73 銃声
ルアブロン 西街区 西門城壁上
第91歩兵師団長代理 ブリンクマン大佐
「あれはザロモン子爵の息子、テオドールです。私の従兄弟で、私の婚約者を自称している男です」
エカテリーニ殿は私に向かってそう言った。
私達は城壁の上に等間隔で作られている胸壁の内側にいたし、地上にいる親子からは15メートルほど離れているはずだが、エカテリーニ殿の一言はテオドールという息子に聞こえたようだった。
「エカテリーニ! 貴様、今なんと言った!」
つい先程までの穏やかな顔は一瞬で消え去り、目をつり上げ眉間に皺を寄せて怒声を発してきた。
「婚約者を自称している男、と言ったのです」
エカテリーニ殿の答えは物理的だけでなく、精神的にも見下しているのがよく分かった。
「何を言っているのだ、私の父が婚約を告げたろうが!」
「何故それだけで婚約が成立するのですか? そんな婚約は聞いたことがありませんが」
「何を言うか! お前のような蛇眼の女を妻にする貴族、いや男など居るわけがなかろう、それを俺が妻にしてやると言うのだぞ! 断れる立場だと思うのか!」
「叔父上には、はっきりとお断りしました。貴方のような誠実さの欠片もない人に嫁ぐなど考えただけで寒気がします」
「なんだと、この蛇女がぁ!!」
テオドールはエカテリーニ殿に向かって指人差し指を突き付け、髪の毛が突き立ちそう勢いで怒声を浴びせたが、エカテリーニ殿は冷静に鼻で笑いながら返した。
「貴方の武勇は色々と聞いております。酒を飲んでは暴れて屋敷で使用人を殴り、酒場では店内を滅茶苦茶に壊していると。それから女ですか、沢山の源人や亜人など幅広く仲良くしていらっしゃるそうで」
「それがなんだと言うのだ? 男は酒を飲むし女を抱く生き物だぞ、それの何が悪いというのだ!」
「それにしても加減や限度というものがあるのはご存じないのですか? それにその事を隠していたではありませんか、何が悪いと言うのなら何故隠すのですか? ご自分の言っていることとやっていることが、矛盾しているとはお考えにならないのですか?」
エカテリーニ殿の声は澄んでいると言うか、聞き心地が良い声なのだが、その声でテオドールを煽っていた。
「ええい、黙れぇ! 邪悪な眼をした蛇女の分際で、この俺を小馬鹿にしおって! 者共、構わんからこの門を打ち破り、あの女を捕らえよ! 生死は問わん、捕らえた者には金貨100枚を取らすぞ!!」
テオドールは馬上のまま剣を抜き、その剣でエカテリーニ殿を指し示した。だが、後ろに控えている騎士達はひとりとして動かなかった。
「当主代行殿、反逆の罪は明らかです。ご裁可を頂きたく」
シュラーガー中佐がエカテリーニ殿に歩み寄り、決断を求めた。
「・・・・オーレンベアク辺境伯爵家配下貴族、エルヴィン・ゴド・ザロモン子爵とその息子テオドール・ゴド・ザロモン、両名に主家に対する反逆の罪により死刑を申し渡す。刑は直ちに執行される」
静かに深く息を吸い込んだ後、エカテリーニ殿は親子に対して裁決を告げた。
「なにをほざくか蛇女が、なにをしている、早く門を破らんか!」
テオドールは後方にいる騎士達に向かって怒鳴り散らすが、返ってくるのは冷たい視線だけだった。
「小官が刑を執行します」
シュラーガー中佐はそう言うと、エカテリーニ殿から横に2歩離れて胸壁の際に立ち、ホルスターから拳銃を抜いた。
「エカテリーニ! 我らに死刑などと戯れ言に過ぎるぞ!」
「 おい、貴様! この俺を斬るつもりなら降りてこい、相手をしてやる!」
シュラーガー中佐の言葉を聞きとめたザロモン子爵とテオドールがさらに怒声を重ねた。
パン、パン。 「ウッ・・」 ドガシャッ。
ザロモン子爵の身体は二度跳ねた後、落馬して動かなくなった。
「父上! おのれ貴様なにを・」
その様を見たテオドールが、眼光鋭く城壁を見上げた。
パン、パン。 「ガッ、な、なんだ、これはっ・・」 ドガシャッ。
テオドールは崩れかけた体勢を持ち直そうともがいた後、前のめりに落馬した。2人が乗っていた馬は、銃声がした時に多少驚いたようだったが、落馬した主人が再び乗るの待っているかのように、その場から動かなかった。
ザロモン子爵家の騎士達も何が起こったのか理解できず、その場から動かなかった。
エカテリーニ殿も驚きの表情でシュラーガー中佐を見つめていた。
