69 秘匿名称“オットー”
辺境伯爵家直轄都市 サランタン
行政府内衛士隊長室
衛士隊長 フェルドア・ザゲラー
アンゲリアス団長からの指示通りに派出した伝令は、今頃エカテリーニ様に報告している頃だ。だとすれば、そろそろ次の仕事に取りかかる頃合いだった。恨みは無いが仕方がない、信用されない己を呪って貰うほか無いのだ。
「おい、ヒンツェ殿にこちらに来て貰うように伝えてくれ、大切な話があると」
控えていた見習い騎士に命じると、若い見習い騎士は短い返答と共に部屋から出て行った。
しばらくしてサランタンを治めている代官のヒンツェ氏がやって来た。人の良さそうな、肉付きのよい中年の文官で辺境伯爵家に30年以上仕えている。
「お話とはなにかな、ザゲラー隊長殿?」
丁寧な言葉遣いで穏やかに尋ねてくるヒンツェ氏を見ていると、気の毒に思う気持ちが少しだけ湧いた。
「非常に残念ではあるのですが・・・」
「何か、また何か起こったのですかな?」
俺の表情から、不測の事態が起こったのかと不安になっているヒンツェ氏だが
「貴方に反逆罪の嫌疑が掛かっています。辺境伯爵家当主代行殿の命令により、貴方を拘束します」
「なっ、なんとっ!」
驚きの余り絶句しているヒンツェ氏を余所に、同室していた騎士達に拘束を命じた。
「待って、待ってくだされザゲラー殿、儂は反逆を企んだ事など一度もない、何かのまちがいじゃ!」
両手を後ろ手に縛られたヒンツェ氏が必死に弁解するが、俺は全く耳を貸さなかった。
「悪いことをした奴は、やってないと必ず言うものです。いずれにせよ、当主代行であるエカテリーニ様はそう思っていると言う事ですよ。全て終わったら弁解する機会があるかもしれません、その時まで大人しくしていてください。あ、もし誰かと連絡を取ろうとしたら、その時はその場で処刑します。できればそんな事はしたくないので、よろしくお願いします」
ヒンツェ氏は何か言おうとしたが、構わず手を振って地下牢へ連行させた。
早朝から始まった非常事態により、行政府の役人には召集がかかっていて全員が自分の持ち場で待機している。
「ガルディンス、お前の隊でこの行政府を庁舎ごと封鎖しろ、一切の出入りと外への連絡を厳禁する。言う事を聞かない奴は切り捨てろ」
「了解しました!」
「フロスト、北門から西門への誘導はどうだ?」
「要所の街角に衛兵を配置してあります、中央広場を経由して直行できます」
「よし、そろそろ始めようか」
俺は出来の良い部下の仕事ぶりに上機嫌だった。
「北門から入ったらすぐに門を閉じて、西門から出たらすぐに門を閉じろ。団長から命令があるまでこの街は封鎖される」
俺が確認の意味も込めて念押しすると、2人の部下は頷いた。
「アンゲリアス団長からの特命だからな、疑問を差し挟む余地は無い、いいな」
もう一度念押しすると、2人はもう一度頷いた。
「俺は北門に行く、フロストは西門に行け」
俺は部屋の外で待機していた騎士を引き連れて、行政府庁舎から北門を目指した。
ルアブロン北西方 辺境伯爵家騎士団兵営
辺境伯爵家配下貴族 エルヴィン・ゴド・ザロモン子爵
「なにっ、サランタンに盗賊だと!?」
騎士団長の官舎でルアブロン城から戻って来た騎士から報告を受け、思わず大声が出た。隣に控えている副官のコロノフも驚いていた。
「はっ、120名ほどが北側の街道を封鎖しているとのことでありました」
「サランタンの衛士隊はどうしているのだ」
「それが門を閉めて立て籠もっているそうです」
「ちっ、追い払えばいいものを。城壁の上から見ているだけか」
儂はヒンツェの顔を思い出しながら舌打ちした。
「いかがしますか」
横に控えていたコロノフが、いつもどおりの落ち着いた声で伺ってきた。
「放っておけばどこかに行ってしまうのでは無いか?」
「・・無頼の集団を放置すれば領民が騒ぎ出します。カアンとの連絡が途絶えるのもよろしくありません、兵を出して討つか追い払うかするべきです」
儂は考え込んでしまう。
「ここを空けても大丈夫か?」
「私がお守りします。閣下自ら騎士団を率いて討伐すれば、領民達は閣下に心を寄せるでしょう、そうなれば後々やり易くなるかと」
「ふむ・・、確かにそうだな」
儂はコロノフの献策に頷きながら、突然現れた100人を越える盗賊に驚いていた。
(今までどこに潜んでいたのか? 今この時に現れたのは何故なのか? 今まで存在が知られていなかったのはなぜか? ・・頭目の統率が優れているからではないのか? 頭目が優れていると言う事は手練れの盗賊ではないのか? そんな盗賊に勝てるのか・・?)
