74 会議
ルアブロン 中央街区
辺境伯爵家城館 ルアブロン城 親衛隊控え室
潜入班「狐」 フェルカザーム大尉
無線を受信していたモールハウプトが振り返った。
「大尉殿、勢力黒色は白色に変化、だそうです」
その報告を聞いてさすがに溜息が出た。
「ふう。そうか、よかった」
「これでどうなるんですかね?」
ペッターもやれやれという表情になっていた。
「ああ、協定ではデイルト川だったか、あれの東側が俺達の物になる」
「・・・領土になるんですか?」
「いや、そうじゃない、預かるだけだ」
驚かさないでください、と呟くペッターに苦笑いで返しておいた。
「あれだぞ、サランタンの街とここの東街区込みだからな」
「食料とか必需品を貰うだけじゃないんですか?」
ペッターとモールハウプト、サリエも驚いていた。
「サランタンは農産物の集積地だし、東街区は工房が建ち並ぶ工業地帯だからさ。さすが陸軍大学出は違うな」
俺は協定に対する3人の反応を見て、考えたのが俺ではない事をアピールしておいた。
「しかし、サランタンはともかく東街区は貧民街があって治安は最低、犯罪組織もあると聞いていますが」
「そうだ、これで第一幕が閉幕して、すぐに第二幕が開幕だよ。軍政を敷いて、徴税、司法、行政、軍事、国家運営みたいな事をしなきゃならん。同時に東方の遠隔地で孤立している辺境伯軍の救出もある、偉い人たちは他にも色々考えているだろうよ」
部屋にいる全員が力なく笑った。
「ペッター、すまんが宿に戻ってアッペル達の報告を聞いてきてくれ。俺はここから離れられんからな」
「了解しました。三人はどうしますか」
「そうだな、別命あるまでギルの家で待機だ、アッペルとセルディカは2階を使わせろ。息抜きも少量許可する」
「了解しました」
ペッターは笑いながら了解して出て行った。
モールハウプトとサリエは黙ったまま何か考え込んでいるようだった。
(国家運営か・・。行政は既存の組織をそのまま使うとして、どこまで民衆の面倒をみるかによって手間が変わるんだが・・。すぐには帰れなさそうだから、慰撫して手懐けておかないと後々面倒なことになりそうだな。それと、軍事と司法はこっちでやり繰りしないといけないんだが、いかんせん歩兵戦力が少な過ぎる。だからといって、ただ兵を募集して小銃を持たせるって訳にもいかない。簡単に増やすとすると傭兵がお決まりだが、規律に難があり過ぎるし予算も必要だ。そう言えば、あの協定には現金の要求が入っていなかったから、すぐに使える現金がないんじゃないか・・?)
そこまで頭が回らなかった、と考え込んだ末にひとつの案を思い付いた。
(ペッターが戻って、アッペル達の報告次第では予定を変更して、意見具申してみるか・・・)
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
師団長 ホーフェンベルグ陸軍中将
「師団長閣下、ルアブロンから報告が入りました。勢力黒色は白色、です」
ハイン大尉の報告を聞いて頷いた。
「損害は?」
「我が方に損害はありません。首謀者の親子と抵抗した敵兵14名、計16名を射殺、その内15名は傭兵で、正規兵は1名のみと入っています」
「素晴らしい、よくやってくれた」
私は予想以上の結果に、思わず天井を見上げてしまった。
「はい、明日には首謀者の本拠地であるカアンに兵を派遣して制圧するそうです」
「全てが終わったら、一度足を運んで辺境伯殿にお会いしないといかんな」
「はい、日時を調整するように連絡しておきます」
「そうしてくれ。それから、この事を各部隊指揮官にも通達しておくように」
「了解しました、師団長閣下」
ハイン大尉は一礼して出て行った。
タイミングがずれたら面倒な事になりかねない作戦だったが、見事成功して一安心だった。ブリンクマン大佐の作戦計画も良かったが、野戦部隊の指揮官達が経験豊富で指揮能力に優れていたことも大きい。それに加えて影から作戦を支援した、特殊部隊の功績は言うまでもなかった。
