80 第5騎士団
ルアブロン東方郊外
オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営
戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐
私は古強者共の笑みを見て、大変心強くなったのと同時にもう一つ気になっていたことを尋ねた。
「第5騎士団の主力はどこに行ったのですか?」
私の問いにガプケ殿が答えてくれた。
「我々が第5騎士団の主力なのです」
私はガプケ殿が言っている意味が分からなかった。私の表情を見て、ガプケ殿が笑いながら説明してくれた。
「無理もありませんな、まずは第5騎士団の成り立ちからお話ししましょう。そうすれば現在の辺境伯爵家の現状もお分かり頂けると思いますので。7年前でしたか、辺境伯爵家において軍制改革が始まりました・・・・」
これまで辺境伯爵家の直属部隊として常設されていたのは、第1及び第2騎士団とルアブロンとサランタンをはじめとした直轄地に駐屯して、防衛と治安維持にあたっている衛士団だけだった。騎士団の編成は、甲冑を纏った騎士と軍馬から成る重槍騎兵400騎を主力として、偵察や連絡に従事する一般的な騎兵50騎を加えた編成となっていて、兵員は騎士と騎士見習いたる従士で構成されていた。
新たに始まった軍制改革では、1個騎士団の定員を400名として重槍騎兵200騎を主力に、騎兵40騎、歩兵100名、弓兵60名の編成に改編し、最終的には4個騎士団にする計画だった。
(打撃力のみの騎兵を分割して、柔軟に運用できる諸兵連合の部隊にするのは良いと思うが、歩兵と弓兵を大増員してまで運用単位を増やすと言う事は、複数の問題を抱えている、と言う事か・・・)
この計画では歩兵と弓兵の増員が課題となった。今までは必要に応じて召集した領民を歩兵として運用していたので、常設の歩兵部隊といえばい衛士団だけであり、その任務上野戦部隊として転用できなった。そのため、増員する歩兵、弓兵、騎兵の教育部隊として第5騎士団が編成されたのだった。
第5騎士団は、高齢若しくは戦傷のために現役を退いた騎士や従士、衛士、衛兵を集めて編成され、基礎訓練を行う軽歩兵隊と各兵科の教育を行う騎兵隊、歩兵隊、弓兵隊の基幹部隊に従士や領民からの志願兵が配属され、訓練が終了したら各騎士団に転属させる仕組みになっていた。
その後、第1と第2騎士団が編成を完結し、第3騎士団の編成が完結した直後に東征が決定され、各騎士団はこれに参加した。ところが東征の失敗が明らかになり、救援部隊の派遣が決まると編成途中であった第4騎士団に派遣命令が下った。
「ちょうど新兵の基礎訓練が終わり、本格的な訓練に移行した後でした。騎士団の中核を成す騎士隊しかいなかった第4騎士団に、訓練途中だった我が第5騎士団の騎兵隊と歩兵隊、弓兵隊が訓練担当の団員ごと組み込まれて派遣される事になったのです」
第5騎士団の騎士隊、歩兵隊、弓兵隊の各級訓練指揮官達は、第4騎士団長の命令によりそのまま部隊指揮官として第4騎士団に編入された。経験豊富な指揮官が率いるのであるならば、訓練途中の兵でも充分戦えると判断されたらしい。
「確かに各隊長と古参兵達は、年を食っているとは言え経験豊富な強者ばかりでしたが、騎兵隊は若くて血気盛んなだけの従士ばかり、歩兵と弓兵はここに来るまで武器を持ったことすらない初年兵でした。とても戦場で役に立つとは思えないと意見しましたが、辺境伯爵家の命令と言われれば従うしかありませんでした。もっとも、その命令は第4騎士団長の独断であったと後で聞かされましたが、なにせ正式な団長がいない騎士団の副団長では・・・」
ガプケ殿は大きく一息ついた。なんと第5騎士団は、その任務と編成事情から騎士団長を引き受ける貴族や武官がおらず、副団長のガプケ殿が実質的な団長として指揮を執っていたそうだ。
「第5騎士団は戦には出ないことが前提だったのですが、結局残ったのは基礎訓練を担当する軽歩兵隊と、兵営の管理にあたる警備隊だけになったのです。つまり今ここにいる全員が、第5騎士団の主力と言う訳です」
ガプケ殿は話を終えた。
(ザロモン子爵が陣触れに応じなかったとはいえ、ほぼ全ての兵力をつぎ込んでしまったのか・・。そして第4騎士団か、第4には縁があるようだな。自分が鍛えた兵を前線で無為に磨り潰されるその気持ちは痛いほど分かる・・・)
