吊っていて、粗野という印象は微塵もなく、騎士でなければ紳士という風情だった。
「早速ですが、私を訪ねて頂いたご用件を伺いましょう」
話を切り出すタイミングを待っているかのような雰囲気だったので、私から話しかけてみた。
「実は、そちらで傭兵のご用はないかと思いまして伺いました」
ヴラジェフ殿が躊躇いがちに、だがはっきりと言った。
「傭兵ですか・・。それは、我々に雇って貰いたい、ということでよろしいのですか?」
「はい、そのとおりです」
「私も同じです」
ヴラジェフ殿が即答し、アルタミエフ殿が続いた。
「我々の素性はご存じなのですか?」
「オーレンベアク辺境伯爵家の客将、ホーフェンベルグ将軍閣下の配下と伺っております」
「他には?」
「何も知りません」
「よろしいのですか? 素性も明らかでない集団に雇われれば、使い潰されるかもしれませんが」
私は両手を机の上で組んで、2人を見た。
2人の傭兵団長は黙ったまま顔を見合わせたが、ヴラジェフ殿が口を開いた。
「実は、今回の件で貴軍に一時拘束されておりました」
「西門ですな?」
「はい。その際の貴軍の統制された動き、規律の厳粛さに非常に感銘を受けました」
ヴラジェフ殿が言い終えたので、視線をアルタミエフ殿に移すと
「私は北門におりました。初めて見る武器にも驚きましたが、それよりも無駄がない、洗練された動きには脱帽するしかありませんでした」
2人の表情、特に目つきは真剣そのもので、背筋を伸ばして椅子の背もたれに背を付けず、座ったまま直立不動の姿勢になっていた。
(これは、使えそうだな。問題がなければなければだが・・・)
私の脳内にある考えが浮かんだ。
「そうでしたか。お褒めのお言葉は嬉しく思います。ですが、我々はいまだ根拠地も定まらず、この屋敷も辺境伯爵家から借りている状態です。私自身も一部隊の指揮官に過ぎませんので決定権はありませんが、傭兵を雇うとしても、高額な給金を支払う余裕があるかと聞かれれば、どう答えて良いのか分からないのです」
とりあえず、現状だけはありのままを話しておいた。見栄を張ったところで意味はない。
「そうでしたか・・・」
2人は黙り込んでしまった。
「現状、私の権限では寝起きする場所と食事を用意するのが精一杯というところです」
私の言葉に2人は即座に食い付いた。
「では、給金は後ほど相談という事でいかがでしょうか?」
その言葉に私はすぐに答えなかった。しばしの沈黙の後
「失礼ですが、私が思っていた傭兵像とお二人の様子は全く違っていまして、違和感を覚えているのです。何か事情がおありでしたら、お話頂けませんか」
私がそう言うと2人は再び黙ってしまったが、ヴラジェフ殿が口を開いた。
「やはり分かってしまいますか・・・。実は私とアルタミエフ殿は同じ境遇でして、我らは傭兵団を立ち上げてまだ日が浅いのです」
「同じ境遇というと、元はいずれかの国に仕えていた、と言うような?」
ヴラジェフ殿は溜息交じりに答えた。
「ご明察です、私は西方諸国のひとつバスティリアン王国の地方都市で衛兵隊長を務めていました」
「私はフィリデリア公国のテーレンという港町の守備隊長でした」
アルタミエフ殿が続いた。
ヴラジェフ殿の話は西方諸国の情勢でもあった。
西方諸国とは大陸西部の大小12カ国を指して言われるのだが、このうちの一国であるバスティリアン王国が隣国のカミート王国に攻め込んだ。バスティリアン王国と同盟を結んでいたフィリデリア公国も軍勢を出したが、連合軍はカミート王国の軍勢に敗北、勢いを得たカミート王国はバスティリアン王国とフィリデリア公国に相次いで攻め込み、両国を滅ぼして併合した。バスティリアン王国の国王一族は捕らわれて処刑され、フィリデリア公国の公主一族も同じ運命を辿った。
祖国が滅亡した後、ヴラジェフ殿は親族をカミート王国との戦争で亡くしていたため、新しい支配者を嫌って国外へ出る決心をした。それに同じ境遇でヴラジェフ殿を慕う部下達が付き従うこととなり、家族も含め250名ほどを従えて出奔した。安全な土地を求めて流浪することになったのだが、その過程で傭兵団を結成して活動することになり、仮の居留地を拠点にして依頼を請け負って報酬を得ていた。しかし、依頼が済むと敗戦国の残党を匿っていると疑われることを怖れた領主に追い払われ、2年の流浪を経て未だに安息の地を得られずにいた。現在はクーアルド王国西部に居留地を設定していて、そこでザロモン子爵家の募集に応じたのだそうだ。