(彼等の存在がなかったら、ここまで上手くいかなかったろう。成功したとしても街に被害が出て、辺境伯家から感謝されても市民からは恨まれたかもしれない。だがそうはならなかった、これなら辺境伯家の統治は速やかに回復するだろう)
辺境伯家がルアブロンとカアンを完全に掌握し、権力基盤が安定したと判断できた時点で、全将兵に対して慰労を実施する予定で準備を進めていた。部隊ごとに交代で酒保物品を多めに支給し、その後に休日を取らせる事になっている。
(別室に詰めている将校達は今がピークだろうが、頑張って貰わんとな)
司令部の窓から、隣の民家の2階を見上げた。そこには会議室として使っている部屋があり、ヴァグナー中佐以下指名した将校達が頭を捻っているところだった。
(デイルト川の東側を管理する軍政の体制確立と、東方で取り残されている辺境伯軍の救出を急がねばならん。ルアブロンへ行く時は、挨拶だけで終わる訳にはいかないからな)
それまでに素案を纏めておく必要がある。ブリンクマン大佐が協定を結んで帰ってきたすぐ後、ヴァグナー中佐に対して軍政体制の組織化を下命してあった。
(再編成が終わって落ち着いたばかりで申し訳ないが。情勢が変化したのだ、仕方ないな・・)
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
兵站本部長 ヴァグナー中佐
軍政司令部開設準備室として宛がわれた部屋は、煙草の煙が霧のように空中を漂っていた。
ほんの2分前にハイン大尉がやって来て、作戦成功の報告を受けたところだった。
「まぁ、俺達の苦労も報われる訳だな」
私は紙巻き煙草の煙を天井に向かって一気に吐き出してからそう言った。
「ええ、とりあえず筋道は出来上がりました。あとはやってみて問題点を修正していきましょう」
コールローザー警察大尉が答えた。彼も胸元をはだけ、右手には同じ煙草を挟んでいた。
「命令されたらやるしかないが、君が居てくれて助かったよ。軍政なんて門外漢もいいところだからな」
私がそう言うと、コールローザー警察大尉は笑いながら灰皿で煙草を揉み消した。
「私も少し関わっただけで、このカーニッツ中尉が居たからこそです」
コールローザー警察大尉はそう言って、隣でやつれた表情で薄ら笑いを浮かべている将校を見やった。他にも通信大隊長のリュック少佐、衛生大隊長のホフマン軍医少佐、兵站本部管理部長のテッタウ少佐、工兵大隊長のマールマン大尉、師団司令部通信参謀のギュールス大尉の面々が思い思いの体勢で、書類や灰皿で散らかった長机に向かっていた。
「現地人を採用しないと、人手が足りませんなぁ」
テッタウ少佐がそう言いながら、どこからか取り出した板状のチョコレートを一片折り取って口に放り込んだ。
「そうだな、読み書きと計算ができる奴をな」
私はそう言いながらテッタウ少佐に向かって手を差し出した。すると少佐は一瞬放り投げようとして止めたが、私が無言で指を動かして催促すると、躊躇いがちに投げて寄越した。受け取って包み紙を見ると、共和国軍の支給品だった。
「ご存じのとおり、我が軍の物より美味いですよ」
テッタウ少佐の言うとおり、食事に関しては我が帝国は共和国に後れを取っていると言い切れた。
私も一列折り取って、残りをコールローザー警察大尉に渡してから一口かじると、上品な甘さが口の中に広がっていく。
(美味い・・・)
チョコレートは手軽に摂取できる高カロリー食物として、軍の非常用携帯口糧に入っている。軍の支給品が味に気を遣っているはずはないから美味くないのは当然としても、酒保で売っている市販品の味が少しマシな程度としか言えないのが事実であり、愛国心と美味い食い物は別腹と言う訳だった。