辺境伯家の対応には顔をしかめるしかなく、第4騎士団長に対しては殺意と言って差し支えない感情が湧き上がっていた。
(あのアンゲリアス殿よりもガプケ殿に親近感を覚えるな。一日でも早く辺境伯爵軍の救出に取りかからなくては。ついでに第4騎士団長とやらが生きていたら、目に物見せてやる)
私は真横に結んでいた唇を開いた。
「我が軍と辺境伯爵家の協定には、東方で孤立している辺境伯爵軍の救出も含まれておりますので、最善を尽くします」
「シュラーガー殿、宜しくお願い致します」
ガプケ殿がそう言って頭を下げると、周りも姿勢を正して頭を下げた。
そこで話を切り替え、ガプケ殿以下留守番部隊は引続き兵営の警備と保守作業に従事し、同時に駐留する我が軍部隊に対する宿泊と給食の提供を下命した。
その後に3班と4班の指揮官達と合流して、駐留中の警戒体制について報告を受けた後、私から補給に関する説明を行った。
「駐留中の指揮官は第3班のディトマー少尉だ。報告は無線で行え。以上だ、何か質問は?」
「中佐殿、自分は現地の言葉が分かりません」
ディトマー少尉が困惑気味に申告した。
「うむ、意思の疎通に全力を尽くせ。非常時には私が駆けつける」
「了解致しました! 中佐殿!」カツン!
無茶な話だが身振り手振りしか手段がない。
「よろしい、では私はルアブロンに戻る。」
私は装甲車1台を4班から外し、護衛として同行させることにして東兵営を後にした。
ルアブロンに向かう装甲無線車の中で、私は考え込んでいた。
(言葉・・文字・・言語・・。何か手立てを考えないとな・・)
活動域が広がるほど問題が生じる可能性は高まる、しかし有効な解決策は全く思い浮かばなかった。
ルアブロン 中央街区
戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐
私はルアブロン市内に入ると、辺境伯爵家城館を目指した。
門衛の敬礼に応えつつ、我が軍の歩哨の誘導に従って車両を駐めると、第1班の指揮官が小走りで駆け寄ってきた。
「異常ないか」
「はっ中佐殿」カツン!
彼は敬礼を終えると、胸ポケットから二つ折りになった紙片を取り出して差し出してきた。
「メーティス殿からの伝言であります」
受け取って開くと
“来訪者あり。ご足労願う”
と書かれていた。戦闘団Bで言葉が通じるのは私しかいない。
(私に来訪者・・。知り合いなどいないはずだが)
そう思いながら城館へ足を向けた。
「実は、ザロモン子爵に雇われていた傭兵達に給金を支払った際に、傭兵団“灰色熊”の団長であるヴラジェフ殿から、ホーフェンベルグ将軍閣下配下の方にお目に掛かりたいと言われまして、不在であり帰着は未定だと告げたのですが、明日またここに来ると言って帰られました」
「“灰色熊”のヴラジェフ・・」
メーティス殿から告げられた名前に聞き覚えはなかった。
「“灰色熊”はザロモン子爵に雇われていた傭兵団のひとつです」
それを聞いて思い出した。西門で傭兵の取り纏めを依頼されていた男だった。中世の傭兵と聞くと粗野なイメージが思い浮かぶが、そう言った雰囲気ではなく騎士か軍人のような佇まいだった。
「その灰色熊という傭兵団について、何かご存じではありませんか?」
私が尋ねるとメーティス殿は目尻を下げて答えた。
「それが、初めて聞く名前でして・・。ただ、ヴラジェフ殿はとても礼儀正しい方でした」
「分かりました、明日その方が来たら屋敷へ来るように伝えて頂きたい」
「承知しました。給金に係わる事でしたら、こちらで対処します」
メーティス殿の気遣いに礼を言ったが、なんとなく用件は違う事のように思われた。
(それなら受け取るときに何か言っているだろう・・)
とにかくその件は終わりにして、城館と屋敷に駐留する部隊の給食と宿泊について簡単に打ち合わせてから、それを第1班の指揮官に伝達して屋敷へ向かった。
屋敷に入り、まずは使用人頭のノゼックを呼んで部隊の宿泊と給食について下命し、次に第2班の指揮官と警戒体制を確認、宿泊と給食について伝達、その後屋敷の2階に自室として案内された部屋に入った。
個人物品が入った鞄を机の上に置き、ホルスターごとベルトを外してベッドに腰掛けた。ベッドには真新しいシーツと柔らかい寝具が整えられていた。
「さすがに疲れたな・・」
一息ついたところでドアがノックされたので応えると、装甲無線車の運転兵であるヒルバー上等兵が一歩入ってきた。
「中佐殿、何かご用があれば仰ってください」カツン!
