57 妹婿
ルアブロン市街地
潜入班「狐」 フィルカザーム大尉
油断しきっていた討伐軍は魔物達に蹂躙され、甚大な損害を被りながら後退し、自分達が築いた砦に逃げ込んで守りを固め、伝令を発して救援を求めた。
急報を受けた辺境伯は直ちに残っていた部隊をもって救援隊を編成、孤立している友軍の救出に動いた。だが、暴走した魔物達は辺境伯領に迫っており、救援隊は国境守備隊と共に領境の防塞に依ってこれを食い止めねばならず、救援は成らなかった。
それぞれが城砦に立て籠もって魔物の襲撃に持ちこたえて一月が過ぎると、大多数の魔物達はどこかに異動して状況は沈静化しつつあったが、徘徊する魔物の数は以前よりも増え、今までいなかった大型の魔物も頻繁に姿を見せるようになっていた。
このため孤立している砦と本領の連絡は、不可能では無いが難しい状態になってしまい、砦への補給や本領への負傷者の後送が細々と行われているが、それも途中で行方不明になることが多いという状態だった。
「魔物の集団暴走ってなんだ?」
「未だに原因は分かっていませんが、まれに大量の魔物が突然暴走することがあるのです。地を埋め尽くすような何千とも何万とも言われる数の魔物が、巨大な波のように迫ってくるそうです」
子供の頃絵本でみたゴブリンやトロール等のおどろおどろしい生き物が、波のように押し寄せる様を想像すると流石に恐怖を覚えた。
「どうなるんだ?」
「魔物の進路にある畑も家畜も人も滅茶苦茶に蹂躙されます。場合によっては村が全滅したり、街が壊滅したりすることもあります」
「最後はどうなるんだ?」
「私は遭遇したことはありませんので聞いた話ですが、突然終わるそうです。夢から覚めたようなとか、誰かに呼び戻されたような、そんな感じで元居た森や山に戻って行くそうです」
「何かに操られているのか?」
「そう言う説もありますし、魔物を狩り過ぎたから怒ったとか、何か強大な魔物が現れたために混乱して逃げてきた、という説もありますがどれも憶測です」
「なるほどな。それで辺境伯殿は巻き返しを企図しているのか?」
「そのつもりで本領に残っていた騎士団と衛士隊を差し向けたのですが、前線では魔物達は戻ったのではなく、何処かに移動しただけではないかと考えられていて、次の暴走に備えて救援隊の兵力で国境守備を強化しているようです」
「他に予備兵力はないのか? 」
「予備と言えるのは、ルアブロンに残っている領都警備用の衛士隊と親衛隊だけです。ですが、衛士隊は治安維持に欠かせませんし、親衛隊は辺境伯殿と一族の警固が役目ですから外せません。あとは北と南西の領境守備に就いている衛士隊ぐらいです」
「それも外せないのか」
「はい、特に南西は隣接する貴族と揉めていますので」
「なるほど」
同じ国の王に仕えている貴族とは言え、色々と事情はあるらしい。守備隊を貼り付けておく必要があるほどだから、かなり関係は悪いのだろう。
「辺境伯殿は配下貴族に対して2回目の陣触れを発しましたが、すでに殆どの貴族が討伐軍に兵を出しているので、応じる余力はありませんでした。しかし、妹婿のザロモン子爵は討伐軍の陣触れに応じていませんでしたので、今回の陣触れには応じて騎士団と臨時に雇った傭兵隊を引き連れてルアブロンに入り、傭兵隊だけを前線に出して自分と騎士団はルアブロンに残っているそうです」
「その妹婿は信用できるのか」
俺はどうにも胡散臭い辺境伯の妹婿が気になって尋ねたのだが、ギルも同じ考えのようだった。
「それがどうも怪しいようです。討伐軍の陣触れには病気を理由に兵を出しませんでしたが、今回はすぐさま応じて出兵したものの前線には出ずにルアブロンに留まっていますし、最近になって辺境伯殿の体調が思わしくなく、政務が滞っているのを知ると執政と称して辺境伯家の政務に介入を始めたので、辺境伯家の家臣達の間で反感が強まっているそうです。それに加えてザロモン子爵は、辺境伯殿の継嗣である令嬢に自分の息子との結婚を迫っているらしい、という噂もあるそうです」
「乗っ取りか。辺境伯殿の病気も怪しいな」
「はい、家臣達は疑っているそうです」
「ふむ・・・」
(これは絶好のチャンスだ。辺境伯軍の主力と有力な部隊は遠隔地にいて動けず、辺境伯自身も思うように動けない。そして領都は腹黒い縁戚の子爵に押えられている。これなら、辺境伯家内部に協力者を確保して、辺境伯本人か代理の者と接触して、乗っ取りを企む縁戚を排除して欲しいという要請を引き出せばいい。流れとしてはこれが一番良いな)
俺は望ましい未来とそこへ到着するための段取りを考えた。
「そのメーティスという武官はザロモン子爵に対して反感を持っている、という事だな?」
「はい、反感どころか敵意を持っていますよ。自分にとって大恩ある辺境伯家を乗っ取ろうとしている大罪人ですから」
「なるほど、それで何か策を講じているのか?」
「家臣の中で同じ考えの者と繋ぎをつけているようです」