(まぁ、携帯口糧のチョコが美味いと兵隊が隠れて食べてしまうから、と聞いたが、食用砂岩と言われているのもどうかと思う・・・)
チョコレートを口の中で転がしながら、溶けてゆくのを味わっていると
「事務員を募集しても、魔法具無しじゃ意思の疎通ができませんが・・」
この世界の言葉や文字が理解できるようになる、魔法具という道具があることは聞かされていたが、数が全く足りていなかった。今ここいる将校達も、支給されている者は皆無だった。
「職人の手作りで、大量生産はできないという事です」
「あの、ダークエルフだったか、彼女達の助けを借りるしかないか」
「前線で大活躍ですから、こちらには来ないと思います」
テッタウ少佐のあきらめ顔に返す言葉がなかった。
「ふう・・、困ったもんだ」
(語学勉強と言われてもなぁ・・)
文字通り頭を抱えてしまう状況だった。
「いくつか数を回して貰って、必要な時に貸し出すやり方でしのぐしかないな。その間に魔法具を増やして貰うのと、通訳の適正がある者に教育を施すことも進めておこう」
やるしかない。が前提なのだ、ひねり出した案を示すと皆が頷いた。
「その辺が整うまでは、業務を絞り込んで最小限にしましょう」
「医療と民生は最後に手を着けるのが良いと思います。まずは徴税と司法、それに軍事ですか」
「軍事については、将兵を兵舎に入れることを最優先でお願いしたい」
長机の隅に座っていたホフマン軍医少佐が手を上げた。
「疲労がピークに達する前にゆっくりと休める環境を整えておかないと、必ず何らかの疾病が発生します。現状で我々が出来ることは極めて限定されていますので、問題が生じる前にお願いします」
「ホフマン少佐、そのことは承知しています。ただ、施設の設置については辺境伯家との調整が必要ですので、軍政司令部も含めてまだ白紙の状態なのです。駐屯地の選定が終わりましたら、また会議を開くことになるでしょう」
私がそう言うと、ホフマン軍医少佐は満足げに頷いた。
「中佐殿、本当にここで募兵するのですか?」
コールローザー警察大尉は気が進まない様子だった。
「現状では歩兵が少なすぎるから、する事になると思う」
「それは銃器の扱いを教えると言う事でしょうか?」
「詳しいことはシュラーガー中佐と相談してから、師団長閣下の判断を仰ぐ予定なんだが、私としては我々と同じ武装を施すつもりはない。この世界の標準装備、剣と鎧ぐらいにする。募兵も軍規の遵守と罰則規定、それに宣誓の意味を理解できる事を最低条件にする。任務も補助的なもの、捕虜収容所や重要施設の外周警備、補助警察隊員、砲兵か重装備部隊の弾薬手ぐらいだな。編成単位も最大で小隊、というところになるだろう」
この世界に銃砲を拡散させてもまともな運用できないだろうが、危機管理は疎かにできない。
「分かりました、中佐殿」
「・・本当に信用できるのであれば、小銃手もいいかもしれんがね。まぁ難しいだろう」
「はい」
コールローザー警察大尉は幾分安心した表情になった。彼は軍政司令部下の野戦警察本部を預かることになっている。
野戦警察本部の任務は領域内の秩序維持、駐屯地以外の重要施設の警備、捕虜収容所の管理が主な任務とされていて、現在指揮下にある野戦警察中隊だけでは対応できないのは明らかだった。
「君のところは役割と担当範囲が広いし、求められる資質も高くなくてはいかんからな、増員は配慮するつもりだ」
「ありがとうございます、中佐殿。補助員は、まずは少数を試験運用して、結果が良好なら拡大して使います」
「そうだな、報告は逐次頼む。他の部署も同じ事になるだろう、現地採用の要員は監視の意味も含めて、よく面倒をみながら使ってくれ」
私の言葉に全員が頷いた。
「では、これで一旦会議を締める、ご苦労だった。また召集が掛かったときは宜しく頼む」
そう言って皆の反応、いったんは安堵した顔がすぐに落胆した顔になった、を窺いながら、書記係に命じて書類をまとめさせたのだった。




