72 西門
ルアブロン 中央街区
辺境伯爵家城館 ルアブロン城
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
俺はリートホルド殿に案内されて城館本館の3階、西側の一番奥に来ていた。廊下の突き当たりにある大扉の前には親衛隊員2名が立哨していて、辺境伯の私室であることが分かった。
「この部屋を使えるようにしたが、問題ないかな?」
リートホルド殿が案内してくれたのは、大扉の手前右側の部屋だった。中を覗くとほどほどの広さで調度品は机と椅子、ベンチのような長椅子だけで飾り気のない部屋になっていた。聞けば親衛隊員の控え室とのことで、こちらの注文どおり北側に面して窓があり、外に遮る物も無いので即答で借りることにした。
俺が合図するとモールハウプト以下3名が中に入り、無線機を据え付け始めた。
「モールハウプト、門扉黄色に勢力黒色の動向を確認させろ」
「了解」
モールハウプトは短く答えると、早速無線機の電源を入れた。
「リートホルド殿、エカテリーニ様はそちらのお部屋に?」
「うむ、ご家族と共にいらっしゃる」
「では、師団長代理が到着したらお知らせします、リートホルド殿はどちらにいらっしゃいますか?」
「儂はしばらくここにおる」
「了解です」
俺はそう言うと敬礼して部屋の中に入った。
「サリエ、フィーラとサレーラの現在地だ」
「お待ちください」
サリエが動きを止める。少しして
「フィーラはペッター上級軍曹と一緒にシュラーガー中佐の装甲車に乗車していて、まもなく着くそうです。・・・サレーラ姉様は雷神とこちらに向かっているそうです、あと20分ほどで着くそうです」
「早いな、了解しておけ。それとフィーラとサレーラに到着したら正面玄関前で待つように伝えてくれ」
「了解しました」
サリエもすぐに念話を始めると、直後にモールハウプトが振り返って報告してきた。
「大尉殿、勢力黒色は有視界に入っているそうです」
「よしよし、門が開かなければ西門に向かうだろう。
俺は部屋を出ると、リートホルド殿に師団長代理がまもなく到着することと、ザロモン子爵の部隊が戻ってきたことを伝えた。
「それならば、エカテリーニ様にお知らせしてこよう」
「私は先に行っています」
そう言うと別れて正面玄関へと急いだ。
俺が正面玄関前に出ると、正門の外と中に戦車をはじめとした部隊が展開して警戒配置に就いていた。
正面玄関の左側には装甲無線車が止まっていて、ペッター上級軍曹とフィーラ軍属が降りているところだった。そして砲塔には装甲兵に支給されている丈の短い制服を着た強面の将校がいた。
(あれがシュラーガー中佐か・・・)
今まで噂話を聞いていただけで顔を合わせた事は無かったし、そうしたいとも思わなかったがやむを得ない。
俺は装甲無線車に小走りで駆け寄った。
「シュラーガー中佐殿、師団司令部第三参謀のフィルカザーム大尉であります」カツン!
「上から失礼する、第100装甲大隊長のシュラーガー中佐だ。ここまでは順調でなによりだ、フィルカザーム大尉」
答礼しながら中佐が答えた。
「はい、中佐殿。まもなくブリンクマン大佐殿も到着されます」
「そうか、この後はどこで締めくくりかな」
「門扉黄色の有視界まで来ているそうです。門が開かなければ兵営を目指すのではないかと思いますが・・」
その時、城館の中からエカテリーニ嬢とリートホルド殿がやって来るのが見えた。
「中佐殿、辺境伯家当主代行のエカテリーニ様と親衛隊長のリートホルド殿です」
「そうか」
中佐殿は素早く砲塔から降りて身なりを整えた。2人が近づいて来ると
「お初にお目にかかります、私はルアブロン進駐部隊指揮官のバルトレン・シュラーガー中佐であります」カツン!
