64 第2便
ルアブロン北門付近
潜入班「狐」ペッター上級軍曹
ゴトゴトと小刻みに揺れながら進む荷馬車の先には、ルアブロンの城壁が近付いていた。
「あれか」
俺が手綱を握っている御者台の後ろから、ブリンクマン大佐が短く尋ねてきた。
「はい、大佐殿。城壁に沿って左に行けば東門、右へ行って橋を渡れば北門です」
俺は前を向いたまま答えた。
周囲には同じくルアブロンを目指す荷馬車や、旅人や行商人と覚しき民衆が徒歩で行き交っているが、俺達の荷馬車を気にする者はいない。
「門には警備がいるのだな」
「はい。フィルカザーム大尉殿が衛兵に話をつけてあります」
「大丈夫なのか」
「無線では知らせてありますので、大尉殿も出迎えに来ているはずですから心配要りませんよ」
「分かった」
ブリンクマン大佐殿はそう言って引っ込んだ。
俺は御者台の隣に座っているアッペルと顔を見合わせると、軽く肩をすくめて前に向き直った。
「大佐殿、いざという時は私の魔法で解決しますわ」
(それはどういう意味なんだ? 騒ぎになった時点でほぼ作戦は失敗なんだが?)
後ろから聞こえてきたフィーラ軍属の声にギクリとして後ろに向かって声を掛けた。
「フィーラ軍属、騒ぎになったら全部終わりだぞ。俺達の存在が知られたら辺境伯家と接触することもできなくなるんだ、静かにしていてくれよ」
「もちろんですわ、ペッターさん。もしもの時はって事です。私はブリンクマン大佐殿の護衛なんですから、大佐殿に何かあったらサレーラお姉様に丸焦げにされてしまいます」
フィーラの答えに、同じく荷台に載っていた第2便の下士官兵達が吹き出すのが聞こえた。
「分かっているのならいいんだが」
俺が前を向いたまま答えると、荷台から複数の忍び笑いが聞こえてきた。実戦をかいくぐってきた軍務省情報局の工作員とはいえ、さすがに緊張していた第2便の面々も、俺とフィーラのやり取りで気持ちがほぐれたようだ。
(フィーラってのは、ワザとやっているのか・・・、いや、まさか・・)
そう思いながら左側に座るアッペルを視界に入れてみると、彼もこちらに視線を向けていて、肩をすくめて見せた。
それからしばらくして、ルアブロンの城壁が間近に迫り、北門へ通じる橋が見えてきた。
「大佐殿、間もなくです」
小声で荷台に向かって告げると、床板を2回ノックする音が聞こえた。同時にアッペルが御者台から後ろの荷台へと移動した。
そのまま進んで橋を渡ると、北門に到着した。2回目とはいえ、やはり緊張する。
(あの時の衛兵は、確か40ぐらいのごつい顔した奴だったな・・・)
平静を保ちながら、最初に入った時に対応した衛兵を探す。だが、若い衛兵が近づいて来た。
「ルアブロンに入る用件は? 積み荷はなんだ?」
俺は被っていたよれよれの帽子をとると、衛兵に精一杯答えた。
「ああ、あの、あっしらはノルヴァイク帝国から来たレグーゼン商会と申しまして、先に商会の者がこの街に来ていまして、私らは後から出て来てここで合流することになってまして」
「・・馬車を左に寄せて、ちょっと待っていろ」
衛兵の誘導に従って門をくぐり、言われたとおり荷馬車を止めた。
詰め所と思われる建物に入っていく衛兵を見送りながら、フィルカザーム大尉の姿を探したが見当たらなかった。
(俺はささやかだが変装しているし、最初の時はモールハウプトが御者をしていから、俺の顔は覚えていないはずだが・・)
衛兵が入っていった詰め所の前には、ザロモン子爵配下の騎士団員が3人たむろしていた。こちらを見ているその3人を視界の隅に捉えながら、俺は御者台の床を踵で2回ずつ3回打つ合図を送った。
御者台の下に隠してある拳銃を意識しながら待っていると、詰め所から先程の衛兵と一緒に見覚えのある衛兵が出てきた。安堵しながら待っていると