「ありがとう、ヒルバー。そうだな、顔を洗いたいのでお湯を頼みたい。それから食事はこの部屋で摂れるようにしてくれ。今のところそれだけだ」
「承知致しました、すぐにお持ち致します」カツン!
ヒルバー上等兵は素早く回れ右をすると出て行った。
しばし待った後、ドアがノックされたので応えると、洗面器を持ったヒルバー上等兵と、食事が載った盆を持った使用人と、大きめの水差しを2つ持った使用人が入ってきた。
「申し訳ありません、中佐殿。意思の疎通が上手くいかず、お湯の調達に手間取りました」
「そうか、苦労をかけたな」
私は笑顔で彼の努力に感謝した。
「お湯を伝えたかったのですが、食事と勘違いされてしまいまして、時間がかかりました」
その辺は使用人達にも伝わったらしく、2人とも恐縮していた。
「構わんよ。食事はそこの机の上に置いてくれ。それはお湯と水だな、それはそこへ置いてくれ、後は自分でやるから。ヒルバー上等兵、ありがとう」
3人が言われたとおりに持ってきた物を置いた後、ヒルバー上等兵が「隣の部屋におりますのでご用があればお呼びください」と言って静かに出て行った。
水差しのひとつから湯気が昇っていたので、中身を洗面器の中程まで注ぎ、もう一つに入っている水を加えて湯加減を調節した。そして、両手を浸してみた。ふと左手の中指に嵌めていた魔法具が気になったので、外して洗面器の脇に置いて再び両手を浸した。そして、お湯をすくい上げると顔を浸してゆっくりと拭った。すくい上げ、浸して、拭うのを何回か繰り返して、ようやくタオルに手を伸ばした。顔を拭き終わると、ここしばらく感じなかった爽快な気持ちになれた。
(たったこれだけの事だが、貴重な手間だ。これで人間らしさを維持できる気がする)
今までの経験から、こうした行為が感情や精神が狂気に走る予防になると感じて実行し、部下にもやらせていた。
さっぱりした後は、運ばれてきた食事に手をつけた。一片のバターが添えられた柔らかい白パン、細かく切った野菜と肉を煮込んだ塩味のスープ、小さくて細長い焼き魚が3尾、それと薄い緑色のお茶と思われる飲み物。
昨日は城館で食事を出されたが、似たような料理だった。
(豪華すぎず、簡素すぎない。私の好みに良く合っている)
そう思いながら、パンをちぎり、スープを口に運ぶ。スープは塩味が利いていて、魚は柔らかく腹の中に小さな卵を沢山抱えていた。
(塩を利かせているのは我々が疲れている事を考えてか。魚は柔らかくて骨も細いから気にせず丸ごと食べられる、この魚卵は栄養価が高そうだ)
よく考えられている、と思われる食事に私は大変満足した。
食事を済ませると、ヒルバー上等兵に食器と水差し等を下げさせてから、制服とブーツを脱いでベッドに横になった。
(人心地というやつだな・・。こんな時間は何時ぶりだろう・・。部下達も休めているといいのだが・・・・)
しばし寝具の感触と独りの時間を味わった。
(・・・言葉の壁か・・。)
やがて先程のヒルバー上等兵の言葉を思い出した。
(フィーラ達の魔法、語学だったか言語だったか、あれを使うことができれば全て解決するのだが・・・。魔法か・・・)
私はいつしか眠りに落ちてしまった。
私は何かを感じていた。上手く表現できないが、見えない相手がいて、何かに困っているような、そんな気配を感じていた。
(これはなんだ、夢か? それにしては、はっきりとしているような曖昧な感じだな・・・。夢と言えばフォントノアのことばかりだったのに・・・。不思議な感覚だが悪い気分ではない・・・・)
やがて、相手は何かを諦めたような気配を残して消えていき、それと同時に私の感覚も全て消えた。




