59 仕込み
ルアブロン市街地 中央街区 北門
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
翌日、俺は北門のあたりをウロウロしていた。すると案の定、衛兵が声を掛けてきた。その顔には覚えがあった、俺達が街に入るときに銀貨を握らせた衛兵だった。
「おい、ここで何をしているのだ。・・お前は、この間ここを通った商人じゃないか?」
「はい、覚えていただいて恐縮です。ノルヴァイクからやって来ましたゾラードと申します。その節はお世話になりました」
「それで、ここで何をしているんだ?」
衛兵は何か嗅ぎつけたのだろう、口元に笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「それが、後から来ることになっている店の者達がおりまして、そろそろ着くのではないかと様子を見に来たのです」
俺も微笑みを返しながら衛兵の問いに答えた。
「ほう、連れが来るのか。それで毎日見に来るつもりなのか?」
「そこが難しいところでして、私は故国のさるお方から依頼を受けて、ここルアブロンまで参りましたが、同じく大旦那様から商売の可能性についても言いつけられておりまして、今は街の中を見て回っております。ですので、毎日様子を見に来るのは手間がかかってしまって考えどころなのです」
俺が笑顔のまま眉尻を下げてそう言うと、衛兵は口元を緩ませながら右手を顎に当てた。
「そうか、それは大変だな。その、さるお方というのは高貴な身分の方ではないのか? その方の依頼と、大旦那の命令とあってはどちらも疎かにできまい」
「はい、それで困ってしまっていまして、どなたか私に成り代わって私が投宿している宿を伝えていただけたら、と」
もいここまでくると安っぽい芝居だが、それが必要だろうと思って続けた。
「ふむ、その者の名前はなんと言うのだ?」
「はい、レグーゼン商会のハルムヤンツと申す者です。・・あのお願い出来ますでしょうか?」
「ふむ、困っているのを見過ごすのもどうかと思うが、俺も職務があるのでな、どうしようかと考えておるところだ」
顎に手を当てたまま、衛兵はチラチラと視線を送ってきた。
「そうでした、余計なお手を煩わせてしまうお詫びに、これを」
俺はそう言いながら、薄い茶色の布きれに包んだ銀貨2枚をそっと取り出した。それを見た衛兵が小さく頷くと、身体を寄せて銀貨を載せた手を差し出し、それを衛兵が掴んで懐に入れた。
「私は白鈴亭という宿に投宿しております。店の者達が無事に到着できましたら、あともう一包み、ということで」
俺が小声で言うと
「分かった」
衛兵は小さく返事をして俺から離れていった。
俺はその後ろ姿に浅く一礼すると、踵を返してレスティの店を目指した。
(これで増援組が入るのは問題ないだろう)
俺がレスティの店に入ると、ウルスラが店番をしていた。
「いらっしゃいませ、あら、ゾラード様」
「店番も仕事に入っていたかな」
俺が微笑みながら言うと、ウルスラも微笑みを返してきた。
「あの子でしたらギル様の娘さんとすっかり仲良しになって、裏のお庭で一緒に遊んでいます。奥様が一緒に見ていてくださると仰ってくださいましたので、私はこちらでレスティさんのお手伝いをしておりました」
「気晴らしに街に出てもいいんだぞ」
そう言いながらふと思い出して、カウンターに銀貨を2枚置いた。
「これで欲しいものがあったら買ってこい」
「えっ、こんなに、よろしいのですか?」
ウルスラは銀貨をみて驚いていた。
「給金の前払いでいいさ。何か欲しい物はないのか、アクセサリーとか服とか」
元いた世界の感覚でしか女が欲しがりそうな物が思い付かなかった。
「え、あ、あの、お給金、ですか・・。私は奴隷ですが、本当に頂いてもよろしいのですか?」
ウルスラは驚きのあまり狼狽えていた。俺が頷くと
「それでは、あの、本を買ってもよろしいでしょうか?」
後半は消え入るような声でウルスラが聞いてきた。
「本?」
「はい、私は本を読むのが好きでして、以前は両親に買って貰った本を読んでいたのですが、今は一冊も無いので・・・」
「あ、ああ、構わないよ。好きな本を買ってくるといい」
俺の言葉にウルスラは弾けるような笑顔を見せた。
「ありがとうございます! では、レスティさんにお願いして行って参ります」
ウルスラの笑顔が見られたことに、俺は満足感を覚えていた。
「せっかくだからゆっくり行ってこい。俺は裏に行く、誰か来ているか?」
「はい、アベルさんとセルディカさんが、荷物を運び込んでいました」
「分かった」
俺はそう言うと、カウンター上の銀貨を前に頭を下げるウルスラを後に店を出た。
裏の家に回ると、アッペルとセルディカが荷馬車に積まれている荷物を降ろして、家の中に運び込んでいた。
「どうだ、調達できたか?」