アルタミエフ殿はフィリデリア公国海軍の指揮官だったが、バスティリアン王国に追従する政策に反対した結果、宮廷の権力闘争も絡んで地方の港町に左遷されてしまった。そこで祖国滅亡を知り、愛想が尽きたことと身の危険を感じたため、従うことを希望した部下とその家族と共に国外へ。その後の流れはヴラジェフ殿と同じで、クーアルド王国南西部に仲間を残してザロモン子爵家の募集に応じたと言う事だった。
(政治的難民に近い訳だな・・・。ということは、裏切る可能性は低い。人質になりそうな親族も同行しているなら尚更のことだ)
2人の経歴と傭兵団を結成するに至った背景を勘案すると、得がたい人材に思えて仕方が無かった。だが、何故我が軍に仕事を求めてきたのか、そこが分からなかった。
「お二人の境遇はよく分かりました。今のお話からすると、お二人が率いる傭兵団は良く訓練された兵員で構成されていて、士気も高いと思われます。それならば、引く手あまたで依頼には困らないのではありませんか?」
私の問いに2人は渋い顔になった。
「我らは祖国が滅んだとは言え武人です。罪なき領民を襲って財貨を奪うことなどできません。私のやり方に部下達も賛同していて、団の規律を良く守っています。ですが・・」
「それは依頼を選ぶことにもなるのです。隊商の護衛などでしたら問題ありませんが、領主間の争いでは相手方の領地領民を痛めつけることも依頼に入ってきます。例えその依頼を受けたとしても、奪った物は殆ど依頼主の物になりますので、我々に残るのは悪評だけなのです。本物の傭兵は上手くやるらしいですが、我々にはとても・・・」
「つまるところ、我々は傭兵という商売をするには向いていないと言う事です。それに加えてカミート王国との関係から足元を見られてしまい、食べるのがやっとの有様なのです」
最後はヴラジェフ殿が自虐的に締めた。
「なるほど・・。やはり傭兵とは規律や道徳を守っていては儲からない、という訳ですな」
2人が溜息交じりに頷いた後、ヴラジェフ殿が顔を上げた。
「今回のザロモン子爵家の事は、東方への遠征だと説明されたので募集に応じたのです。本来の目的を知っていたら応じませんでした。この事は神に誓って申し上げます」
その言葉に私が頷くと
「私とヴラジェフ殿は、今回の件で初めて顔を合せましたが、自分達の在り方が同じであると知って同志となりました。そして、貴軍の様子を間近で見たとき、貴軍もまた我々と同じ考えを持っているのではないかと思い、こちらに参上した次第なのです」
アルタミエフ殿の言葉にヴラジェフ殿も深く頷いた。
(この2人は確保しておかなくては駄目だ)
私は感情を抑えながら、話を続けた。
「お二方が率いている傭兵団の総数と兵力はどれほどになりますか?」
私が尋ねると、2人は少し考えてから答えた。
ヴラジェフ殿は
「我が団は家族なども含めると335名です。兵力はここにいる40名と居留地を守っている48名です」
アルタミエフ殿は
「我が団は総数218名で、兵力はここに20名と居留地に36名です」
(合せて60名・・、ちょうどいい)
「分かりました。私の独断ではありますが、お二人の傭兵団と雇用契約を結びます」
私の言葉を聞いた2人の顔が輝いた。
「よろしいのですか、将軍閣下に伺いを立ててからでも・・」
ヴラジェフ殿が恐る恐る確認してきたが、
「ルアブロン駐留部隊の指揮官としての裁量権と言う事で通します。実際、守るべき施設が複数ありまして、兵力が必要なのです」
ヴラジェフ殿とアルタミエフ殿は顔を見合わせて頷いた。
「それならば、何なりとご命令ください。契約手続き後回しでも構いません」
アルタミエフ殿がそう言うと、ヴラジェフ殿も力強く頷いていたが、最低限の待遇は確認しておくべきだろう。
「では、とりあえず契約は30日ごとの更新、契約期間中は我が軍の指揮下に入る、契約中の寝泊まりと食事はこちら持ちで、給金は後ほど相談して決定するという事でどうでしょう」
「それで構いません!!」
2人は食い付かんばかりの勢いだった。
(規律と騎士道精神を重んじる職業軍人と率いられた部隊が144名。得がたい人材ではないか、彼等は今後、現地部隊の根幹を成す事になるだろう。)
私は師団司令部に報告する文言とタイミングを考えながら、この世界における兵員の補充について、光明を得た思いだった。