「レグーゼン商会のゾラードなる者と関わりの一行か」
「はい、そうです」
「ハルムヤンツという者はいるか」
「はい、ここに」
衛兵の質問に応じる声が荷台からあがると、後ろの垂れ幕を跳ね上げて大柄な男が降りた。
「私がレグーゼン商会のハルムヤンツでございます」
ブリンクマン大佐殿はサリエから教わったとおり、衛兵に対して左手の甲を腰の左後ろに、右手を胸に当てて浅く頭を下げて挨拶をした。
「うむ、ゾラード殿から言伝を頼まれていてな、白鈴亭と言う宿に投宿しておるとのことだ」
「これは、衛兵殿のお手を煩わせて申し訳ありません、言伝は確かに受け取りました」
「うむ、その事をゾラード殿に確と伝えてくれ」
「畏まりました、確かにお伝えいたします」
ブリンクマン大佐は恭しく礼をすると荷台に戻り、俺は衛兵の合図に従って荷馬車を出した。
ゆっくりと荷馬車を進め、門から遠ざかると荷台に向かって声を掛けた。
「ハルムヤンツさん、もう大丈夫です」
するとブリンクマン大佐が顔を出した。
「私の演技はどうだった?」
「名演技でしたよ、大佐殿。アッペルとフィーラ軍属を出してやってください」
俺がそう言うとブリンクマン大佐が引っ込み、荷台で何かを動かす気配がした後にアッペルが御者台に戻ってきた。
「樽の中はどうだった?」
「酒の香りが凄くて、少しきつかったです」
アッペルは最初にルアブロンに入った時に御者台に乗っていたので念の為、フィーラはダークエルフで目立つので、荷台に積み込んだ潜入用に改造した樽の中に隠れさせていた。樽は酒用の大樽で、中は上の三分の一までが上げ底になっていて、その下は空洞になっていて体格にもよるが人ひとりか物資を収納できた。古典的だが充分通用すると思われたので、補給処にあった樽を幾つか改造するように依頼していた。
俺はアッペルの答えに笑いながら、顎を撫でるような仕草で口髭を外すと、第2便の6名を降ろすことになっている“借家1”に向かって荷馬車を走らせた。
ルアブロン市街地 「白鈴亭」
師団長代理兼全権特使 ブリンクマン大佐
荷馬車は予定通り6名を降ろした後、無事に白鈴亭に到着した。
私が部屋に入るとフィルカザーム大尉が待っていた。
「お待ちしておりました、大佐殿。お迎えできずに申し訳ありませんでした。衛兵詰め所の前にいたザロモン子爵の騎士団員に、衛兵とのやり取りを見られると面倒な事になるので、近くで様子を窺っていたのです」
私が意味が分からずにいると
「奴ら、衛兵が自主的に徴収している通行料を巻き上げようとしているのです」
「自主的な徴収・・。そう言う事でしたか」
全て理解できた私は笑って理解を示した後、姿勢を改めてフィルカザーム大尉に向き直った。
「フィルカザーム大尉、貴官と貴官が指揮するチームの働きに師団長閣下は大変満足されています。貴官の並々ならぬ努力と素晴らしい成果に私からも感謝を」
私がそう言いながら右手を差し出すと、フィルカザーム大尉も応じて固い握手を交わした。
「現地雇用の工作員も含めて、良いチームに恵まれたおかげです」
「報告では奴隷から雇用したそうですが」
「はい、奴隷から男女1名ずつ、アッペルの繋がりで元騎士の冒険者の男を1名です」
「元騎士、ですか」
「はい、大佐殿。ギルという男ですが、この者のおかげで辺境伯家の関係者と接触することができたのです。我々は非常に幸運でした」
フィルカザーム大尉の最後の言葉には力がこもっていた。
「そうでしたか、では私がその総仕上げを担当すると言う訳ですね」
「そういうことになります。大佐殿の到着は、今日中に辺境伯家に知らせがいきますので、おそらく明後日には代表と会合する事になると思います」