俺は黙ったまま頷いた。
「家臣達だけで事は成りそうなのか?」
「それは難しいと思います。ザロモン子爵の騎士団が街中に駐屯していますので、衛士隊と親衛隊だけではとても太刀打ちできません」
「そうか、分かった」
俺は短く答えて腕を組んだ。しばらく考えた後
「ギル」
「はい」
「そのメーティスという武官は、他の家臣達を取り纏めることはできるのか?」
「以前は叙爵されたことで妬みを買っていたようですが、最近では衛士隊の隊長や騎士団の団長達とは上手くやっていると言っていました。武器や防具の調達で苦労しているみたいですが・・」
俺が目を細めてギルを見つめていると
「・・どの程度纏められるのか、確認してお知らせします」
俺が求めているものではないことを理解したギルの言葉に頷いた。
「その武官は、辺境伯殿に会えるのか?」
「はい、輜重部門の責任者ですので頻繁に目通りを得ています」
「それなら怪しまれずに済むな。辺境伯殿の意思と、家臣の意思を纏められるなら、こっちが手を貸すことはできるだろう」
俺がそう言うと、ギルは動かなくなった。
「・・・手を貸す、ですか・・・?」
ギルが絞り出すような声で尋ねてきた。
「ギル、お前が考えているとおり、俺は上から命令を受けて動いている」
俺の言葉にギルが小さく頷いた。
「今のところは情報収集だけだがな。だが、その結果次第で辺境伯殿とこの街の行く末が決まるだろう」
「・・・行く末、ですか」
「ああ、このまま妹婿のものになるか、今後も変わりなく存在するか、全て灰になるか、だ。二番目と三番目は我々が介入した場合だ」
「・・・・・分かりました、確認が済んだら報告に来ます」
ギルは少し沈黙した後、表情を改めてそう言うと、浅く一礼して出て行った。
俺は残ったモールハウプトとペッター、サリエを見渡すと
「さて、ギルの話はどうだった?」
俺が3人を見渡した。
「武器や防具の値段が上がっているそうです。扱う商人が売り惜しみをしているせいだと噂になっていました」
「妹婿が手を回して、辺境伯軍に渡らないようにしているのか」
「おそらく」
ペッターが頷いた。
「駐留している妹婿の部隊の動きは」
「部隊は別れて橋や城門を警戒しています。家紋は赤と青の縦地に交差する白の剣と金槌です」
モールハウプトがすかさず答えた。
「ふん、隠す気は無いと言う訳か。辺境伯の跡継ぎはどうだ?」
「17歳の令嬢と5歳の令息がいます。令息が病弱なため、令嬢が継嗣に指名されています」
「息子が無事に育てば変えるつもりなのかもしれんが、病弱ならいつ死んでもおかしくないな。娘も結婚した後に事故死か」
俺の推測にサリエが少し驚いたような様子を見せた。
「貴族ならそのぐらいの陰謀は嗜み程度だろうさ、おかげで俺達は忙しくなりそうだぞ。モールハウプト、これから俺が報告書を作成するから緊急連絡として無線で報告しろ、それと増援の要請だ。残っている第4小隊を全員こちらに寄越して貰え、潜入方法はこちらから指定する」
「はい、大尉殿」
モールハウプトが直立不動を取らず小さな声で了解した。
「ペッター、増援はあっちの2階建てに滞在させるからアッペルと準備しておけ」
「はい、大尉殿」
ペッターが同じく了解した。
「サリエはセルディカが戻ったらギルを監視させろ、メーティスという武官の顔を覚えさせる。それからレスティの店に行って資金調達を頼む、今回は現金で多めにな」
「承知致しました、大尉殿」
サリエも了解した。
俺は一旦解散して、皆が行動を開始するのを見届けると、報告書を作成するべく机に向かった。
(ザロモン子爵とその側近を一網打尽にすれば反撃の糸口を封じて、騎士団を武装解除できるだろう。そうしてこの街を掌握できれば、後はこっちの思い通りだ。だが、我が軍だけでこの広さを掌握するのは難しい、やはり辺境伯軍、特に衛士隊と親衛隊を味方に付けないとダメだ。その為には、メーティスって奴に頑張って貰わないといけないんだが・・・)
俺はそこまで考えると、手に持った鉛筆を止めた。
(・・聞く限りでは仕事ができるらしいが、情報漏れに関してはどうかな・・。秘密を知る人間が増えれば必ずどこからか漏れる、それぐらいなら分かっていそうだが・・。一回会ってみたほうがよさそうだな。後は交渉できる責任者も寄越して貰わないとな、情勢を知らないと手札が無くて困るだろう。sそれから市内への進入路の確認だな、増援が来たらモールハウプトかペッターを付けてやらせよう。増援を入れる手段は正攻法で・・。こりゃ長くなるな)
俺は報告書の内容をいかに簡潔にまとめるか、頭をひねりながら鉛筆をはしらせた。
設定③
登場する兵器も時代に準じてイメージしています。
S型戦車 ソミュアS35
H型戦車 オチキスH39
P型装甲車 パナール装甲車
こんな感じです。
装甲指揮車はイギリスの ドーチェスター をイメージしています。