俺が近付いて声を掛けるとアッペルが答えた。
「はい、ゾラードさん。古着とその他は全部揃いました。ブラウンスライムは今のところ18匹集まりまして、ペトロさんとサリエさんが残りを買い集めていますので、これを降ろしたら合流します」
「ブラウンスライム30匹を寝る部屋に置かれているのをギルが知ったら、文句を言うかもしれんな」
俺がそう言うと、アッペルがニヤリと笑った。
「外へ運び出すのは東門からで問題ないんだな」
俺が顔を寄せて小声で言うと、アッペルが頷いた。
「はい、出る時はなにも言われません。ただ日没後半刻から翌日の日の出までは閉じられます」
「分かった。東門の出入りが一番多いのは何時ごろだ」
「日の出の3刻ごろから4刻過ぎごろです」
「4刻は8時ごろか。“黒い橋”まで2刻と言っていたから、その時間に東門を出れば着くのは昼頃か。受け取り人には迷惑かも知れないが、飯時だから人が動かなくなる方がいいだろう」
俺とアッペルは顔を見合わせて頷いた。
“黒い橋”とは作戦前に決められた、我々と師団本隊との会合地点のことで、場所は師団部隊とサリエ達が最初に接触した、小さな橋のたもとだった。
(後はブラウンスライムが12匹なら問題なく終わるな。荷物が揃ったら、馬車に積んで宿に戻る。明日の朝、ペッターとアッペルが馬車で東門から街を出て、昼頃に会合地点“黒い橋”で荷物を引き渡す。その後、馬車に第4小隊からの増援を載せて中央街区の北門から入る、と)
今後の流れを頭の中で確認してみたが、問題は見当たらなかった。増援を載せた馬車は明日か明後日に到着する予定にしてあった。
北門から入るには、デイルト川の上流で橋を渡る必要があるため、どうしても時間がかかるのだ。
(北門には仕込みを入れてあるから大丈夫だろう。合流してもまだ時間はある、まずやることは自分達の寝床づくりからだな)
俺達だけで増援組のベッドをこの家の2階に運び込むのは骨が折れる、だからベッドを確保しておいて、搬入はやらせることにしていた。
(それが終わったら、情報の共有と市内の地理と要所を把握させて、本番に備えさせておけばいい)
辺境伯一家が居住している城館、衛士隊の駐屯地、辺境伯軍とザロモン子爵軍との見分け方、子爵軍の駐屯地、各街区の位置関係と繋がっている橋、街路、市外への門の位置・・。
今のところ、師団からの鎮圧部隊を市内に入れるルートは東門から東街区を抜けて、中央街区へ入るルートを予定していた。
ルアブロンの、辺境伯家の中枢である中央街区に直接入ることができる北門は、それだけに守りが堅かった。
荷物を運び入れて、馬車を空にして残りのブラウンスライムを集めるために出て行くアッペルとセルディカを見送ると、俺はそっと家の中に入りブラウンスライムが入っている箱の蓋を開けて覗いて見た。直径40センチくらいの水滴のような生き物が、揺れるように動いていた。静かに蓋を閉め、次に買い集めた古着が入っている箱の蓋を開けると、およそ注文通りの服や靴などが入っていた。
(サリエが見繕って集めた物なら心配ないだろう)
淡々と仕事をこなすサリエを思い出し、安心する。
準備は着々と整っている、後は辺境伯殿の出方次第だ。
(まずは、例の武官が食い付くかどうかだが・・)
俺としては、食い付いてくると考えていた。彼等には、他に現状を打開する手立てがない。何もしなければ辺境伯家は乗っ取られるし、手札がないまま行動を起こしても自滅するだけだ。
そこへ、ドアが開いてギルが顔を覗かせた。
「ゾラードさん、探しましたよ」
少し息を弾ませたギルが俺の予想の答えを告げた。
「メーティスが会いたいと言っています。今夜にでも会って話をしたいと」
声を抑えながらギルが言った。
「分かった、今夜会おう。場所は任せる、俺達が泊まっている宿でもいいし、そちらがいつも使っている酒場でもいい。どこか静かに離せる場所があるならそこでも構わない」
「分かりました、ではもう一度会って伝えてきます」
「ギル、相手の様子はどうだ?」
「同志を集めていますが、兵力の差がどうにもならず手詰まりのようです」
「そうか、分かった。俺は宿に戻る、この荷物も後でアッペル達が運び出すから問題ない」
「分かりました」
ギルは室内の荷物に驚きながら、ドアを閉めて立ち去った。
俺は笑みを抑えることなく、今夜の会合について考えを巡らせた。
設定⑤
装甲戦闘車両以外の車両はこんな感じでイメージしています。
非装甲車両その1・兵員車
小型兵員車 キューベルワーゲン(独)、ラティル(M7T1)(仏)
中型兵員車 ホルヒ(40Ktz.69)(独)、ラフリー(オチキスS20L)(仏)
大型兵員車 シュタイアー(1500A)(独)
人員輸送がメインですが、軽砲の牽引車として開発された車両もあり、2輪駆動の他に4輪駆動のタイプがあります。




