66 協定
ルアブロン市街地 「白鈴亭」
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
しばし待っていると、ドアの外に複数の足音が聞こえてきた。その足音が途切れる前にドアが静かに少し開かれ、一呼吸置いてさっと開いてギルが黙ったまま入ってきた。そしてドアを押えたまま後ろにいた3人に向かって「どうぞ中へ」と小声で入室を促した。3人はためらいがちにフード付きのマントを纏ったまま入ってきた。
(令嬢が来るはずではなかったのか)
3人のうち1人は頭一つ身長が高く、体格も大きく見えたので親衛隊長と推測したが、あの2人はそれほど体格に差が無いように見えた。
「どうぞ、マントをお脱ぎになってください、脱いだマントは案内した者に渡していただくか、右後ろの壁にお掛けください」
俺がそう言うと、一番体格が大きい者がさっとマントを脱いで、1人のマントの肩を丁寧に摘まみ上げ、脱ぐのを待った。そしてその者がフードを外してからマントを脱ぐと、丁寧に受け取って自分のマントと並んで壁に掛けた。もう1人、メーティスは自分で脱いで壁に掛けていた。
一番デカいのが丁寧に対応していた1人は、金髪を後ろで束ねた長身の女だった。
(男勝りとは聞いていたが、美しさよりも強さとか鋭さが先にくるな。いい目をしてはいるが)
身長は俺やメーティスとほぼ変わらない、175センチぐらいだろうか。体格は女にしては逞しい部類に入りそうだ、やはり立場上剣術か武術をやっているのだろう。顔は、
(目鼻立ちは整っているが、いかんせん眼力が強すぎる・・。怒っているのか・・?)
令嬢のマントを壁のフックに掛けたデカいのが元の位置、令嬢の左後ろに戻るまでの間にそこまで考えた。
3人が佇まいを整え終わったのを見届けた俺が、ギルに向かって頷くと、ギルは黙礼して部屋から出て行った。
事前の打ち合わせで、フィーラ軍属が魔法で相手を品定めする事になっていたが、彼女は黙ったままなのであちらに敵意は無いということが分かった。
古ぼけたテーブルを挟んで双方が3名ずつ向かい合ったところで、ブリンクマン大佐が口を開いた。
「ご足労頂き恐縮であります、私はリュティヒス帝国陸軍大佐、ヴェルナー・フォン・ブリンクマンと申します、全権特使として師団司令部から派遣されました。こちらは部下のフィルカザーム大尉とフィーラ軍属、以上3名が今回の交渉において発言権を有します。どうぞ宜しくお願い致します」
ブリンクマン大佐が低い声でそう言うと、辺境伯令嬢は頷いて同意を示した後に口を開いた。
「私はクーアルド王国オーレンベアク辺境伯爵第四代当主、エグベルド・ゴド・ルアグロスが長女、エカテリーニ・ゴド・ルアグロスと申します、本日は当主の代理として参りました。こちらは当家家臣で親衛隊長を務めますリートホルドと輜重担当のメーティスと申します。私とこの2名が交渉に参与します、どうぞ宜しくお願い致します」
ハスキー気味な声で辺境伯家令嬢が応じると、ブリンクマン大佐が
「こちらこそ」
と返して、続けようとした時
「まずはお詫びをしなければなりません。この3名で参上するとお伝えしましたが、このリートホルドが余計な気を回して下の酒場に騎士を3名ほど忍ばせておりました、申し訳ありません」
令嬢はそう言うと頭を下げた。後ろにいた親衛隊長さんは驚いていて、言葉が出ないようだった。
「その件につきましては、承知しております。リートホルド殿の立場上、当主代理の安全に責任を負う事は我々も理解できますので、特に問題として捉えておりません。お気になさらずとも結構です」
ブリンクマン大佐が微笑みながら答えると、令嬢が一瞬驚いた表情を見せた後に頭を下げ、一瞬遅れて親衛隊長さんも頭を下げた。
「では、本題に入りましょう」
ブリンクマン大佐がそう言ってテーブルに歩み寄った。
「すでにお聞き及びかと思いますが、我々は本来この世界の住人ではありません。全く違う世界から、説明できない何かよってこの世界に送り込まれたか引き込まれたかして迷い込んだのです」
ブリンクマン大佐が一旦言葉を切って反応を窺うと、黙っているものの親衛隊長さんは疑わしい様子がにじみ出ていたが、他の2人、特に令嬢は予期していたかのような気配が窺えた。
「異邦人、ですね」
