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第91歩兵師団司令部、異世界にて指揮を執る。  作者: フニャンスキー


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79 東兵営

ルアブロン東方郊外

オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営 

第91歩兵師団長代理 ブリンクマン大佐


 中央街区から東街区、東門を出て東へ。サランタンとルアブロンを結ぶ街道ほどではないが、整備された道を進んでいくと左右に山脈が連なっているのが見えてきた。高さは1000メートルから1500メートルぐらいの峯が連なっていて、左右の峯は共に東に向かって延びているが、東に向かうにつれて間が狭まっているのが遠くに見えた。谷間の入り口付近は、広く緩やかな傾斜地になっていて、ほぼ中央には川が流れていた。一面は草が茂る草原で、その中に森と小さな岩山が点在していて、さらにその間の所々に集落と畑が見えていた。

 その谷間の入り口にあたる所で案内の騎士が左を指さしたので、車両を停車させた。見ると左側の山脈の手前にひとつの山があり、その麓に漆喰の白壁と赤茶色の瓦屋根が見えた。その建物は長い石壁に囲まれていて、望楼と覚しき塔が二カ所建っていた。

「あれか」

 私がそう言うと、助手席に乗っていた案内の騎士が答えた。

「はい、あれが東兵営です。この先に左に別れる道がありますので、そこを進みます」

 彼は落ち着いていて、始めこそ車両に驚いていたがすぐに馴染んで流れる景色を楽しんでいた。

 私は運転兵に出発を命じ、車列がそれに続いた。


 兵営の門には衛兵がいて、こちらを見て驚いていた。私が門の前で停車を命じて案内の騎士と共に降車すると、慌てて槍を構え誰何してきた。

「何者だ!」

 すると、案内の騎士が立ち止まって声を上げた。

「私はオーレンベアク辺境伯爵家親衛隊の騎士ロイストンと申す者! 指揮官殿にお目に掛かりたい。辺境伯爵家武官メーティス殿からの命令書を預かって参りました!」

 騎士ロイストン殿がそう言うと、年配の衛兵は「そこで待て」と言って中へと走って行き、少しして同じくらいの年頃で右足が義足の騎士らしき者を連れて戻ってきた。後からは剣や槍、盾を持った兵達が駆けつけて来ていた。

「指揮官はどなたであろうか?」

「私だ、第5騎士団副団長、騎士ガプケと申す!」

「今そちらへ行く、そこで待たれよ!」

「おう!」

 若干芝居がかったやり取りを経て、メーティス殿の命令書は留守番部隊の指揮官の手に渡った。指揮官の騎士は封印を破ると、命令書を広げ黙読した。すぐに彼の顔色が変わり、表情が険しくなり、やがて溜息をついた。そして命令書を後ろにいた騎士に渡すと、私に向き直って敬礼した。

「大変失礼致しました、ブリンクマン殿。私は現在この東兵営を預かっているラスエル・ガプケと申す者でございます」

「私はオーレンベアク辺境伯爵家客将、ホーフェンベルグ将軍配下のブリンクマンと申します」

 ここは相手に分かりやすい事を第一にしておくことにした。

「近く我々がこの兵舎を借り受ける事になりまして、その下見に参りました」

「命令書にあるとおりでございますな。承知致しました、それではどうぞ、中へ・・・お入りください・・・」

 ガプケ殿の言葉が尻つぼみになったので気が付いた。

「あれは我が軍が使っている乗り物で、馬車のような物です」

「さ、左様ですか、しかし、馬がついていない馬車というのは、なぜ走るのか、分かりかねるのですが・・・」

「害をなす物ではありませんので、ご心配には及びません。失礼させて頂きます」

 私は説明する手間を省くため、半ば強引に車列を兵営の中に誘導した。

 シュラーガー中佐指揮下の3班4班が班ごとに車両を駐車させると、バラバラと乗員が降りてきた。

「人が乗って居るぞ」

「どうやって走るんじゃ」

「あれは鉄でできているのか?」

 留守番部隊の騎士達が離れた所に固まって、ひそひそと話しているのが聞こえてきた。皆あっけにとられた表情でこちらを見ているのだが、よく見ると顔には深いシワ、頭は白髪交じりの者ばかりだった。

(・・ガプケ殿よりも年上に見えるな・・・)

