60 異邦人
ルアブロン市街地 中央街区 白鈴亭
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
俺は目立たぬように街路を進んで宿に戻ると、留守番をしていたモールハウプトのところへ急いだ。そして、急いでメモを書き上げると
「緊急連絡だ、回答も急ぐように」
「何かありましたか」
「今夜、辺境伯の家臣と会う」
「分かりました」
モールハウプトも表情を改めて無線機を操作し始めた。
『発:親狐 宛:丘狐
子狐は明後日の昼、黒い橋のたもとで獲物を狙う。
(荷物は明日の昼頃に黒い橋に到着する)
農夫は明日の夜に猟師の娘と出会い、娘の歌を聴く。
(我々は今夜、辺境伯家の関係者と接触する)
神の恵みは南の窓から舞い込む。
(増援の進入路は北門を予定)
終 』
まずは、辺境伯側の意思確認だ。こちらが妹婿に取って代わって辺境伯家を乗っ取る考えは無い、と言う事を理解して貰わないと話は進まないだろう。
(と言っても、受け入れて貰えるかは微妙だな。親戚が乗っ取りを実行している最中だし、ましてや俺達は余所者もいいところだ。俺達は求めているのは自由に使える土地だから、領土的な野心も無いと言えば嘘になるが、永住したい訳じゃない。そこを理解して貰うのも難しい・・)
この微妙な要求が一番の問題点だった。
(最悪、最低限の駐屯地と補給物資の供給、こちらからは技術か武力を提供する、こんなところだろうな)
作戦前に師団司令部で聞かされた作戦の目的と、師団長の考えを摺り合わせるとそんなところが落としどころに思えた。だが・・・・・。
(この世界でそんな考えが通用するとは思えないんだよなぁ・・・・)
この街に来て見聞きしてきた事を思い起こすと、現在俺達が抱いている価値観と、この世界の価値観は余りにも違っていた。奴隷が社会制度の一部であり公然と人が売買されている、殆ど医療というものが無く一度病気になると命に関わる、そして魔物との戦いと、ふとしたきっかけで起こるクーデター・・・。
(この世界で一番価値が低いのは人命なんだ)
疫病、飢饉、戦争・・。常に命の危険に曝されているこの世界では、人の命だとか、権利に対する認識が希薄なのだ。
(奴隷市場をみれば分かる・・・。皆、生きていく為に、自分を守るために必死なんだ。この世界を生きていくのに必要なのは“力”だ、この世界は弱肉強食なんだ。倫理や道徳、忠義も存在するのだろうが、所詮は吹けば飛ぶようなものなんだ。まさに、本物の中世の時代に俺達は居るわけだ)
群雄割拠、騎士道精神、駆け引き、裏切り、親兄弟で争い、君臣で殺し合う、そんな世界なのだ。
では、そんな世界で力、それも類を見ない強力な力を持っていたらどうなるのか?
我、意に介せず。それで済むのだろうか?
(いや、それでは済むはずがない、必ず巻き込まれる。下手をしたら囲まれて潰される。俺達の価値観でこの世界を生きていく事は、難しいのではなく、殆ど不可能に近いだろう)
俺は指に挟んだ鉛筆でコツコツとテーブルを叩いた。
(このことを師団長、いや師団全体が理解していない。この街で、この世界に触れた俺達しか理解していない。そして、そのままこの世界の住人、地域の支配者と交渉しようとしているわけだ。これは危険だ、もちろん交渉が上手くいかなければ力でねじ伏せることはできる。それならいっそ、初めから力を誇示して欲しい物を要求した方がいい。力の差を背景に話した方が単純明快、相手にも受け入れ易くなる。それが彼等の価値観に合わせた話合い、ということになる。その価値観の差を埋め合わせていかないと、いつか破綻するだろう)
今夜の会合はその第一歩になる訳だが、会合で目指す目標を考えた。
(まずはメーティスがどこまでやる気なのかと、メーティス以外の家臣達、辺境伯家の雰囲気を知りたい。メーティスが空回りしている可能性を考慮しない訳にはいかない。そこのところの見極めは俺がやらなきゃいかん)
打倒ザロモン子爵なら話し合う余地はある。そうではなかったら、やり方を変えるしか無い。今までにそれなりの修羅場を経験してきたので、見極めに自信はあるが、その後の交渉を考えると所詮は現場指揮官の一人にすぎない俺では肩書きも、交渉に使う手札も足りなかった。
交渉は誰がやるのか。師団司令部の顔ぶれで適任者と思われる将校を思い浮かべてみると、まずブリンクマン中佐が思い浮かんだ。
(・・・ブリンクマン中佐は人柄は良いが裏を返すと甘い部分がある、と言うことだな。経験もなさそうだし・・)
