63 祈り
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
師団司令部通信参謀 ギュールス大尉
師団司令部が入っている民家の前庭に、木箱が積み上げられていて、その周りに下士官と兵達が佇んでいた。
俺を見つけた下士官が直立不動を執ると、兵達もそれに合わせてこちらに注目した。
「ペッター上級軍曹に言われて降ろしておきました」
下士官が申告すると頷いて下命した。
「軍曹、こいつを今使っているトイレの便槽に入れておいてくれ」
軍曹が隠しきれない嫌そうな顔をしながら質問してきた。
「大尉殿、トイレの便槽にですか、中身は何です?」
軍曹は積み上げられた木箱に怪しむような視線を向けた。
「1箱に1匹、ブラウンスライムっていう生物が入っていて、そいつが俺達の糞を食ってくれるらしい」
「・・・本当ですか?」
軍曹は顔をしかめながら首を振った。
「ああ、こっちじゃこれが流行らしい。少なくともそう言う触れ込みで買って持ってきたそうだ」
「売っているんですか、まぁ、確かに需要はありそうですが」
「とにかく命令だ、全部で30匹いるから、使用頻度の高いトイレには2匹、それ以外は1匹ずつ入れておいてくれ。残りは補給処に送るから、トラックの手配も頼む」
「その、噛みついたりはしませんか」
「大人しくて素直な奴だと聞いている」
「・・了解しました。本当なら汲み出しをしなくて済む訳ですな」
「そう言う事だ。こいつらが食いしん坊であることを祈ろう」
「了解です、大尉殿」カツン。
軍曹は俺から離れると近くに居た兵達を集め、俺の命令を下達すると、兵達の反応は極めて冷めていた。
まぁ、無理もない。と思いつつその場から離れた。
ペッター上級軍曹から受け取ったフィルカザーム大尉のメモを確認して、すぐに衛生大隊に報告すると、衛生大隊長ホフマン軍医少佐はすっ飛んできた。
(軍医殿は担当者を決めて効果を観察させると言っていたが、蓋を開けて中を覗くのか、衛生の仕事は大変だな・・・)
師団司令部と補給処、部隊が駐屯している2カ所で問題になっていたのは、排泄物の処理だった。補給処は元々が駐屯施設だったのでトイレが完備されていたが、師団司令部では民屋のトイレだけでは足りず手作りしなくてはならなかった。そしてその後は溜まる一方の排泄物を、どうやって処理するかが大きな問題だった。
それぞれの場所で少し離れたところに深い穴を掘って、便槽から汲み出して捨てていたが、ホフマン軍医少佐は地下水の汚染を心配していた。
(これでトイレの問題が解決するなら、心配事がひとつ減るな)
師団がここに来てから総合的な調整役を任されていたので、最近になって総務参謀の二つ名を付けられていたギュールス大尉は、ブラウンスライムの活躍を心から祈った。
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
師団司令部情報参謀 ハイン大尉
「シュティーラウ少尉、第2便の準備だが」
「人員の選定は終了しましたので、携行する装備は揃っております。あとは特使と伝令の装備だけです」
私の問いかけを遮って答えたシュティーラウ少尉は、幾分不機嫌そうに見えた。
「どうかしたのか?」
「外に出られませんので」
どうやら人選から漏れたことが不満らしかった。
「今、君が外れたら私の仕事が回らなくなるよ」
「それは分かっておりますが、やはり不満です」
そう言った後のシュティーラウ少尉の口はきつく結ばれていた。
「分かったよ、次の任務の時は君を強く推薦しておくよ。この作戦が終わるまでは堪えてくれないか、少尉?」
「言質は取りましたよ、大尉殿」
「もちろんだ、嘘はつかない」
私がそう言うと、シュティーラウ少尉は笑顔を見せた。
「もう一人、行けなくて歯ぎしりしている者がいるのを知っているか?」
私がニヤリと笑いながら言うと
「いえ、誰ですか?」
「サレーラ軍属だよ。特使を務めるブリンクマン大佐の伝令兼護衛はフィーラ軍属に決まった。それでサレーラ軍属が悔しがっているそうだ」