 さすがに腰が曲がっているような者はいないが、ルアブロンで見てきた騎士達に比べると、高齢者と言って差し支えないように見えた。


 私はガプケ殿に案内を頼み、シュラーガー中佐とフィルカザーム大尉、サレーラ軍属達3人と共に兵営の中を見て回った。

 ガプケ殿の説明によると、この東兵営は辺境伯爵家の第2騎士団と、新たに設立されることになった第4、第5騎士団の駐屯地として、2年を掛けて建設され、3年前に完成したそうだ。

「第5騎士団は騎士団を名乗ってはいますが、私のように手足を失った者や、年を食って現役から外れた者達を集めて、新兵の訓練を担当することを目的に設立されました。メーティス殿は新人の従士や歩兵、弓兵の技量に、差が出ないようにするためだと言っとりましたが、経験はあるが身体が動かんようになった年寄りには、ちょうどいい役割です。儂らとしても食わせて貰えますから、有り難い話です」

 ガプケ殿が笑いながら話してくれた説明を聞いて、留守番部隊の構成に納得した。

(つまり第5騎士団は訓練部隊ということか。古兵の経験をもって新兵を教育するのは良いことだ。戦傷や高齢で退役した後の保証があれば、兵達の士気もあがるだろうし、失業者対策にもなる・・・。我が帝国の郷土防衛隊のような仕組みだな・・・)

 私は帝国の国土防衛組織を思い出すのと同時に、クリストナーの名前も思い浮かべていた。


 兵営の中を見て回ると、その造りに驚かされた。全部で2000名を収容可能な兵舎、団本部、食堂、浴室、講堂まであり、敷地の東側には練兵場が併設されていた。その他にも兵営の周辺には、領内で召集した部隊が宿泊できるように整備された、キャンプ場のような施設も作られているという。

「敷地の広さは充分です。周囲は荒れ地と森だけなので拡張も問題ありません。兵舎、食堂、トイレなどの施設はすぐに使用できる状態です。防衛施設を強化する必要はありますが、師団司令部はここに移した方が良さそうです」

 シュラーガー中佐が東兵営を見て回った感想を述べた。

「この周囲を軍事要地に指定して、立ち入り禁止区域を設定するのが良いと思われます」

 シュラーガー中佐の感想は、絶賛と言って良かった。

「師団司令部に戻りましたら、その旨報告しておきます」

「お願い致します」

「しかし、補給処との距離と軍政司令部との兼ね合いがどうなるか、ですね」

 私がそう言うと、シュラーガー中佐の動きが止まった。

「そうでした・・、位置的には軍政司令部が相応しいですな」

「ええ・・、とにかく報告に戻ります。次の命令まで中佐と部隊には警戒と待機を命じます。留守番部隊については、引続き施設の保守任務に就かせてください」

 私が笑顔で下命するとシュラーガー中佐も同じく応じた。

「了解致しました、大佐殿。お気を付けて」カツン!

 私はシュラーガー中佐と敬礼を交わし、フィルカザーム大尉には拠点になっている宿で別命あるまで“待機”するよう命令したが、大尉は自分も報告しておきたい事があると申し出たので師団司令部へ同道することになった。

部下達の事を尋ねると、すでに城館を出るときに待機を命じたとのことだった。

「よくやってくれましたので、上官の居ないところでのんびりさせてやりますよ」

 フィルカザーム大尉は笑いながらそう言った。



ルアブロン東方郊外

オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営

戦闘団B 指揮官 シュラーガー中佐


 ブリンクマン大佐殿が出発した後、第3班と第4班の指揮官を集め、今後の部隊運用として、第3班は東兵営の守備、第4班は予備隊として運用し、状況に応じて兵力を増減配備することとした。

「ブリンクマン大佐殿の命令は警戒と待機だ、事態は収束しているが、残党がいないとも限らんから警戒だけは怠るな。配置とローテンションは班長に任せる、決まったら報告しろ。待機任務中に適量の酒保物品を配給できるよう手配する」

「了解しました中佐殿!」カツン!!