答えが出る前にコロノフの声が続いた。
「西門に30騎、辺境伯爵家の城館に10騎置いていますので、残りの北門と東門に30騎ずつ、合計100騎を残せば充分守れます。残りの200騎で当たれば負けることはありません」
「この兵営はどうする?」
「空けてしまっても問題ではありません。盗賊をサランタンで破った後に戻ってくるだけです」
「分かった・・・。では第3隊を残し、200騎を連れてサランタンへ行く、ルアブロンの守りは第3隊隊長ヴラジェフに任せる、補佐してやってくれ」
「・・・はい、承知いたしました。すぐに出陣の準備をさせます」
そう言うとコロノフは近くに居た騎士に何事かを命じながら出て行った。
辺境伯爵家配下貴族ザロモン子爵家
当主付軍務副官 イヴァンス・コロノフ
半刻後、ザロモン子爵は兵営前に整列した騎士団の主力を率いて出陣した。騎士団は子爵を先頭に西門から市内に入り、東門から出て街道を北上して行った。
子爵を見送った後、部下に兵営を閉じさせてから西門に向かう馬上で、非常に複雑な感情に囚われていた。
(・・・・いったい、どうなっているんだ)
ザロモン子爵家の当主であり、自分の主であるザロモン子爵が、寄親であるオーレンベアク辺境伯爵当主を排して自分が辺境伯爵になると言い出した時は心底驚いた。きっかけは辺境伯爵家の東征が失敗したことらしいが、それが寄親に対して反逆を起こす理由になるのか、それに辺境伯に対して東征を強く勧めていたのはザロモン子爵本人だった。
辺境伯家は東征の失敗によって大きく勢力を削がれた。著しかったのは兵力で、主力の騎士団はその殆どが東方領外に置き去りになり、残った兵力も東端領境に貼り付けざるを得ない状況になっている。それに加えて辺境伯爵自身も心労から床についたままだという。
(確かに辺境伯家に対して事を起こすには絶好の機会だが、理由と目的がはっきりしない。ザロモン子爵に仕えてから、辺境伯への愚痴をこぼすのを聞いたことがないし、子爵の奥様は辺境伯爵の実の妹で、夫婦仲も良いはずだ。辺境伯爵となった後は、東征を成功させて辺境侯爵になるなどと言っていたが、戯言にしか聞こえない。子爵自身は小柄で武術はいまひとつだが、穏健で慈悲深く、気性が荒い鉱夫達が多い鉱山の街であるカアンを良く治めていて、領民からの評判も上々、何もかも満足しておいでだと思っていたのだが、なぜこのようなことを・・・)
私は考えれば考えるほど頭を抱えたくなってしまう。
(何か、鬱屈としたお心を抱えておいでだったのかもしれん・・・)
オーレンベアク辺境伯爵家に仕えていた時に、ご当主の妹であるエリザベート様がザロモン子爵に嫁ぐことになり、親衛隊の一員として警固に当たっていた縁から、エリザベート様付き武官としてザロモン子爵家に移籍することになった。その後、子爵本人に口説かれて直臣として召し抱えられ、騎士に叙任された。役割は護衛兼軍務補佐、以降は盗賊の討伐、王家からの召集と子爵家の軍務に関わることは全て携わってきた。
(だが、今回のことはルアブロンに入ってから聞かされた。私の代わりに関わっていたのは、あの男だった・・・)
ルアブロン 中央街区
辺境伯爵家城館 ルアブロン城
当主執務室 エカテリーニ・ゴド・ルアグロス
「狐たちはどうだ」
私の問いにメーティスが静かに答えた。
「昨夜遅くに北の塔に入りました」
頷きながら視線をリートホルドに移すと
「塔の出入り口近くに隊士を置いて監視させています」
「よし、あの者達の合図で友軍が動く、誰にも邪魔させるな」
「御意っ」
リートホルドが右手の拳を胸に ドン! と当てて答えた。