令嬢の口から出た言葉にブリンクマン大佐と俺は少し驚いた。令嬢の口調は先日のメーティスの比ではなく、明らかに前から知っているようだった。だが俺は何も言わず、令嬢の様子を観察することにした。
ブリンクマン大佐はそれ以上触れずに、我々の立場と求めている事を話し、そこから我々が把握している辺境伯家の現状に対して助勢できる事を話した。
令嬢は俯き加減になって、唇をきつく結んで何も言わなかった。後ろの2人も表情を堅くしたまま黙っていた。
「この街に住んでいる者なら誰でも分かることですからね」
令嬢は小さな声でそう言うと顔を上げた。
「我が父、オーレンベアク辺境伯爵もザロモン子爵の行動を反逆行為と認めました。排除にあたりご助勢をいただきたくお願いしたい」
「分かりました」
はっきりと言い切った令嬢に対してブリンクマン大佐は短く答えると、フィーラ軍属が持っていた鞄から地図を取り出した。
「これは我々が作成した、この周辺の地図です」
辺境伯家側から見えやすいように地図を広げ、帝国語で書き込まれている名称を人差し指で指し示しながら読み上げていく。
「ここがルアブロン、ここがサランタン、そしてザロモン子爵の領地であるカアン・・」
航空偵察で把握した市町村には判明している場合には名称、不明な場合にはアルファベットと数字を組み合わせた識別番号を割り当てて書き込んであり、その横にはおおよその人口も書き込まれていた。
「これは・・・・」
令嬢は一言呟くと地図に釘付けになっていて、その後ろの2人も同様だった。
「市街での戦闘は避けたいので、市外へ誘い出して野戦で決着を付けたいと考えています。野戦もできるだけ犠牲を少なく、可能な限り反逆者とその一族、取り巻きだけで済ませたいと考えています。反逆者を生きたまま確保した場合の処分はお任せします」
ブリンクマン大佐が説明すると、令嬢は地図から顔を上げた。
「それで、その見返りは」
令嬢の言葉に大佐は胸ポケットから紙を取り出して、令嬢の前に広げた。
「これが我々の要求する項目です」
昨日、俺と大佐で話し合った内容はフィーラ軍属の監修を受けて、こちらの言葉で書いてあった。
令嬢は淡々と呼んでいるようだったが、メーティスは眉を寄せ、親衛隊長さんは顔に怒気を浮かべていた。
「辺境伯爵家領地の東側は我々が責任を持つ、と言う事です。その間に派遣した部隊を引き上げ、兵力を立て直していただきたい。我々も北や西の脅威に対する余裕はありません」
ブリンクマン大佐がそう言うと、令嬢とメーティスは黙ったまま頷き、親衛隊長さんはがっかりしたようだった。
「それもご存じでしたか」
令嬢が小さな声で呟いた。
(この反応をみると辺境伯家は西の諸侯領だけじゃなく、北との関係も上手くないようだな・・。それでこっちの話に食いつきが良いのは分かるが、それにしても即決すぎる・・・)
俺は3人の反応を観察しながらあれこれと頭を動かして、引っかかる所を整理していった。
「いかがでしょう、条件については調整することも可能です」
俺がそう言って促すと、ブリンクマン大佐が続けた。
「その点については私に一任されておりますので、どうぞ仰ってください」
令嬢は表情を改めると、正面からブリンクマン大佐に視線を合わせて言い切った。
「承知致しました、この条件で結構です」
親衛隊長さんは驚いて口を開きかけたが、令嬢はまったく振り返ろうともせずに続けて言った。
「これは対等の同盟と捉えてもよろしいのでしょうか?」
「今回は反逆者の排除に関する協定と考えております。正式な同盟は辺境伯家が主権を回復した後に、改めて話合いの場を設けられればと思っております」
なかなかに痛烈な一撃で、令嬢も顔を赤らめて「承知しました」と小さく答えて黙り込んでしまった。
ブリンクマン大佐が俺に視線を振ってきたので、しっかりと受け取った。
「それでは、以後の連絡と具体的な作戦についてです。作戦のおおまかな段取りは・・・・・・・」
緊張の連続で疲れ果ててしまい、後ろで立ったまま静かに揺れているフィーラ軍属を除いた5名は、先程よりも間合いを詰めて話し始めた。
フィ「大佐殿、この事はサレーラお姉様にはご内密に・・・」
ブ 「ええ、そのつもりですよ」微笑
フィ「あの、お顔の筋肉だけで笑っていらっしゃいませんか?」
ブ 「いいえ、そんなことはありません」微笑微笑
フィ(普段穏やかな人ってこういう時に困るんだよなぁ~~)
ブ 微笑微笑微笑微笑微笑微笑笑微笑笑微笑笑