 元気よく応えた彼等を解散させて装甲無線車に戻ろうとすると、少し離れたところにガプケ殿が待っていた。

「ガプケ殿、何かご用ですか?」

 ガプケ殿は愛想笑いを浮かべると

「もし、宜しければ一杯いかがかと思いましてな」

「酒ですかな?」

「ああ、いや、果実を搾ったのもありますので、もしよろしければ」

「分かりました、頂きましょう」

 私の表情を見て、ガプケ殿は慌てて言い直していたが、ご相伴にあずかることにした。


 駐屯地の事務棟横にある食堂に案内されると、素焼きのカップにレモンの香りがする温かい飲み物が出された。

「酒は入っておりませんので、どうぞ」

 ガプケ殿が自分のカップに手を伸ばしながら勧めてくれたので、応じてカップを引き寄せ、一口飲んでみた。

「ほう、これは美味しい」

 若干色が付いたお湯のような見かけだが、味はレモンで甘みもある。

「リモナという果実の果汁と蜂蜜をお湯に垂らした飲み物です。お口に合ったようで、厨房の連中もホッとしているでしょう」

 ガプケ殿が笑いながら食堂の奥に視線を向けると、白い前掛けを着けた男達が同じく笑顔でこちらを見ていた。

 彼等に向けて笑顔で頷くと、ガプケ殿に向き直った。

「何か確認したいことがある訳ですな」

 すると、ガプケ殿は表情を改めて頷いた。

「メーティス殿からの命令書がありますので、指揮下に入ることに異議はありません。ですが、貴男方がどこの誰なのか分かりませんし、辺境伯爵家で何かあったのかも分かりません。先程のブリンクマン殿は客将と言っていたが、我々は初耳です。その辺を教えて貰えないかと思いまして」

 ガプケ殿が話している間に、遠巻きに見ていた者達が近寄ってきた。

「もし、命令で口外を禁止されているなら別です。私も武人ですから、野暮な事はしません」

 がっしりとした無駄のない身体、髭で傷を隠している口から発せられる低い声、傷だらけの顔、失われた右足。たたき上げの軍人を体現している、ガプケ殿の頼みを断るほど私も野暮な人間ではない。

「お話はごもっともです。私が今ここでお話出来ることは話しましょう。しかし、理解いただけないところもあるかと思いますが、そこはお許しください」

「・・・分かりました」

 私はまず、我々がここに居ることになったところから話し始めた。その次は辺境伯爵家との協定からザロモン子爵の排除と、辺境伯爵家のルアブロン掌握まで、なるべく簡潔に分かりやすく。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


「と、言う訳です」

 ガプケ殿をはじめ留守番部隊の者達は何も言わず、ただ時折顔を見合わせていたが、ガプケ殿が口を開いた。

「シュラーガー殿、我々の主家を救って頂いた事に感謝申し上げます。・・それと、貴男方は別の世界からやって来た異邦人で、なぜここに居るのかは貴男方も分からない。と言う事ですな?」

「そう言う事です」

 私がきっぱり言うと、ガプケ殿は大きく頷いた。

「ならば、それまでですな。理由はともかく、オーレンベアク辺境伯爵家を救ってくださったこと、それが分かれば充分です!」

 ガプケ殿が言い切ると、周り居る皆が頷いた。

「あのテオドールがエカテリーニ様と結ばれて、辺境伯爵家当主なんて悪夢だな」

「エカテリーニ様があんなの選ぶわけがないだろう、怒られるぞ」

「顔立ちがちょっと良いだけで、他はからきし駄目な奴だったな」

「俺の娘が孫に同じ名前を付けようとしていたから、辞めさせたよ」

「ザロモン子爵様はテオドールに甘かったからなぁ」

「慈悲深くてお優しい貴族様だったがなぁ」

 留守番部隊のテオドールに対する評価は散々だった。

 私は安堵しながら、今度はガプケ殿に質問してみた。

「ところで、ここにはどの位の兵力がいるのですか?」

「ええと、まずは副団長の儂以下警備隊が55名、軽装歩兵隊の隊長以下41名、これが兵力と言える人数です。他には兵営の厨房で働く料理人が12名に奴隷が6名、掃除洗濯などの雑用係が3名に奴隷が9名おります。戦えると言った96名は、見ての通り老骨ばかりですが」

 そう言ってガプケ殿とその周りはニヤリと笑った。

 その不適な笑みは、このうえなく頼もしく見えた。


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