俺が言うのもなんだがシュラーガー中佐の直立不動からの敬礼は流れるような動作であり、お手本と言ってもいいぐらいだった。しかし、間近で向き合ったエカテリーニ様とリートホルド殿は、一瞬動かなくなった後に慌てて自己紹介していた。
2人はなんとなく緊張している様子だったが、シュラーガー中佐は気にする風でもなく、ブリンクマン大佐を待っていた。
「中佐殿、サリエ姉様からです、勢力黒色が北門前を西へ向かったそうです」
「分かった」
フィーラの報告に短く答えると、腕時計に視線を移した。
それから間もなく、ブリンクマン大佐とサレーラが乗車した中型兵員車が到着した。降車したブリンクマン大佐とエカテリーニ殿が挨拶を交わした後、シュラーガー中佐を交えて何事かを話し始め、しばし時間が経過した。やがてエカテリーニ殿が決心した様子で答えたことで会合は終了し、大佐とエカテリーニ殿が中型兵員車に乗り込んで西門に向かって出発し、その後をフィーラがしがみついたシュラーガー中佐の装甲無線車が追従して行った。
後に残ったリートホルド殿と顔を見合わせると
「吉報を待ちましょう、周囲の警戒を点検してきます」
「うむ、儂もやることがあるでな、また後ほど」
そう言って、それぞれの敬礼を交わして別れると、ペッターを従えて正門に向かって歩き出した。
ルアブロン 西街区 西門
第91歩兵師団長代理 ブリンクマン大佐
辺境伯家の城館から市街を走り抜けて西門に着くと、我が軍の部隊が展開して制圧を完了していた。城門脇には赤と青の揃いの羽織を着たザロモン子爵軍の兵士達が、両手を頭の上に載せたまま座らされていて、その脇には3人の兵士が横たわっていた。
(東門で5人、ここで3人、北門もそのぐらいとして死者は10名を越えるぐらいか、これ以上増えなければいいが・・)
座らされている30人ほどの捕虜達を見てそう思う。死者が少ないほど恨みも少ない。
(傭兵はともかく、ザロモン子爵の騎士団は特に・・)
騎士団はその名の通り騎士によって構成されている、騎士とはすなわち貴族だ。中には従者としての兵士もいるそうだが、成人する前の貴族の子弟である可能性が高い。
作戦計画を立案しているときの師団長閣下の言葉を思い出した。
『貴族は名誉、つまり面子とか見栄にしがみつく生き物なのでなぁ・・』
思わず漏れた呟きのようなその一言は、その表現と表情から良い経験から出たものでは無さそうだった。
私も貴族の血筋を引いてはいるが、貴族的な経験は一切ないので師団長閣下の言葉に重みを感じていた。
(今回の件は辺境伯家内部の紛争だ、最終的な判断は当主代行を務めるエカテリーニ殿が決断を下す、私は軍人として行動するだけだ)
そんな事を考えながら中型兵員車から降車すると、後部座席でガチガチに緊張しているエカテリーニ殿が降りる際のエスコートを忘れずにこなしておいた。サレーラ軍属にもエスコートを申し出たが、手を差し伸べた途端に顔色を変え、断られてしまった。
とにかく門に向かって歩いて行くと、より門に近い所で停車した装甲無線車から降りたシュラーガー中佐が、西門を制圧確保した青色班の指揮官から報告受けていた。
「大佐殿、我が方に損害はありません。射殺3名、捕虜35名。残留部隊の指揮官と子爵家の幹部と思われる者がいるそうです」
シュラーガー中佐の報告に私とエカテリーニ殿が反応した。
「子爵家の幹部ですか、エカテリーニ殿・・」
顔を知っているか、と言いかけた時
「敵接近!騎兵約100、増えつつある!」
門の上、城壁上にいる兵士が告げた。
「大佐殿、当主代行殿と城壁に上がりますか?」
「はい、そのようにします」
「了解しました、私は部隊の指揮を執ります」
私は了解するとシュラーガー中佐と別れて、エカテリーニ殿とサレーラ軍属と共に階段を昇り城壁、西門の真上に立った。そこから見下ろした門の外には、馬に乗り甲冑を身につけた騎士達が我々を見上げていた。