「分かりました、それまでに交渉の内容を確認しておきたいのですが、内容には大尉の意見も取り入れたいのです」
私がそう言うとフィルカザーム大尉は驚いていた。
「私の意見ですか?」
「ええ、我が軍でこの世界に最も馴染んでいるのは貴方ですから」
私がそう言って微笑むと、大尉はニヤリと笑って答えた。
「そう言うことなら私は専門家ですので、お任せください大佐殿」
私は交渉内容について書かれたメモを示しながら、フィルカザーム大尉に要求内容の要点を説明した。大尉はしばらくの間メモから目を離さなかったが、やがて顔を上げた。
「ここにある項目は外せませんので、こちらから渡す10パーセントの租税の他にザロモン子爵の領地に関する要求を入れて、妥協点にしておきましょう」
どうやら私の案は合格だったらしい。
「では、子爵領内の鉱山の総収入の10パーセントを我が軍が受け取る、というのはどうですか」
「よろしいと思います」
フィルカザーム大尉は満足げに頷いた。
「では、辺境伯家に対する要求はこれでいきます。続いて市内の反体制勢力の排除についてですが、大尉は何か具体的な方法は考えていますか?」
私はメモに改定案を書き留めると、次の議題に移った。
「具体的とまではいきませんが、私の考えとしては、市街戦は絶対に避けなくてはなりません。ですので、子爵領で騒ぎを起こすかして子爵の部隊を市外へ誘い出し、入れ違いに我が軍の部隊を突入させて辺境伯家の当主と一族を保護し、同時に全ての城門を確保封鎖して、この街を掌握するまでが第一段階。その後は野戦で子爵軍を粉砕するか降伏させて、辺境伯の意向も取り入れつつ処断する、ここまでが第二段階、街を掌握したら周辺の貴族を服属させて辺境伯領内を安定させるのが第三段階、こんなところです」
フィルカザーム大尉の意見を聞き終えると、私はテーブルの上に持ってきた師団司令部が作成した地図を広げた。
「師団司令部では、運用を開始した航空機を使って、周辺の航空偵察を実施しています」
驚いた表情で地図に釘付けになっているフィルカザーム大尉に説明する。
「それによって得られた情報を随時加えていまして、これが最新版になります」
地図に目を走らせながらフィルカザーム大尉が頷く。
「ザロモン子爵の領地であるカアンですと、少し距離が遠いので通報が届くのに時間がかかり過ぎると思われます」
私はルアブロンとカアンを指し示しながら説明を続けた。
「では、サランタンで」
フィルカザーム大尉が顔を上げた。
「ええ、街の北側に部隊を展開して通行を遮断すれば騒ぎになるでしょう。伝令も間違いなく南へ、ここに向けて発せられるはずです」
「なるほど」
「ザロモン子爵がここから出た後、部隊は完全撤収すれば子爵もすぐに戻ってくるでしょう」
「・・そしてルアブロンの北門でケリを着けますか」
「どの門を選ぶかは子爵に決めて貰いましょう」
私がそう言うと、フィルカザーム大尉は笑いながら了解した。
「では、我が軍の行動はこの線で進めます」
「はい、大佐殿。それでは我々は突入口の確保と道案内、それに辺境伯一族の確保、ですね」
「門の確保は部隊にやらせますが、デリケートな部分は大尉のチームが頼りです」
「辺境伯一族の確保は、協力者なしには行えません」
「どの程度の協力が得られるのか、詰めていきましょう」
「それまでは異世界観光、いえ視察をお願いできれば思います」
フィルカザーム大尉の言葉に笑顔で応えながら地図を折りたたんでテーブルを空けると、大尉がトランクから酒瓶と木製のカップを取り出し始めた。
設定⑦
野戦航空中隊が使用している
M51攻撃機は、旧陸軍が使用していた九九式襲撃機
M76連絡機は、同じく旧陸軍の三式指揮連絡機
をイメージしています。詳細な諸元は省きますがほぼ同じです。