この世界で恐らく初めての銃声が響いて、しばしの静寂の後
「諸君! 降伏して貰いたい、これ以上の流血は無意味だ!」
シュラーガー中佐が騎士達に向かって大声で告げた。その声で我に返ったかのようにエカテリーニ殿が声をあげた。
「・・皆の者、反逆の首謀者であるザロモン子爵とその息子テオドールは処罰された! 皆は主の命に従ったまでであろうから罪には問わぬ。だが、ザロモン子爵家は改易、所領は没収される。従って皆は主家を失う事になるわけだが、改めて我が辺境伯爵家に忠誠を誓う者は、所領及び俸禄を安堵することとする。それができぬ者は地位とそれに属する全てを返上して、領外へ立ち去れ。財産は持てるだけ持っていってよいし、追手をかける事もせぬ」
エカテリーニ殿が騎士達に訴えかけると、騎士達は馬上のまま立ち尽くしていた。
「子爵家の奥様と次男のロベルト様はどうなりますか」
集団の先頭にいた騎士が尋ねてきた。
「当家で引き取る。この件と関わりが無ければ、そのまま当家で過ごしていただく。無闇に害したりはせぬ」
その騎士はエカテリーニ殿の返答を聞くと、隣にいた騎士と顔を見合わせた後に馬から下りて片膝を着いた。
「騎士ブラニール・アルガイヤーは、オーレンベアク辺境伯爵家に我が剣と忠誠を捧げます」
城壁上のエカテリーニ殿を見上げ、右手拳を胸に当てながらそう言うと頭を垂れた。
続いて隣にいた騎士が同じく下馬して忠誠を誓うと、他の騎士達も後に続いて忠誠を誓った。
(これを信じていいのだろうか・・・。確かにザロモン子爵は信頼を失っていたようだが、子爵家に忠誠が篤い者もいるのでは・・・)
そう思いながら城壁の上から、馬の手綱を持ったまま片膝を着いて頭を垂れる騎士達を見ていると、集団の前の方の右端に一騎だけ馬上のままの者がいた。見ると剣を吊っているものの騎士が装備しているような金属製の甲冑ではなく、革製の鎧と肩当て、籠手を着けた兵士のような姿形だった。
「そなたはどうするのだ?」
その兵士に気が付いたエカテリーニ殿が声をかけた。
「えっ、あっしですかい?」
小柄で色黒、黒髪にぎょろ目のその兵士が驚いたように答えた。
「そうだ、そなただ。見たところ騎士ではなさそうだが、子爵家の文官か?」
エカテリーニ殿が問いただすと、最初に忠誠の宣誓をしたアルガイヤーという騎士が立ち上がった。
「恐れながら当主代行様、その男はレーケと申す子爵家の文官でございますが、先のザロモン子爵殿がどこからか拾ってきた出自も分からぬ者にて、今回の子爵の行動の間、終始傍らに仕えていた者でございます!」
「え?! いや、それはそうなんですが・・」
レーケと呼ばれた男はさらに驚いた様子で、馬を操って立ち去る気配を見せた。
「我らは以前からこの者を怪しんでおりましたが、子爵の庇護下にあり問い質す事も叶いませんでした。今ここで捕らえて尋問すべきかと思われます」
アルガイヤーがそう言うと、レーケという文官の近くに居た騎士達が俄に動き始めた。
「ま、待ってください、あっしは何も悪いことはしてませんよ!」
騎士達の動きに怯える馬を制御しながら、レーケは必死に弁明している。
「ならばそれを証明してみせよ!」
アルガイヤーが鋭い口調で言うと、レーケは助けを求めるように城壁を見上げたが、見えたのは城壁の上から自分に向かって狙いを定めている銃口だった。
「わぁーかりましたよぉ! 大人しく捕まりますから、手荒な真似はしないでください、お願いします!」
レーケは慎重に馬から下りると腰に下げていた剣を鞘ごと外して頭上に掲げた。そのまま近付いた騎士達に囲まれるのを確認すると、シュラーガー中佐は拳銃を降ろし、エカテリーニ殿はアルガイヤーにしばらく待つように命じた。
「降りましょう」
エカテリーニ殿の言葉に頷いて階段を降りると、城壁沿いに小銃と軽機関銃を携えた兵士達が待機していた。万が一の時はシュラーガー中佐の一声で、城壁の上から外にいる騎士達を掃射する手はずになっていたらしい。その兵士達の緊張した面持ちの先には、年配の騎士が待っていた。
「来たか、アンゲリアス」
エカテリーニ殿の言葉に安堵の心情が含まれているのを感じて、その騎士の顔に視点を合わせると同時に身体が硬直してしまった。
(シュ、シュラーガー中佐・・・・・・・?!)