(凄い、本当に中世だ)
正直な感想はこれだった。騎士達は兜を被っていなかったので、顔ははっきりと見えた。若い青年に混じって中年、いや壮年と言うべき顔も見える。兜を被った時に邪魔にならないように、前髪を切りそろえ、横も刈り上げていて、甲冑の下には鎖帷子を着込んでいるようだった。
(子供の時に読んだ本に書かれていたとおりだ)
などと思っていると、ふと彼等の視線に気が付いた。戦いを前にした覇気とか闘志という類いのものではなく、困惑や不安が入り交じったような視線をこちらに向けていた。
(これは・・・・)
その時、下から怒声が発せられた。
「エカテリーニ! これはどういうことだ! なせ門を閉めているのだ、さっさと開けろ!」
小柄な中年の騎士が顔を真っ赤にして怒鳴っていた。顎の周りがふっくらとしていて、壮年とは言えない雰囲気だった。
「あれがザロモン子爵ですか?」
「はい」
横に立つエカテリーニ殿に確認すると、悲しそうな表情で答えた。
「聞こえないのか、早く門をあけろ!」
ザロモン子爵の怒声は続いていた。
「儂は辺境伯家の執政だぞ、これは反逆ではないか!」
この言葉にエカテリーニ殿が反応した。
「叔父上、誰も貴方を執政になど指名しておりません。叔父上が勝手に名乗っているだけではありませんか」
丁寧な言葉遣いではあるが、口調は厳しかった。
「なんだとっ、義兄上が病篤く明日をも知れぬ病状なのだ、儂以外に辺境伯家を取り仕切れる者がおらんだろうが!」
「叔父上、父の容態は重篤ではありません、徐々に回復しています」
「な、なんだと!?」
「厨房から出された料理は人知れず捨て、特に信用できる者に用意させた食事を召し上がっていただくようにしたのです。叔父上には隠しておりました」
その言葉に騎士達の間にざわめきが湧いた。
「今頃、リートホルドが厨房の者達を拘束して尋問しているでしょう」
「・・・・・・」
その後もエカテリーニ殿の問いかけは続いた。
『最初の東征の時は体調不良を理由に応じなかったにもかかわらず、盛んに傭兵を雇い入れていたのは何故か』
『大金を払って多数の傭兵を雇い入れ、軍役定数を上回る400名の軍勢を揃えたのは何故か』
『400名の軍勢のうち、前線には傭兵ばかり100名のみを派遣し、ルアブロンに300名を留めたは何故か』
『辺境伯家当主の許し無く、領都ルアブロンの西門を占領して出入りを恣にしたのは何故か』
『同じく辺境伯家の城館に兵を常駐させ、監視させたのは何故か』
『辺境伯家直轄都市であるサランタンの代官に、直接指示を出したのは何故か』
城壁の上から次々と発せられるエカテリーニ殿の問いかけに対して、ザロモン子爵はひとつも答えることができなかった。
ザロモン子爵の後方で待機している騎士達は、何も言わずにやり取りを見守っていたが、エカテリーニ殿の問いかけが終わる頃には、その視線は城壁の上にいる我々からザロモン子爵の背中へと移っていった。
何も答えなくなったザロモン子爵にエカテリーニ殿が何か言おうとしたとき
「エカテリーニ、全て誤解なのだ。私から説明するから門を開けてくれないか」
子爵のすぐ側に控えていた大柄な騎士が、和やかな笑みを浮かべて訴えてきた。
「私の説明を聞けば君の疑いも直ぐに晴れる。私は君の婚約者なのだ、私の言う事を君は信じてくれるだろう?」
私がエカテリーニ殿に尋ねようとしたが、その前にエカテリーニ殿が答えてくれた。
「あれはザロモン子爵の息子、テオドールです。私の従兄弟で、私の婚約者を自称している男です」
その顔は、哀れみや蔑みというような感情が入り交じった、つまりうんざりという表情であり、私はこれほどはっきりと分かる“うんざり”を初めて見たのだった。