交渉とは、上品な言葉遣いでこちらの要求を相手に承諾させるのが目的だ。駆け引きもそうだが、冷酷でなければならない場面もある。
次に思い浮かんだのはシュラーガー少佐だった。
(シュラーガー少佐なら要求は通りそうだがなぁ・・・。要求と言うよりは、脅迫になりそうな気がする・・・)
俺は自分が属する勢力において、政治の分野が弱いことを痛感した。
(とにかく、今夜の顔合わせで辺境伯家の情勢をどの程度掴めるかだな。その結果報告と一緒に、交渉に関する責任者を決めて貰うとしよう)
俺は考えに区切りを付けると、ギルの報告を待つことにした。
ルアブロン市街地 中央街区
酒場「海竜亭」
「よう、メーティス。やっぱりいたか」
「なんだ、ギルか」
「なんだはないだろう」
「お前と飲むのは、もう飽きたよ」
「それは俺も同じだよ、でも今夜はお客さんがいるんだ。相席いいか?」
「ああ、そちらの方は?」
「俺の今の雇い主、ゾラードさんだ」
「初めましてメーティスさん」
「ああ、どうも。こちらこそよろしく、ゾラードさん」
座ったまま気軽に挨拶を返してきたのは30歳前後の細身の男だった。手入れされて肩上まで伸ばしている金髪と、紺地に薄青の斜線模様が入った私服を着ているその姿は落ち着いていて、軍人と言うよりは官僚、いかにも数字に強そうな印象の男だった。
俺とギルは椅子を引いてメーティスと同じテーブルに座った。
直ぐに女給が来たので、俺はギルト同じくエールを注文した。
「ゾラードさんにも俺と飲むのは飽きたと言われてな、ここに連れてきたんだ」
「そういう時は女がいる店を案内するのが定石だろう」
「生憎と行ったことが無いので案内できなかったんだ」
ギルは笑いながら運ばれてきたジョッキを受けると、ひとつを俺に渡して軽く上げた。
「ゾラードさん、楽しい夜にしましょう、乾杯」
「頼りになる護衛でよかったよ」
俺がジョッキを上げながらそう言うと、ギルトメーティスは笑いながらジョッキを付き合わせた。
それから飲み、食べ、話し、笑って2時間ほど過ごすと、ギルがジョッキを握ったままウトウトし始めた。
「おい、ギル。こんなところで寝るなよ、お前を担いで帰るなんて真っ平だぞ」
メーティスがそう言ったが、ギルは反応しなかった。
「エールはともかく、この酒は酒精が強いですね。初めて飲みました」
「それは、南大陸で作られている酒ですよ。確か、大きな植物の樹液を発酵させるとか聞いたことがあります」
「ほう、興味深いなぁ」
「今は酒よりもこいつをどうにかしないと」
メーティスがギルが握っているジョッキをどかして顔色を窺っていた。
「上に泊まれる部屋があるなら、部屋を取りましょうか」
「その方がよさそうですね。こんなデカいの担げませんよ」
「私もです。ちょっとお待ちください」
俺はそう言うと席を離れ、カウンターにいる主人に話しかけ部屋を一室取ると、鍵を手にテーブルに戻った。
「部屋が空いていましたよ、行きましょう」
俺とメーティスは酔い潰れたギルを両脇から支えると2階への階段を目指した。階段を昇りきると、そこにはセルディカがいて階段の下を見張っていた。
「右の一番奥です」
こちらを見ずに静かにそれだけを言う。メーティスは少し驚いた様子だったが、何も言わなかった。
2階の廊下に誰も居ないことを確かめると、言われたとおりに右の一番奥の部屋を目指した。ドアを開けると中にはアッペルがいた。
「私は隣の部屋にいます」
そう言って部屋から出て行った。
俺達3人が部屋に入ると、ギルが俺とメーティスの腕から離れた。
「酔っ払いの芝居はどうでしたかね」
と聞いてきたので、俺は簡単に答えてやった。
「悪くなかったよ、ギル」
ギルと笑顔を交わすと、メーティスと向き合った。
「ゾラードと申します、メーティスさん」
俺はメーティスの眼を捉えながら改めて挨拶した。
「メーティスと言います、よろしく」
メーティスは警戒感を隠そうともせず、短く答えた。
(さて、ここからが本当の始まりだな)
メーティスはこちらの手際に警戒感を募らせているようだが、俺は信用を得るために丸腰で来ていた。この状況で話が拗れたら、ギルもどちらの味方をするか分からない。頼りはドアの向こう側で待機しているセルディカだが、いざという時に間に合うかは分からない。
(その時はその時だ)
俺は腹を括って話を切り出した。
これで60話になりまして、PVも1万を越えました。投稿を始めてからほぼ1年半ですが、私的にはちょうどいいペースだと思っていまして、読んでいただいた方々に感謝しています。
引続きマイペースで書いていこうと思いますので、暇つぶしになれば嬉しいです。