その騎士は、頭髪には白髪が交じっているがシュラーガー中佐にそっくりだった。
エカテリーニ殿に紹介され、敬礼と短い挨拶を交わしたがどこか上の空になってしまった。アンゲリアス殿もすぐにシュラーガー中佐に気が付き、敬礼を交わしながら笑顔を浮かべた。
「どこかでお目に掛かったような気がしますな」
「私もです」
シュラーガー中佐も略帽を取りながら笑顔で返し、2人は握手を交わした。
明らかに笑顔で相手を見定めている2人を見ていて、ひとつ気が付いた事があった。
(シュラーガー中佐は左頬に傷があるが、アンゲリアス殿は右頬だ・・・)
例え2人が服を交換しても見分けが付くことに私は安心した。
その後、エカテリーニ殿、アンゲリアス殿、私とシュラーガー中佐を交えて今後の方針について話し合った。
辺境伯家はザロモン子爵家の騎士団を指揮下におくことができた。これにより領都であるルアブロンを完全に掌握したことで、領内の統治権もほぼ回復できたと言って良い。
後は子爵領の領都であるカアンを直轄領に組み込むことと、傭兵達の扱いだった。
カアンにはアンゲリアス殿が衛士隊から選び出した30騎と、元ザロモン子爵家の騎士団からアルガイヤー(彼は騎士団の一〇〇騎長だった)以下50騎を率いて向かい、残りの150騎はもう1人の一〇〇騎長が臨時に指揮を執り、兵営で待機することになった。
残るは傭兵達の扱いだが、大小の傭兵団の寄せ集めなので全隊の指揮官という存在がなかった。形式上は“銀の竜鱗”という傭兵団の団長である、ヴラジェフという傭兵が隊長に任じられており、ちょうど西門に居合わせた為捕虜になっていた。
それならばとアンゲリアス殿が捕虜の中から2人の男を連れて来た。
「お嬢様・・。いえ、当主代行様、こちらがヴラジェフ殿と、以前当家に仕えておりましたイヴァンス・コロノフでございます」
「コロノフとは、エリザベート叔母上付だった武官か?」
「はい、その後ザロモン子爵に乞われて子爵家に移籍しておりまして、確か軍務担当を務めていたはずです」
アンゲリアス殿はそう言って、ザロモン子爵家のリブリーを身に付けたまま俯いているコロノフと、幾分戸惑いの表情でいるヴラジェフという傭兵を見やった。
「コロノフ、無事で何よりだ。また当家に仕える気は無いか? その気があるなら相応の役職を用意する」
ぎこちない笑顔でエカテリーニ殿が声をかけたが、コロノフの反応は薄かった。
「今はお答えできませぬ・・・」
ほとんど顔をあげないまま小さな声で答えるコロノフを見て、アンゲリアス殿は小さく頭を横に振った。それを見たエカテリーニ殿も頷いて「そうか」と小さく答えた後、視線をヴラジェフに移した。
「ヴラジェフ殿だな、このような事になって済まないがとりあえず傭兵達の取り纏めを頼みたいのだがどうだ?」
エカテリーニ殿の言葉にヴラジェフは礼儀正しく答えた。
「オーレンベアク辺境伯爵家のお頼みとあれば引き受けるのはやぶさかではありませんが、まずは辺境伯家がザロモン子爵家に代わって給金を支払うという約束を頂きませんと、私の配下はともかく他の連中は大人しくしていないでしょう」
お分かりだと思いますが、そんなニュアンスがたっぷりと含まれている答えだった。エカテリーニ殿も苦笑気味に頷いている。
本来ならザロモン子爵家が支払うべき話で、辺境伯家に支払う義務は無い。だが、それで突っぱねれば傭兵達は受け取るはずだった給金分の対価を求めて略奪に始めるに違いない。それにその噂が広まれば、今後辺境伯家が傭兵を募集しても誰一人応じなくなるだろう。
「給金については当家が支払う事を約束しよう」
「それならば、ここにいる傭兵達はお任せください」
ヴラジェフが安堵の笑顔で答え、一瞬会話が途切れたところでコロノフが顔を上げて尋ねてきた。
「子爵様はお亡くなりになったのですか?」
「テオドール殿もだ」
エカテリーニ殿が答えるとコロノフが言葉を続けた。
「それなら私もカアンへ同道致します。さもないと会計担当は金庫を開けないでしょう」
それを聞いたアンゲリアス殿が微笑みながらコロノフの肩を叩くと、彼は儚げな笑顔で応えた。
そうして一通りの方針が決まった。アンゲリアス殿とコロノフは騎士団と共に兵営へ向かい、ヴラジェフ殿は傭兵達を西門前に集めることになった。
西門の扉が開かれ、アンゲリアス殿とコロノフと入れ違いに、レーケが騎士達に連れられて入ってきた。
「あっしはどうなるんですかね?」
何故かシュラーガー中佐がレーケを引き取った。
「何か子爵家のことで知っていることがあれば話して欲しいのだが」
エカテリーニ殿がレーケの質問に答えた。
「知っていること、ですかい・・・」
「そうだ、お前が知っている事を全て、だ。当主代行殿、城館で部屋をお借りすることはできますか?」
レーケの後ろからシュラーガー中佐が話しかけた。
「え、ええ、もちろんです」
「よかったな」
シュラーガー中佐にポンポンと肩を叩かれたレーケの額には、うっすらと汗が滲み始めていた。
ペ 初めての銃声・・・?
シュ 消音器付はノーカウント。
ペ ・・・・・・。