「フィーラってあの子供のような・・・」
「しっ、それは禁句だぞ、少尉」
私が思わず声量を抑えながら部屋の中を見回すと、つられてシュティーラウ少尉も見回した。
「彼女達は不思議な力、魔法を使えるからだよ。ただサレーラ軍属は顔が知られているから外されたんだ」
「はぁ」
シュティーラウ少尉は信じられないという顔のままだ。
「それともう一つ、彼女達は離れていても意思の疎通ができるそうだ」
私の言葉を聞いたシュティーラウ少尉はさらに困惑した。
「どういうことですか?」
「“念話” と言うらしい。念じることで離れた所にいる相手と会話ができるそうだ。理屈はさっぱり分からんが、とにかく現場で役に立つのは間違いない」
「それはそうでしょう・・・」
シュティーラウ少尉はもはやあきれ顔になっていた。
「では、伝令用に用意した特殊拳銃は必要ありませんね」
「そうだな。今から使い方を教えている時間はないし、魔法が使えるなら自分の身は守れるだろう」
私とシュティーラウ少尉は顔を見合わせて苦笑いした。
補給処の爆破を謀って我が軍に駆逐された、例の共和国軍特殊部隊から回収した装備の中には、消音器を組み込んだサブマシンガンや拳銃をはじめ、小型無線機や爆薬、起爆装置など、今回の作戦に役立つ物ばかりだったので、大いに活用させて貰っていた。
「では、伝令用の装備だけ見直しておきます」
「頼む」
シュティーラウ少尉は敬礼して部屋から出て行った。
(わざわざ危険な任務を希望するなんて、私には分からないな)
私もいざという時に戦う心構えは持っているつもりだが、彼等フリデンタール連隊の隊員達は違っていた。第1便で潜入したフィルカザーム大尉達も、現在準備中の第2便に志願した下士官兵達も、戸惑いがない。むしろ楽しそうだった。
(第2便の6名を選抜するもの大変だった)
私の下に付けられた第4小隊全員が、我先に志願してきたのだ。とても私が選別できるものではなかったので、シュティーラウ少尉に一任したのだが、その時にシュティーラウ少尉が言った一言は、私の記憶によく残った。
「皆、任務に餓えているんですよ」
彼等の平均年齢は若く、活力が満ちあふれているように見えた。根っからの冒険好きなのか、それとも祖国に対する忠誠心の発露なのか、あるいはこの現状に対する不安を払拭するためなのか・・・。
(私が任務に没頭しているのは、不安から逃れたいという気持ちが大きいように思えるが、彼等はその全てに当てはまるように見える・・・)
私は、陸軍士官学校を卒業した後は通信科へ、それから情報科に転向して裏方として勤務してきた。祖国には年老いた両親と、妻が私の帰りを待っている。妻との間にできた初めての子供は、死産だった。それ以来妻との会話では子供の事は避けてきた。休日には二人で本を読んだり映画を見たりして過ごしていた。戦争が始まって前線部隊に配属になったが、妻への手紙はこまめに書いていた。だが、それも今は届かない。
師団司令部の情報参謀である私は、本当の戦場に立つことはない。師団司令部で偵察部隊や前線部隊からあがってくる情報と、捕虜や住民を尋問して得た情報を整理して、敵の動向を予測して師団長と作戦参謀、それに軍団司令部へ報告する。
(私が経験してきた静かな戦場は、この先も今までどおり続くのだろうか。元の世界へ、妻が待つ私の家に帰ることはできるのだろうか・・)
どれほど仕事をしても、その事を考えない日はない。両肘をついて、うなだれた頭を支えて目をつぶる。しばらくそのままで時間を過ごし
(駄目だ、頭を切り替えて任務に集中しなくては、ここが正念場だと言ったのは自分だぞ)
頭を上げて、地図に目をやる。
(家に帰る、希望は捨てない。落ち着いたら休暇を申請して、仕事以外の何か探すのもいいかもしれない)
静かに呼吸を整える。
「私は必ず家に帰る」
小さくではあるが言葉に出してみると、気持ちの晴れが少し違うような気がした。
(私の祈りの言葉にしよう)
神に私の祈りが届きますように。