「力み過ぎではないか」
その様につい笑みがこぼれた。
「いつもと同じでございます」
リートホルドが笑顔で応えたその時、外から地響きのような音が聞こえてきた。メーティス、リートホルドを従えて窓に歩み寄って見ると、一団の騎馬が城館前を東門に向かって駈けていくところだった。
「始まったな」
「はい」
私の一言にメーティスとリートホルドが短く答えた。
「リートホルドは連絡係の監視を強めろ。いつでも拘束できるように」
「御意っ」
「メーティスは手勢を集めておけ、私は家族を父上の寝室に集めておく」
「承知いたしました」
私達3人は、務めて冷静を装って部屋から出て行った。
ルアブロン 中央街区
辺境伯爵家城館 ルアブロン城北の塔
潜入班「狐」 フェルカザーム大尉
塔の最上階は高さが15メートルほどあった。城館自体が小さな岩山を取り込んで立てられているので、地表からなら20メートル以上はありそうだった。最上階の部屋は、見張り台の意味合いもあるのだろう、東西南北に窓が作られていて、ルアブロンとその周囲を良く見渡せた。その部屋に、俺とモールハウプトとサリエの3名が待機し、モールハウプトは無線機の前で微動だにしなかった。
「大尉殿、フィーラから連絡がありました。子狐は獲物を狙う、です」
「分かった」
ペッターとフィーラ、それと第2便で合流した隊員3名が、荷馬車で東門近くの待機地点に到着したのだ。
(後は、子爵様のお通りを待つだけだ。伝令が城館に入った後、連絡係の1人が出て行ってから1時間半、そろそろだと思うが・・ん?)
西から地響きのような音が聞こえてきて、段々と大きくなってくるのが分かった。
「来たぞ」
俺がそう言うと、サリエが隣に顔を出してきた。
町並みで途切れ途切れになるが、銀色の甲冑を纏った騎士達が乗馬で進んでくるのが見えた。薄い土煙が城館前の通りに沿ってたなびいている。
「3列横隊で・・・ざっと60、予想通り200ってところだろう」
南側の窓から街路を常歩で進んで行く騎馬の列を数えて、おおよその総数を計算した。
「残りの100がここの守備ってわけだが、今出て行った部隊の装備からすると、あっちが正規の騎士団で、残っているのは例の傭兵団と言う事だな」
「はい大尉殿」
協定が成立してから少しして、辺境伯家から情報提供があった。子爵家騎士団300名のうち、100名ほどはカアン衛士隊の衛兵と子爵が雇った傭兵団で臨時に編成された部隊であるとの内容だった。寄せ集めであり、傭兵団は信用に欠けるが実戦経験が豊富なので要注意とのことだった。
「傭兵を残したのは、信用しているからなのかな?」
「相手を盗賊と思っているので、寝返りを警戒したのかもしれません」
「あ、なるほど」
サリエの答えに納得した。
「内側に敵がいるとは思っていないだろうしな」
そう言いながら東側の窓に移ると、城壁の外側で騎馬隊がより濃い土煙を上げながら北上していくのが見えた。
「よし、モールハウプト出番だぞ、オットーだ。オットーだって、デカい声で送ってやれ」
『雷神、雷神、こちら狐。オットー。繰り返す、オットー。繰り返す、オットー。以上』
『こちら雷神、オットー。受信了解』
通信を終えたモールハウプトが俺を振り返った。
(さぁ、ここからが始まりだぞ)
俺はモールハウプトに向かって頷きながら、興奮を抑えきれなくなっていた。“オットー”の次に発令される“グスタフ”で俺達“狐”も動くのだ。
俺達3人は左腕に黄色の布を巻き付け、俺とモールハウプトは立てかけて置いたストーテンMkⅢ短機関銃に手を伸ばした。




